day24 露店広場にて
アリーズ街に行かずに鉱山の村で夜ご飯を食べていたら良かったと何度思ったことだろう。
牧場の村の周りは夜もグラトランスが出ていたし、鉱山の中は昼も夜も同じ敵だったので、弐ノ国に出現する夜の魔物をこれまでに一度も見たことがない。
まさか、キラービーが出現するこの場所が、夜になると蜘蛛の巣窟になるなんて思ってもいなかった。
たまに家で見かける小指の爪程の小さな蜘蛛ならともかく、それ以外は少し……いや、凄く苦手なのだ。
ましてやあんな、胴体の大きさが頭くらいある蜘蛛なんて……蜘蛛が好きな人には申し訳ないが、この世の終わりかと思った。
その姿を捉えた瞬間一目散に走り出し、アリーズ街への道を走り抜けた俺の速さは見事だったとジオンは語る。
ちなみに、苦手だと知っている兄ちゃんに何故教えてくれなかったのかと聞いたところ、『この辺りに出ることを知っていると思ってたし、ゲームなら大丈夫なのかと思った』と笑っていた。
モニターの中にいるならまだしも、目の前にいるのは無理である。
「あぁ~……あー……まぁ、お陰で早く着いたってことにしておこう」
大きく溜息を吐いて、露店広場への入口に目を向ける。
武器とアクセサリーは兄ちゃんに渡した後だし、前回のお金も受け取っているけれど、せっかくきたのだからロゼさん達に挨拶しに行こう。
兄ちゃんの後を追って、盾を買いに来た時よりも随分賑やかになった露店広場を歩く。
ほとんどのプレイヤーが露店を開きながら生産をしている様は、鬼気迫っていて少し怖い。
どうやら今日も空さんはいないようだ。
露店の後ろにある生垣のレンガに腰掛けた朝陽さんが俺達に気付いて手を振ってくれた。
兄ちゃんは店番をしているロゼさんの元へ武器とアクセサリーを渡しに向かい、俺は朝陽さんの元へ向かう。
「朝陽さん、こんばんは。いつもありがとうございます」
「よっ。狩猟祭、レンと参加するんだって?」
「うん、あ、えぇと……ごめんなさい。朝陽さん達も兄ちゃんと参加したかったよね」
「あいつがいりゃ楽だなーとは思うけど、ま、気にすんなって!
こう見えて、俺結構強いんだぜ? 俺とレン両方いたら他のパーティーが可哀想だろ?」
朝陽さんの答えに思わず笑みが零れる。
「あはは。ロゼさんと空さんは?」
「おーロゼも強いぜ。空は……まぁ、やる気だしたら強いんだけどな……。
空、極度の人見知りなんだよ。ライも人見知りなとこがあんだろ? そうは見えねぇけど。
だから、空とライが慣れたら、今度は一緒にイベント参加しようぜ」
恐らく兄ちゃんがそう伝えてくれたんだろうけど、人見知り……なのだろうか。
まぁ、うん、大体そういうことだろう。多分。
「うん、その時は是非」
「それに、お前ら兄弟が揃ってるとこ見たいっつーやつ多いからなぁ~」
「? そうなの?」
「ライに妙な事吹き込むんじゃないよ、朝陽」
渡し終わった兄ちゃんが俺達の元へ歩いてきて、朝陽さんの肩を叩く。
「ロゼから伝言。直接お礼が言えなくてごめん。ありがとう。だって」
「ん? あ! 気に入ってくれたなら良いんだけど」
何のお礼だろうかと思ったけど、ショートソードのことかと思い至る。
「凄く喜んでたよ」
「それなら良かった」
ちらりとロゼさんに視線を向けると、露店にきたプレイヤーと話をしていた。
俺も露店を出してみたいけど……それはもう少し、怖くなくなってから、かな。
「そう言えば、兄ちゃんは店番しないの?」
露店の近くに朝陽さんといるところを見たことはあるけど、店番をしているところは見たことがない。
兄ちゃんも日によっては店番をしているのだろうか。
「あー……うん。してないね」
「こいつに店番させると面倒な事になっからすんなって言ってんだよ」
「面倒なこと?」
「長くなるし、混むし……必要ねぇもんまで買って行くプレイヤーがやたらと多くなったりするし……。
レンが作ったもんでもねぇのに」
なるほど。兄ちゃん目当ての人達かと納得する。兄ちゃんは昔からモテモテだ。
バレンタインデーにはたくさんのチョコレートを持って帰ってきていたし、卒業式には追剥にあったかのような状態で帰ってきてた。
俺はそんな兄ちゃんをまるで漫画みたいだなと思いながら、自分の兄がモテているというのは気分が良いなと思っていた。ちょっとだけ。
「まぁ、こっちは金になるから構わねぇんだけどな。
必要なやつが買えないって文句言われるわ、買えなかったやつが買ったやつと争いだすわ……他にも……」
「はいはい。ライ、朝陽の話は話半分で聞いていいからね」
全部本当のことなんだろうなと思いつつ、頷いておく。
「朝陽、暇してるなら狩りでもしてきたら?」
「店番交代するために帰ってきたばっかだっつーの」
「店番って交代することができるの?」
「おう。出来るぜ。パーティー組んでなきゃ無理だけどな」
朝陽さんの説明によると、露店を開いたプレイヤーが露店から離れると自動的に露店は閉じてしまうが、パーティーメンバーが露店にいれば閉じずに離れることができるらしい。
露店に登録したアイテムは露店を閉じるまでは一旦アイテムボックスから露店のアイテムスロットへ移動するため、露店を開いたプレイヤーじゃなくても露店を開いた時と同じアイテムを売ることができるそうだ。
露店を開いた本人であれば露店を開いた後でもアイテムの追加登録が可能だ。
それから、売り上げは露店を閉じた時に露店使用料が引かれてから全て所持金に移るそうで、露店を開いたプレイヤーのみが露店を閉じることができるとのこと。
自動的に閉じた場合も同じ処理が行われるとか。
ちなみに、テイムモンスターは露店を開くことや閉じることはできないけど、テイマーの状態に準ずるそうだ。
「今俺がロゼさんとパーティーを組んだら、ジオンも店番ができるってこと?」
「おーそうなるな。ただ、その状態でライがログアウトした場合、他のパーティメンバーが露店にいなきゃ自動的に閉じちまうけどな」
「なるほど……つまり、ジオンに俺がいない間に露店で売ってもらうことはできないってことだね」
「そういうことだね。
ところでライ、カヴォロの所に行かなくていいの?」
「あ! そうだった! それじゃあまたね兄ちゃん。
朝陽さんも、教えてくれてありがとう」
「おーまたなー」
「またね。カヴォロの露店はあっちだよ」
2人から離れて、兄ちゃんが指差していた方向へ歩いて行けば、すぐにカヴォロの露店を見つけることができた。
夜ご飯時ということもあってたくさんの人が並んでいる。
「良い匂いだなぁ~俺腹減ってきた」
「うーん……これだけ人が多いと頼めないね」
楓食器を使える料理を作って欲しいと言おうと思っていたけれど厳しそうだ。
空腹度も増えてきたし、先に街のレストランで食事をしてから出直そうかなと考えていると、俺達に気付いたカヴォロが手招きをする。
俺は逡巡した後、カヴォロのいる露店にお邪魔させてもらうことにした。
「忙しい時にごめんね」
「構わない。来てもらって悪いな。今、休憩中の札を……」
「俺手伝いたい! 手伝わせてくれねぇか?」
先程朝陽さんの話を一緒に聞いていたリーノの提案に、カヴォロがぱちりと目を瞬いた。
「……それは、助かるが……」
「いーのいーの! 稼ぎ時なんだからよ! それに、こんだけの人数待たせるのも悪ぃしな」
「……それじゃあ……頼んでいいか?」
「おう! 任せてくれ!」
「いいなぁ。俺も店番してみたい」
「ライは駄目だ」
「えぇ……即答……? あ、そっか。俺がしたら来た意味ないもんね。今度させてくれる?」
「……考えておく」
パーティーメンバーでなければ店番は出来ないと言っていたので、カヴォロをパーティーに招待して俺達のパーティーに入って貰う。
それを確認したカヴォロは早速、接客しながらリーノに露店についての説明を始めた。
値段を覚えるのは大変そうだなと思っていたけれど、露店を開くときに値段を設定しているので忘れていても問題ないらしい。
露店に取り付けられたタブレットに、現在露店で売っているアイテム一覧があるので、そこから注文されたアイテムを選択すれば、注文したプレイヤーの前にお金を入力するウィンドウが現れるそうだ。
お金が支払われたらそれを知らせる旨がタブレットに表示されるので、アイテムを渡して取引終了。
直接アイテムボックスに送ることもできるけれど、量が多い場合は別として、基本的には手渡しで良いとのこと。
「大丈夫そうか?」
「おう、大丈夫だ!」
「わからないことがあったら聞いてくれ。それじゃあ、頼んだぞ」
少し後ろへ行こうとリーノと生垣の間、1.5メートル程の空間をカヴォロが指差したので、頷いてそれに従った。
後ろからリーノの様子をハラハラしながら眺める。
子供を初めてのお使いに行かせる親の気持ちはこういう感じなのだろうか。
「問題なさそうだな」
「そうだね。俺が露店を開く時はリーノに店番してもらおうかな」
「開く予定があるのか?」
「まぁ……そのうち?」
取引の申請をするとすぐに取引ウィンドウが開いた。
「ちょっと張り切り過ぎたかもしれないんだけど……」
そう言いながら《雪菜包丁》を置くと、それを見たカヴォロが大きく目を見開いて絶句した。
「……なんてものを渡してくるんだ……いくらするんだこれ……」
「兄ちゃんは正直わからないって言ってたけど……10万以上はすると思うって言ってたよ。
だから、10万CZでどうかな?」
「これが、10万CZ……? レンの露店で売ってる付与の付いた大剣、知ってるだろう?
いくらで売ってるか知ってるか?」
納得のいかない顔をしたカヴォロが、声のトーンを落として小さな声でそう言った。
恐らく俺が渡した大剣の話だと思うけれど……なるほど、誰が作っているかも内緒にしなきゃいけなかったのか。
確かに、作った人が分かれば質問責めに合うかもしれないし、対応できる自信がないから言わないほうが良いのかもしれない。
俺も小さな声で、内緒話をするように話す。
「えーと……いくらで売ってるのかは知らない、かな?」
渡した武器が全部でいくらかはわかるけど、いくらで売っているのかは聞いていない。
「10万CZだ」
「たっか!!!」
「あぁ、高い。どんな付与効果が付いていたか、数値が何か知っているな?」
「うーん……大体は」
魔法鉱石を1個か2個使ってるから、数値は恐らく+3か+2のどっちかだ。
何の付与が付いていたかまでは覚えてないけど、1種類か2種類。
つまりカヴォロは、同じ値段の大剣に付いている付与の数、それから数値を比べてみろと言っているのだろう。
そうは言っても、包丁と大剣じゃ使ってる鉄の数も違うし……。
そもそも、これまで必死に努力をしてスキルレベルを上げてようやくこれを作れたとかだったら、それに見合った報酬として受け入れられるのだろうけど、たまたま当たった種族の種族スキルと運よく仲間になってくれたジオンとリーノのお陰で作ったものなので、いまいち感覚が……。
あ、そうか。ジオンとリーノのこれまでの努力の報酬なのか。
それはすとんと胸に落ちた。
「うん、わかったよ。ジオンとリーノ……は、忙しそうだから、ジオンに決めてもらおう」
そう言って隣にいるジオンに視線を向けるとジオンはにこりと笑った。
「10万CZですね」
ジオンの答えにカヴォロがジトリとした目を向けてくる。
「いや、打ち合わせとかしてないからね。ジオンが決めたんだからね」
「正直に言いますと、私にもわからないんですよね。恐らくリーノも同じことを言うと思いますよ。
付与効果がない状態であれば、ある程度の値段はわかりますが……その場合、包丁ですし、10万CZより安いですね」
「……そうか……」
カヴォロにはどうやって作っているのか詳細は言っていないけれど、鍛冶はジオンで細工はリーノということは過去に話しているし、ジオンのこの言葉で、付与効果については俺が何かしらをしているとばれているようなものではなかろうか。
まぁ、カヴォロならいいか。
「ところで話は変わるんだけど」
「今変わるのか……!?」
「凄くお腹が空いたので、楓食器が使える料理を何か作って欲しいです」
「はぁ……?」
空腹度がそろそろやばい。お腹と背中がくっつきそうである。
「楓食器? なんだ?」
「食器セットを貰ったんだけど、前にカヴォロがお皿がいる料理といらない料理があるって言ってたでしょう?
だから、お皿のいる料理を頼みたかったんだけど……忙しそうだったから。
でも、今はリーノがお手伝いしてるからいいかなぁって」
「……構わないが……」
そこまで言って、カヴォロは体中の空気を全て吐き出すように大きく溜息を吐いた。
「……わかった。10万CZだな。それを使って料理を作る」
「やった! 食器セットは渡しておいたほうがいい?」
「いや、出来てから盛ればいいから、大丈夫だ」
開いたままだった取引ウィンドウの金額欄に10万CZが入力された。
カヴォロの気が変わらない内に取引を完了してしまおう。
「露店の横にあるテーブルで待っててくれ。すぐ作る」
「うん、わかった。楽しみにしてるね」




