day137 イベント告知
昼下がりのリビングでぼんやりとテレビを眺める。
お腹がいっぱいで勉強する気が起きない。
「あ。明日学校だ。俺が帰ってくるまでにジオン達魔領域に行っちゃうかな」
「んー……3日ログインしてなかったら、だっけ?」
「あっちの世界の3日間だから……ええと……」
俺がログアウトするのがday139のお昼くらいで、学校から帰って来てログイン出来るのがday142の……多分、夜にはならないと思うけど。
day142のお昼は過ぎると思う。ってことはぎりぎり魔領域に行ってしまう時間ではないだろうか。
「朝ちょっとだけログインして行ったら?」
「そうしようかな。皆が寝ててもぱっと行ってぱっと帰ってきたらリセットはできるよね」
誰かが起きていた時、話し込まないように気を付けなければ。
『貴方も『Chronicle of Universe』の世界へ飛び込んでみませんか?』
「あ、CM!」
「誰に向けて宣伝してるんだろうな。
CMしなくても未だ抽選に外れてる人のほうが多いのに」
「うーん……その人達が全員当選した後の為かな?」
「経費使わなきゃなんじゃない?」
「んまー! やだわ、蓮斗ちゃんったら! 夢がないんだから!」
やだやだなんて言いながらソファに腰かけたお母さんは、切った桃が並べられたお皿をコーヒーテーブルに置いた。
桃……デザートは別腹だ。お皿に置かれたデザートフォークを手に取り、桃に突き刺す。
『新規プレイヤー歓迎イベント開催予定!』
「え? イベント?」
「あ、本当だ。イベントの情報出てる」
兄ちゃんに近付いてタブレットを覗き込む。
どうやらイベントは二次出荷分の人達のログイン開始後の最初の土曜日にあるようだ。
「えーと……『森のダンジョンの謎』……?」
「んー……謎を解いてダンジョンの階層を進んで行くイベントみたいだね」
「どんな謎かな? あ、どっちの知識なんだろう?」
「結局問題を用意するのは運営だからな……ん?
あー……テイムモンスター、サモンモンスターは参加不可、か」
「そっかぁ……ジオン達と一緒に参加できないのか……」
どうやらクランのサポートメンバーの参加も不可のようだ。
エルムさん達とも参加できそうにない。
がっくりと肩を落としつつ、イベント情報を読み進める。
「最大10人のパーティーで参加出来るんだ? 多いね」
「へぇ。レベル帯で参加できる人数が決まってるのか」
レベル帯や出荷時期による5つの枠があり、それぞれの枠の参加可能人数が定められているようだ。
次回出荷分の新規参加勢が2人、正式オープンから参加している既存プレイヤーのレベル1から54が2人、レベル55から75が3人、レベル76から96が2人、レベル97以上が1人。
各枠の条件に適うプレイヤーは最低1人必要だけど、必ずしも2人や3人埋めなければいけないわけではなく、最少5人、最大10人で参加できるようだ。
「レベル1から54って、随分広いね」
「実際はどれだけレベル上げしてなくても20はいってるみたいだよ。
一桁のやつもいるかもしれないけど、ほとんどログインしてないんじゃないかな」
レベル帯毎の参加可能人数は現在ログインしている全プレイヤーのレベルの割合で決まっているのだろう。
レベル55から75のプレイヤーが一番多く、レベル97以上のプレイヤーが一番少ないのだと思う。
「俺はレベル55から75だね。兄ちゃんは……」
「96だから76から96の枠だね。あと1レベルでレベル帯変わるし、どうしようかな」
申請後にレベルが上がってレベル帯が変わるのは大丈夫のようだ。
新規参加勢はログイン開始後から、既存プレイヤーは今日からギルドで申請が出来るらしい。
既にプレイしている知り合いがいない新規参加勢がイベントに参加する方法は主に2つ。
ギルドで新規参加勢を募集しているパーティーを紹介してもらうか、道行くプレイヤーに直談判するか。
どちらの方法でも既存プレイヤーは新規参加勢を探しているだろうから見つかるのではないかと思う。
もちろん、ログイン後に新たに出来た知り合いと一緒に参加するという人もいるだろう。
新規参加勢に限り、申し込んだ後でも追加や変更が可能なのだそうだ。
「来李、一緒に参加しようよ」
「うん、俺も兄ちゃんと一緒に参加したいな」
「それは良かった。またリベンジって言われるかと」
「あはは、リベンジはもう叶ったからね。
それじゃあ俺と兄ちゃんと……あ、新規参加勢の枠は透さんが良いな」
「ま、そうなるだろうね。一緒に参加して当然だと思ってるだろうから。
……ほら、連絡きた」
机の上でブブブと揺れるスマートフォンを手に取り、するすると操作をして俺に画面を見せてくれた。
そこには俺と兄ちゃんと一緒にイベントに参加できるのが楽しみだと書かれている。
ジオン達と参加できないのは本当に残念だけど、兄ちゃんと透さんと参加出来るのは楽しみだ。
「来李、誰誘う?」
「ソウム!」
ソウムとはパーティーやクランで参加するようなイベントが次にあった時は一緒に参加しようと約束している。
もしかしたら他に組みたい人がいるかもしれないけど……ログインしたら聞いてみよう。
「カヴォロとよしぷよさんも誘いたいけど、クランの人達と組むかな?
あ、カヴォロは夏休みが終わるって言ってたから、そもそも参加できない可能性も……」
「土曜日だし、大丈夫じゃない? クランの人達と組むってのはあるかもね」
「兄ちゃんも朝陽さん達誘うよね?」
「んー……どうかな。全員76から96だからね」
「76から96は……2人だけかぁ」
「そうだね。ソウムも恐らく76から96だろうから、俺がレベルを上げたとしても、2人は入れないね。
ま、大丈夫だよ。順位があるようなイベントじゃないだろうし、クラメンもいるしね」
確かに順位があるようなイベントではなさそうだ。
競うとしたら解答時間やどれだけ階層を進めたかだろうか。
詳細は後日と書かれているので、後からランキングについて発表される可能性はある。
「ほら、ここ。『Chronicle of Universe』の世界に先に降り立った旅人達に導いてもらおう……だって。
メインはあくまで新規参加勢なんだと思うよ」
「なるほど……交流会みたいなものかな?」
「だと思うよ。CMでも歓迎イベントって言ってたしね」
正式オープンからプレイしている俺達と新規プレイヤーではどうしたって差が出る。
レベルはもちろん、滞在している街が違えばなかなか交流する機会はないだろう。
正式オープンからプレイし始めたプレイヤーの中でもβ組と正式オープン組でなんとなく別れているし、出荷時期によって別れるのは仕方ないのかもしれない。仲が悪いとかではないけれど。
順位があるようなイベントであれば新規プレイヤーの力は関係なく既存プレイヤーの力で決まってしまうだろう。
知り合いのいない新規プレイヤーが優勝するにはあまりにも運頼りになってしまう。
「その点、透は有利だよね。来李がいるから」
「俺?」
「恐らく謎は、あっちの世界の知識だろうからね」
「それだと新規参加勢の人達答えられなくない?」
「だからこそ、既存プレイヤーに導いてもらえって言ってるんだと思うよ。
それに、ジオン達が参加できないのもそういうことなんじゃない?」
「なるほど……でも、俺別に知識ないけど……」
「他のプレイヤーよりはあるよ。
争奪戦を経てNPC達と交流するようになった人は増えたけど、来李は最初からずっと交流してたわけだから」
それもそうかと納得する。
他の人達より知っていることは多いかもしれない。
ただ、プレイヤーと関りが少ない為、何が知られていて何が知られていないのか分からないけれど。
「んー……あと、枠が埋まってないのは……」
「えっと……レベル1から54と97以上だね。
ソウムとカヴォロ、よしぷよさんが全員参加してくれるとしたら……」
新規参加勢が透さん、レベル1から54はカヴォロ。
55から75が俺で、76から96が兄ちゃんとソウム。兄ちゃんは97以上でも大丈夫。
よしぷよさんのレベルはどれくらいだろうか。恐らく76から96なんじゃないかと思うけど。
「兄ちゃんが97以上の枠で参加するなら全部埋まるね。
人数の上限いっぱい誘う? それとも1人ずついるならそれで申し込む?」
「んー……出来れば早めに申し込んでレベル上げしたいかな」
「あ、そっか。96で参加するなら申し込みするまでレベル上げできないもんね。
それじゃあ、ログインしたらすぐメッセージ送ってみるね」
「ありがと。よろしくね」
◇
『TO:ライ FROM:ソウム
レンのリア友と仲良くできるかな・・・あ、嫌とかじゃないからね?
よろしくお伝えください』
ログインしてからすぐにソウムとカヴォロ、それからよしぷよさんにお誘いのメッセージを送ると、カヴォロとソウムからは了承の返事がきた。
残念ながらよしぷよさんはクランの人達と参加するそうだ。
生産頑張る隊の人達はみけねこさんとジャスパーさん以外参加しない予定らしい。
他の皆は新規参加勢に向けた生産品の大量生産で忙しく、レベル上げをする時間も勉強する時間もないからという理由なのだとか。
これまでの傾向から何か手に入るとしてもポイントだろうし、何らかのレアなアイテムが手に入るとしても素材や生産道具であればその後売られるだろうとのことだ。
『TO:ライ FROM:カヴォロ
金策優先だそうだ。俺は関係ないから誘ってくれて助かった』
確かに料理の優先順位は低いかもしれない。
ログインしてすぐは簡易食糧もある……おすすめはしないけれど。
「参加できそうですか?」
「うん。兄ちゃんが1つレベル上げをするか誰か他の人を誘えばすぐに申し込み出来るよ」
現在の2人のレベルはカヴォロが48でソウムが89なのだそうだ。
カヴォロもソウムも最低人数で構わないと言っていたから、後は兄ちゃんに任せよう。
早速兄ちゃんにメッセージを送っておく。
「俺らは参加出来ねぇってのが残念だけど、応援してるからな!」
「うん、頑張るよ。と言っても、謎解きだからどうなるかな」
「なぞなぞー?」
「そうだね。なぞなぞの本を買って勉強しようかな。
……なぞなぞの本って売ってる?」
「あのね、前にね、ジオンくんと本屋さんに行ったんだよ」
「なぞなぞの本、買ってもらったよー」
「そうだったんだ? 今度見せてくれる?」
「「うん!」」
謎解きの問題がどんなものかは分からないけど、なぞなぞだって出るかもしれないし勉強しておいて損はないだろう。
開きっぱなしになっているメッセージウィンドウに視線を向ける。
兄ちゃんからすぐに返事が来ると思っていたのに音沙汰がない。
レベル上げはしてないはずだけど……何かしているのかな。
その内くるだろうとウィンドウを閉じる。
「祭りまで何して過ごす予定? レベル上げ?」
「普段通りだね。レベル上げもするし、生産もするし……この世界についての勉強も少しはしないとね」
「ふふ、これでも長生きだから、知っていることは多いと思うわ。
偏ってはいるけれど、なんでも聞いてね?」
「わしゃなんも知らんが、素材のことなら答えられるかもしれん」
「ありがとう。皆もよろしくね」
この世界の歴史等色々知りたいなとは常々思っていたから丁度良い機会に恵まれた。
今後の予定をなんとなく思い浮かべているとピロンと通知音が鳴った。
兄ちゃんだろうと早速確認してみれば、予想通り兄ちゃんからの返事が届いていた。
件名に触れてメッセージを開き、そこに書かれた文章にぎょっとする。
『TO:ライ FROM:レン
返事遅くなってごめんね 秋夜君も一緒で良い?』
『TO:レン FROM:ライ
なにごと・・・?』
『TO:ライ FROM:レン
誘われてね さすがに驚いたよ』
『TO:レン FROM:ライ
兄ちゃんが誘われたの!?兄ちゃんが誘ったんじゃなくて!?』
『TO:ライ FROM:レン
面白いよね どうする?』
俺は兄ちゃんが良いなら良いけど、秋夜さんは良いのだろうか。
確かに秋夜さんのクランの人達は97以上の人達か76から96の人達しかいなさそうだし、参加するにはクラメン以外の人と組むことにはなるだろう。
だからと言って2人は秋夜さんと組めるわけだし敢えて兄ちゃんを誘う必要はないはずだ。
一緒に迷いの森に行ったこともあるし、話す時は普通に話しているから不仲というわけではないんだろうけど、秋夜さんは兄ちゃんに関わりたいとは思っていないと思う。
まぁ、秋夜さんが兄ちゃんを誘ったみたいだし良いんだろうけど……。
『TO:レン FROM:ライ
俺は良いけど・・・ちょっと、待ってね
カヴォロとソウムにも聞いてみるね』
困惑したままカヴォロとソウムにメッセージを送れば、2人からも困惑の返事が届いた。
これまでの出来事を話したことのあるカヴォロはともかく、ソウムからも困惑の返事がきているところを見るに、兄ちゃんと秋夜さんの関係が良くないことは有名な話なのかもしれない。
『TO:レン FROM:ライ
兄ちゃんが良いなら良いって』
『TO:ライ FROM:レン
りょーかい ギルドにいるから秋夜君と一緒に申し込むね』
よく分からないけど、頼もしい味方が増えたのは確かだ。心強いメンバーで謎解きに挑める。
イベント当日まではまだまだ時間があるけどわくわくしてきた。
……ラセットブラウンの人達は秋夜さんがどうにかしてくれると信じよう。




