表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

1-8

「さあ、こんなことがあったばかりで気まずいだろうから、ヴァーミリオン嬢は王家の馬車で送ろう。……モーンフィールド侯爵は、なにも気にしないでくれたまえ」


 ハーヴェイが手を差し出してくる。


「お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。ハーヴェイ殿下」


 ありがたい提案を、アリスは素直に受け入れた。

 婚約の解消が決まった相手と、同じ馬車で帰るなんてさすがに無理だ。


「乗りかかった船だからね。騎士として、当然だ」


 申し訳なく思いながら、アリスはそっとハーヴェイの手を取った。

 社交界デビュー前に婚約していたから、エイルマー以外の男性の手を取るのは初めてだった。なんだかおかしな気分だ。


 アリスはそのままエイルマーのほうを振り向かずに、東屋から離れた。

 もう舞踏会を楽しむ気にはなれなくて、ハーヴェイが用意してくれた馬車に乗り、帰途につく。

 紳士なハーヴェイは、馬車に同乗しきちんと送り届けてくれるつもりみたいだ。


「ところで、ヴァーミリオン嬢。……さっき、侯爵を殴ろうとしていなかったか?」


「……そんなことは……ありません、わ」


 さすが、二十歳にして騎士団長を務める剣士だ。

 彼は、アリスがあの東屋で、暴力行為に及ぼうとしていたことに気づいていたらしい。

 けれど、殴って解決するという発想が野蛮すぎて、アリスは素直に認められなかった。


「……そう?」


 にこやかな表情は「すべてわかっている」と言いたげだ。

 アリスは馬車の座席に座ったまま、頭が膝につくほど思いっきり頭を下げた。


「申し訳ございません! ……それが殿下の策だと勘違いしてしまいました! 事件を起こし、エイルマーと父の両方から失望されたら、結果としてうまく行くはずだって……そう思って……」


「確かに、そういう手もあったかもしれない」


「やはり……殿下もその手をお考えでしたか……?」


「いいや、まったく考えていない。私は騎士だけれど、平和主義者だから。話し合いで解決できるものならそうするよ。ヴァーミリオン嬢は、さすがにホールデンの血族と言うべきか……」


 母方のホールデン子爵家は血の気の多い一族である。

 普段はできるだけ普通の令嬢でいようと思っているのだが、しっかりその血を継いでいることは疑いようがない。

 アリスは、ハーヴェイの言葉を否定できなかった。


「ひとまず、頭を上げてくれないか? ずっとそうしていると乗り物酔いになるかもしれない」


「はい。お気遣いに感謝いたします」


 素直に頭を上げ、ハーヴェイを正面に見据えた。


「……というわけで、侯爵とはお別れできそうだが、問題は父君のほうだ」


 アリスは頷く。エイルマーから言質を取っても、終わりではなかった。

 むしろ、父への対処のほうが難しい。


「はい、エイルマー……いいえ、モーンフィールド侯爵様が婚約の解消を申し入れたら、父が四年前の真実を打ち明けてしまう可能性があります。そうしたら、間違いなく侯爵様の気が変わってしまうでしょう」


 やはり、仮に剣姫だとバレてもエイルマーの恋心が蘇らないくらい、徹底的に嫌われておいたほうが楽だったかもしれない。


 つまり、殴っておけばよかったのだ。


「不穏なことを考えていないか? もちろん、策はあるから安心してくれ」


「……申し訳ありません」


 感情が筒抜けで、アリスは顔を真っ赤にした。


「父君には、こう話せばいい……『モーンフィールド侯爵が四年も必死に捜していることを知りながら、故意に黙っていて、今更打ち明けたら……侯爵はさぞお怒りになるでしょうね』……と」


 確かに、エイルマーが初恋の剣姫を捜し続ける羽目になったのは、アリスの父のせいだった。打ち明けたら、機嫌を損ねるのは間違いない。


「ですが……侯爵様は半年後に……」


 黙っていても、結局アリスの父は半年後にエイルマーの不興を買う。

 しかも父が黙っていた場合、エイルマーは本来結ばれるはずだった剣姫との結婚が叶わなくなる。

 そのとき侯爵家と伯爵家の関係は、間違いなく壊れるだろう。


 だったら、今の段階で打ち明けたほうが、父にとっては被害が少なくて済む。

 アリスの父は娘の感情など無視をして、そういう計算をするに違いない。


 けれど、ハーヴェイは首を横に振る。


「父君は騎士の権限を知らないだろう? ……半年後にどうなるのか、わざわざ教える必要なんてない」


「確かにそのとおりです」


 もしも知っていたら、エイルマーが騎士になった時点で、相当焦り、なにか対策をしていたはずだ。


「父君は、確実に侯爵の不興を買う選択をするだろうか?」


 騎士の権限を知らない父は、婚約解消で失うものを「格上の侯爵に望まれる、理想的な令嬢を育てた」という肩書きだけ――と、考えるだろう。

 しかもその娘というのは、父個人にとってとくに必要のない存在。

 四年間黙っていたことで、エイルマーに嫌われるよりはよほどいい。


「……もし、それでも説得材料が足りないというのなら、仮に侯爵夫人となったら、身分を笠に着て生家に嫌がらせをするかも……とほのめかしてみたらどうだろうか?」


 アリスを侯爵家に嫁がせても、ヴァーミリオン伯爵家に利点はない。

 むしろ損害が生じると思わせるのは、かなり有効な手だった。


「そこまでしなくて済むことを祈っておりますが、殿下の授けてくださった策で父と戦います」


「うん。ホールデン子爵家には、私から話を通しておくよ」


「……は、はい。ご配慮感謝いたします」


 アリスはそう言いながら、ほんの少しの違和感を覚えていた。

 なんだか、ハーヴェイに出会ってからすべてが順調に行きすぎている気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

原作を担当しております漫画のご紹介

『私の近衛騎士が女装をする理由』

✦・┈┈┈リンク┈┈┈・✦

pixivコミック(連載)

コミックシーモア(単話配信)

▼ 本編をチラ見せ ▼

画像

✦・気になる続きは、pixivコミックで・✦

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ