day137 突然の来客
「今日は何をしますか?」
「今日はエルフの集落に行こうと思ってるよ。
行ってすぐお店を開けてもらえるかは分からないけど、後日でも開けて欲しいってお願いしておきたいからね」
エルムさんもエルフの集落の本屋さんをおすすめしてくれていたし、お金をたくさん用意して色んな本を買ってみよう。
他の色々なお店も見たいので、出来れば全部のお店を開いて貰えたら良いけれど。
なんて考えていたらメッセージを知らせる通知音が鳴った。
件名には『Chronicle of Universe』の文字が並んでいる。
開いてみればイベントの申し込みについての是非を問うメッセージだった。
兄ちゃんと秋夜さんがギルドで俺達の名前も一緒に申し込んでくれたのだろう。
狩猟祭の時はパーティーを組む相手と一緒に申し込まなければいけなかったけど、今回は誰か1人が申し込んだらそれ以外のメンバーにはこうしてメッセージで確認のメッセージがくるらしい。
狩猟祭の時よりもプレイヤーのレベルに差が出来ているし、過ごしている街もバラバラだからだろうか。
転移陣があるから合流するのは簡単だけど、全員で行く必要がないならその方が楽だ。
『TO:レン FROM:ライ
承認したよ~』
『TO:ライ FROM:レン
カヴォロとソウムもすぐに承認してくれたみたいで申し込み完了できたよ
問題集みたいなものを人数分渡されたから後で渡すね』
問題集……イベント当日までにそれで勉強をするようにということだろうか。
事前に問題集を配るということは既存プレイヤーでも分からない謎が用意されている可能性が高い。
全く同じ問題が出るかは分からないけど、問題の傾向が分かるのはありがたい。
「それじゃあそろそろ……」
出ようかと言おうとしたところで、門に付けている鐘が鳴った。お客さんのようだ。
誰かと約束した覚えはない。突然くるとしたら秋夜さんくらいだけど、用があるなら兄ちゃんに言ってるだろう。
家から出て門に向かう途中に見えた生垣の向こうの人物には見覚えがない。
たくさんのきゅうりが入った籠を抱えたお婆さんが立っている。
「はーい?」
「異世界の旅人さんだよね? 私は近くできゅうりを作ってる者なんだけどね」
「きゅうり……」
そういえばリュヴェさんとお婆さんが近くにきゅうり農家さんがいると言っていた。
同じ人かは分からないけど、何にせよ知り合い以外のこの世界の人が訪ねてくるのは初めてだ。
何か苦情だったりするのだろうか。変なことはしていないと思うけれど。
これまでの過ごし方を思い出しつつ門を開く。
「ごめんね、押し掛けて。ちょっとお願いがあるんだけど、少し時間を貰えないかね?」
「お願い?」
「ほれ、なすの婆さんを知ってるだろう?
そのひ孫にお前さんの話を聞いて来たんだけどね」
「リュヴェさん?」
「そうそう。リュヴェ」
「あ、荷物置いて良いよ。重いでしょう? えーと……あ、そこの机にどうぞ」
俺がいない間に増えていたガーデンテーブルセットを指差すと、お婆さんはきゅうりの入った籠をテーブルの上に置いた。
家の中に案内するか迷って、荷物もあるしとガーデンテーブルセットの椅子を引いてお婆さんに座るよう促せば、お婆さんはありがとうと言って椅子に座った。
「少し待っててね」
「いくらでも待つさ。門前払いされると思ってたから、招き入れてくれてありがたいよ」
「門前払いなんてしないよ。じゃあ、ちょっと行ってくるね」
家の中に入り、きゅうりのお婆さんがきていると皆に伝える。
俺の話を聞いたジオンがエルフの集落の人達に貰ったジュースを陶器のコップに入れてくれた。
常備しているお菓子は……飴くらいしかないから飲み物だけで良いだろう。
ジオンが入れてくれたコップを2つ持って、庭に出る。
お婆さんの前とその正面にコップを置いて、お婆さんの正面の椅子に座る。
「おやおや……見知らぬ婆さんにここまでしてくれなくても良いんだよ」
「ううん。この辺は暖かいし、今日は日差しも強いから水分補給しなきゃね」
ご近所さんなので良好な関係を築きたいという気持ちももちろんある。
飲み物を出したからって良好な関係が築けるわけではないだろうけど、印象が悪くなることはないだろう。
ただでさえ異世界の旅人というだけでマイナスイメージを持たれているようだし。
「なすの婆さんもリュヴェも言ってたけど良い子だね。
噂なんてあてにならないってよくわかったよ」
「なるほど……?」
どんな噂をされていたんだろう。怖い。
「あ、そうそう。ほれ、きゅうり! お詫びも込めて、挨拶の品だよ。
商品に出来ないきゅうりだけど良かったら貰ってくれないかい?」
「良いの? でも、俺達料理できないから……」
「きゅうりなんてほとんどそのまま食べるんだから、料理できなくても大丈夫だよ。
漬物にしても美味しいけどね。そうだ。婆さんが簡単な漬物の漬け方を教えてあげようね」
「ありがとう。あ、ちょっと待ってね」
俺達の中で一番料理をしたことがありそうなのはイリシアだろう。
前に料理スキルを取得できる程ではないけどしていたと言っていた覚えがある。
家に向かい扉を開けてイリシアに事情を話せば、お婆さんの元までついてきてくれた。
「あらあら、立派なきゅうり! 凄く美味しそうだわ」
「おや、いつも土弄りしてるお姉さんだね。
べっぴんさんが土弄りしてるから、近所でも話題になってるんだよ」
「ふふ、なんだか恥ずかしいわ」
イリシアと一緒にお婆さんに漬け方を聞く。
簡単と言うだけあって何日も漬け込むようなお漬物ではなく、半日から1日漬け込めば良いお漬物のレシピを教えてくれた。
調味料などの材料もよく聞くものだ。俺達向けに売られているかは分からないけれど。
「街で売っている分は買ってくるわね」
「一緒に行く?」
「大丈夫よ。お話をしている間にぱぱっと買ってきちゃうわ。
あ、クロを借りても良いかしら?」
「もちろん。いってらっしゃい」
クロに乗って中心地へ駆けて行ったイリシアを見送る。
街で売っている分と言っていたことから考えるに、街で手に入らない材料もあるのだろう。
後でカヴァロに相談してみよう。
「俺達で食べられない分は料理が出来る友達にあげても良い?」
「うんうん、いっぱいあるからねぇ。
その子にもうちのきゅうりを紹介してくれたら嬉しいよ」
「ありがとう。紹介しておくね。
それで、えーと……お願いがあるって言ってたよね?」
「そうそう! リュヴェに聞いたんだけどね、魔道具が作れるって本当かい?」
「うん、作れるよ。スキルレベルはまだまだだけど……」
「いや実はね。うちの魔道具……お前さん知ってるかい?
この街の建物には防音の魔道具が埋められてるんだけどね」
「うん、リュヴェさん達に聞いたよ」
「それなら話は早い。魔石の交換の知らせがきたんだけどね。
すっかり忘れて……まったく、婆さんになると忘れっぽくなって困るよ」
「そういえば、魔石の魔力が切れる前にお知らせがくるんだったね」
「そうそう。私もね、大慌てで頼みに行ったんだよ。
知らせが来てから随分経ってたから、すぐ交換してくれってね。
もう切れるって言ってるのに、忘れてたのが悪い。順番は順番だ。って受け付けてくれなくてね」
今にも魔石の魔力が切れてしまいそうな人を優先しても良いのではないかという気持ちも分かるし、魔道具職人さんの気持ちも分かる。
否定も肯定もせずに相槌を打てばお婆さんは言葉を続けた。
「それでね、あの爺にも頼みに行ったんだけどね……知ってるかい?
家庭用魔道具ばかり作る爺がいてね」
「うん、知ってるよ」
「そうかいそうかい。あの糞爺にも断られてね。そりゃ普段から受け付けてないのは知ってるよ。
だけどね、緊急事態だって言ってるのに碌に話も聞かず追い返すのは酷いと思わないかい?」
「あはは、なるほど。うん、俺で良ければ交換するよ」
「! 良いのかい!? いやはや、駄目元で頼んでみるもんだね」
そう言ってにこにこと笑ったお婆さんは、きゅうりの入った籠から1枚の羊皮紙を取り出した。
きゅうりに潰されていたようで少し草臥れている。
「これ、これ。この街の魔道具職人以外に頼む時はこれを見せろって。
これに必要な物と、うちの魔法陣の場所が書いてるみたいだよ」
「えーと……わ、魔石の魔力が切れるまであと3日から5日くらいしかないんだね」
「そうなんだよ。知らせは大体3か月前にはくるんだけどね。
ほら、早めに予約しないと暫く待たされるから。
でもねぇ……明日しよう明日しようって思ってるうちに忘れてしまうんだよね」
「今度しようって思って忘れちゃうことってあるよね」
「お前さん若いんだから、まだボケるには早いんじゃないかい?」
「あはは……気を付けなきゃね。……あれ?」
風魔石が必要なんだろうと思っていたけど、聖魔石が使われているようだ。
エルムさんに貰った本に書いてあった防音系の魔道具では風魔石を使っていた覚えがある。
まぁ、聖魔石なら先日のイベントで交換したものがたくさんあるから大丈夫だ。
交換した聖魔石は品質1なのでもしかしたら品質が足りないかもと思ったけど、品質1以上の聖魔石と書いてあるので問題はなさそうだ。
「難しそうかい?」
「ううん、大丈夫だよ。交換はいつ行ったら良い? 今からでも大丈夫だけど、お婆さんの予定は?」
「今からでも良いのかい? 異世界の旅人はあちこち行って忙しいだろう?
今日は朝から綺麗な姉さんが土弄りしてたし、その後出掛けてないようだったからええいままよときちゃったんだけどね」
「大丈夫だよ。急がなきゃいけない用事もないし」
エルフの集落にお願いに行くのは今すぐじゃなきゃいけないわけでもない。
ご近所さんが困っているのだから助けになりたい。
「ありがとうねぇ。知らない婆さんにいきなり頼まれて迷惑だろうに。
ああ、そうだ。お金はいくら渡したら良いかい?」
「うーん……」
きゅうりも貰ったし充分だけれど。
とは言え、俺がきゅうりで魔石を交換したと噂になったら、今いる魔道具職人さんの商売の邪魔になってしまうかもしれない。
それに、たまに頼まれる分は構わないけど、ひっきりなしに頼まれるのはちょっと困る。
「魔道具職人さんに頼むといくらなの?」
「そうだねぇ……前に頼んだ時は7万CZだったね。魔石代も含めて」
値段から予想するに、恐らく魔石代と施工費のみだろう。
どれくらいのペースで交換するものなのかは分からないけど、しょっちゅう交換しなきゃいけないのであればなかなか痛い出費だ。
魔道具職人さんより安く請け負ってしまえばきゅうりと同じく商売の邪魔になるかもしれない。
同じ値段にするのが一番だけど、俺のほうがスキルレベルが低いだろうし同じ値段にして良いのか悩む。
とは言え、魔石を交換するだけならスキルレベルはあまり関係ない。
スキルレベルが低いと扱えない魔石はあるけど、扱える魔石であれば持っている封印魔石の品質以外で魔道具の品質が変わることはない。
「同じで良いかな?」
「お前さんがそれで良いなら良いよ。突然押し掛けて今すぐなんて言ってるんだから、手数料を取っても良いと思うけどね」
「きゅうりをたくさん貰ったから充分だよ。
それじゃあ皆に出掛けるって言ってくるね」
きゅうりの籠は誰かに運んでもらおう。俺では持てないだろうし。
家の中に戻りお婆さんと話した内容を皆に伝える。
「皆で押し掛けちゃうと迷惑になるだろうから、俺だけ……ああでも、重い物とかあるかな?」
「なら俺が行くよ。家にいてもそんなすることないしね」
「ありがとう、フェルダ。それじゃあよろしくね」
魔法陣の上やそこに辿り着くまでに俺では運べない物が置いてある可能性はある。
俺に力さえあればフェルダに着いてきて貰わずとも1人で運べただろうに。
羽ペンとチョークを俺の作業机から手に取り、横に置いている魔石を入れた宝箱から聖魔石を1つ……いや、失敗した時用に2つ取って鞄に入れる。
一応羊皮紙も1枚持って行っておこうかな。何かメモをするかもしれないし。
それらが入った鞄を肩から提げて、準備は完了だ。
「それじゃあ皆、行ってくるね。
交換するだけだからそんなに時間は掛からないと思うけど、帰ってきたらエルフの集落に行こう」
「おう! 行ってらっしゃい!」
「きゅうりは運んでおきますね」




