day146 療養
ハッとして目を開くと、気持ちよさそうに眠っているレヴの顔が目の前にあった。
不思議に思いつつ辺りに視線を漂わせてみれば、ここはテラ街の俺の部屋で、そして俺はベッドに横になっているらしいと分かる。
レヴを起こさないように気を付けながら、何故かレヴに巻き付いている腕をそっと持ち上げてみるも、やけに重く感じて少しだけ持ち上がった腕を戻す。
「……? けほっ……」
馬車に乗っていたはず、なんだけど。どうして家にいるんだろう。
テラ街の家を出て、フィールドに出て、シアとレヴも大丈夫そうだと安心して。
それから……それから、どうだっけ。寒いなって思ってからの記憶が曖昧だ。
「ライ、起きた?」
「……フェルダ? 俺、寝てたの?」
「まぁ……寝てたというか……ぶっ倒れたというか」
「えっ!?」
その言葉に驚いて飛び起きようとして、だけどやっぱり力が入らず少しだけ浮いた頭がぽすりと枕に吸い込まれる。
「けほ、けほっ……俺、仮死状態になったの?」
「や、気を失っただけみたい。風邪で」
「風邪で……? 俺が……?」
「なんで風邪って認めたくないのか分かんないけど」
そう言ったフェルダは、俺の額に手を置く。
「熱上がってる」
「えぇ……」
認めたくない。俺が風邪を引くなんて。
不満が顔に出ていたのか、フェルダは苦笑して俺に瓶を差し出した。
「これ飲んで症状和らいだら、風邪。これ、風邪薬」
「風邪薬……」
「ネイヤが作ったやつだからすぐ効くよ。一回飲んで完治とはいかないだろうけど」
フェルダが持つ瓶にじっとりと視線を向ける。
瓶に入った液体は濃い茶色で、いかにも苦そうな見た目だ。
サプリやプロテインならともかく、薬というものに縁がなかったので薬は苦いものだと思っているけど、ネイヤが作ってくれた薬なら苦くないかもしれない。
躊躇しつつ受け取り、体を起こす。
体が重くて思った以上にゆったりとしか起きられなかったのに、急に体を起こしたかのように頭がくらりとする。
いいや、俺はまだ諦めない……瓶の蓋を抜いて、ええいままよと飲み込んだ。
「……苦くて渋い……」
「良薬は口に苦しってね。ま、味気にしてる余裕なかったんだと思うけど。
それで、どう? 和らいだ?」
「……和らぎました……」
長い溜息を吐きながら、ぱたりと横になる。
重かった体はいつも通りとは言わないまでも随分軽くなり、ぐるぐる回っていたかのような頭はすっきりと。
口を開けば出ていた咳だってぴたりと止まったし、くしゃみも同じく。
「夜も飲めって。あー……帰る?」
「ん……帰ったら治る?」
「異世界人ってそんな感じなの? 治るんなら帰ったが楽なんじゃない?」
「あ、いや、俺も分からないんだけど……でも多分、治らないと思う」
ログアウト中は寝てる扱いになるとは言え、治るわけではない……と、思う。
兄ちゃん曰く、ログアウトする時にHPが減っていた場合、次にログインした時に全回復なんてことはなく、CouTimeで5時間ログアウトしたら、5時間分の自然回復だけみたいだ。
つまり、今俺がログアウトしても薬を飲んだ状態での時間経過分の体調回復しかしないだろう。
一旦ログアウトして夜になる頃に薬を飲む為にログインしても良いけど……辛いならともかく、ネイヤの薬のお陰で体調の悪さはほとんど感じない。
「今日はこのまま、寝て過ごすよ」
「ん、分かった。すぐ治るよ」
まさか人生で初めての風邪をゲームの中で引くとは思わなかった。
薬が効いた今、幾分すっきりした頭で考えてみれば、どう考えても風邪でしかない。
フルダイブ型のゲームで風邪を引くとは考えていなかったのも、風邪だと認められなかった理由の一つではあると思う。
寒さに弱いと言ってもまさかここまでとは。
人より寒さを感じやすく、寒い場所にいると風邪を引いて倒れるらしい。
俺には動けなくなるようなデメリットがなくて良かったと思っていたけど、一定の条件下では俺も動けなくなるようだ。
「……俺、どうしてレヴと寝てるの? シアは?」
「全然離さないから、そのまま一緒に寝かせた。シアは作業場にいるよ」
「なるほど……そういえば、冷たくて気持ち良いって抱っこしたような……?
あ、でも、倒れた時大丈夫だった? 潰しちゃったり……」
「潰さなかったよ。前に倒れはしたんだけど、背中から倒れてたから。
レヴ抱いてるってことだけは最後まで意識してたんじゃない?」
フェルダの答えにほっと安堵の息を吐く。
今も気持ちよさそうに眠っているレヴを巻き込んで潰したなんてことになってなくて良かった。
「風邪で良かったよ。や、ぶっ倒れるくらい酷かったわけだし、良かったって言って良いのかわかんないけど。
あんだけ短い時間であそこまで悪くなると、他の何かが原因ってのもありえるし」
「他の何か……ああ、呪いとかかな?
俺も風邪じゃないって言い張ってたからね……心配かけたよね。ごめんね」
「ま、心配はしたけど、ライの……というか、鬼神の寒さへの耐性、ここまで低いなんて誰も予想できなかったから」
「俺もまさかあそこまでとは……テラ街に引き返すことになったわけだし、本当に申し訳ないよ」
「や、次の村には辿り着いてるよ。次の村のが近かったからね」
「辿り着いてたの!?」
「休憩なしで急いで次の村に向かって、転移陣で帰ってきた」
なるほど。気を失ったとは言え、仮死状態になったわけではないからリスポーンはしない。
俺がリスポーンしないなら皆もリスポーンしない。
ダメージを受けていたわけでもないみたいだし、状態異常のようなものなのだろう。
その状態で放置し続けたらダメージを受けたりするのかもしれないけど。
意識がないだけだからできた強硬手段だ。
全然覚えてないけど、皆に迷惑をかけてしまった。
「あ、転移陣って、馬車は使えないって言ってたよね……?」
「キャビンは次の村のギルドで預かってもらってるよ。
クロとシロは一緒に帰ってきてる。ライは……レヴごと抱えて帰ってきた」
「あー……そっかぁ……もう本当、立て続けにご迷惑を……ごめんね、ありがとう」
なんとも情けない……気を失っている俺が抱えられて移動している姿を誰にも見られていないことを祈ろう。
ギルドにプレイヤーが1人もいないなんてなかなかなさそうだけれど。
……視界の端に見える、意識のない間に届いたであろうメッセージアイコンの内容が、今回のことに関係するものではないと思いたい。
『TO:ライ FROM:レン
なにかあった?』
直接的な言葉はないものの、無関係ではなさそうだ。
意識がない、もしくは眠っている様子の俺が抱えられてギルドから出てきた姿をたまたまギルドにいた兄ちゃんに見られていたのか、それとも見た人の中に兄ちゃんの知り合いがいて伝わったのか。
後者だとは思うけど、兄ちゃん達のクランハウスはテラ街にあるから前者もあり得ない話ではない。
『俺にも動けなくなるデメリットがあったよ』と文字を打って、ふと指を止める。
「耐寒の付与だけでなんとかなると思う?」
「んー……アクセにしても服の装飾にしても、鉱石使う量って限られてるし、どうだろね」
例えば俺のピアスは魔法銀1つと魔法宝石2つで作られていて、効果付与の数値は全部で9だ。
服だとボタンやブローチ等の装飾に魔法鉱石や魔法宝石を使っている。
それと、染色の際に魔法宝石を使った場合、付与が浸透するのか少し数値は減るものの布に付与……と言って良いのかわからないけど、効果付与を持つ布ができるそうだ。
ちなみに、1つの魔法宝石で効果付与を浸透させられるのは布1枚だけで、2枚以上纏めて染色する時は染色液に使う魔法宝石の数を増やす必要があるらしい。
魔法鉱石や魔法宝石をたくさん使って、装飾を増やせばその分付与も増やせる……というわけでもないみたいだ。
俺の魔道具製造スキルでもスキルレベルによって使えるシンボルや記号、魔石の品質や数が違うように、他の生産スキルでも好きなだけ素材を使うことはできない。
生産者のスキルレベルだけでなく、作りたい装備や道具の装備条件や使用条件によっても使える素材の品質や数は変わってくる。
俺達の装備は上限いっぱいの素材を使っているわけではなく、どちらかと言うと見た目重視だろう。
見た目重視と言っても皆の腕のお陰で凄く強い装備だし、たくさんの装飾で着飾る為のデザインとして作られているならともかく、そうじゃないデザインに無理に装飾を増やしてもらいたいとは思えない。
装備を作ってくれているジオンやリーノ、イリシアだって同じ考えだと思う。
そもそも、大きなピアスを作ったとして、いくつも鉱石や宝石を使った大きなピアスを付けて耳は無事なのだろうか。
穴が開いていなくてもするっと入っていくピアスだ。重さに耐えられずするっと下に落ちていったり……怖い。
「他の皆はどちらか片方で大丈夫って話だったけど、俺は耐寒の付与と暖かい生地、両方必要なのかも」
「あと、ネイヤが言ってた耐寒の薬? それもあればもっと良いんじゃない?」
「耐寒の薬? あ、待って、思い出せそう……素材が足りないって言ってた……?」
「そう、それ」
暖かくて嵩張らない生地で作られた耐寒の効果付与が付いた装備と、ネイヤの耐寒の薬。
あと、エアコンみたいな魔道具を作って馬車の中も温めて。
外にいる間でも周辺を温めるような魔道具を作れないことはなさそうだけど……あの寒さにかき消されない温度を保つのは難しそうだ。
出来たとしてもすぐに魔石の魔力が尽きそうだし……カイロのような魔道具なら大丈夫かもしれない。
現状出来る対策はこんなところだろうか。
ただ、その為には寒いところで素材を集める必要がある。
少し悩んだ後、止めていた指を動かし、文字を追加していく。
『TO:レン FROM:ライ
俺にも動けなくなるデメリットがあったよ。
寒い場所では風邪を引いて倒れちゃうみたい。あ、今は薬飲んでほとんど治ってるよ!
それと、お願い!寒い場所で手に入る素材ちょうだい~!』
送信して、ウィンドウを閉じる。
今すぐは無理でもいずれは自分達で集められるし空さんを優先して欲しいと思ってたけど、今回は集められそうにない。
寒さ対策を万全にするまでは素材集めもできないし、次の村もお預けだ。
転移陣登録はできているみたいだから行けはするけど、ギルドから出た瞬間に倒れるなんてことにはなりたくない。
『TO:ライ FROM:レン
風邪?大丈夫?きつくない?来李、風邪引いたことないよね?
暖かくして寝て あ、いや、ログアウトしたら治るんじゃない?
あーでも、ログインしたら風邪引いた状態のままか?
食べたいものとか、何か必要なら持って行くけど
素材は今からすぐ持って行くよ ジオン達に渡しとく』
いつもより長い文章と内容から慌てているであろう様子が伝わり、ふっと笑みが零れる。
兄ちゃんが風邪を引いた時の俺はもっと騒がしかったと思う。
ベッドで眠る兄ちゃんをドアの隙間から逐一覗いては、起きたと気付けば調子はどうだとか、何か食べるかとか、新しい氷枕は必要かとか……色々聞いていた覚えがある。
感謝の言葉と素材以外で必要な物はないと送ってウィンドウを閉じる。
「兄ちゃん素材持ってすぐにきてくれるって。……会ったら風邪移るかな?」
「どうだろ。薬飲んでるし大丈夫だと思うけど。ま、俺達で対応しとくよ。寝てな」
「はぁい」
部屋から出て行ったフェルダの背中を見送り溜息を吐く。
風邪を引いたことに悔しさを感じつつ、寝息を立てるレヴの顔を眺める。
フェルダの言葉から考えるに、この世界では薬を飲んでいると風邪は移らないようだ。
それなら、皆には……いや、薬を飲む前からずっと一緒にいたらしいレヴには移ってしまうのではないだろうか。
レヴだけじゃなく、馬車の中にいた皆にだって。
薬ですぐに楽になるとは言え、もし移っていたら本調子に戻るまで辛い思いをさせてしまう。
風邪を引いて体だけでなく心まで弱っているのか、申し訳なさや不安が悲しみになってぐるぐると頭の中を占めていく。
「あー……寝よ……」
これ以上起きていたらどんどん弱っていきそうで、目を閉じる。
早く治してしまおう。これだけ楽になってるなら寝てたらすぐに治るはずだ。
それに、異世界の旅人……プレイヤーがずっと風邪を引き続けるなんてことはないと思う。
でも、この世界の人達はそうじゃないかもしれないし、皆に移ってたら長引いたり……よし、今すぐ寝よう。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。




