day36 品評会
「全部付与効果の付いた武器だったけど、鍛冶職人は付与を取るのが定番なのかな?」
「私共の世界では定番ではなかったように思いますが……」
「魔物の素材から付与するならともかく、付与スキルは使い物にならないという認識だね。
まぁ、素材からの付与も、腕の良い職人であればだがね」
ジオンの言葉にエルムさんが続ける。
そう言えばジオンが前に、素材からの付与は成功率を上げる方法があると言っていたけど、それはスキルレベルが高くないと出来ないのだろうか。
それとも、スキルレベルには関係なく、コツが必要だったりするのだろうか。
何にせよ、付与をするのは大変だってことに変わりはない。
武器部門に出ていた武器の全てに付与効果が付いていたのは、さすが異世界の旅人ということだろうか。
「しかし君、武器部門に参加しなかったのかい?」
「色々と思うところがありまして。
ですが、そんなに大きな問題ではないのかもしれません」
「問題? あ、確か戦闘祭に向けてって言ってたよね」
「そうですね……次にまたこういった催しがあった際は参加しても?」
「うん? うん、ジオンの好きにしていいよ」
付与が主流のようだし、付与効果が数種類付いているくらいで妬まれたりはしないかもしれない。
さすがに全ての鉱石を魔法鉱石で作ってしまうのは優勝は間違いないとは言え、他の人達と大きな差がでてしまうだろうし、遠慮しておきたいところだけど。
ふむ……大差で勝利して、名前を売るというのもありだろうか。
一躍有名人になって、今まで以上に武器が売れるようになるかもしれない。
まぁ、ジオンがしたいようにしてもらおう。
『調薬部門の審査が終了しました。これより結果の発表を行います』
会場内に響いた言葉にステージへ目を向ければ、参加したプレイヤーと審査員の人達、そして司会の人がずらりと並んでいた。
来賓席からステージまで距離がある為、どんな人がいるのかはっきりと確認することはできない。
あちこちにあるモニターに映る参加者の顔を見れば、空さんは控室に行く前と同じく、フードを深く被ったままステージに並んでいる。
これまで、防具部門、縫物部門、武器部門と見てきたが、審査基準は部門によって違うようだった。
防具部門と武器部門であれば単純に性能がメインのようだったし、縫物部門はデザインと性能が半々といった感じだ。
恐らく、調薬部門の審査基準は性能だろうと思う。
ちなみに、縫物部門は布で作られた服……つまり裁縫スキルで作られた服が並んでいた。
ただ、例えば服の一部に革細工スキルが使われていたとしても、大半が裁縫スキルで作られているなら良いらしい。
『第3位! 《初級ハイポーション》! 出品、ルディガー様!』
発表と共に、モニターに驚いた顔をした後、悔しそうな顔をしたプレイヤーの顔が映った。
俺だったら3位でも大喜びしそうだけど、職人気質の人は違うのだろうか。
どんなアイテムが出品されているかは審査前に紹介があるのでわかるけれど、誰が作ったものなのかは結果が発表されるまで知ることはできない。
それも、上位3名のみだ。
なんとも不機嫌そうな顔をしたプレイヤーが映るモニターとは違うモニターに表示されているアイテムの詳細と総評を眺めてみれば、全体のHPの2割を回復できるというポーションだった。品質は☆3。
回復量は品質やランクで違うのだろうけれど、HPが多い人なら同じ初級でもポーションよりハイポーションのほうが回復量が多くなるだろう。
例えばHP400のリーノであれば、あの《初級ハイポーション》だと80回復するということで、普段使っている☆3の《初級ポーション》の回復量60よりも上だ。
まぁ、俺のHPは170なので、ポーションを使った方が良いけれど。
ジオンもハイポーションのほうが回復量が多いし、2人用に今度露店で探してみようかな。
『見事第3位入賞を果たしたルディガー様には、500の受賞ポイントが贈呈されます』
品評会の受賞者には3位が500、2位が1,000、1位が2,000の受賞ポイントと呼ばれるポイントが貰えるらしく、司会の人は装備や素材等のアイテムと交換できると言っていた。
どんなアイテムと交換できるかはポイントを持っていないと分からないので、ポイントをゲットして帰ってくるだろうカヴォロに教えてもらおう。
「あ~どうかなぁ……空、大丈夫だとは思うんだけど、どきどきするねぇ」
「空さんもハイポーション作れるの?」
「うん、露店でも売ってるよ。でも……彼の作った物のほうが性能は上みたいだねぇ」
そう言ったロゼさんは渋い顔をしてモニターへ視線を向けた。
兄ちゃんに視線を向けると、小さく苦笑して口を開く。
「んー……まぁ、βの頃からの……顔見知り?」
「ふぅん?」
煮え切らない返事を不思議に思っていると、次の受賞者の名前が発表された。
受賞したアイテムは《初級エリクシール》。
エリクシールと言えば、他のゲームのエリクサーや万能薬といったアイテムと同じだろうか。
万能薬に初級も上級もあるのだろうかと詳細を見てみれば、麻痺と毒、睡眠が回復すると書いてあり、ランクによって回復する状態異常が増えるのだろうと予想できる。
それぞれ単体だと3つのアイテムスロットが埋まるけれど、《初級エリクシール》なら1つだけだ。
「うーん……せめて2つの状態異常に同時になってないと勿体なくて使えないかも」
「はは。今のところ2つ以上一緒になる機会はなさそうだね」
リーノと対面した時にたくさんの状態異常に一気になったけど、3つの状態異常が治ったところで死んでいただろう。
『それでは……第1位の発表です!』
ドラムロールと共にぐるぐるとスポットライトがステージを照らす。
『第1位! 《初級エリアルマナポーション》! 出品……空様!!』
大きな歓声がステージに向かって放たれる。
でも、どの席よりも、俺達の席が一番盛り上がっているだろう。
「うっしゃあ!!!」
「やったわ! 優勝よ!!」
「空ー! おめでとう!」
朝陽さんとロゼさんが大きくガッツポーズをしてステージにいる空さんへ歓声を上げた。
兄ちゃんも嬉しそうに手を叩いて歓声を送っている。もちろん、俺もだ。
それだけじゃない。一緒に応援していた皆が大きな賞賛の声を上げている。
「広範囲のマナポーション……凄いですね。
肆ノ国で広範囲のポーションなら見たことはありましたが、マナポーションは初めて見ました」
「マナポーションは難しいらしいからなぁ」
「ってことは、この辺りでは手に入らないってことだよね?
空さんって本当に凄いんだね!」
モニターに映る空さんは、鳴りやまない歓声に照れ臭そうに口元を歪めて、両手でフードの端を掴んで更に顔を隠そうとしている。
「おいおい、優勝とはな! 恐れ入ったよ!」
エルムさんはモニターへと視線を向けて、きらきらと瞳を輝かせた。
空さんに……いや、空さんの作った《初級エリアルマナポーション》に興味津々のようだ。
『料理部門の参加者の皆さんは控室へとお越しください』
会場内に響いたアナウンスに、俺達はカヴォロへ視線を向ける。
「おっしゃ! この調子でカヴォロも優勝してこいよ!」
「……頑張ってこい」
「あぁ……任せてくれ」
クリントさんのお父さんとオーナーさんの激励に、困ったように笑ったカヴォロが立ち上がる。
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、カヴォロ。頑張ってね!」
「カヴォロなら優勝間違いなしだぜ!」
「えぇ、応援しています」
小さく手を上げて来賓席から控室に向かうカヴォロの背中を見送って、調薬部門の参加者達がぞろぞろと退場しているステージへと視線を戻す。
次はアクセサリー部門だ。
◇
「カヴォロ、優勝おめでとう!
それから空さん、二冠おめでとう! 乾杯~!」
品評会が終わった後、少し遅れてくるというエルムさんを除いた全員で、オーナーさんのレストランへと移動して打ち上げをすることとなった。
貸し切りである。
会場からの転移陣は各街へと繋がっているものの、開催時間外に利用する事はできないので、カプリコーン街以外に住んでいる人達はここにくるのは難しいかなと思ったけれど、最終日に帰ったら問題ないからと、みんなカプリコーン街に滞在することにしたそうだ。
「ね、カヴォロ。この料理、優勝したやつ?」
「あぁ、そうだ」
レストランに到着してから、オーナーさんとキッチンに篭って料理を作ってくれていたカヴォロに声を掛ける。
「それにしても、まさか料理で強化できるとはなぁ」
「カヴォロ君の優勝は間違いないだろうって思ってたけど、まさかこんな料理が出てくるなんてねぇ」
料理を眺めながら大きく感心している朝陽さんとロゼさんの言葉に頷く。
「カヴォロならいつか作れるだろうって思ってたけど……。
そんな話してなかったからびっくりしたよ」
「ふ……たまにはライを驚かせたくてな。
品評会までは黙っているつもりだった」
「なるほどぉ……効果てきめんだよ。
これからもっと露店が忙しくなりそうだね」
「あぁ……まぁ、そうだな。祭りの間は出すつもりはないが」
「あれ? そうなの?」
「欲しいやつ全員に行き渡るなら良いが、戦闘祭と狩猟祭で差がつくからな」
同じレベルのプレイヤー同士なら、当然強化料理を食べている人のほうが有利になるだろう。
もちろん、ステータスだけで勝負は決まらないけれど。
「ライが食べたいって言うなら渡すが」
「えー! 恨まれるじゃん!
普通のお弁当が良いなぁ。明日から露店出すんでしょ?」
「あぁ……弁当か。あの席なら大皿料理も広げやす……」
俺とカヴォロの間に急に現れたアイテムに、カヴォロの言葉が止まる。
腕の持ち主へと視線を向けると、そこにいたのは空さんだった。
「あげる」
その言葉に、俺達の間にある大きな重箱を見る。
空さんが作ったのだろう。
「あ、あぁ……」
いつものカヴォロなら貰うわけにはいかないと言いそうなものだけれど、急に目の前に現れた重箱に面食らったのか、カヴォロはそれを素直に受け取った。
「俺おにぎり食べたい」
「サンドイッチ」
「米がないと言っただろう。サンドイッチは多分出来る」
「あれ? パンはあるの?」
「今日、小麦粉を分けてもらえたんだ」
カヴォロがクリントさんのお父さんに視線を向けたのを見て納得する。
今日たくさんの材料を押し付けられていた時に貰ったのかな。
分けてもらう必要があったと言うことは、カプリコーン街にも小麦粉は売っていなかったのだろう。
「……分けてもらう?」
「あそこで飲んだくれてるやつだ。
さて、俺は弁当を作ってくる」
「……NPC……」
空さんはカヴォロが示した人物に顔を向け、聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。
次にこの場にいるみんなへ順番に顔を向けた後、最後に俺に真っ直ぐと顔を向けた空さんに首を傾ける。
目はフードに隠れて見えないけれど、俺を見ているのだろう。多分。
「弟君の影響?」
「ん? なにが?」
「……ううん。わかった」
何のことだか分からないけれど、解決したようなので、まぁ良いか。
それにしても、極度の人見知りだと聞いていたけど、兄ちゃん達の元ではなく俺達の元に一人でいるのは大丈夫なのだろうか。
ちなみに、俺は凄く緊張している。
気付かれないように小さく息を吐いていると、からんころんと鳴るベルの音と共に、老人を連れたエルムさんがレストランへと入って来た。
「あ、エルムさん。そちらの男性は?」
「部外者を連れてくるような無粋な真似をしてすまないね。
そちらのお嬢さんに紹介しようと思ってな」
「……私?」
「そう、君にだ。君には私よりこの爺のほうが合うだろうからね。
まぁ、腕は私の方が上だが、こいつもなかなかの魔道具職人だ」
「ほっほっほ。お前さんと比べられちゃ誰でもそうさ。
お嬢さん、儂を覚えておらんかの? 今日の木工部門の審査員だったんじゃが」
空さんが頷いたのを確認したお爺さんが朗らかに笑う。
「いやはや、見事な弓じゃった。装飾も凄かったの。
家具や家庭用品を作るのが好きじゃと聞いたが、合っておるか?」
「……木工で作るなら弓よりも箪笥が作りたい。
卓上コンロも作ってみたいけど、それよりも、家庭用コンロが作りたい」
「うむうむ。儂もそうなんじゃ。
魔道具職人にも色々おってな? 儂は家庭用魔道具専門なんじゃよ」
なるほど。それで空さんに紹介してくれたのか。
空さんとお爺さんの会話の邪魔にならないように、俺達は少しだけ離れた場所に移動する。
あの感じなら、空さんも魔道具製造スキルを取得することができるだろう。
「エルムさんは何専門なの?」
「強いていうなら専門の魔道具職人がいない魔道具さ。
まぁ、報酬が良けりゃなんでも作るがね。
ところでライ、魔道具は作ってるかい?」
「うん! 作って売りに……あ!」
そういえば、《風の宝箱》と《氷の宝箱》の落札期限が終わっているはずだ。
確認しておこう。
「たっか!!!!」




