day118 キャンプ①
「【従魔召喚・リーノ】、【従魔召喚・フェルダ】」
2つの光が溢れ出る。
人型に集束した光はやがて、リーノとフェルダの姿に変わった。
瞬きをした2人は辺りを見渡し、俺達に視線を向ける。
「おー揃ってんなー!」
「思ってたより早かったね」
「迷子にもならずに、何の問題もなく辿り着けたからね。
早速で悪いんだけど、フェルダ。かまど作り出来る?」
「かまどって……今スキル使えないみだいだけど」
「スキルなくても、知識でなんとか……出来ないかな?」
「ま、キャンプで使うかまど程度なら。
適当に石、積み重ねたら良い?」
「うん、よろしくね」
頷いたフェルダはカヴォロの元へ向かって行った。
2人でどんなかまどにするか話すのだろう。
「リーノはテントの設営をよろしくね」
「おう! 任せとけ!」
総勢14人もいるので、テントの数も多い。
最大4人~5人くらいのテントを一応5つ用意してきた。
まだどう別れるかは決めてないけど、女性もいるので足りない可能性も考えて5つだ。
滝から少し離れた開けた川沿いにテントやタープを設営していく。
この辺りは大きな岩もなく、なだらかな場所だ。
滝には後で遊びに行こう。
「ライ君。ハンモックはこの辺りで良いかしら?」
「任せるよ」
次から次に用意しておいたキャンプ用品をアイテムボックスから取り出して、地面に置いていく。
ハンモックは予定になかったけど、イリシアが用意してくれた。
木にくくりつけられたハンモックにシアとレヴが早速飛び乗り、ゆらゆらと揺れて楽しんでいる。
キャンプ経験があるらしい朝陽さんの指示に従いつつ、テントやタープを設営していく。
力が強い人にペグを打ち込んで貰って……俺は主に支える役目だ。役立たずである。
「ライ、釣りしてきてくれ」
「……戦力外通告?」
「……暇そうに見えたからな」
カヴォロの言葉に小さく肩を落としつつ、頷く。
すぐ近くに川もあるし、釣り竿も持ってきている。
釣り竿を手にふらふらと川に近付き、深めの場所を探して糸を垂らす。
浮きを眺めて過ごしていれば、隣にソウムがやってきた。
ペグを打ち込む金属音が聞こえてきているので、テントの設営はまだ終わっていないようだけれど。
「1人にしないで……」
「あ、ごめん。初対面の人達ばっかだもんね」
「コミュ症にはきつい……釣り?」
「うん。多分、戦力外通告」
「戦力外……」
「俺、STR凄く低いんだよね。多分、種族特性でも下がってるんじゃないかなって思う。
ステータスウィンドウでは書かれてないけど、異常なくらい力がなくて」
「力……釣りは大丈夫?」
「今のところは。ああでも、凄く大きな魚とかだったら釣り上げられないのかな」
装備条件さえクリアしていたら釣り竿は持つ事が出来るので、持てる釣り竿で釣る魚ならどれだけ重くても釣れるんじゃないかと思うけど。
そこは釣りスキル内に収めてもらいたいところだ。
「釣り竿まだあるから、ソウムもする?
スキル持ってなくても、たまに釣れるみたいだよ」
「んー……スキル取る」
その返事にぱちりと瞬いている内に、ソウムはウィンドウを開いて釣りスキルを取得してしまった。
アイテムボックスの中に入っている釣り竿をソウムに渡して、ほとんど釣りをしたことないと言うソウムに少ない知識を披露する。
川沿いに2人で並んで、なだらかな波に合わせてふよふよと動く浮きを眺める。
ちなみに、疑似餌がついているので餌は必要ない。
「弟君……と、手品の人」
「あれ? 空さん。何かあった?」
「……見てて良い?」
「うん、もちろん」
俺の隣に空さんがしゃがみ込み、川面に視線を向ける。
「……朝陽が、手品の人と話してこいって」
「え、僕? えっと……何かしたっけ……」
「早めに慣れておけって言われた」
空さんは元から口数が少ないのもあるし極度の人見知り、ソウムもどうやら人付き合いがそんなに得意ではないみたいだし、俺は言わずもがな。
ソウムの言葉を借りるなら、俺達3人全員コミュ症だろう。
つまりコミュ症トリオだ。全員何も話さず、ゆらゆらゆれる浮きに視線を向けている。
無言を苦には思わないけど、お互いに慣れているとは言えない関係性の3人での無言は気まずい。
2人と話したことがある俺はまだ良いが、俺を挟む2人は凄く気まずいだろう。
「……手品見る?」
「見る」
沈黙に耐え兼ねたソウムが口を開く。
空さんの返事を聞いたソウムはカリカリとリールを撒き、丁寧に釣り竿を地面に置いて、俺と空さんの間に移動した。
何が始まるのだろうと釣りそっちのけでわくわくとソウムに視線を向ける。
小さく頷いたソウムは、にっと口角を上げた。
「それじゃあ、始めようか!」
いつもと違うソウムの声色と声量に驚く。
そう言えば、最初に露店広場で手品をして貰った時も違う人みたいだった。
「少し、借りるね?」
そう言ったソウムはグリップを握る俺の左手に手を伸ばし、何かを掴む様に指先を動かして離した。
その手を目で追えば、いつの間にか指先にコインが挟まれていて、俺と空さんはそれに驚いてぱちりと瞬く。
ソウムはそんな俺達を気にする事なく、ぱたぱたとコインを指の上で転がしながら口を開く。
「さて、どんな魔法をご覧いただこうかな。
……レディ、水中脱出の手品って知ってる?」
ソウムの質問に空さんが頷く。
「それは良かった! 今日はこのコインに水中脱出をして貰うよ。
コインを縛る必要はないよね?
もちろん! 縛っても良い。どうする?」
「……縛らなくて良い」
「おーけー! それじゃあ、行ってらっしゃい!」
そんな言葉と共にぽいっと投げられたコインが、ぽちゃんという水音を立てて川の中に沈んでいく。
俺達のすぐ近く、浅い場所に落ちたコインは、当然動く事もなく太陽の光が差し込む川底できらきらと輝いている。
「レディ、何か適当な石を選んでくれるかな?」
「石……」
空さんはきょろきょろと辺りを見渡し、こぶし大の石を選んで手に取り、ソウムに見せた。
「うん! 良い石だ!
よし、君にはこの石の下から脱出してもらうよ。頑張って!」
ソウムは空さんの選んだ石を受け取り、それを水中に沈むコインの上に置いた。
俺達はしゃがみこんで、川の中を覗き込む。
「……そろそろかな? うーん……まだみたいだ。
さあさあ、頑張って抜け出さなきゃ!」
乗せた石を持ち上げて、その下にコインがある事を確認したソウムは大袈裟なくらいがっかりして、またコインの上に石を乗せた。
コインを応援するソウムがなんだか面白くて、笑いが零れる。
ソウムは何度か石を持ち上げ脱出できていないコインを励ました後、やれやれと肩をすくめた。
「君には少し早かったかな?
仕方ないね。少しだけ手伝ってあげよう!」
そう言ったソウムが、石をこつんと突いた。
ころりと転がった石の下を確認して、わっと声が漏れる。
先程まで確かにあったコインが消えている。
「うん、上手。さて……どこに行ったのかな?」
ソウムの手がポケットや髪の中、袖の中に動く。
どこから出てくるだろう。
「あれ? 隠れるのが上手なようだ。
……もう出てきて良いよ? どこかな?」
ごそごそとコインを探してソウムの手が動く。
徐々に困った顔になっていくソウムにもしかして……と考えが過る。
困り顔のソウムは体から手を離し、ちらりと川に視線を向けた。
「……おや? 魚が掛かっているみたいだよ?」
「え? あ、本当だ」
揺れる浮きを確認して、かりかりとリールを巻く。
そろそろ水面だというところで、ひょいと釣り竿を持ち上げると、きらりと何かが光った。
「ああ、いたいた! そんな所に隠れていたんだね! おいで!」
パチンとソウムが手を叩く。
その音につられてソウムに視線を向ければ、にっと笑ったソウムが合わせた手を開いた。
「脱出成功!」
指先に挟まれたコインにおぉと感嘆の声を上げて、拍手する。
空さんは呆気に取られたように口を開けて、ソウムが持つコインをじっと見つめている。
「……弟君もグル?」
「え!? 違うよ!」
フードの下から疑わし気な目が見える。
本当に何も知らない。俺はここで釣りをしていただけだ。
「楽しんでいただけたようだね、レディ。
そんな君にプレゼント」
人差し指と中指を挟まれたコインごとくるりと回すと、ぱっとコインが小さな花へと変わる。
ぱちんとウィンクしたソウムは、その小さな花を空さんに差し出した。
呆気に取られたまま小さな花を受け取った空さんは、ソウムの手、川の中、小さな花に視線を行き来させて首を傾げた。
「全然わからない……本当にグルじゃない?」
「グルじゃないよ。最初のコインも、それからコインが釣れたのも、俺は何も知らないよ」
俺達の視線がソウムに向かう。
「僕は魔法使いだからね!
……なんて、ね。どう、だった?」
あ、いつものソウムに戻った。
手品をする時だけの話し方のようだ。
「凄かった! 本当に魔法使いみたい!」
「いや……魔法使いって言ってるけど、魔法がある世界だと魔法使いなんて珍しくないよね。
他の言い方が考えつかないからそう言ってるけど」
「大丈夫だよ。俺達には通用するからね」
「コイン3枚使った?」
「? ああ……いや、1枚だけ。最初から最後まで同じコイン」
その言葉が本当なのか嘘なのか。
種明かしになってしまうだろうから教えてはくれないだろう。
でも、なんとなく、本当に1枚だったんだろうなと思う。
コインの上に乗っていた石を持ち上げて、その周囲の石も持ち上げ、コインが残っていないか確認する空さんの姿を見ながら、釣りの途中だったと思い出す。
釣り針を川の中に垂らそうとしたところで、空さんから待ったがかかった。
「弟君、待って。釣り竿見せて」
「うん」
先程と同じく、ある程度リールを撒いたところでひょいと持ち上げると、きらりと疑似餌に太陽の光が反射して光った。
その光にあっと声が出る。
同じ反応をした空さんが、ソウムにばっと顔を向けて口を開いた。
「……コインが釣れたわけじゃない?」
「えーと……その……やめて……!
思いつきでやったのは謝るからぁ!」
思いつきでやったのか。
確かに川で釣りをしている人がいなければ出来ない手品だ。
釣りをしながら出来そうな手品を考えていたのかな。
俺達がコインの光だと思ったそれが、例え疑似餌の光だったとしても、それをそうと思わせないのが手品の技巧なのだと思う。
いつの間にやら回収されたであろうコインも、まるで回収なんてしていないように見せる。
コインがどこにもない事を確認した空さんは、満足したのか小さく頷いて、手元の花に視線を向けた。
「ありがとう」
「あ、えっと……ごめん。薔薇の花とかの方が、それっぽいんだろうけど。
ここに来る途中で摘んだ花なんか、いらないよね。
でも一応、調薬で使える花を選んだつもりで……」
「嬉しい」
最後に空さんにプレゼントされた小さな花は、どうやら調薬で使える花だったらしい。
いつの間に摘んでいたのだろう。
空さんが笑って紡いだ言葉を聞いたソウムは、喜んでくれた事へなのか、それともこれ以上追及されない事へなのかは分からないけど、安堵の息を漏らした。
ぽちゃんともう1つ、浮きが川に浮かぶ。
魚影は見えているものの、疑似餌に全く興味がないようで、近付いてもきてくれない。
これは、釣れるのだろうか。頼まれたからには釣りたいのだけれど。
ゆらゆらと揺れる浮きを3人で眺める。
3人になってすぐよりは、無言を苦とは思わないようになった。
手品を一回挟んだからだろうか。空さんとソウムの緊張感が多少和らいだ気がする。
「ライ」
後ろから聞こえてきたカヴォロの声に、ぎくりと振り向く。
「魚は釣れたか?」
「……全く」
「そうか。設営終わったぞ。
バーベキューの準備を始めるから、釣りはもういい」
「ん……魚は使わないの?」
「まぁ……ないならないで構わない。
俺も後で釣りをしようと思っているから、リベンジがしたいならバーべーキューの後にしたら良い」
「了解」
ソウムから釣り竿を受け取り、2本の釣り竿をアイテムボックスに入れる。
くるりと振り向けば、キャンプ地が完成していた。
シアとレヴが串にお肉を刺している姿が見える。カヴォロのお手伝いをしていたようだ。
俺達3人は設営の手伝いもせず、釣果もなく、手品を楽しんでいたわけだけれど……うん、この後挽回しよう。
ぱたぱたと皆の元へ駆け寄り、串にお肉を刺しているシアとレヴのお手伝いに向かう。
串はシアとレヴが用意してくれた物だ。
空さんが用意してくれたテーブルの1つに食材と調理道具が広がっている。
「おにくーおにくーピーマンーおにくー」
「たまねぎ、たまねぎ、コーン、おなす!」
「レヴって野菜が好きなんだっけ?」
「ううん! おにくの方が好き!」
「そっか……」
野菜だらけの串は、自分で食べる用ではないらしい。
誰か食べるだろうし、好きに刺して良いだろう。
よし、俺も張り切って手伝うとしよう。




