day117 従魔召喚
家への道を進む皆を見送り、俺とジオンはギルドへ向かう。
テラ街のギルドには農作業手伝いの依頼がたくさんあるみたいだ。
修業がてら農業スキルを取ってお手伝いしても良いなと思うけど、今はSPが10しかないので保留だ。
「では、私はここいますね」
「うん。待っててね」
ギルド前の広場にジオンを残し、ギルドに入る。
転移陣受付で1人分のお金を支払い、転移陣部屋からエルフの集落へひとっ飛び。
近くにいたエルフの皆に手を振り、早速従魔召喚を試みる。
「えーと……従魔召喚!」
何も起きない。
そう言えば、前にソウムがサモンを使う時に、名前も一緒に詠唱していた覚えがある。
従魔召喚も名前がいるのかな。
「【従魔召喚・ジオン】」
召喚石が成功した時の光とよく似た光がふわりと溢れる。
現れたジオンの姿ににんまりと口角を上げる。
「ステータスは……うん、いつも通り。スキルも使えそうだね。
パーティーも街の中なら入れ替えできるみたい」
『召喚されたテイムモンスターのパーティー及び戦闘への参加不可』と書かれていたけど、街や村に召喚した場合は違うようだ。
「拒否は出来そうだった?」
「はい。一応拒否はできそうでしたよ。
ですが、ライさんからの呼び出しを拒否なんてしません」
「作業の途中だったりしたら、拒否して良いからね?」
さて、次は……目の前の大きな鐘をカランコロンと鳴らす。
鐘の音と共に辺りの風景が霧に包まれていく。
視界が全て真っ白になった事を確認して、ロープから手を離した。
通常、エルフの集落から外に出ると、魔物の沸くエルフの森だ。
しかし、大きな鐘を鳴らせば、エルフの集落、エルフの森は霧に包まれた迷いの森へと様変わりする。
ここは魔物が出ない。しかし、安全地帯というわけでもない。
『安全な場所以外での使用不可』と書かれていたけど、安全地帯とは書かれていない。
つまり、魔物がいなければ良いのではないかと、試してみる事にした。
他にも安全地帯じゃない魔物が出ない場所はあるけど、そういう場所は街や村から遠いので、試すには向かない。
「【従魔召喚・ジオン】」
ふわりと光が溢れる。成功だ。
「うーん……ステータス開けないや」
「ふむ……不思議な感覚です。スキルも……使えませんね。
しかし、先日パーティーを抜けた状態で外へ出た時は酷い恐怖感に襲われましたが、今は感じません」
ジオンのステータス、装備、スキルが開けなくなっている。
パーティーを組んでいない状態でフィールドに出た時はグレーアウトしていたけど……どういう違いがあるのだろう。
どちらも戦えない状態ではあるようだけれど。
グレーアウトしていた時のジオンは落ち着かない様子だったけど、今回はいつも通りのジオンだ。
本人が言うように、恐怖感があるかないかなのだろう。
魔物がいないからというのもあるだろうけど、街でも慎重に行動しているジオンが魔物がいないという理由だけで恐怖感を持たないとは思えない。
「最後は《魔除けの短剣》ね」
「安全地帯は良いのですか?」
「うん、ここで召喚出来るなら、安全地帯も出来るだろうから」
《魔除けの短剣》は無理矢理安全地帯にしている訳だから、召喚出来ない可能性の方が高い。
範囲も広いわけじゃないし、簡易安全地帯と俺達が勝手に呼んでいるだけで、実際は魔物を遠ざけているだけだ。
カランコロンと鐘を鳴らして、エルフの集落に移動する。
「ライ君達は何をしているんだい?」
「あ、エアさん。こんにちは。従魔召喚の実験をしてるんだ」
「従魔召喚……従魔を使役する者は少ないから詳しくないのだけれど、サモンとどう違うのかい?」
「ふふ、友達にも同じ事聞かれたよ。
サモンだと戦えるけど、従魔召喚だと戦えないみたい」
「ただ呼び出すだけ、か。今ここにイリシアさんを呼べるのかい?」
「呼べるけど……今イリシアは作業してるからね。また今度皆で遊びに来るよ。
その時は、お店を開いて欲しいんだけど良いかな?
エルフの集落でしか売っていない物があるって聞いて、見てみたくて」
「ああ、もちろんさ。その時は是非、私に案内させて欲しいな」
「良いの? ありがとう。お願いします」
満足げに頷いたエアさんから離れて、集落の外へ向かう。
ジオンはそのまま広場で待機だ。
門を潜ってすぐ、少し離れた場所に魔物を見つけたので、隠密を使って近付き《魔除けの短剣》を地面に突き刺す。
薄い膜のような透明な光の壁が最大まで広がるのを待ってから、ジオンを呼び出す。
が、残念ながらジオンは現れなかった。
予想通り、簡易安全地帯では従魔召喚は出来ないようだ。
小さく頷いて、地面に刺さった《魔除けの短剣》を抜き取り、門を潜り抜ける。
「おかえり、ライ君。どうだった?」
「ただいま。駄目だったよ」
「そう、それは残念だ。けれど、大勢での移動が楽になりそうだね」
「1人呼び出すのにMPを200も使うから、転移陣の方が移動しやすいと思う。
でも、今度外でキャンプしようと思ってて、その為に覚えたんだ」
「キャンプか。楽しそうだね。
ふむ……ああ、そうだ。少し待ってて」
にっこりと笑ってどこかへ行ってしまったエアさんに首を傾げつつ、広場にいるエルフの皆と話しながらエアさんの帰りを待つ。
釣りで大きな魚が釣れたと思ったら狸だった話、木の実の入ったクッキーを作っている途中でお喋りに夢中になって木の実が弾けてしまった話等々。
面白おかしい話にけらけらと笑っていると、エアさんが両手に荷物を抱えて戻ってきた。
「待たせたかな? キャンプに行くならこれを持って行ったら良いよ」
「えっと……?」
「これはね、ティンホイッスルとギター、バウロンだよ」
「な、なるほど……?」
穏やかな笑みで差し出された縦笛とギター、太鼓に困惑していると、エアさんはことんと首を傾げて、不思議そうな視線を俺に向けた。
俺がおかしいのだろうか。キャンプに楽器はこの世界の常識なのかもしれない。
ああでも、映画なんかでキャンプファイヤーの周りでギターを弾いている場面を見た覚えはある。
そう言えば、この前の宴の時もエルフの人達は思い思いに楽器を演奏して、軽快な音楽に合わせて踊っていた覚えがある。
外でご飯を食べる時のエルフの常識なのかもしれない。
「あ、ありがとう……弾いたことないけど……」
「大丈夫。上手に演奏できなくても、楽しければ良いからね」
「頑張る……」
色んな事に挑戦してみたいと思っているけど、楽器に挑戦したことはない。
リコーダーと鍵盤ハーモニカなら授業で習った。
縦笛なら出来るかもしれない。リコーダーと大体一緒だろう。多分。
ギターは兄ちゃんが弾けるから大丈夫だ。太鼓は……まぁ、なんとかなったら良いな。
「ああ、そうだ。レンに会って行かなくて良いのかい?」
「兄ちゃん来てるの? 狩り?」
「今は家で寝ているんじゃないかな?
夜の間ずっと狩りをして、この時間はいつも寝ているみたいだよ」
「うーん……起こしちゃうのも申し訳ないし、大丈夫。
いつでも会えるからね」
「ふふ、そうだね。では、私もそろそろ仕事しようかな。またね」
受け取った楽器をアイテムボックスに入れて、エルフの集落からテラ街に移動する。
楽器について思考を巡らせながら、まだ慣れていない家路を歩く。
「ジオン、この世界ではキャンプに楽器を持って行くのが普通なの?」
「いえ……種族によるかと」
「なるほど……ジオンは楽器弾ける?」
「……草笛なら……幼少の頃に……」
ジオンも楽器は演奏した事がないようだ。
まぁ、いっか。この機会に演奏できるようになれたら良いな。
ギルドから約30分……道に慣れたらもう少し早く帰れるだろう。
見かけたお店で買ったお昼ご飯を手に、生垣の入口から大きな庭に入り、家の扉を開く。
「ただいまー」
「おう、おかえり! 実験はどうだった?」
「街と魔物のいない場所は召喚可能、簡易安全地帯は召喚不可だったよ」
「お、そんじゃ、キャンプは大丈夫そうだな」
「うん。前に行った弐ノ国のフォレストスラグがいる森の、滝がある場所でキャンプしたいね」
「石工の村から行くか? それとも、癒しの村?」
「癒しの村には転移陣ないから、石工の村からだね」
フォレストスラグのいる森を真ん中に挟むように石工の村と癒しの村はあるので、どちらからでも時間に差はないだろう。
癒しの村からの方が若干近いかもしれないけど、転移陣がないのでトーラス街から向かう事になる。
フォレストスラグを倒した後、真っ直ぐにトーラス街に向かったから、癒しの村は通り抜けただけでほとんど見ていない。
宿泊施設が多くある村のようで、フォレストスラグの森を抜けた冒険者が休憩の為に寄る村なのだそうだ。
「いつにするんだ? シアとレヴが待ちきれねぇみたいで、さっきからバーベキューコンロ作ってるぜ」
「あはは、そっか。それじゃあ急いで予定決めなきゃね」
どうせキャンプをするのなら、夜はテントに泊まりたい。
そうなると、続けて1日半ログインしている日が良いけれど。
一番近い日は……明日だ。さすがに明日は……俺は良いけど、他の皆の予定が分からない。
一応聞いてみようかなとウィンドウを開く。
兄ちゃんとカヴォロ、それからソウムに明日から一泊二日でキャンプが出来るかメッセージを送る。
全員に送ってウィンドウを閉じようとすると、ピロンと通知音が鳴った。
『TO:ライ FROM:ソウム
大丈夫だけど・・・何も準備してない・・・
何か必要なものある?』
『TO:ソウム FROM:ライ
手ぶらで大丈夫だよ!
キャンプ道具は用意するから心配しないで』
『TO:ライ FROM:ソウム
じゃあ僕は手品をします』
ソウムからの返事にくすりと笑う。
手品も楽しみだけど、ソウムと会うのもイベント前に会ったきりだから凄く楽しみだ。
『TO:ライ FROM:カヴォロ
急だな コンロは持って行った方が良いか?』
『TO:カヴォロ FROM:ライ
一応バーベキューコンロを用意してるよ
でもそれだけじゃ足りないならよろしくお願いします
あ、調理器具はどうしよう? 作って行った方が良い?」
『TO:ライ FROM:カヴォロ
調理器具、食器類は持って行く
バーベキューコンロは魔道具なのか?』
『TO:カヴォロ FROM:ライ
魔道具にも出来るとは思うけど・・・風情がないよね
木炭って売ってるの?』
『TO:ライ FROM:カヴォロ
売ってる 持っているから持って行く』
基本的にこの世界では魔道具で火を起こすけど、それ以外の方法で火を起こせないわけではないようだ。
火弾で火起こしできたりするのかな。カヴォロは料理に使えなかったと言っていたけれど。
ソウムとカヴォロは大丈夫。残るは兄ちゃん達だけど……まだ返事はない。
気長に待つとしよう。寝てるみたいだし、最悪ログアウト後の夜ご飯の時に聞いたら良い。
「イリシア、農業がひと段落したら……ああいや、そんなすぐ終わらないよね」
「大丈夫よ。ネイヤ君に堆肥と肥料で使う薬を作って貰っているし、堆肥もできていないから、今日はまだほとんどする事がないの」
「種を撒けば良いってわけじゃないんだね。
ネイヤの薬が完成するまでに堆肥化装置と肥料化装置作らなきゃね」
「うふふ、せっかくのお庭だもの。立派な畑にしたいから、丁寧にしなくちゃ。
任せて。テントに寝袋にタープ……シアちゃんとレヴ君と一緒に椅子も作るわね」
「ありがとう」
魔道具の元となる生産品はシアとレヴに頼まなければ。
トーラス街の家から持ってきておいた堆肥化装置と肥料化装置の設計図と魔法陣が書かれた本をアイテムボックスから取り出し、フェルダの元に向かう。
「フェルダ、この設計図にある部品の鋳型をお願いしたいんだけど」
「ん、了解。出来たらシアとレヴに渡しとく」
「ありがとう。あ、バーベキューコンロが出来てからで良いって伝えておいてね」
「鋳型より先にそっちが完成してると思うけど、わかった」
他に何が必要だろう。
俺が作れる物なら、懐中電灯とかランタンとかかな。クーラーボックスも必要だろうか。
アイテムボックスがあるからないならないで良さそうだけど。
現在の時刻は『CoUTime/day117/11:23』。まだまだ時間はある。
農業の準備とキャンプの準備を進めよう。




