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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
6th AID  罪を愛して人を憎む

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神算鬼謀の生徒会長

「無理」

「無理ッ?」

 授業の合間を縫ってマリアにも知恵を募ったが、返ってきた答えは淡白且つ、端的で断定的なものだった。

「わたシは呪いに詳しいけど、それとこれは話ガ別。教えられる事があるとすれば呪いの使い方くらいだケド、それを聞きたい訳じゃないでしょ?」

 俺は何とかこの仮面を利用する事で暗行路紅魔と凛原薬子の関係性を証明し、仮面ビジネスを破壊したい。あのインチキ占い師の正体を暴き、名声を失墜させる為に動いている。募りたかった知恵とは要するにプランの事なのだが、現実的な方法でなければ第三者は耳を貸してくれない。本人の言う通りマリアの出番はなかった。専門家に専門外の事を聞いて一体どんな役に立つというのだろうか。

 その点においては無力として、では尋ねるのが骨折りだったかと言われたなら違う。自らの短絡ぶりを反省しつつ、俺はカバンから木彫りの仮面を取り出して机に置いた。

「じゃあこれが本物か偽物か分かるか?」

「本物と偽物があるノ?」

「ある……っていう前提でやってる。ネットの書き込み程度の信憑性だけど、直ぐに消えたってのが気になってな」

「そう。じゃあ基準を教えテ?」

「基準?」

「本物と偽物の違いだよ。何が本物で何が偽物ナの?」

 言葉より先に思考が詰まる。言われてみると分からない。今持っている情報から見て判別方法は実際に着用する事のみ。悪い目に遭えば本物だし何らかの理屈で幸せになれば偽物。方法としては分かりやすくてもこんな怪しい物体を実際に着用するなんて俺には出来なかった。だからマリアに判別を頼んでいる現状がある。が、話がループしてしまった。これでは本末転倒である。

 調べてほしいがために適当な事は言えないので潔く引き下がると、マリアは申し訳なさそうな表情のまま目を細めた。

「ごめんなさい、リューマ。力になれなくて」

「あーいやいいよ。俺の考えが浅はかだったんだ。そうだよな、呪いに詳しいからって何でもかんでも分かる特殊能力とは訳が違うんだもんな」

「……あまり無理はシナイで? リューマの厚意は嬉しかったけド、信者が一人居なくなっただけで、関係ないから」

「そうはいかない。きっかけはお前だったかもしれないけど、俺も妹を襲われて危うく絶縁される所だった。怪しい仮面を金銭取引もなしに渡して回るなんてどう考えても胡散臭い。タダより高いものはないって言うだろ? 妹に手を出された以上、俺だって黙ってられない。アイツをぶっ潰すまで、たとえ止められてもやるぞ」

「リューマ……」

 聖母とは、一般に偉大な母性を示す言葉である。聖母の様に感じた、まるで聖母だった、聖母そのもの。包容力の大きさを表すのにこれ以上的確な言葉はない。だが何も他人に向ける慈しみばかりが聖母ではないと俺は思っている。例えば、こちらへの感謝に満ちた笑顔などどうだろう。その柔らかくも穏やかな表情は、聖母と呼ぶに相応しいのではないだろうか。


「アリガトウ」

 

 楽な表情になったのを見てからマリアと別れる。収穫が無かったのではこれ以上居ても意味がない。自分の席に戻って授業の準備を整えていると、輝則が机の端を指でつっついていた。

「何だ?」

「深春さんが外で呼んでたぜ。いや、もう帰ったけど。放課後に……あー生徒会室だってよ。何かやったのか?」

 仕事が早すぎる。もう生徒会長と接触したのだろうか。幼馴染とも言っていたしもとから連絡先を知っていた可能性はあるか。行動は早い方がいい。『カラキリさん』の時だって一週間あるからともたもたしていたら彼女は死んでいた。今回だって手遅れになる可能性を孕んでいる。

「授業すっぽかして行けねえかな……」

「お前は良くても会長がすっぽかしすると思うか?」

 それもそうか。生徒会長は生徒の模範、ある種人間の模範でなくてはならない。校内にのみおける小さな選挙とはいえお遊びはなく本気も本気。たかが投票と真面目に考えない生徒は居ても、やはり得票の為には印象に残る―――アイツならいいかなあと思わせなければいけない。

「そう言えばお前、期末テストの勉強してるか?」

「してるかよ。どうせテスト直前に教科書読んでれば赤点回避出来るんだからする必要が無い」

「お前それ数学の前でも同じ事言えんの?」

「あれは何か月前から勉強した所で全く要領を得ないから勉強するだけ無駄だ。数学の考え方って向き不向きがあると思うんだな俺は。つまり、無理」

 



















 六時限目は数学だったが、全く頭に入らなかった。果たしてそれが適性の低さからかそれとも他の事に気を取られていたかは俺のみぞ知る。答えはどちらも。深春先輩が教室を窺ってきたせいで『噂』と事実がごちゃごちゃになった結果、向坂柳馬は二股野郎の疑いを掛けられる事となってしまったが背に腹は代えられない。今日の薬子は大人しかった(まともな証拠とやらは抑えられなかったのか?)し、二股していないのは雫が良く分かっている。 ならそれでいい。理解者が一人居るだけで孤独は薄れるから。


 良く足を運ぶ教室とは違い、生徒会室は厳かな雰囲気が素人目にも分かるくらい重厚な扉に守られていた。扉一つで厳かと言い出す感性にも問題はあるが、やたらと力が入っている扉にも問題はある。まるでここだけ名家の部屋を切り取ってくっつけたみたいだ。

 呼び出された手前入りたいが、踏み込もうとした時の緊張感は立ち入り禁止の場所に入る時にも劣らない。石橋を叩くだけ叩く勢いで慎重に扉をたたくと、奥から聞きなれた女性の声が聞こえてきた。

「後輩君ですよね? 入ってきても大丈夫ですよ」

 深春先輩がちゃんと居るので場違いではないし、名家の部屋を切り取ってくっつけた訳でもない。歴とした生徒会室だ。ノブを回して少し引くと隙間が生まれたのでそこから中を窺う―――

「何をしているんですか?」

「うひゃあッ!」

 隙間を遮ってこちらを覗き返してきた目に驚いて後退。何もない所で躓いて尻餅をついた。誰も居ないから良いものの、知り合いが居たら一か月は笑い話にしていただろう。内側から扉が開き、深春先輩が出てきた。目線的に可能っぽく見えたせいで無意識に視線がスカートの中へ向けられたがギリギリの所で何も見えなかった。

 左右を確認してから彼女は俺の手を引っ張り、勢いづいた体を抱きしめた。

「行きましょ」

「あっはい。すみません」

 背中を押されて中へ入る。縦に設置された長机に沿って複数のパイプ椅子が置かれており、用意された数は丁度役職者の人数と一致している。その殆どは空席であり、一番奥の椅子に座っている人間を除けば伽藍洞であった。

「君か。深春と仲が良いっていう後輩は」

「あッ、はい。えっと―――生徒会長ですよね?」

 スポーツ刈りの髪型が精悍な印象を与え、如何にも運動神経が良さそうに見える。見えるというのは単に見かけだけで判断出来ない人間を知っているからそう言ったまでだ。薬子とか、あの体格とあのスレンダーさからどう発想したら超人的な身体能力に行きつくのやら。

 生徒会長は席を立つと俺の前まで近づき、ニコッと笑いながら握手を求めてきた。

「生徒会長の神宮千尋じんぐうちひろだ。よろしくな!」

 

 ―――女の子みたいな名前だなあ。

 

 最初はそう思ったが千尋という読みは男女両方に使える文字だ。『葵』とか『瑞希』みたいなもので、性質としては中性に当たる。では何故俺が女の子だと思ったのかは……多分、映画のせい。

 悪手に応じると、筋肉質という程でもない固さに手を握り込まれた。要するに普通だ。少なくとも腕を使った運動はやっていないと断言しても良い。

「俺にはよく分からんが、深春を救ってくれたらしいなッ。友達として礼を言わせてもらいたい! ま、最近は疎遠だったんだが……」

「何か特別な理由が?」

「いやいや、人間関係に変化が生じるのはいつだって突然だし、特別な理由なんてない事がザラだ。強いて言えばクラス替えのせいだろうなッ」

 そうは言いつつも触れられたくないのか、「それはさておき」と生徒会長は再び椅子に戻っていった。何処でも座って良いとの話なので、せっかくだから深春先輩の隣に座らせてもらう。

「話は聞いているよ。何でも怪しい詐欺師と凛原薬子について調べているんだって?」

「はい。ちょっと付け加えさせてもらうと、その詐欺師結構有名で、暗行路紅魔って言うんですけど、あの男のせいで俺は妹と絶縁させられそうになりました。他の人も……Mちゃんも似た被害にあって。それで調べてる内に薬子と繋がっているらしい事が分かったんですけど、如何せん証拠が少なすぎるというかなんというか」

「オーケーオーケー。拙いながら伝わった。暗行路紅魔、知っているよ。仮面で人を幸福にするなんて、占いよりも胡散臭い事をやってるらしいね。そんな人を信じるのは個人の勝手だが、被害を受けたとあれば看過出来ない。俺に何をしてほしい?」


・薬子との関係を証明する


・仮面に本物と偽物があるかどうかの証明、あるなら見分け方の解明


・仮面ビジネスの正体を暴く


 俺が説明下手と悟った深春先輩が上記三つを会長に伝えてくれた。

 仮面ビジネスの最初の一人を見つける事にはつながらないだろうが、そもそもそれを探したい理由はやはり仮面の見分け方を知りたいから。

 薬子との関係が証明されれば暗行路紅魔への制裁でまとめて彼女も追い払えるかもしれない。無事撤退してくれれば俺はただちに雫とラブラブ新婚旅行に参る次第だ。それは嘘だが、思う存分デートは出来るようになる。

「どれか一つでも構わないんだけど、ちー君何処まで出来る?」

「ん……そうだなあ。見分け方はどうしようもないし、正体を暴くのも俺一人の力では無理だ。関係証明も然り。二人の力も借りていいなら……一手で出来るぜ?」





「「え!?」」





 声が重なった。

 証拠と情報が少なすぎるあまりせめあぐねていた現状を嘲笑うかのような発言。会長は笑っているが、しかしふざけ半分とは思えない。真剣味というよりは真剣そのもの、謎を一刀両断せんと言わんばかりの自信に満ち溢れていた。

「ど、どうやってですかッ?」

 食い気味に尋ねようとしたせいで長机の下で膝を打った。痛みはない。興奮でそれどころではなかった。

「まあ落ち着いてくれ。それにはまず―――証拠。深春から聞いたけど証拠っぽいの持ってるんだろ? それを預けてくれないか」

「そ、そ、それはもうはい本当に……タダでも差し上げますよ」

「有料じゃ要らないよ」

 すぐさま木彫りの仮面をカバンから取り出すと、生徒会長は興味なさげに脇へ追いやった。

「これだけ?」

「後、写真もあります」

「あ、そっちはいいや。俺が出来るのは突破口作りまで。追い詰めるのはそっちの仕事だ」

「ねえちー君。どうやってそんな事するの? 三人だけでそんな凄い事が出来るとは思えないんだけど」

「三人? いやいや、俺は二人『も』って言ったんだ。作戦漏洩を防ぐ為にも秘密にさせてもらうけど、人手は十分だから」

 生徒会長とは生徒の模範でなければならない。果たしてこの男がそう呼べるかは議論の余地があった。悪だくみをする生徒会長の図は、完全に主人公ご一行を罠に嵌めた時の悪幹部の顔つきだ。

「実は深春から話を聞いた時点で手は打っていたんだ。俺にも暗行路紅魔と薬子さんと……戦う理由がある」

「戦う理由?」

「……清水の事ですか?」

「その通り。君達の被害を看過出来ないなんて半分建前。本当は彼が休んでしまったからだ。体調不良なんかじゃないのは分かってる。様子を聞きに行ったからね。最初は何の事か分からなかったが深春の話を聞いて全部繋がった」

 半分建前なんて人聞きの悪い言葉を言ってしまう辺り根は正直なのだろう。口調と言い立ち振る舞いと言い生徒会長の器には疑問符をつけていたが、それは撤回しよう。同じ生徒会メンバーの為に奮起するその姿は、紛れも無くリーダーだ。

「二日だ。二日もあれば打てる。俺の関与が疑われたら何をされるか分からないから、二人は以降俺の所に来ない様に。それと追い詰めると逆上して凶暴化する恐れがあるから、自衛の道具は用意しておきたまえ」


 会長の眼が見つめる先には何があるのか。それは誰にも分からない。

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― 新着の感想 ―
[一言] マリアとシスター・ユリはどちらの方がより聖母でしょうか?個人的にはユリをおしますが。
[一言] 男の先輩キャラか……なんか頼もしい気がする
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