day131 黒龍の呪い
トーラス街の広場から俺達の家まで、意識のないフェルダを揺らさないように丁寧に素早く移動する。
辿り着いた我が家の扉を開くと、焦って力が入ってしまったのか大きな音が室内に響いた。
「うお!? 帰って……フェルダ!? 何があった!?」
「倒れた! 呪い……ベッド! フェルダをベッドに!」
「お、おう!」
「ネイヤどこ!?」
「地下で作業中!」
「分かった!」
フェルダを運ぶのはジオンとリーノに任せて、俺は地下に向かう。
「ネイヤ! ネイヤ!!」
「おお、なんぞ騒がしいな。なんかあったんか」
「フェルダが……! 呪紋が! 倒れた!」
「おお……一旦落ち着け。分からん。ほれ、深呼吸」
ぐっと口を閉じて頷き、深呼吸を繰り返す。
俺が慌てるのが一番良くない。冷静に対処しなければ。
「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう。フェルダが倒れちゃって……呪紋の呪いだと思うんだけど」
「黒龍の呪いってやつよな? 倒れることなんぞなかったろ」
「うん。それに、今日は直前まで何の問題もなかった……と、思う。
我慢してる感じもなかったし、フェルダも変わりはないって言ってたよ」
問題はなかったはずだ。本当に突然だった。
「それで、ライムタリスマンを作ってもらおうと思って……」
「黒龍の呪いに効くか分からんが……何もせんよりは良いか。
すぐ作る。ライはフェルダの傍におってやれ」
頷いて階段を登り、3階にあるフェルダとジオンの部屋に向かうと、フェルダのベッドを囲むように皆の姿があった。
ベッドの上のフェルダの顔は苦しそうに歪んでいる。
意識のない状態でも痛むのだろうか。それとも苦しいのだろうか。
フェルダを魔力感知で見てみれば、呪紋の描かれた腕から全身に伸びるように黒い霧のようなものが絡みついていた。
以前見た時は腕にだけ絡みついていたけど、今回は全身に絡みついている。
あの黒い霧が呪いの動きのようなものなのだとしたら、呪いが全身を蝕んでしまっているのかもしれない。
「これまではこんなことなかったのに……」
ぽつりと呟いたリーノの言葉に頷く。
これまでフェルダの調子が悪くなった日はいつだったか。
確か、一番最初は岩山脈でワイバーン狩りをした次の日に調子が悪いと言っていた気がする。
その次は……エルフの集落から薬師の村に移動している途中だったかな。
あの時も前日に岩山脈で狩りをしていた覚えがある。
黒龍の呪いに関わるのであろう種族特性『黒雲白雨』の説明には『魔物を撃退する毎に呪紋に黒龍の呪いを受ける』と書かれていたので、その対象は龍種や竜種に限定されているわけではないだろうけど、龍種や竜種だと呪いの進行が早くなるのではないだろうか。
龍種や竜種に対して攻撃力が増加する代わりに、他の魔物と比べて呪いが発動しやすいのかもしれない。
フェルダはそれを知っていたのか、知らなかったのか。
知っていたならさすがのフェルダも連日のヌシ討伐に待ったをかけたと思う。
「黒龍の呪いって、黒龍から受けた呪い……ってことなんだよね?」
「そう、ですね……。そう考えるのが自然かと」
「ジオン達は、フェルダに何か聞いてる?」
「いえ……ライさんが知る以上のことは何も。
龍人の村の話は聞きますが……以前、ガヴィンさんが仰っていた龍人の村が半壊まで陥った時の話は聞いたことがありません」
龍人の村が半壊まで陥った時に何かひと悶着があり、それが原因でフェルダはいなくなった。
そういう話だったはずだ。詳しくは分からない。
「いつ変異したとかは聞いてねぇけどさ、最初、ガヴィンのとこに連行した時、なんで黒くなってるんだってガヴィン言ってただろ?」
「えーと……お洒落して遊んでたのかって言ってた時のやつかな……?」
『大体なんだその髪は!! なんで黒くなってんだよ!!
角も目も色変えやがって!!
俺は一人寂しく生きてたっていうのに、お前はお洒落して遊んでたわけか!!』
『いや、これは変異して……見てただろお前……』
確かこんな会話が繰り広げられていたと思う。
あの時はガヴィンさんの勢いにおろおろするだけで、会話の内容を深く考えていなかった。
「そうそれ。あれってさ、フェルダは変異してすぐいなくなったってことじゃねぇかって」
「変異する瞬間は見てたけど、その後すぐフェルダが行方不明になっちゃったから、じっくり見たわけじゃないってこと?」
「それはつまり……フェルダが変異した時期と龍人の村が半壊した時期は同時期、ということでしょうか」
元はフェルダもガヴィンさんと同じ濃い青碧色の髪だったのだろう。今でも前髪は濃い青碧色だ。
ガヴィンさんは濃い青碧色の髪、白色の角、白に近い薄い灰色の鋭い爪。
フェルダは黒色の髪、黒に近い濃い灰色の角、真っ黒な鋭い爪。
変異して黒色になった。黒龍の色に。
龍人の村が半壊まで陥ったのは黒龍が原因なのではないかと思う。
フェルダはその黒龍を倒し、そして黒龍の呪いを受け変異したのではないだろうか。
「……もし、そうなら……変異したからフェルダは龍人の村を出たのかな」
「変異だけが理由、とは考えにくいかと。
可能性があるとするなら、黒龍の呪いが周囲を巻き込む呪いである可能性……ですが」
「俺達何ともないね。龍人にだけ効果がある呪いとか……それだとガヴィンさんと一緒にお祭りに参加しないよね」
「そうですね。数日であれば問題ない可能性もありますが、フェルダは僅かにでも可能性があるのであれば良しとはしないでしょう」
多分、ガヴィンさんは全て知っているのだろう。
教えてくれるかどうかはともかく、俺はガヴィンさんに聞こうとは思えない。
予想は予想のまま、本当の話はいつかフェルダが話しても良いと思えるまで待ちたい。
本当はこんなことになったのだからフェルダに問い詰めるなり、ガヴィンさんに聞くなりしたほうが良いのかもしれないけど。
「ライ、出来たぞ。粉にしてきたから、水に混ぜて飲ませたらええ」
「ありがとう、ネイヤ」
ライムタリスマンを砕いて持ってきてくれたようだ。
さらさらの粉状になっている。粉末の薬のようなものだと考えたら以前俺が飲み込んだあれより飲みやすいだろう。
言われた通り水に溶かしてフェルダに飲ませれば、苦し気に歪んでいた表情が穏やかなものへと変わった。
少しだけ顔色は悪いけど、先程よりは随分ましになったのではないだろうか。
全身に絡みつく黒い霧は変わっていない。若干薄くはなっている気がしないでもないけれど。
黒龍の呪い自体が軽減されたわけではないようだ。
苦しさが軽減できたのなら良かった。鎮痛剤くらいの効果はあったのかもしれない。
「……よし。フェルダは俺が見てるから、皆は生産とか、好きに過ごしてて良いよ」
「ですが……」
「大丈夫だよ。フェルダは隠し事はするけど、嘘は吐かないから」
「嘘、ですか?」
「うん。フェルダは黒龍の呪いで死ぬなんて言ってなかったからね。
魔物の前で動けなくなったらとは言ってたけど」
だったら大丈夫だ。きっと、大丈夫。
「フェルダくん、もう大丈夫?」
「苦しくないー?」
「大丈夫だよ」
「……分かったわ。フェルダ君が起きたら教えてね」
「うん、もちろん」
皆が部屋から出て行くのを見送って、フェルダの顔に視線を向ける。
すぐに起きられるのか、それとも暫く眠り続けるのか。
さすがに何日も眠り続けるようだったらガヴィンさんに言ったほうが良いだろうか。
何にせよ、俺達が心配の言葉を口にすればする程、フェルダは申し訳ない気持ちになるのではないかと思う。
かと言っていつも通りにしていても気を遣わせてると感じて申し訳ないと思うかもしれない。
どちらが正解なのかは分からないけど、俺はいつも通りを心掛けようと思う。
狩りをしなかったらしなかったで呪いが発動するようだし、そっちのほうがきついとフェルダは言っていた。
これまで通り狩りには行くし、調子が悪いなら休めば良い。
最終的な判断はフェルダに任せることになるけれど。
ぼんやりとフェルダの顔を眺めて1時間程が経った頃、こつこつとノックの音が聞こえてきた。
「ライー。魔道具の本、持ってきたぜ」
「わ、ありがとう。助かるよ」
「夜ご飯どうする?」
「うーん……フェルダが起きてなかったら、家で食べようか」
「おう! その時は買ってくるな!」
再度お礼を告げて、リーノから魔道具の本を受け取る。
ちらりとフェルダに視線を向けたリーノは、起きる気配のないフェルダに眉を下げて扉を閉めた。
リーノが持ってきてくれたのは呪術と組み合わせる際の魔法陣の本だ。
状態異常を引き起こす魔道具以外の魔法陣についてはほとんど勉強できていないので、フェルダが起きるのを待ちながら勉強するとしよう。
……早く起きないかな。本の内容が全く頭に入ってこない。
その後も皆は部屋を何度も訪れては、フェルダが起きていないことが分かると眉を下げて部屋を出て行っていた。
運んできてくれた夕食を食べて、読んでいるんだか読んでいないんだか分からない状態で本を読み進め、23時過ぎ。
そろそろログアウト予定時間だ。だけど、もう少しだけ、ログインしていようかな。
お昼ご飯を用意してくれている兄ちゃんには申し訳ないけど、あと少しだけ。
「……んん……」
「! フェルダ?」
ゆっくりとフェルダの瞼が持ち上がる様子にほっと安堵の息を漏らす。
「おはよう、フェルダ。調子はどう?」
「……まだ、ちょっと……今、何時? いや、何日経った?」
「ううん、フェルダが眠ってから……7時間くらいかな? 日にちは変わってないよ」
「変わってない? その割には全然……前になった時と比べたら全然痛くない」
「ライムタリスマンが効いたのかも。完全に治るまでは、ゆっくり休んでね」
「ん……そうする。……ごめん。隠してたとかじゃないんだけど……」
「うん。ジオンが聞いた時もそんな感じはしなかったし、なんの予兆もなかったんだよね」
俺の言葉にフェルダは頷くと、ゆったりと体を起こした。
「こんな急にくるの初めてなんだけど、まぁ……ドラゴン、か」
「それは、知ってたの?」
「や、知らなかった。でも、納得は出来る」
「そっか。これからは気を付けなきゃね」
開いたままになっていた魔法陣の本をパタリと閉じる。
さて、皆に知らせに行かないと。
「……聞かないの?」
「聞かないよ。フェルダが話したいなら聞くけどね」
「……別に、話しても良いんだけど、話したところで今は何も出来ないから」
「今は? いつか何か出来るようになる?」
「出来る、って言って良いのかわかんないけど。
でも、いつかはなくなるよ」
「黒龍の呪いが?」
「ん、そう。……その時はさ……」
腕の呪紋に注がれていたフェルダの視線が俺に移動する。
俺に真っ直ぐに合わせられた瞳には諦念が浮かんでいるように見えた。
「禄でもないお願い、するから。ごめんね。でも、叶えて」
「……お願いの内容によるかな」
なんだか嫌な予感がする。
いつもの俺ならすぐさま肯定の返事をしていただろうに、何故だか出来なかった。
これは約束してはいけないと感じる。
「はは。ま、いつになるか分かんないけどね。
もしかしたら、その時はライいないかも」
「えっ!? 俺いなくなることある!?」
「あるんじゃないの? 異世界人って急にこっちに来なくなることが多いって聞いたけど」
「……なるほど……もし、今後来られなくなるかもってなった時は、ちゃんと言いに来るよ」
「そうして。200年行方くらませてた俺が言えたことじゃないけど」
いつかこの世界に来られなくなる日がくるのだろう。
大学進学とか、就職とか……と、思ったけど、兄ちゃんは大学に行っていた頃もゲームしてたな。
大学に行きつつ透さん達とゲームを作りながら、俺や透さん達とゲームをしていた覚えがある。
今みたいにたくさんは来られないとしても、不測の事態とかでもない限り、急に来られなくなることはなさそうだ。
そんなことになったら知らせに来るどころじゃなさそうだけど、兄ちゃんが知らせてくれるのではないだろうか。
「皆に伝えてくるね。あ、騒がしいと頭に……腕に……? 響くとかなら、面会禁止にするけど……」
「大丈夫。心配かけたね」
「ううん。いや、心配はしたんだけど、大丈夫だよ。
治ったらまた狩りに行こうね」
その言葉を聞いたフェルダはその顔に少しだけ安堵の表情を浮かべて頷いた。
これまでとこれからが変わるのは嫌だったのだろう。
「俺は皆に伝えたら、帰るね。ゆっくり休んでね」
「ん、また。おやすみ」
「おやすみなさい。また明日!」




