day131 ファイヤードラゴン
「シア、レヴ! 一旦離れて!」
「「うん!」」
兄ちゃんの種族特性によって強くなったファイヤードラゴンはそれはもう強かった。
単純に攻撃力が上がっているというのもあるけど、シアとレヴの呪痺の効きも悪い。
麻痺にはなっているものの割と動いているし、空も飛ぶ。
麻痺のまま長く空に滞在するのはきついのか、刀が届く範囲の低空飛行にはなっているのがせめてもの救いだ。
通常のファイヤードラゴンも麻痺のままファイヤーブレスを吐いたり、尻尾を振り回していたけど、他にもその鋭い爪の攻撃や低空飛行のままこちらに突っ込んでくるといった攻撃も増えている。
その威力は凄まじく、ファイヤーブレスは直径1m程の岩を木っ端みじんに吹き飛ばすし、尻尾がぶつかった岩も粉砕するし、爪の攻撃はほとんどかまいたちのようなもので岩がすっぱりと切れた。
「呪痺届く?」
「うん!」
「届くよー!」
「「【呪痺】!」」
「ありがとう! 【従魔回復】、【従魔強化】!」
「【闇魔裁断】」
普段はあまりスキルを使わないフェルダも今回ばかりはクールタイムの回復と共に積極的に闇魔鉤爪術のスキルを使用して戦っている。
今一番攻撃を与えられているのは確実にフェルダなので、無理はせずに、だけど少しばかりの無茶はして頑張ってもらいたい。
刀を振るいつつ、特にフェルダのHPを気に掛けながら、従魔回復や従魔強化を使用していく。
通常のファイヤードラゴンと比べて全てのステータスが上がっているとはいえ、時間を掛ければ倒すことはできる。
1体目のファイヤードラゴンは通常のファイヤードラゴンの討伐時間の大体3倍の時間で倒すことができた。
先日のファイヤードラゴン狩りでは大体4、5体倒して1レベル上がっていたけど、今日は1体倒しただけでレベルが1上がった。
俺よりもずっとレベルの高い兄ちゃんは1体ではレベルアップ出来ないようだ。
今日は俺達も一緒だから別として、普段は基本的にソロで狩りをしている兄ちゃんにとってはあまり効率の良い相手とは言えないだろう。
「っ……! いったぁ……!」
爪の先が少し掠っただけなのに、まるで突き刺されたかのような衝撃が走る。ダメージもとんでもない。
慌てて上級ハイポーションを取り出して飲み干す。
俺のHPは360しかないので、物理攻撃を受けたらすぐに回復しないと死んでしまう。
ジオンとフェルダは掠る程度であれば数回は耐えられるみたいだ。
だからと言って攻撃を受けるつもりはないのだろう。ジオンはほとんど避け切っている。
フェルダは超近距離の肉弾戦なのでどうしても攻撃を受けてしまう時もあるけど、今のところはポーションや従魔回復で回復できる程度のダメージで済んでいる。
「【黒炎弾】!」
火耐性があるファイヤードラゴンでも黒炎弾の威力は絶大だ。
さすがに1回や2回の黒炎弾では倒せないけれど。
ずっと緊張状態が続くのは疲れるし集中力が途切れるので、討伐までの時間が短くなるのは有難い。
持っている数種類のマナポーションを飲み干して、次は黒炎柱を放つ。
範囲攻撃をファイヤードラゴン単体に使用するのは少し勿体ない気がするけど、範囲攻撃とは言えさすがは黒炎属性。
黒炎弾と比べると若干威力は劣るものの、それでもなかなかの威力だ。
「ボクたちも!」
「うん!」
「「【水柱】!」」
黒炎が噴き出す柱と柱の間を埋めるように水の柱が噴き出る。
シアとレヴはどうやら1つのことに集中すると他のことが疎かになってしまうようだ。
今回で言うと麻痺を切らさないように集中していて水属性の魔法スキルを使用するのを忘れがちになっている。
凄く分かる。色んなことに意識を向けるのは難しい。俺も気を付けなければ。
「ライ、それから皆も。気を付けて。一応当たらない場所は狙うけど」
「了解! あの弾だね!」
「そう、いくよ。……【水刃弾】、【雷刃弾】、【火刃弾】」
兄ちゃんの魔力銃から放たれた魔法の弾がファイヤードラゴンに届くと、いくつもの斬撃音が辺りに響き渡った。
当たったとしてもプレイヤーや従魔である俺達にダメージがあるわけではないけど衝撃はある。
それに、俺達に当たってしまった分は敵のダメージにならないので当たらないにこしたことはない。
あの魔力弾スキルは貫通攻撃なのだそうだ。
通常のモンスターだと最初に当てた敵を貫通して周囲の敵にも攻撃を与えられる範囲攻撃に近いスキルらしいけど、ヌシやキラーツリーのように大きなモンスターであればその大きな体を貫通して何度もダメージが入るらしい。
貫通する回数は5回から10回と様々なのだそうで、恐らく運だろうと兄ちゃんは言っていた。
あとは敵と敵の距離とか、大きさでも変わるんじゃないかとのことだ。
「ジオン! ラストいける?」
「ええ、お任せください。【氷晶弾】」
ジオンの氷晶弾が着弾すると同時に、ファイヤードラゴンが大きな断末魔を轟かせる。
びりびりと空気を震わせるようなその声が小さくなり、ファイヤードラゴンはエフェクトとなってパキンと割れた。
2体目の討伐完了だ。大きく息を吐いて、刀を鞘に戻す。
今回はレベルは上がらなかったみたいだ。
2体倒して俺とジオンは1、シアとレヴ、フェルダは2上がった。
「お疲れ様。やっぱりライ達がいると早く倒せて良いね」
「朝陽さん達とは一緒に倒さなかったの?」
「一回様子見がてら来た時は、効率悪いって帰ってたね。
朝陽とロゼは露店にいる時間もあるから、少しでも効率が良い場所で稼ぐってスタイルなんだよ」
「なるほど。フェルダがいるから効率が良くなってるけど、フェルダがいなかったら効率悪そうだね」
俺もレベル上げをする時は効率の良い場所を選んで狩りをしている。
と言っても、適正レベルより上の街に進んで行っているので、進んだ先で狩りをしているだけで効率は良いけれど。
これはあくまで皆の力があってのことなので、倒すのに時間が掛かるのなら戻って狩りをしたほうが効率は良いだろう。
「次のファイヤードラゴンが出てくるまで、お昼ご飯にしようか」
「ええ、そうですね。魔除けはしますか?」
「この辺りはワイバーン来ないみたいだし、しなくて良いんじゃないかな。
ファイヤードラゴンが出てきた時だけ気を付けなきゃね」
今持っている魔除けの短剣ではファイヤードラゴンの魔除けは出来ないだろうから刺しても意味がない。
寧ろ無駄に魔石の魔力を使うことになるのでマイナスだ。
ファイヤードラゴンがリポップする場所から少し離れた場所にある岩の上に各々座り、買っておいたお昼ご飯を広げる。
お昼ご飯には少し遅い時間になってしまった。
リーノ達は今何をしているかな。お昼ご飯はもう食べ終わっているだろう。
「どう? レベル上げ、捗ってる?」
「うん、ようやくレベル68になったよ。
兄ちゃん達にはまだまだ届かないけど……いや、届くのは無理かなぁ」
「んー……結構差があるからね。でも、このペースで上げてたら差は縮まると思うよ」
兄ちゃん達最前線プレイヤーはレベル90を超えている人達ばかりだ。
プレイヤー全体で見れば俺のレベルも低いほうではないはずだけど、イベントで上位を狙うにはやはり最前線プレイヤーの人達と争うことになる。
届かなくても差を縮めておかなければ上位なんて狙えないだろう。
とは言え……ここ数日狩りばかりで、正直ちょっとだけ飽きてきてしまった。
やはり俺は戦闘メインのプレイヤーではなかったようだ。だからといって生産メインのプレイヤーでもないのでどっちつかずになっている。
前向きに考えれば、これまでのどのイベントでも戦闘と生産が必要だったので、どっちつかずな俺のこの状態は良い状態だとも言えるのではないだろうか。
「次のお祭り、どんなお祭りになると思う?」
「ま、恐らく新規のやつらが来てからになるだろうから、戦闘とか生産はそこまでしないイベントだと思うよ。
もしくは新規参入プレイヤーのみのイベントの可能性もあるんじゃない?」
「そっかぁ……そのほうが差が出ないから良いのかもね」
今日はday131。新規参入プレイヤーのログイン開始日がday156。
いよいよ一ヶ月を切った。透さんにこの世界で会う日が待ち遠しい。
「もしイベントがあるなら……告知は明日か明後日だって言われてるね」
「明日か明後日……この世界の?」
「あっちの世界の、だね」
「そっかぁ~! 楽しみ!」
「で、イベントはday173辺りって予想されてる」
頭の中で現実世界とこの世界の日付を計算していく。
day173辺りというと……新規参入プレイヤーのログイン開始後の最初の土曜日だ。
大いにあり得るのではないだろうか。
品評会、戦闘祭、狩猟祭は日曜日で、クラン戦は土曜日だった覚えがある。
クラーケンは突発的なレイド戦だったからそのどちらでもなかったけど、恐らくイベントは大体土日か祝日に開催されるのだろうと予想できる。
「また皆で参加できるイベントだったら良いね」
「そうですね。もし参加できるのであれば、次もライさんが優勝できるように頑張ります」
「ボクもがんばる!」
「アタシもー!」
「そだね。二連覇……いや、三連覇だっけ? 目指そ」
「ふふ、ありがとう。皆で楽しく参加出来るのが一番だけど、それで優勝できたら凄く嬉しいよね」
俺の仲間達は皆優しいし、レベルも順調に上がっているし、ご飯も美味しいしで幸せだ。
「ところで……フェルダ、大丈夫ですか?」
「? あー……腕? 特に変わりないけど……」
「大丈夫なら良いんです。先日調子が悪かったようでしたので」
「大丈夫。あれくらいならちょっと休んだら治るから」
フェルダの腕の呪紋に視線を向ける。
魔力感知で見ても特にいつもと変わりはないように見える。
腕が痛んでいた時は黒い霧のようなものが蛇のように巻き付いていた覚えがあるので、フェルダの言う通り特に変わりはないのだろう。
フェルダの様子も我慢をしているようには見えない。
問題なさそうなので安心してご飯を食べ続ける。
そう言えば、ジオンからフェルダの呪紋について触れているのは初めて見た気がする。
先日痛みが出たと言っていたから心配だったのかな。
今日は特にフェルダが攻撃の要だから確認しておきたかったのだろう。
なんて、思っていたのだけれど。
ジオンのそれは、虫の知らせのようなものだったのかもしれない。
お昼ご飯を食べ終わり、3体目のファイヤードラゴンとの戦闘を始め、ファイヤードラゴンのHPが3分の1を切った頃、異変は起きた。
「っ、フェルダ!?」
ファイヤードラゴンの向こう側から聞こえてきたジオンの声にざわりと胸が騒ぐ。
フェルダのHPは減っていない。状態異常にもなっていない。
しかしいつものジオンの穏やかな声とは違う焦りが滲む叫びに何かが起きたと分かる。
声がした方向へ視線を向けてみるが、ここからでは何が起きているのかが分からない。
「フェルダ! 大丈夫ですか!? 離れ、っ……ライさん!」
「ジオン! フェルダは……フェルダ!?」
慌てて向かった先には、腕を押さえて膝をついているフェルダの姿とそんなフェルダをファイヤードラゴンから守るジオンの姿があった。
ガキンとジオンの刀とファイヤードラゴンの爪がぶつかる音が響く。
爪と刀の鍔迫り合いを力で押しのけたジオンに代わり、フェルダの前に出る。
「兄ちゃん! タゲ取って!」
「りょーかい」
兄ちゃんからたくさんの魔力弾が飛んでくると同時に、ファイヤードラゴンの意識が兄ちゃんに向かったことが分かる。
ファイヤードラゴンの動向を窺いつつ、フェルダの姿を確認する。
「フェルダ……!」
返事をする余裕もないのだろ。
ぎりぎりと音がする程に腕を掴み、額には汗が滲んでいる。
はっはっと短く息をするフェルダに手を伸ばそうとした時、フェルダの体がぐらりと揺れて地面に倒れた。
「フェルダ!!! っ……ジオン! フェルダ抱えて!」
「はい!」
「兄ちゃんごめん! 撤退する!」
「りょーかい!」
「兄ちゃん倒しておいて!」
「えっ? わ、分かった。……大丈夫?」
「分かんない! けど、大丈夫にする!」
パーティーウィンドウを開き、兄ちゃんのパーティーを解除して、次にアイテムウィンドウを開く。
帰還石を選択して……ちらりと兄ちゃんに視線を向ける。
「兄ちゃん! 麻痺と冷気の魔道具置いて行くね!
この辺に転がしておくから良かったら使って!」
戦闘中の兄ちゃんと取引ウィンドウで取引するわけにはいかないので、アイテムボックスからいくつか取り出して転がしておく。
兄ちゃんなら移動しながら回収して使用できるはずだ。
「兄ちゃん今日はありがとう! ごめんね!」
ジオンがフェルダを抱えていることを確認してから、指に挟んだ帰還石をパキンと砕く。
ふわりと周囲に風に巻き上がり、俺達を包むと同時に周囲の景色ががらりと変わった。
「家に帰ろう!」
「はい!」
『テイムモンスターは友達に入りますか?』の電子書籍版の発売も開始しました。
電子書籍版でしか読めない特典SSもございますので、ご検討いただけたら幸いです。
書籍版のほうもどうぞよろしくお願いいたします。




