自衛は完璧に
上手い切り方思いつかなかったのでちょっと短め
自衛の為の道具。そんなものは必要ない。何故なら俺にはこの拳があるから―――とは、残念ながら言えない。だが今まで必要なかったのは本当だ。鳳介が消えるまではアイツが守ってくれて、雫と出会ってからは彼女が守ってくれるようになって、なんだかんだ自分だけでどうこうする機会はなかった。
なので自衛の道具と言われてもピンとこないのが正直な感想だ。パッと浮かぶのは刀剣類や銃だが、そんなものを持ち込んだら余裕で銃刀法に引っかかる。
「はい。そういう訳で……伝えておいてください。お願いします。はい」
人間は簡単には変われない。死ぬ間際になっても、多分変わらない。向坂柳馬は身を守る為の行動には移れても、無慈悲な暴力の前には何も出来ない。適材適所だ。情けないと言われたら返す言葉もないが、慣れている人に代わってもらった方が心強いのも確か。この際、恥は捨てる。
大体、恥などと外面的な話をしだしたら雫を匿っている時点で人間の恥だ。何を考えていたら死刑囚を匿うという発想が出るのか。その答えは女性に免疫がないあまりメロメロになってしまったから、だ。理屈としては全然違うが、彼女が美人で俺が一度廃人化した童貞なのでそう邪推されても無理はない。ハニートラップみたいなものだ。
―――家に帰るか。
深春先輩は自衛の用意と言われてもやはりピンと来なかったようだが、それでも用意はすると言っていた。ナイフや包丁は危ないので鍋の蓋とかだろうか。絵面がギャグ漫画も甚だしい。しかしそれが普通の反応だ。平和ボケした世の中で自衛と言われても、銃が流通している筈もなし。もしも、彼女の用意してきた自衛策があまりにも心許なかったらこちらでどうにかしよう。どうせ他人頼みだ。
……訳も無く、振り返った。
「……?」
理由はない。もしあるとしてもそれは僅かな違和感もとい危機感。気のせいと思い直して帰路を歩き続ける。それとなく背中の方に意識を向けてみるが元々が完全な死角という事もあって何も察知出来ない。気のせいだと片づけたいのだが―――もう一度振り返る。
人混みが嫌いなので、帰路は決まって閑散としている。夕方ともなれば猶更で、ここに人が湧くとしたら部活帰りの学生が六時とか七時になる。深春先輩の家が同じ方向にあったら数時間後に通る事もあったかもしれない(ただし、カラキリさんの一件で部活をやめているので過去形になる)。
人通りが全くない訳ではない。怪しめる人物もいない。灰色も服を着たおじさんと白い服を着た子連れの女性。何を怪しむ事があるだろう。人の服装にいちいちケチはつけられない。
再び歩き出したまでは良かったが、どうしても背後が気になるので俺は思い切って進路を変え、本屋に立ち寄った。
「いらっしゃいませー」
パターン化された声が店内に響き渡る。ドラマで培った尾行の気付き方は果たして通用するだろうか。無意味に歩き回るのは不自然なので、何かを探す体を装って奥の棚から見て回る。後ろ手を組んでさも周りには興味なさげに振舞って。欠片も興味をひかれない参考書を手に取って眺める。リアリティは十分だ、本を棚に戻して中央の陳列棚へ。一瞬だけかがんで視線を切った所で転進。
元来た道を見つめると、白い服を着た子連れの女性が料理の本を読んでいた。
偶然、だろうか。
本のジャンルにも不自然さはない。俺の気にしすぎ? 何か不穏な事が未来で起こると確定してしまったせいで過敏になっているのかもしれない。フッと肩から力が抜けた。我ながら馬鹿馬鹿しい真似をした。『組織』に狙われているなどと言い出す厨二病患者じゃあるまいし、俺を尾行して何の得がある。薬子くらいしか特が無いではないか。
用などなかった本屋など早々に退散。肉体は元気でも心が疲れてしまった。帰路に戻ると、今度はコンビニに立ち寄った。明日は雨らしいが、出来れば今日降って欲しかった。ずぶ濡れになろうともこの暑ささえ紛れれば飲料を買わなくても済んだのだ。これが無駄遣いと分かっていても人は猛暑には勝てない。
後ろの冷蔵庫から炭酸飲料を取ってレジへ並ぶ。丁度その時、
入り口の自動扉が開いて白い服の子連れの女性が入ってきた。
「…………」
こちらを気にする様子はない。少なくとも視界の上では。正直下手くそな尾行なのだが、だからこそ恐ろしい。短絡的な人間ならこの時点で食い掛かって行くのだろうが、二度ある事は三度ある。もしも、本当に、たまたま同じ場所に来ただけなら俺は単なる暴漢に成り下がる。今は色々な意味で大切な時期だ。警察のお世話になんてなりたくない。
「お待たせいたしましたー、こちらのレジへどうぞー」
「あ、いや……いいです。すみません」
取る行動は一つ。飲料を冷蔵庫に戻すと、女性とかち合わない様に棚をすり抜けて猛ダッシュで外へ出た。家の方向とは全く違うがこれで良い。住所を知られたら何をされるやら。瑠羽にまで被害が及んだら俺は兄失格だ。
『すまん。今日は帰りおくれる すとーかーねらわれえる』
急いで書き込んだもので誤字が酷いが送信。妹に心配をかけたくなかったが嘘を吐くとまた色々と話が拗れそうで背に腹は代えられない。恋人の件はどうにか出来ても他の所から雫の存在に勘付くかもしれないのだ、それだけは避けたい。
―――ごめんな瑠羽。嘘つきのホラ吹きのひねくれものの兄ちゃんで。
俺は嘘つきだ。それも人を傷つける嘘を言う最低な男だ。分かっていて、分かり切っていて尚生き方を変えられない。本当に酷い、人間だ。
『ストーカーって何?????』
そう聞き返してみたものの、返事がない。ただの兄貴の様だ。
『ねえ』
『ストーカーってどうしたの? 何なの?』
『どういう事? どうなったの?』
『ねえ』
『ねえってば』
『どうしたの』
『私のせい?』
迷惑行為と自覚しての連投も効果がない。既読もつかないし悪態も来ない。お兄が私を気にしてない。私を無視してる。そうせざるを得ない状況に追い込まれてる。
『お兄』
『お兄ってば』
『ねえ』
『一回でいいから聞いて』
『ごめんなさい』
『お兄がストーカーされてるの……
これ以上、文章を続けられない。続けたら嫌われる。確実に。だって、私のせいだ。私があの人の言う事を信じずに逆らったから。あの人の予言は絶対に当たるのに。私が希望を見出したから。
私は―――
自分の部屋で、携帯を裏返して蹲った。
本的な区切り方で言うと次の話とまとめてワンシーン。




