day123 1日の終わり
「皆!」
「ライさん! ご無事でしたか!?」
帰還石で薬師の村のリスポーン地点に移動すると同時に皆がリスポーンした。
「うん、俺は無事だよ。ごめんね……こんなことになるなんて思ってなくて……。
あ、リーノの忘れ物、持ってきたよ。アクセサリーと細工の道具……で、合ってる?」
「持って来れたのか? 堕ちた魔物は……」
「リーノの知り合い……? では、ないみたいだけど、リーノのことを知ってるスペード……魔獣さんが、ずっと守っててくれたみたい。
ワーグって種族の魔物なんだけど、知ってる? 真っ白で大きな狼なんだけど……」
「ワーグ……? いや、知らねぇな……。えっと……そいつが? 守ってくれてた?」
同じく帰還石で帰ってきたソウムに視線を向ける。
スペードを召喚したままにするのはMPの消費がきついようなので、こちらに戻ってくる前に召喚を解除している。
「【サモン・スペード】」
これまで俺はジオン達が魔領域とやらになるべく行かなくて済むようにと考えていたけど、常に召喚していられるわけではないサモンスキルを取得している人からすると身近な存在だ。
聞けば眠っているのと変わらないのだとか。
サモンの場合、魔領域にいる間は夢を見るように、サモナーに何が起きているのかを薄らと知ることが出来るらしい。
確かに何も分からない状態で突然呼び出されても対応ができない。起きたら目の前にヌシがいたなんてことにもなりそうだ。
薄らでも召喚されて何をする必要があるのか分かっていたほうが良いだろう。
「……ああ、元気そうだ。お主……リーノ、と言うのだったか」
「お、おう……?」
困惑している。本当に覚えがないみたいだ。
「お主が吾を知らぬのは当然だ。小さき種族は吾に恐怖を覚える。
無闇矢鱈と怖がらせるのは趣味ではない。
偶に降りてきて、気付かれぬよう見ていただけだ」
「降りてきて? んー……あ! そういや、山の上の一角にある凶暴な魔物の縄張りには近付いちゃいけねぇって聞いたことあるなぁ」
「凶暴か。くく、それで良い。吾は温厚ではあるが、縄張りを荒らされるのは良しとしない。
吾がおらぬとしても、あの場所は元々危険が多い。近寄らぬほうが賢明だな」
「あー……ありがとな。守ってくれてたって聞いたけど……大切なものだったから助かったぜ」
リーノがいた頃はノッカーの集落の人達だけでなく冒険者の人達も来ない場所だったようだけど、洞窟の奥に堕ちた魔物がいると分かったのは冒険者の人達があの場所に足を踏み入れたからだ。
スペードがあの場所でリーノの忘れ物を見ていてくれなかったら、その内冒険者の人達に発見されてなくなっていたかもしれない。
「吾が留まったことで風化を早めてしまったやもしれぬ。悪いことをした」
「もう随分置きっぱなしだったし、どの道使えやしなかったと思うぜ。
道具だってもっと良いもん使ってるし、もっと良いもんが作れる。
なくたって別に構わねぇんだ。形が残ってるだけで充分」
「お主の為になったのであれば、吾も報われる。
あれは良い。お主の作るあれらは、とても綺麗だ」
「……ごめん、スペード。そろそろ限界……MP回復できてない……」
「くく、では眠るとするか。また会おう。小さき種族の大きな子」
「おう! また会おうな! 今度会う時までに、アクセサリー作っておくぜ!」
リーノの言葉に嬉しそうに目を細めたスペードは、ぐるると小さく喉を鳴らした後ぽんっと音を立てて消えた。
「はー……レベル上げしよ……」
「俺も暫くは本腰入れてレベル上げしようかな。もし次のイベントがあった時、今のままじゃさすがにきつそう」
「寧ろこの前のイベント、レベル55で優勝したんだ……って戦慄してる」
「争奪戦の時は50だったよ。でも、俺だけの力じゃないからね。
戦闘面もだけど……生産って大事」
「それはそう。僕も何か覚えてみようかなぁ。
手品道具自分で作れるようになったら楽だし」
「いつでも頼んでくれて大丈夫だよ!」
「いや、いや……ライ達に頼むのは申し訳なさ過ぎるから……。
……あ。依頼の報告しなきゃ……なんて報告したら良いんだろ……あれ?
ギルドカードでは達成されたことになってる」
ソウムが取り出したギルドカードの裏面には『西北の洞窟内に出現した堕ちた魔物の討伐:達成』と表示されている。
それがなくてもスペードと一緒に説明したら問題はなさそうだけれど。
「これなら、テイムしたって言わなくて良さそうかな」
「どうやって討伐したのかは聞かれるんじゃない?」
「そこはもう、なんかよく分からないけど倒せたの一点張りで乗り切る。
面倒なことになったら嫌だし」
面倒なこと……確かに、堕ちた元亜人や魔物をテイムしたという前例はなさそうだ。
長生きであろうエアさんも『堕ちた元亜人をテイム? 正気の沙汰とは思えないよ』と言っていた覚えがある。
堕ちた元亜人や魔物が回復したという話すら聞いたことがないようだった。
そんな認識の中、テイムしましたなんて報告したら色々と面倒なこともあるかもしれない。
俺もこれまでギルドで堕ちた元亜人をテイムしたなんて報告はしたことがないし、ソウムがそれを報告したらソウムが第一人者になるだろう。
今後出現した時の対処法として有益な情報になるのではないかとは思うけど。
まぁ、俺は直接関係があるわけでもないし、ソウムが決めることだ。
「あ、そうだ。ハイマナポーション売ってって言ってたよね。
今14個しか持ってないんだけど、どうする?
ネイヤに言ったらすぐ作って貰えるから、全部でも大丈夫だよ」
「言った……言ったけど……ちょっと聞いて良い?
さらっと貰ってさらっと飲んじゃったけど、上級だよね? 中級ではないんだよね?」
「上級ハイマナポーションだよ」
「さすがぁ……中級もあんま見ないのに。
空と……生産頑張る隊のみきさん? くらいしか、作ってないんじゃなかったっけ」
「上級は今手に入る植物だけじゃ作れないみたいだよ。
中級も作れる植物がエルフの森にあるから、なかなか集められないみたい」
中級ハイマナポーションを作るにはエルフの森で採れる朝露草が必要らしい。
今後先に進んで手に入る植物でも作れるそうなので、エルフの森で採れる植物でなければ作れないというわけではないみたいだけれど。
「なるほど……錬金術だっけ。売らないの?」
「纏め買い出来る程の大量生産はしてないからね。
ポーションの値段って回復量で値段が決まるんだよね?」
「そうみたい。街で売ってるやつも露店で売ってるやつも、種類と回復量が同じなら同じ値段で売ってるよ。
街には☆1しか売ってないけど……どの素材使っても買取価格は一律なんだって」
違う素材で作られた初級ポーションが2種類あったとして、回復量が50ならどんな素材を使ってても400CZだ。
貴重な素材を使うなら素材だけ売ったほうが高くなるのではないかと思ったけど、貴重な素材を使うと多くポーションができるそうなので、採算は取れるみたいだ。
実際は数種類の素材から作るみたいだけど、使った素材の種類や量で出来るポーションの本数も変わるらしい。
ポーションの品質は回復量で変わる。初級ポーションで言うなら、☆1が50、☆2が55、☆3が60、☆4が65……といったように品質が1上がる毎に5回復量が増える。
ネイヤ曰く、ポーション類の品質は☆10まであるそうだ。
ただ、基本的に☆5と次のランクの☆1が同じ回復量になるそうなので、使う素材や手順の増える☆5以上を作ることは少ないのだとか。
初級や中級、上級等といったランクが違うポーション類にはクールタイムがそれぞれ別に設定されているけど、俺のように一回のMP消費量が多くて一度に回復しなきゃいけない人だったり、兄ちゃんのように魔力弾を連発して戦う人だったり、ネイヤのように常にMPを消費しているとかじゃない限りは、種類を揃えなくても大丈夫みたいだ。
「ポーション類って先駆者……って言って良いのか分からないけど……空が値段決めたみたいなものなんだって。
街で売ってる☆1はともかく、☆2以上は街では売ってないし高くても売れるとは思うけど、それでも絶対に3倍で売ってたみたい」
「へぇ~そうだったんだね」
「この先街でも☆2以上が売られるかもしれないし、その時に街で買ったほうが安かったら露店で買う必要なくなるからって。
まぁ……本人に聞いたわけじゃないんだけど……。
それで、その頃の名残で今もポーション類は皆買取価格の3倍で売ってるんだって」
「纏めて売れるなら3倍でも結構な値段になるよね。
えーと、買取価格は1,200CZだから……3倍で3,600CZだね」
「すごい……ライが売ってる生産品で一番安い……」
「あはは、確かにそうだね。他が高過ぎるんだよ」
そもそもポーション類はオークションで売るのに向いていない。
ポーションが必要になるのは基本的に狩りに行く時だ。オークションではすぐには手に入らない。
それに、現在手に入る一番品質の良いポーション類は空さんとみきさんが露店で買取価格の3倍で売っているので、相場より随分安く価格が設定されているならともかく、落札期間中に競り合って高く買う必要はないだろう。
「えっと……じゃあ……全部、貰って良い? この後使わない?」
「うん、大丈夫だよ。14個で50,400CZだね」
取引ウィンドウを開いて、上級ハイマナポーションを14個並べる。
「あ、さっき貰った帰還石のお金も……」
「オークションでしか出したことないから、値段決まってないんだよね」
「んー……それじゃあ、せめて出品してる時の値段は払わせて。
この前のキャンプの時も貰っちゃったし……」
「出品してる時の値段かぁ。この前出品した時は4倍の……42,800CZだったね」
「わかった。キャンプのは貰うけど、今日のは払う」
上級ハイマナポーションはともかく帰還石は今日もキャンプの日もほとんど押し付けたようなものなので申し訳ない。
とは言え、ソウムは有無を言わさず値段を打ち込んでしまうことが分かっているので素直に頷くと、お金の欄に93,200CZと数字が並んだ。
確認して承認したら取引は完了だ。
「毎度あり! また必要になったらいつでも言ってね」
「正直助かる。スペードのレベル上げしたいけど、あの消費量じゃ他のスキル使えなくなるし」
「従魔のランクで消費量が変わる感じなの?」
「多分? スペードは☆5だったよ。
もしかしたら種族とかステータスの数値でも変わるのかもしれないけど」
「強い仲間が欲しいのに、強い仲間だとMPの消費量が増えるなんて悩ましいね。
そう考えるとテイムの方が楽に感じるけど……サモンの方が取得されてるんだよね?」
「テイムだとステータス上昇しないから、レベル上げないと戦闘きついのに貰える経験値少ないし……まぁ、ライはあんま関係なさそうだけど……。
あと、やっぱお金が掛かるよね。転移陣代も食事代も必要だし……あと寝る場所も?
サモンモンスターだと装備代だけで良いからね。それも、ステータス上がってるから絶対に用意しなきゃいけないってわけでもないし」
俺に向いているのはやっぱりテイムかな。
お金は皆がいるから大丈夫だし、テイム出来るモンスターに制限があるお陰でレベル上げしなくても最初から強い。
さすがに参ノ国ともなると、いくらステータスが高いとは言えレベル1のままではきついけれど。
夕焼け空を見上げる。朝から出掛けたのにすっかりこんな時間だ。
壱ノ国から弐ノ国、そして参ノ国。先に進めば進む程移動時間が長くなっている。
そもそも薬師の村からテラ街に行くのにも、テラ街から次の街であるグラキエス街に行くのにも、あの洞窟やノッカーの集落を通る必要はない。
地図に載っていない集落や森、洞窟等はギルドや街の人から話を聞かない限りその存在を知ることができないのだろう。
「そろそろ帰ろうか。結構良い時間になっちゃったし、夜ご飯食べに行かないと」
「テラ街?」
「うん、イリシアとネイヤも待ってるしね」
「僕もテラ街のギルドで報告しなきゃだし、一緒に行こ」
薬師の村のギルドに向かい、転移陣でテラ街に向かう。
俺達はこの後どうしようかな。今日は明日のお昼までログイン出来る日だ。
夜ご飯を食べた後は……少し仮眠をとって、兄ちゃんを誘って狩りに行こうかな。
「またね、ソウム」
「うん、またね」
受付に向かうソウムを見送り、俺達は家路に就く。
「今日から暫く、レベル上げに専念しようと思うんだけど、良い?」
「ええ、そうですね。これ以上レンさん達との差が広がると、祭りで優勝を目指すのが難しくなりそうです」
「そうそう。そこなんだよね。まぁ……優勝しなくても、皆と一緒に楽しめたら良いんだけどね」
「けどさぁ、2連続優勝してんだし、やっぱプレッシャーもあるじゃん?」
「多少はあるけどね。それに、出来れば負けたくないとも思うし」
「あのね、アタシ、ライくんが1番がいい!」
「ボクも! ボクたちのライくんが1番なんだよ!」
「だね。俺達の主が凄い奴ってこと、証明したいから」
「へへ……俺、愛されてるなぁ」
俺が強くなればなる程皆が喜んでくれるのなら、どれだけでも頑張れそうだ。




