day136 風習②
「次は……ふむ。ライ達が進む道で考えるとテラ街か。何も知らん。
防音の魔道具が埋められているとは知っているがね」
「俺は防音の魔道具の話自体知らなかったね。
誰も住んでいない家にも埋めてあるって何の為に?」
「家を建ててから埋めるのは大変だからかなって思ってたけど違うのかな?
でも確かに家に誰もいないなら防音する必要はないよね」
「ふん、魔道具職人が金を巻き上げたいんだろうよ。
あの爺は金の亡者だからな。気を付けろよライ」
「う、うん……でも、お爺さんは魔石の交換は受け付けてないって聞いたよ」
テラ街には2人しか魔道具職人がいないとリュヴェさんが言ってたけど、もう1人の人が全ての交換を請け負っているのだろうか。
そんなにしょっちゅう変えるわけではないとしても、入居者のいない住居の分まで交換しているのだとしたら大変そうだ。
「ヤカの先祖の日記? には何も書かれてなかったの?」
「全部読んでるわけじゃないからね。
ただまぁ、関係があるかは分からないけど、幽霊の呻き声が聞こえるから魔道具で抑えたって話は書いてたよ」
「また幽霊か。なんでもかんでも幽霊の仕業だと言うのもどうかと思うがね」
「昔は解明できないことはなんでも幽霊の仕業になってたからね。まぁ、それは今もそうでしょ」
「現代は解明できないことのほうが少ない。しかし、その場合は大体魔物の仕業だろう。
何故いるかも分からない幽霊の仕業になるのか不思議でならないよ」
「ヤカは見たことあるの? 幽霊」
「ない。そもそも僕は信じてないから」
十八番って言ってたから、霊感みたいなのがある種族なのかなって思ってたけど違うのだろうか。
ヤカさんがリッチという種族に対してあまり良い印象……印象も何も本人がリッチなのだけれど。
嫌悪しているように見えるのでなかなか聞きにくい。
「まぁ、テラ街については幽霊の呻き声がうるさかったから防音の魔道具で抑えた……ということにしておこうか。
暫定だ暫定。幽霊の呻き声が防音の魔道具で対処できるとは思えないがね」
「そもそも、街中に埋められる程の魔道具どうやって用意したんだろね。
今も2人しか魔道具職人いないって話だし、昔も似たようなものだと思うけど」
「確かにな。参ノ国の魔道具職人は基本ルクス街にいる。それは昔からそうだと聞いているが。
ふむ。つまりルクス街の魔道具職人が他の街から金を巻き上げたかったということか」
「……否定もできないね。今のあの人らなら別に巻き上げる必要なかっただろうけど、昔はどうだったか分かんないし」
「ルクス街? グラキエス街の次の街?」
「ああ、そうさ。間に2つ程村があるがね。あの街は魔道具製造が盛んな街なんだ」
「へぇ~! 街のあちこちに魔道具があったりするの?」
「ん……まぁ、そうだな? どこの街でも至る所に魔道具はあるが」
「あ、そっか。そうだよね」
俺達にとっての電気や機械がこの世界では魔道具だ。
街灯はもちろん、船のエンジンも魔道具だったし、街を囲む外壁にも魔除けの魔道具が使われている。
他にも銀行やギルド、役所でも何らかの管理をする為の魔道具が使われているし、これまで気にしていなかっただけでたくさんの魔道具を目にしてきているのだろう。
「テラ街については情報が少なすぎるな。次に移ろう。
次は……グラキエス街か。風習と言って良いのかわからんが……」
「あーあれね。赤い花。街の至る所に咲いてるやつでしょ」
「宝石とかガラスで作られた細工みたいな花。
飾りかと思ってたけど、実際に土から生えてるらしいね」
「咲いて枯れて……ああ、引っかかっていたのはこれか。石ではなかったな。
赤い宝石のような実を1つ残して枯れてしまうそうだ。それを埋めての繰り返しで、昔から育て続けているらしい」
「赤い宝石? 参ノ国の風習は似てる部分が多いんだね」
街中に赤色の宝石のような実を植えて、宝石のような赤い花を育てているグラキエス街。
赤い石を拾ってきてから幽霊が溢れ出たアクア街。
幽霊の呻き声を魔道具で抑えたテラ街……これはテラ街の話なのかは分からないけれど。
「ふむ。言われてみればそうだな。もう1つ似ている部分がある。
その花はじんわり暖かいんだ」
「アクア街の冷たい石みたいに、異常気象で寒くなってしまったから温める為に植えたのかな?」
「そんなわけ……って言いたいところだけど、石像の話聞いた後だと否定できないね」
「いくら街中に咲いているとは言え、寒さを凌ぐ程の温度ではないと思うがね。
藁にも縋ろうと植えたのかもしれないな」
「まぁ、当時は暖房の魔道具も高価だっただろうし……今も魔道具は高いけどね。
薪で火起こして暖をとるのがほとんどだったんでしょ」
現代のこの世界についてもほとんど分からないのに、昔のこの世界についてなんて分かるはずもない。
魔法やスキル、その上遥か昔には古の技術なんてものがあったのだから、出来ることのほうが多いのではないかと思っていたのだけれど。
現代で古の技術を扱える人がいない、そして解明できないという点から見るに、技術を継ぐ人がいなかったのか、それとも何も残さず全て失われてしまったのか。
その後はまた一から始めるしかないような状況になってしまったのかもしれない。
「最後はルクス街か。ルクス街の風習については現在ルクス街にいる住人よりも詳しいと自負している。
師匠が昔ルクス街で魔道具の研究をしていたそうで、色々話してくれたんだ。
まぁ、師匠も全てを知っているわけではなかったようだがね」
「婆さんの師匠の話? へぇ、興味あるね」
「だね。偉業は知られていても、それ以外は婆さんからしか聞けないし」
「2人共師匠の話が聞きたかったのかい? そんなものいつでも話してやるさ。
が、今回は師匠の話ではなく、師匠が話していた話だ」
エルムさんの師匠については愉快な人だったとエルムさんからは聞いている。
俺は偉業について知らないけど、エルムさんの師匠だ。エルムさん以上の偉業を成し遂げた人なんだろうと思う。
「ルクス街では1年に1度、色とりどりに輝く無数の球……魔道具だな。光の球を風に乗せて飛ばすんだ」
「僕も見に行ったことがあるよ。確か、1年の健康と繁栄を願うもの……だっけ」
「ああ、そう言われている。しかし、昔……かつ、極一部の人物達にとっては違ったらしい。
ルクス街は今でこそ魔道具製造、そして研究が盛んな街だが、昔は古の技術の研究をしていたそうだ」
「今はもうしていないの?」
「そのようだ。私の師匠がルクス街にいた頃は既に一切の研究がされていなかったそうだ。
まぁ、古の技術の研究自体は珍しいことでもない。
現代では保護のほうが重要視されているから個人で研究している者くらいしかいないがね」
古の技術のほとんどはギルド等の行政機関が所持し、保護しているらしい。
クラーケンの時のような緊急事態や朧雲からの指示……つまりはイベントでは使用するらしいけど、基本的には悪用されないように、そして今後解明できる時がくるまで厳重に管理しているのだとか。
ただ、個人で所有している人については、使う使わないも自由、研究するしないも自由といった状態のようだ。
もちろん周囲に害のあるような物であれば使用は禁止らしいけれど。
「遺物が原因なのか、他に原因があるのか、研究者達が次々呪われる事態になってしまったそうだ。
研究を中断せざるを得なくなり、呪いによって倒れてしまった彼等を弔う為に始めた……と、言っていたらしい」
「呪いねぇ……参ノ国大丈夫? 呪いとか幽霊とかそんなんばっかだけど」
「探せばどこの国でもあるって。知らないだけでね」
「どこにでもあるのは確かだ。廃れて久しい呪術も、昔は盛んに行われていたと聞く。
人を呪う為だけでなく、人を助ける為にも呪っていたそうだ」
「呪いはどこまでいっても呪いなんだけどね」
俺達の世界では眉唾物な呪術も、こちらの世界だとスキルとして存在している。
俺も呪われた経験があるのでその効果はお墨付きだ。
「遺物が原因で呪われることがあるの?」
「あるだろうな。用途の解明ができている遺物は少ないが、呪いに纏わる遺物はある。
しかし……彼等は呪いを受けたのではなく、呪いを返されたのではないかと師匠は言っていた。なんの確証もないがね」
「遺物の呪いを受けたんじゃなくて、遺物で誰かを呪って返されたってこと?」
「さてな。研究されていた遺物について何も分からないからな。
研究内容も資料も、それから遺物自体も行方不明なのだそうだ」
「ギルドが所有してんじゃないの?」
「まぁ、ギルドが秘匿している可能性はあるが……師匠曰くそれはないだろうとのことだ。
そもそも、そのような過去がある遺物をギルドが所有しているのであれば、師匠や私……もしくはヤカに話がきそうなものだからな」
「聞いたことないね。その話も初耳だよ」
「なんでヤカに?」
「別に僕が詳しいわけじゃないんだけどね。
幽霊もだけど呪いとかもね、そういうのばっか研究してた種族なんだよ」
「なんの種族?」
「あれ? 言ってなかったっけ? ……リッチだけど」
「リッチ? 倒したほうが良いやつ?」
「良いわけなくない? まぁ、僕以外のリッチは倒したほうが良いやつだよ。魔物だから」
その言葉に対して『ふぅん』と然して興味もなさそうに答えたガヴィンさんをじっと見つめたヤカさんは、ほっと小さく安堵の息を漏らした。
倒されるかもしれないという危機に対しての安堵ではないのだろう。
俺はこの世界の人達がリッチという種族に対してどういう印象を持っているのか知らないし、ヤカさんがこれまでに言われたことやされたことも何も知らない。
あまり種族を言いたくないという本人の言葉もあるし、実際今もガヴィンさんに言いにくそうにしていたところを見るに、これまで嫌なことがあったのだろうと思う。
俺の周りにそういう人がいないのは幸運なことなのだろう。種族だけで人を見たりしない人達ばかりだ。
ジオン達も初めて聞いたとは言っていたものの、それで見方を変えるようなことはしていなかった。
「次々と人が倒れるような呪いなんでしょ? だとしたら、個人では厳しいね」
「ああ、遺物からの呪いでないなら、呪いを返されでもしないとそのような事態になるとは考えにくい」
「結構大掛かりな呪いだと思う。精霊が関わってるとかなら話は別だけど」
「はん。あいつらはこちらが関わろうとしなければ関わってくることはない。
まぁ、あり得ないと断定できる程の証拠もないが、精霊なんぞ……失礼。イリシアがいるんだったな」
「うふふ、良いのよ。でも、そうね。精霊が関わっているのであれば、街ごとなくなっていると思うわ。
女王一人では出来なくても、彼等は女王が全てだもの。嬉々としてお手伝いするでしょうね」
「あいつらはイリシアの爪の垢を煎じて飲むべきだな」
あの件があってからエルムさんの精霊嫌いに拍車がかかったのではなかろうか。
話を聞くに関わった俺にも原因が……いや、ちょっとお願いしに行っただけであそこまでしなくても良いと思う。
「それに、遺物の研究を行っていたのに何の記録も残っていないなんてあり得ないだろう。
その一連の出来事を隠蔽する為に破棄したと考えられないか?」
研究中の失敗で遺物によって次々と研究者達が呪われたというなら、それを踏まえて研究を続けそうなものだけれど。
これまでの研究成果を全て破棄しなければいけないなんて、余程のことをやらかしてしまったのかもしれない。
隠蔽だとしたら何か後ろめたいことがあったということになる。
研究者以外の住人達に害が及んだとか、別の街まで害が及んだとか……。
「隠蔽しているのだとしたら、弔いの為に光の球を飛ばすこともないだろう。
しかし飛ばす必要があった……その事態に陥る前から飛ばしていたから止められなかったのではないか」
「ええと……そういう行事があるって他の街の人達から既に認知された状態だったからってこと?」
「ああ、そうさ。止めるに止められなかったのではないかと。
呪われた者への弔い……しかし、それを知る者は当時でも極僅か。現代では私以外知らない可能性もある。
師匠にそれを教えた者も普段は健康と繁栄を願うものだと言っていたそうだ」
「隠蔽したかったんなら、それ教えたやつも迂闊だよね」
「それはまぁ……師匠は気になったらとことんだったからな。泥酔させて吐かせたらしい。
……憶測ではあるがね。光の球が呪いだったのではないかと予想している」




