day137 お買い物
「ふぅ……たくさん買い物したね。こんなにたくさん買い物したの初めてだよ」
「だなー! 途中から調子に乗って色々買っちまったぜ」
「そうですね……罪悪感が麻痺していたように思います」
「あはは、俺もだよ。最初の方はどきどきしてたんだけどね。
何かを買うことが楽しくなってた気がするなぁ」
エルフの集落に来てからエアさんにお店を開いて欲しいとお願いすると、すぐに全てのお店を開いて貰えることになった。
無理をさせているのではないかと不安に思ったけど、案内してくれると言うエアさんも、それからお店を開いてくれた人達も皆笑顔で歓迎してくれて、凄く楽しい時間を過ごせた。
「たくさんお金は降ろしてきていたけど、街で同じだけ買い物してたら足りなかったよね」
「ええ、そうね。エルフの集落のお店は街のお店と比べると凄く安いもの」
貨幣で取引する人がいないから貨幣用の値段は適当に決めているらしい。
とは言え、交易する際は高く価格を設定して掲示しているそうだけれど。
交易しないならしないで構わない、寧ろ交渉決裂を狙っての強気な価格設定らしい。
俺達は交易の時と同じ値段を支払ったほうが良いのではないだろうかとエアさんに提案してみるも、穏やかに笑って大丈夫と言われるだけだった。
例えばポーションであれば、街で売られる値段の3分の1くらい……買取価格とほとんど同じだ。
また、街では☆1のものしか売られていないけど、エルフの集落では☆2から☆4のものも売られていた。
そんなに安くて採算が取れるのだろうかと不安だったけど、そもそも利益をあまり気にしていないそうだ。
人によって交換できる物が違うからなのだろうか。
「そういえば、同じ初級ポーションでも色んな色があったよね?
俺が持ってるのは品質が何でも赤色だけど……あれって色によって効果が違ったりするの?」
「んにゃ、効果は変わらんらしい。ありゃ味がついとるって言っとったぞ」
「そうなの? ネイヤがいるから買わなかったけど、試しに買ってみたら良かったね」
「作ってみるか。別に今のまんまでもまずいわけではないが、美味いなら美味いほうが良いよな」
「買った本の中にエルフの人達の調薬の本あったかな?」
「おお、選んだぞ。まぁ、何が入っとるかの検討は大体ついとるが」
ネイヤの天眼は容赦なく企業秘密を暴いてしまうらしい。
見えると言っても何の素材が入っているかは成分から予想しなければいけないので知識が必要だ。
「それにしても……買い過ぎたかな……」
「荷車を持ってきましょうか」
「あ、そうだね。取ってくるね」
「いえ、私が行ってきますので、ライさんは荷物の整理をお願いします」
「ありがとう。それじゃあ、大きな物からアイテムボックスに入れておくね」
足りないよりはと1,000万CZもの大金を銀行から降ろしてきていたけど、ほとんどなくなってしまうくらい買い物をした。
あれもこれもと買っていたら、アイテムボックスに入りきらないどころか手に持つのも厳しくなってきたので、一旦鐘のある広場に置かせてもらっている。
目的だった本を始め、素材や調味料、食べ物、生産品等々。
俺達で作れそうな物は買わないようにしていたけど、例えば宝石だけで作られた剣等のエルフの集落でしか売っていない生産品はいくつか参考用に買っておいた。
贅沢なお金の使い方が出来たのではないだろうか。
「まずは本棚だね」
「本棚はトーラス街だよな? 他はどうすんだ?」
「うーん……素材はトーラス街とテラ街で分けるとして……後はテラ街かな。
最近はテラ街の家にいることの方が多いしね」
広場に置かれた本棚2つを眺める。
本を選んでいる途中でアイテムボックスや収納アイテムに入りそうにないと分かり、急遽買った本棚2つにぎっしりと本が詰まっている。
銀の洞窟の時と同じく、本棚ごとアイテムボックスに入れる作戦だ。
「これだけ買い物してくれると気持ちが良いね。
けれど、ライ君はいつか詐欺に遭うのではないかと心配だ」
「エアさんだからだよ」
「ふふ、信頼してくれて嬉しいよ」
お店の人達も色んな物をおすすめしてくれたけど、一番商売上手だったのはエアさんだったと思う。
ふと目に入った物やちょっと手に取った物でも一つずつ丁寧に、おもしろおかしく解説してくれるので気付いたら買ってしまっていた。
テラ街に持って行く物とトーラス街に持って行く物をなんとなく分けつつ、大きな物をアイテムボックスに入れているとジオンが荷車を引いて戻ってきた。
空の収納アイテムもいくつか持ってきてくれたようだ。
早速皆で整理しながら荷車に載せていると、エルフの人達が手伝ってくれてすぐに片付けることができた。
「最近はエルフの集落で狩りをしていないようだけれど、物足りなくなってしまったのかな?」
「そんなことないよ。最近は狩り以外のことをしていたんだ。
再開する時はまたお邪魔させてもらおうって思ってるよ」
「レンもだけれど、異世界の旅人は忙しないね。
なんてことを言うと、エルフがのんびりし過ぎなんだとエルムに言われてしまいそうだ。エルムは元気そうかい?」
「昨日会ったけど、元気だったよ」
「おや、昨日? 頻繁に会っているのかい?」
「ううん。会ってるほうだとは思うけど、昨日はクラン会議だったんだ。
エルムさんと……あと2人、俺達のクランにサポート枠で入ってくれてね」
「ああ、サポート枠についてはレンに聞いたよ」
「兄ちゃんに? 誘われたの?」
「誘われてはいないよ。まぁ、誘われても断るだろうね。
私は構わないけれど、他のエルフの集落の者に何を言われるかわからないから」
あまり他の種族と関わらないと言われているエルフの集落の長が異世界の旅人のクランに入ったとなると、他のエルフの集落と軋轢が生じる可能性もあるのだろう。
エアさんも入ってくれたら良いなって思ってたけど難しそうだ。
「クラン会議……どのような会議をするのかな?
悪い意味ではないのだけれど、異世界の旅人とこの世界の住人の交流とはどのようなものか気になってね」
「会議っていうより、ほとんどお話ししてるだけだね。次に集まった時に何するかって話をしたよ。
あとは、参ノ国の風習について話したり、魔道具のことを教えてもらったり」
「ふふ、普段とあまり変わらないんだね。
参ノ国の風習、か。私達は世事に疎いから分からないのだけれど、どういった風習があるんだい?」
過去にどんなことがあってそうなったのかという話を予想も含めて各街の風習について話す。
エアさんは最初興味深そうに頷いていたものの、話している内に表情が苦々しいものに変わっていった。
「ああ……うん、なるほど。愚かなことだと祖父が話していた覚えがあるよ」
「え! エアさん、何か知っているの?」
「少しだけね。確か……エルフの集落がここに移って数百年経っていた頃の話だと言っていたかな」
エルフの集落が移ったのはイリシアがあの場所に留まるようになってからだろう。
ということは、イリシアが呪いを全て受け止めて、堕ちてしまった後だ。
「私達の集落の祖先、そして私達も、呪いに敏感になっていたからね。
何故呪いを放ったのかは祖父も知らなかったけれど、偶然の産物だったとは……」
「予想だけどね。エルムさんは知らずに飛ばしていたのではないかって言ってたよ」
「何にせよ、参ノ国の西北端の街……ルクス街だね。あまり良い話ではないのだけれど……。
……エルフの集落ではルクス街の住人を『自然を壊す者達』だと認識しているんだ」
「自然を……? それって、呪いと関係があるの?」
「もちろん。光の球が呪いだったのかは分からないけれど、恐らくそうだろうね。
ルクス街から放たれた無数の小さな呪いは風に乗り、南東へ向かった」
「南東……グラキエス街辺りかな?」
地図を取り出してエアさんに尋ねると、その辺りだと頷いた。
どうやらルクス街の光の球は風に乗ってグラキエス街に届いてしまっていたらしい。
「1つ1つは小さな呪いでも、そう何度も呪いを放たれてはね。
留まっていた小さな呪いが大きな呪いとなって、周囲の気温が急激に下がってしまった」
「それって……ルクス街の呪いで異常気象が起きたってこと?」
「祖父はそう言っていたよ。祖先が住んでいた森……イリシアさんがいた森だね。
あの辺りは急激な変化はなかったようだけれど、それでも祖先が暮らしていた頃と比べると気温が下がってしまっているそうだよ」
「確かにイリシアもそんなに寒かった覚えがないって言っていたよ」
異常気象の原因が呪いだとは考えていなかった。
呪いが原因で異常気象と言われる程の気温の変化が起きたとなると……隠蔽したというエルムさんの予想は当たっているのではないだろうか。
「しかし、普段からそうしているならともかく、その場しのぎで魔法を使うのは良くない。
変質した魔力を捨てるだなんて自然を壊す行為だよ。何も起きなかったから良かったけれど。
まぁ、その結果呪いが返せたのだから、彼等にとっては良かったのだろうね」
「ええと……ルクス街の話? それとも、グラキエス街の話?」
「おっと、すまないね。思い出しながら話していたものだから、思いつくままに話してしまっていたよ。
グラキエス街だね。詳細は分からないけれど、急激な気温の変化の対応に火属性の魔法を使ったようでね」
「火属性の魔法で暖を取っていたってこと?」
「恐らくね。ただ、属性魔法は基本、攻撃する為のものだ。
危険のない状態にするには繊細な調整が必要になる」
「水属性の水弾を飲める水にする時みたいな感じ?」
「そうだね。余程水属性が得意な種族か……魔力の扱いに長けている者でなければ急ごしらえで出来るようなものではない。
魔法が得意な種族であるエルフでも今急に言われて出来るかと言われると……まぁ、私は光属性の調整なら出来るだろうけれど」
前に俺達が練習した時は、余程水属性が得意な種族であるシアとレヴ、そして魔力の扱いに長けているジオンだけが成功していた。
他の皆も魔力の扱いが下手というわけでは決してないはずだけど、一朝一夕で出来るものでもないようだ。
「変質した魔法って危険のない状態になったってことではないの?」
「変質にも色々あるからね。ライ君の言うような水属性を飲める水に変質させるのは良い変質だ。
けれど、良くない変質もある。歪んでしまったりね」
「堕ちた魔物の魔力みたいな?」
「そうだね。あれも一種の変質……とは言え、堕ちた魔物については分からないことだらけだから断言はできないけれど。
グラキエス街の者達の魔法も一時しのぎにはなったのだろう。けれど持て余し、捨てた」
「魔法って捨てられるの?」
「状態によるね。本来なら自分の意志で消せるものだけれど、できなくなる場合もある。
彼等は封印したつもりなのだろうけれど、何の効果もなかったようだね。
あれでは埋めただけだと祖父は言っていたよ」
「封印できてないってことは、今も残っているの?」
「今はもうなくなってしまっているのではないかな。
その話を聞いた後に見に行ったのだけれど、長い年月の中で薄れていったのかもしれないね。
近付いて漸く極僅かに感じられる程度だったよ」
封印出来ていない変質した魔力がどれ程危険なのかは分からないけど、良くない変質だという言葉から想像するに、何が起きてもおかしくなかったのだろう。
「何も起きなくて良かったよ。彼等が捨てた場所とイリシアさんがいた森は近い。
もし何か起きていたとしたら……静観はできなかっただろう」
「あの辺りにあるの?」
「雪の降る山に洞窟があるのは知っているかな?
その洞窟の奥の奥……誰にも見つからないように、ずうっと奥に捨てたのだろうね」
「なるほど……」
ノッカーの集落のある洞窟だ。
何か分かるかもしれないし行ってみようかなと思っていたけど、場所によってはやめた方が良さそうだ。
ちらりとリーノに視線を向ければ、リーノは何かを思い出そうと視線を宙に向けていた。
「んあー……? あ、そういや、関係あるかはわかんねぇんだけどさ。
俺がまだ小せぇ頃、絶対に近付くなって教えられた場所があったな」
「そこにあるのかな?」
「んー……理由は教えてくんなかったからなぁ。単純に、崩落の危険があるからってだけかも」
「それは近付かない方が良いね」
そこに封印……埋めたという情報だけで充分だろう。
きゅうりのお婆さんからだけでなく、エアさんからも風習に纏わる話を聞けた。
後でエルムさんに手紙を送っておこう。




