伽藍の幕引き
「ガキ共が調子に乗りやがって…………! 俺の努力も知らない癖にい!」
暴力が通用するならこの世の論理はクソの役にも立たない。暗行路紅魔が服の中から取り出したのは大型のナイフだった。それを皮切りに侍らせていた仮面の信者達も各々武器を構える。と言っても近くの椅子や水晶玉を持っただけで、暗行路紅魔と比べればいくらか危険度は……そう変わらないか。
「さて、柳馬君。自衛の準備とやらは?」
「もう呼んでます。深春先輩はエアガンをしまって下さい。こういう時は適材適所です」
「え? ええ分かりました……まさか君が一人で戦うのッ?」
「いや、荒事専門の人がいるんですよ。もう待機してるはずなので直ぐにでも来てくれると思います―――」
「おお。待たせたな」
気配も無く俺を含めて三人の背後に立っていた男の名前は護堂一真。警視庁の人間であり、『センパイ』の代理。そして何より雪奈も頼る程の武闘派。
「荒事専門と言っても、こっちじゃ武器が使えないからやり辛いんだが―――」
ゆらりと俺の前に飛び出すと、ナイフ片手に突っ込んできた暗行路紅魔と激突。深春先輩が驚いて口を覆ったのも束の間、手首を捻って武器を取り上げたと同時に足を払って体当たり。肥満体の男が中々の勢いで地面に叩きつけられる。その後は投げつけられた水晶玉を股間に命中させたり、大上段で振り下ろされた椅子を勢いがつく前に止めて仮面越しに殴りつけたりとやりたい放題。しかしロープを鞭代わりにしてきた人相手に軌道を読み切って端を掴み、綱引きで相手の体制を崩すだけに留めるなど明らかな手加減もかなり窺える。
従順になろうとも素人は素人なのだろう。五分もすれば暗行路紅魔を含めた十数人が制圧されてしまった。護堂さんは部屋の隅っこに座ると、何となしに携帯を弄り始めた。
「……すっごーい」
「柳馬君。君の人脈はなんというか、凄いな」
「荒事専門って前言ってたんで。適任かなって思っただけです」
「言うまでもないが管轄外だ。個人的に協力したに過ぎないから警察の厄介とかは考えなくていいぞ。まあ、刃物持って向かってきたりしたし署に引っ張れない事もないんだが」
どうする、と目で問われる。会長の仕込みが成功してしまった以上、俺達にするべき事はない。帰るしかないだろう。
「帰ります。会長の作戦でここも騒がしくなりそうですしね。外に結構人集まってたしそれで警察が来ちゃうかもしれない。中に居たら話が拗れそうですもん、金をとってないどころか何も要求してないので詐欺罪って事はないでしょうけど、未来が視える占い師の人生は終わった筈です。少なくとも―――瑠羽には二度と干渉出来ない」
幕引きはあっと言う間だった。暗行路紅魔が犯罪者として逮捕されようとされまいと、彼のキャリアは終了した。何も求めず何も奪わず、未来の視えぬ人々を救済するという名目で動いていた占い師は真相を語らぬまま破滅した。
「結局、分からずじまいだったわね」
帰り道。珍しく生徒会長も交えて俺達は三人で帰路についていた。
「証拠と言われても、俺達の調査には限度があるからな。例えば今回は薬子さんと繋がっている事は分かったが、薬子さんの方を全く掘れていないだろう? そっちを掘る機会があればピースは嵌るだろうが、嵌める機会はないだろうな!」
「まあ、暗行路紅魔が居ないならもう終わった事ですしね」
俺達は探偵ではない。瑠羽の為に、友達の仇として、後輩の敵として、それぞれの目的の為に暗行路紅魔にやり返したまで。インチキが幅を利かせる世の中は地獄だ。本当に善行をしているならともかく、あのまま放置していればカルト宗教が生まれていただろう。他人に迷惑を掛けない範囲でというのも無理な話だ。瑠羽に近寄って来た時点で。あり得ない。
―――そういや、なんで瑠羽なんだろうな。
木辰中学で人気で、周りがそう言っているからだとアイツは喋っていたが本当だろうか。何か作為的なものを感じるのは、兄者センサーが知覚過敏を引き起こしているだけ?
「副会長の音声データがこの周辺で拡散されてるお蔭で続々とみんな目を覚ましてるっぽいなッ。仮面処分チャレンジなんてタグも流行ってるよ。好きだなぁ~みんなこういうの」
「ちー君のお蔭ね。今度学校で表彰されるんじゃない?」
「いや、ほんと会長のお蔭で助かりました。俺だけだったら舌戦でも負けたと思います」
「大袈裟だよ。俺の手柄じゃない、みんなの手柄だ。表彰されるとしたら学校全体を表彰するべきだと思うなッ」
薬子を巻き込んで撃退する事は叶わなかった。プライベートな用件とは暗行路のフォローだと思ったが俺の考えは外れたらしい。死刑囚保護犯の俺にとって何よりの障害である彼女を退けられなかった時点でこの結果は最善ではない。
だが、次善ではある。
それでいい。それでもいい。瑠羽を守れたのなら十分だ。『六薙罪人』は死んだのだ。
―――鳳介。俺、お前みたいに上手くやれたかな。
『最高だよ、お前は』
親友の労いが、脳裏に過る。
一段落となります。
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