死闘!ティアマトVSヨルムンガント 後編
「グガガガガガ!!??」
「あぁ!ティア~!!」
ヨルムンガンドによって締め上げられるパートナーの姿を眺めながら、優助の心は折れかかっていた。
「くそっ!ここまでなのか!?」
「あぁ……私の怪獣研がぁ~」
秀一は悔しげに掌に拳を叩きつけ、カナエは両目から涙をこぼす。
もはや誰もが『優助の負け』だと思っていた………………かと思いきや。
「ユーくーん!ファイトォ!おぉー!!」
ただ1人、笑子だけが優助に声援を送っていたのだ。
「キュピィィィ!!」
笑子のすぐ隣では、そのパートナー怪獣であるリトルファルラ(人間サイズ)がハチマキと学ランという応援団のような格好をして『頑張れユーくん!負けるなティア!!』と毛筆で書かれた旗を口に咥えて振っていた。
「え、えみちゃん……」
幼なじみからの声援を受けながらも、優助はもはや諦めかかっていた。
だが……
「ユーくーん!ティアを見て!!」
「……えっ?」
「ティアはまだ!諦めてなんかないよぉ!!」
笑子に言われて、優助は未だにヨルムンガンドに締め上げられているパートナーを見る。
「グ……グガガァ~!」
ヨルムンガンドに全身を締め上げられてティアマトの体は青くなって、口の端からはよだれが垂れかかっており、見るからに満身創痍だったが……その目にはまだ闘志の炎が燃え、まだ勝利を諦めていなかったのだ。
「……………」
その時、優助の脳裏にあの川原で出会った謎の女性からのアドバイスが浮かんだ。
「その3!『自分のパートナーの力を信じる事』!アトレテスにとって、パートナー怪獣は無二の相棒で自分の分身!その力を疑ったり、信じられないっていうのは=『自分の力を信じていないし、信じられない』って事と同じ!例え世界中・・・いや、全宇宙の人間が君のパートナーの力を疑ったとしても、君だけは信じるだ。『自分のパートナーは強い』んだってね!」
「……そうだ。そうだった」
ティアマトは自分の大切なパートナーで、家族の一員。
パートナーが諦めていないのに、自分が諦める訳にはいかない。
優助は自分の両頬を叩いて渇を入れ、気持ちを切り替える。
その目には先ほどまでの諦めの感情は一切無かった。
とはいえ、諦めないだけで状況がよくなる訳ではない。
ティアマトはヨルムンガンドに締め上げられ続けているのだ。
「……」
優助の脳裏に、再びあの謎の女性からのアドバイスが浮かんだ。
「・・・その1!『対戦相手の事をよく知る事』!どんなに強くて『最強』とか『無敵』って言われている怪獣でも、基本的には『生身の生き物』だからね。強力な能力にはその分制限や限界があるし、体質的な弱点を持っている事だってあるんだ。バトルの前に相手の怪獣のデータや情報を調べておけば、バトルではかなり優位に立てる筈だよ」
「弱点……確か、ヨルムンガンドの弱点は……あっ!」
その時、優助の脳内である『秘策』が閃いた。
その時、優助もセコンドも気付かなかったが……優助の首から下がった『絆の鱗』のペンダントが淡く発光していた。
「シャキャア~?」
「ググググゥ~!」
一方、ヨルムンガンドはその全長200mの細長い体でティアマトの体を締め上げながら、苦しむティアマトに勝ち誇るような視線を向けていた。
「……ティアー!」
「……グガァ!?」
その時、優助の叫びがグラウンドに轟き、ティアマトは視線を自分を締め上げる対戦相手から小さなパートナーに向ける。
「息を吸い込んで!」
「グガッ?」
「思いっきり!息を吸い込むんだぁー!!」
「グガァ!!」
優助からの指示を受け、ティアマトはその肉食恐龍のように大きな口を、更に大きく開いて空気を吸い込み始める。
「ガガガガガガガガガッ!」
「シャ、シャキャアッ?」
『なんと芹沢君、ティアマトに『ただの深呼吸』を指示した!?』
『一体彼は、何をやらせるつもりなんでしょうか?』
「ゆ、優助?なにやってんだ一体?」
「な、何でここで……深呼吸を??」
優助の指示とティアマトの行動にヨルムンガンドのみならず、実況・解説やセコンドの秀一とカナエも困惑していた。
「ふふ……今更何をやっても無駄ですわよ?」
だが、既に勝利を確信しているエミリアは勝者の余裕を崩すことなく、2杯目の紅茶を口にしていた。
「ユーくーん!ティアー!頑張れー!!」
「キュピィィィ!キュピィィィ!!」
そして笑子とリトルファルラはただ優助とティアマトの勝利を信じて声援を送っていた。
「ティア!ヨルムンガンドの首筋に噛みついて!」
「グガアアアア!!」
ティアマトが肺いっぱいに空気を吸い込み終えると、優助は新たな指示を送る。
「ガフゥゥッ!」
「シャキャア!?」
ティアマトはパートナーの指示通りに、自身を締め上げるヨルムンガンドの首筋に噛みついたのだ。
「シャ、シャキャア!シャキャア!!」
突然ティアマトに噛みつかれ、ヨルムンガンドはティアマトの口から逃れようとのたうち回る。
「グルルルルゥゥ!!」
だがティアマトの口はワニのように固く、スッポンのように執念深く、ヨルムンガンドの首筋に食らいついたまま離れない。
優助は更なる指示を送る。
「そのまま思いっきり息を吐いて!!」
「ガフゥゥゥゥッ!!!」
ティアマトはヨルムンガンドの首筋に食らいついたまま、直前に吸い込んだ空気を吐き出していった。
「やれやれ、無駄な事を……」
エミリアは優助とティアマトの行動に動じることなく優雅に紅茶を口にする。
しかし…………
「シャキャアアアアアアアアア!!!!!」
「………えっ?」
ティアマトによって空気を流し込まれたヨルムンガンドは、突然苦しみ始めたのだ。
「シャキャア!!シャキャア!!」
ヨルムンガンドは目を白黒させながらティアマトから逃れようと暴れまわり、ティアマトへの巻き付きを少しずつほどいていく。
「ど……どうしたんですの、ヨーミー?」
噛み付かれた状態で空気を流し込まれただけで苦しむパートナーの姿に、エミリアは目を丸くする。
『なんと!エミリア生徒会長のヨルムンガンドが、芹沢君のティアマトにただの空気をかけれただけで苦しみ始めた!?』
『一体これはどういうことなんでしょうか?』
「なんだなんだ?」
「どうなってんだ?」
エミリアだけではない。実況席はおろか大半の観客も、突然の事態に困惑を隠せなかった。
「ほーん……中々面白い奇策を考えるじゃないか、少年」
そんな中で、水筒の中身を口にしながら成り行きを見守っていたあの謎の女性だけが、優助の真意に気がついていた。
「何だかよくわかんないけど……ユー君ナイス!」
「キュピィー♪」
一方セコンド席では、事態はよく分かっていないながらも、笑子とリトルファルラが笑顔でハイタッチをしあった。
「あ、あぁ……でも、本当にどうなってんだ一体?」
秀一も事態の『良い意味での』急変に、内心喜んではいたものの……何故、ヨルムンガンドが苦しんでいるのか?それが気になっていた。
「……あっ!そうか分かった!」
その時、カナエが手をポンと叩いて『あること』を思い出した。
「私と優助君は、ティアの特訓と平行して会長さんのパートナー、つまりあのヨルムンガンドについて調べてたんだよ……『深海龍 ヨルムンガンド』はその名前の通り、本来は深海に住む怪獣!だから地上呼吸用の『肺』とは別に、首筋に水中呼吸用の『鰓』を持っているんだよ!」
「と、いうことは……」
カナエの言葉で秀一や笑子にもようやく合点がいった。
「そっか!鰓は水の中に溶け込んでいる酸素を取り込む器官!その鰓に直接空気を流し込まれたら、普通の魚とかならショック死するけど……」
「……ヨルムンガンドは怪獣だから、即死しない代わりに『尋常じゃない激痛』が走っているって訳か!」
「そう!そしてMレベル5であるティアマトの肺活量は、単純計算で人間の500倍!それだけ大量の空気を一度に鰓に流し込まれたら、どんな怪獣だってひとたまりもないよ!!」
「ガフゥー!ガフゥー!!ガフゥー!!!」
「シャキャアアアアア!!シャキャアアアアア!!!」
カナエが説明する中、ティアマトはヨルムンガンドの首筋……正確には首筋の鰓穴に空気を流し込んでいく。
鰓穴に空気を流し込まれる度に、ヨルムンガンドの体には人間には想像もできない程の激痛が走り、目を見開いてのたうち回ってティアマトへの巻き付きを少しずつほどいていった。
「シャキャアアアアア!?」
そして……とうとうティアマトへの巻き付きを、完全にほどいてしまったのである。
「ティア、今だ!ヨルムンガンドを掴んで、お返しだ!!」
「グガアッ!」
優助からの指示を受け、ティアマトはヨルムンガントの首筋から口を離して代わりにヨルムンガントの尻尾を掴んだ。
「グガアアアアアア!!」
ティアマトはヨルムンガントの200mもある細長い体を掴み上げると、それまでのお返しとばかりにグラウンドに叩き付け始めたのだ。
「グガアアアアアア!グガアアアアアア!!」
「シャ、シャキャアアア!?」
ティアマトはヨルムンガントの体を剣道の竹刀のように大きく振りかぶり、何度も地面に叩き付ける。
ヨルムンガントの体が叩き付けられる度に、グラウンドには砂ぼこりが勢いよく舞い上がる。
「シャ、シャキャ?シャキャアアア!!??」
一方のヨルムンガントは、口の端からよだれを漏らしながらティアマトから逃れようともがくが、先ほどの鰓穴への空気流し込み攻撃によるダメージによってヨルムンガントにはもはやティアマトから逃れるだけの体力は残っていなかったのだ。
「あ、あぁ…………」
予想だにしなかった展開にエミリアは茫然となり、手にしていたティーカップとカップソーサーはグラウンドに落下して粉々に割れていた。
『先ほどまでのお返しとばかりのティアマトの猛攻に、ヨルムンガントはなす術もありません!』
『いやぁ、自分の目が信じられませんねぇ……』
『本当です。まさかあの芹沢君が逆転できるだなんて……』
『『………………』』
実況席の2人は一瞬視線を交わした後……お互いのほっぺたをつねりだした。
『『いててててぇぇぇぇっ!!』』
互いのほっぺたから手を離すと、二人は赤くなった頬を涙目で擦った。
『ど、どうやら夢ではないようですね……』
『えぇ、全く……』
実況席が漫才染みた事をしている間にも、ティアマトの攻撃は続いていく。
「……ティア!そのままヨルムンガントを振り回して!!」
「グガアアアアアア!!」
新たなる指示を受け、ティアマトはヨルムンガントの尻尾を掴んだまま、その場でぐるぐると回転を始めた。
「グガアアアアアア!!」
「シャキャアアア~~~!!」
ティアマトに振り回されて、満身創痍なヨルムンガントは目を×の形にする。
「今だ!ティア!ヨルムンガントをぶん投げるんだ!!」
「グガアアアアアアアアアアアアア!!」
ティアマトの手がヨルムンガントから離されると、ヨルムンガントの体は回転の勢いにより野球のボールのように天高く飛んでいった。
「シャ、シャキャア……」
空中高く舞い上がったヨルムンガントは目をナルトのように回していた。
「ティア!破壊光線、フルチャージだ!!」
「グガアアアアアア…………」
優助からの指示を受け、ティアマトは両足を踏ん張りながら深く息を吸い込み、力を貯めていく。
同時に、ティアマトの頭部に生えた山羊のような角が、根元からインジケータランプのように徐々に発光し始め………ついに先端まで完全に発光した。
『いっけぇえええええ!!』
「ティア!破壊光線、発射ー!!」
「………グガアアアアアアアアアアアアア!!」
笑子達セコンドと優助の叫びを合図にして、ティアマトの口からフルパワーで吐き出された白色の破壊光線は、空中に飛ばされたヨルムンガントに飛んでいき………
「しゃ、シャキャアアア………………」
ドッグアアアアアアアン!!!!
………一瞬にしてヨルムンガントを包み込み、空中で大爆発を起こしたのだ。
「くぅ………」
あまりの爆発の大きさと爆風に優助を初め、地上にいる大半の者がたじろいだ。
そして爆風が治まると………
黒焦げ状態のヨルムンガントがドシーンともドズーンとも感じられる地響きを立てながら、グラウンドに落下したのだった。
「シャ……シャキャ……シャキャア……」
グラウンドに横たわるヨルムンガントは全身が黒焦げに染まり、目を×の形にして口から泡を吐き、手足をピクピクと痙攣させていた。
「……」
レフェリーロボのジャガーアローンの両目からピンク色の光線が放たれて、グラウンドに横たわるヨルムンガントをスキャンする。
「……………」
数秒の間を置いて……ジャガーアローンは片手を掲げて宣言した。
「ヨルムンガント、戦闘不能!ティアマトの勝利!よって、この勝負………」
「芹沢優助君の勝利!!」
『……‥…』
ジャガーアローンの宣言と共に、グラウンド全体が静寂に包まれる。
そして………
「い…………いぃやぁぁぁぁったぁぁぁぁぁぁ!!!」
「グガアアアアアア!!」
『オオオー!!』
優助の歓喜の叫びとティアマトの勝利の雄叫びと共に、グラウンドもまた歓声に包まれた。
『……や、やりました!芹沢優助君とティアマトが、度重なる連戦連敗記録についに終止符を打ち、エミリア生徒会長とヨルムンガントに勝利しました!!』
『いやぁ~……あまりに予想外過ぎる結果で、自分の目が信じられませんねぇ?』
『本当に、まるで夢でも見てるようです……』
『『…………』』
実況席の二人はまたしても互いに視線を交わした後……またお互いのほっぺたをつねりだした。
『『いてててててっ!!』』
二人はほっぺたから手を離すと、赤くなった自分の頬を擦ったのだった。
『ど、どうやら……夢ではないようですね?』
『えぇ………』
『『けど、念のため……』』
などと言いつつ、二人はまたお互いのほっぺたをつねりだしたのだった。
「そ、そんな………」
エミリアは、横たわるヨルムンガントの姿が信じられず、両膝を地面につけて顔を伏せる。
「はぁ~……」
一方、優助は緊張の糸が切れたのか、大きなため息を漏らしながらグラウンドにへたりこんでしまったのだった。
「優助ぇ!」
「ユーくーん!」
「キュピィー!」
「優助くーん!」
地面にへたりこんでしまった優助に、セコンドにいた秀一、笑子&リトルファルラ、そしてカナエが笑顔を浮かべながら駆け寄ってきた。
「ユーくんスゴォイ!本当に会長さんに勝っちゃったよ!」
「ははは……自分でも信じられないよ」
笑子から称賛の言葉をかけられ、優助は恥ずかしそうに頬を赤らめて笑みを浮かべる。
「ま、私は最初から信じてけどね!」
カナエはまぁまぁ豊満な胸を張ってどや顔になるが、それに秀一が苦笑する。
「……何言ってんですか?部室の私物の片付けやってた癖に?」
「えっ!?いやいや!あれはその……『万が一』って場合に備えて………」
『ハハハハハハハハハ!!』
調子の良い事を言うカナエに、優助も笑子も秀一も笑いをこぼした。
「キュピィ!キュピキュピ!キュピピピィ!」
「グガガアアア~♪」
そして、リトルファルラは今回一番頑張ったであろうティアマトに労いの言葉をかけ、ティアマトは嬉しげな鳴き声を挙げたのだった。
かくして、めでたしめでたし。
……かと思えば。
「み………認めませんわぁ!!」
まさかの急展開。




