day136 風習③
「光の球が呪い……それって、たくさんの呪いをどこかに飛ばしていたってこと?」
「ああ、その通り。その結果、呪いを返され、研究を続けられなくなった。
呪いの被害について何の情報も残っていないところを見るに、呪いを受けた者は呪いを受けていると気付いていなかった可能性が高い」
「呪いに気付いてなかったってことは……偶然返しちゃったってこと?」
「そうなるな。ちゃちな呪いであれば偶然返せることはある。
しかし、いくらちゃちな呪いでも返されたなると被害は大きくなる。増してやいくつも飛ばしていたわけだからな」
アクア街の幽霊達の苦しいという言葉が集まって呪詛になってしまったように、小さな呪いでもたくさん集まってしまえばその性質は変わってしまうのだろう。
呪われるよりも呪いを返されるほうが呪いの効果が高くなるようだし、次々に研究者の人達が倒れる事態になるのも納得が出来る。
「研究者達も返されるまで自身が飛ばしていた物が呪いだったとは気付いていなかったのだろう」
「そんなことある? 呪いでしょ?
そりゃ見て分かるってもんでもないけど……違和感はあるでしょ」
「とんだ阿呆だったか、違和感すら残らない呪いだったのか。
その呪いがどれだけの被害をもたらしたかは知らないが、ルクス街の外に害を及ぼしていたなら問題だ」
「あー……外まで行ってたんなら、隠蔽するだろうね。バレる前なら尚更」
エルムさんが言うように呪いを返された結果だとしたら、呪いを飛ばしていたのは次々と倒れた研究者の人達ということになる。
つまり、遺物の研究をしていた人達がそうとは知らずに1年に1度かそれ以上の頻度で呪いを飛ばしていて、それらの呪いが返されてしまい研究を続けられなくなった。
そして、その事実を隠蔽しようと研究そのものをなかったことにしたというのがエルムさんとエルムさんの師匠の考察のようだ。
光の球を飛ばし始めた本当の理由はなんなのだろう。
エルムさんは研究者達が倒れるような事態になる前から飛ばされていたと考えているようだけれど。
遺物から生まれたのか、遺物とは関係ないのか。
研究者の人達が飛ばしていたのだから遺物と全くの無関係ということはないだろうと思う。
「その遺物は今もルクス街にあるの?」
「恐らくな。街になくともそう遠くない場所に隠されているのではと予想している。
ギルドが所有していないのは確かさ」
「今もルクス街にあるなら、その遺物自体が呪いってわけではないのかな。
遺物が呪いを発生させるような物だったら、ルクス街に住めないよね?」
「さて……しかし、いつ誤作動を起こして呪いを振り撒くか分からないような物であれば隠蔽はしていないだろうがね。
慣れ親しんだ街にそんな物を打ち遣るような真似はさすがにしないと信じたい」
何にせよこれまでに出た情報ではこれ以上の推理は難しそうだ。
今度調べてみよう。エルムさん達が知らないことを俺が調べたところで収穫はなさそうだけれど。
「ルクス街もだけど、他の街も分からない部分が多いから気になるね」
「まぁ、ルクス街についてはこれ以上の情報はないだろうがね。
他の街の風習については詳しい者がいるかもしれない。
ライが言っていた……茄子農家だったか? その人に詳しく聞いてみたらどうだ?」
「うーん……茄子農家のお婆さんは特に何も言ってなかったけど……うん、そうしてみるよ」
あの時はリュヴェさんが主に話していたので、もしかしたらリュヴェさんの知らないことを知っているかもしれない。
だとしたらリュヴェさんも知っていそうだけど……聞くだけ聞いてみよう。
「僕も調べておくよ。読んでない日記もあるし、何か分かったら連絡する」
「ありがとう、ヤカさん」
「俺は答えだけ教えて」
「全く……少しは調べようという素振りを見せても良いのではないかね」
「婆さんが知らないことを俺が知るわけないし、そういうのに詳しそうな伝手もないしね。
ま、冷たい石についてなら調べられるかもしれないけど」
気になっているのは俺とそんな俺を理解してくれているジオン達だけで、エルムさん達は興味ないかもしれないと思っていたけど、エルムさん達も風習について興味を惹かれたようだ。
ジオン達のように俺が気になっているから手伝うって気持ちもあるだろうけど……そちらのほうが大きいのかもしれない。
何にせよ同じ目標に向かって皆で何か出来るのは嬉しい。
例えばらばらで動いていたとしてもクランの仲間だって感じがしてうきうきする。
「よし、些細な事でも分かった者は私に知らせてくれ。
ライ達はあちこち出掛けているようだからな。一度私に集めるぞ」
「気遣うようなこと言ってるけど、婆さんが気になってるだけでしょ、それ」
「ライ達が出掛けているのは事実だ。一石二鳥だろう?」
「はいはい、そうだね。次の集まりは旅行でしょ? その時に話すの?」
「そんな無粋な真似はしないさ。世間話程度で納まるならそれで良いがね。
これ以上は集まりそうにないと判断したら招集をかけるぞ」
「俺達は良いけど、エルムさん達は大丈夫なの? 仕事とか……」
「気にするな。魔道具を作るのは好きだが、仕事となると億劫になるものさ。
良い息抜きになる。君達もそうだろう?」
「僕はいつでも大歓迎だよ。休めるからね」
「君は休み過ぎだ。たまには顔を見せようと店に行っても開いちゃいないと魔道具職人連中が愚痴っていたぞ」
「別に毎日閉めてるわけじゃないんだから、それは相手方の運が悪いだけだよ」
俺達がヤカさんのお店に行った時はいつも開いているけど、今日は休みと言っているヤカさんに会った回数のほうが多いかもしれない。
運が良かったようだ。とは言え、魔石の注文がある時は手紙のほうが良さそうだ。
「俺も大丈夫。大きな仕事も暫く入ってこなさそうだし。
そういや、兄貴……ライ達、新しい家買ったんでしょ。今度遊び行って良い?」
「うん! 是非遊びに来て! 羊と馬もいるよ!」
「羊はイリシアがいるから分かるけど、馬もいんの? 乗ってんの?」
「練習した時以外は乗ってないんだよね……キャビンとワゴンが出来たら馬車移動しようかなって思ってるけど」
「ほう? 魔物除けはするんだよな?」
「あ、そっか。しなきゃだよね」
「その時は呼んでくれ。魔除けの話はほとんどしていなかったからな」
「ありがとう、エルムさん。その時は手紙送るね」
エルムさんに教えて貰いながら作るならどこにでも行けるような魔除けができそうだ。
魔除けと言えば光属性の魔石が必要になる。
イリシアのお陰で光魔石の在庫もたくさんあるけど、今回は彩光魔石をヤカさんから購入したほうが良さそうだ。
「あ、そうだ。ね、エルムさん。俺達本が買いたいんだよね。
ポイントで交換していない本……街では売っていないような本を探しているんだけど」
「欲しい本によるがね。私もあちこちの伝手を使って手に入れているからな。
まぁ、とりあえずはエルフの集落の本屋で良いのではないか?
街では貴重だと言われるような本もホコリを被った状態で雑に置いてあるぞ」
「そうなの? 街には売っていない本がありそうだなとは思っていたけど貴重な本もあるんだね」
「エルフは基本的に道楽が好きだからな。本はよく読む。
興味のない分野の本でも読むだけ読むというやつも多い」
確かにエルフの集落の図書館にはたくさんの本があった。
ジオン曰く街の図書館の倍以上の蔵書なのだそうで、また貴重な本もたくさんあったとのことだ。
「余程気に入った本でもない限り一度読んだ本なんてそう何度も読まないからな。
長生きな分生涯手に取る本の数も多い。収集家でもない限りはすぐに売ってしまうのさ」
「エルムさんは全部家に置いているよね?」
「魔道具を作るのにあらゆる知識があって困ることはないからな。
単なる収集家でもあるがね。大衆小説なんかは私も売っているよ」
言われてみればエルムさんの家の書庫には大衆小説はなかったように思う。
絵本はあったけど、その絵本も遥か昔にあった本当の話とかなのかもしれない。
「まぁ、エルフの集落での取引は基本的に物々交換だからな。
読んだ本と一緒に野菜やら料理やらを本屋に持って行って新しい本と交換しているやつがほとんどだ」
「本屋さんだけどちょっと手数料が掛かる図書館って感じなんだね」
「閉鎖的な集落だからこそ成り立っているんだろうがね。
とは言え、本に関しては外から仕入れることも多い。
その癖エルフの集落から本を取引に出すことはほぼないから、集落にある本がどんどん増えて行くばかりだ」
長い歴史のあるエルフの集落にはずっと昔の本もたくさんあるのだろう。
俺が買うとエルフの集落からなくなってしまうことになるけど、問題はないのだろうか。
「どこのエルフの集落でも本が溢れ返って困っているらしいから在庫を減らしてやれ。
外に売ってしまえば良いのに、それは嫌だと抜かす。身内か気に入った者以外には排他的な種族だからな」
「んー……過去にそうならざる得ないことがあったのかな?」
「どうだかな。それはともかく、新品の本がないのが難点ではあるな。
貴重な本が新品で手に入ることのほうが珍しいがね。
エルフの集落では店に並べる度に洗浄魔法を使っているから、古さはどうしようもないが汚れはないぞ」
貴重な本となると古い本が多そうだし、新品で手に入れるのは難しいだろう。
びりびりに破れてしまっているとか、汚れが酷いとかだとさすがに気になるけど、そうじゃないなら新品でなくとも気にならない。
洗浄魔法とやらで綺麗な状態になっているなら尚更だ。
「洗浄魔法って生活魔法?」
「ああ、そうさ。私もよく皿を洗うのに使っているよ。
纏めて綺麗にできるから楽で良い。まぁ、調整が面倒で皿を割ってしまうこともあるがね」
「……失われた魔法を皿洗うのに使ってんの……やっぱエルフって魔法に関してちょっとずれてるよね」
「ふん。使えるもんは使ってなんぼだろう?
そもそも取得しようと思えば君も取得できると思うがね」
「生活魔法の魔導書なんて手に入らないからね。
そりゃ婆さんはエルフの集落で見てたかもしれないけど」
「なんだ、てっきり君は持っているのかと思っていたよ。
気になるならうちに来て読めば良い。さすがにくれてはやれん」
「え? 婆さんちにあんの? 暫く婆さんちに籠って良い?」
「好きにしたら良い。ついでに片付けてくれ」
ヤカさんがエルムさんの家に籠っている間はずっと店を休むのだろうか。休むんだろうな。
「エルムさんの家に籠る前に彩光魔石の注文したいな……」
「彩光魔石? ああ、魔除け用か。いや、買わなくて良い。
私が用意……ああ、地下にカットした魔石があったな。すぐに封印しよう」
「やった、ありがとうエルムさん! 俺達で用意できる魔石で必要なものある?」
「黒炎魔石は君が練習で封印した分がたくさん残っているからな……ああ、融合している鉄が欲しい」
「うん、もちろん! 地下に置いてるからすぐに渡せるよ」
「旋風魔石も封印しよう。閃光魔石と一緒に持って帰りなさい」
「……は? 婆さん閃光属性持ってんの? 聞いてないんだけど」
「言ってないからな。旋風魔石を売ってやってるんだから文句はないだろう」
「あるよ。文句しかないよ。
旋風魔石売ってくれんのは助かってるけど、それとこれとは話が別だよ」
そういえば、初めてヤカさんのお店に行った時、彩光以上の魔石は時間を貰っても手に入らないと言っていた覚えがある。
俺もエルムさんがなんの属性を持っているのかは詳しく知らないけど、精霊の集落に行った時にエルムさんが使っていた魔法は炎と閃光、それから旋風。
他にも持っているのだろうか。
「いつも婆さんの無茶な注文に振り回されて、それでも誰よりも優遇してるのに。
閃光が欲しいって小一時間文句言われたって僕が愚痴った時婆さんなんて答えたか覚えてる?
碌に仕事してないんだからたまには文句の一つくらい聞いてやれ、だよ? は?」
「分かった分かった。君の分も用意したら良いんだろう。
さっさと魔石を取りに行け。それから、いくつか封印魔石も持ってきてくれ」
「え、良いの? 珍し……取ってくる」
気が変わらない内にと呟き立ち上がったヤカさんは、クランハウスから出て行ってしまった。
お店に魔石を取りに行ったのだろう。
「ガヴィン、ヤカが戻ってきたら作業場にいると伝えてくれ」
「はいはい」
そういえば、エルムさんに渡そうと思って製本した本……俺がこれまでに作った魔道具やその過程等を書いた本を持ってくるのを忘れていた。
製本した日以降の魔道具については書かれていないし、今度追加してエルムさんに渡そう。
次に会うのは多分、風習についての情報が集まった時か旅行の時か。
俺達だけでなくエルムさんとヤカさん、ガヴィンさんが情報を集めてくれるみたいなので、恐らく情報が集まるほうが早いとは思うけれど。
ああいや、魔除けが1番早いかな。
「さて、作業場に行こうか」
「うん!」




