day107 錬金術
「ほんで? エルムが来る前、なんか言いかけとったろ」
「あ、そうそう。錬金術スキルって何が作れるの?
呪いが軽減できる石? 宝石? が、作れるのは知ってるんだけど」
「なに!? 錬金術だと!? 君、錬金術をするのか!?」
「おう。錬金術しかできん」
錬金術しかって事はないだろう。
天眼もすごいし、金翅薙刀術だって極致だ。
スキルレベルが1になってしまってるとは言え、魔法も使えるし採取系スキルも揃っている。
「……ライ。1つ教えておこう。
魔道具職人と錬金術師は仲が悪い」
「……エルムさんとエアさん仲良いよね……?」
「ふん。仲良くはないがね。いや、語弊があった。
偏屈な魔道具職人と偏屈な錬金術師は仲が悪い」
それは……職業がなんであれ、仲違いしそうだけれど。
「まず、錬金術について話そうか。
錬金術は……とにかくなんでもかんでも混ぜ合わせて、何かを作るスキルだ」
「……まぁ、その通りだが、雑過ぎんか?」
エアさんが『エルムなら面白おかしく悪意たっぷりに話してくれると思う』と言っていた事を思い出す。
「錬金術師は一緒にするなと言うが、調薬スキルの上位スキルのようなものだと私は思っている。
調薬スキルで作れる物は全て作れる。しかし、調薬スキルで作れない物も作れる」
「へぇ~そうなんだ。ってことは、これからはネイヤにポーションを作って貰えるんだね」
「おう。特にマナポーションはよう作っとったよ。目が見えんのは困るでな」
それはそうだ。MPが回復すればまた見えるようになるとは言え、出来れば100を切ることなく、見えたままで過ごしたいだろう。
戦っている途中に目が見えなくなったら大変だ。
「魔道具職人、そして錬金術師の中にはお互いを下に見ているやつが多いんだ」
「ほう。なんぞわからんが、魔道具職人に大釜作ってもらわんと、錬金術できんだろ」
「大釜を作るスキルではないからな?
周りを見てみろ。鍛冶なら鍛冶炉、細工なら細工炉、鋳造なら溶鉱炉……他にもあるが。ライが作った魔道具だ」
「ほーう。生産者にとってなくてはならんもんだな。
ライ、わしの大釜も作ってくれんか?」
「もちろんだよ。大釜はつい最近作ったし、すぐに用意できると思う」
「錬金術で使う大釜は作り方が違うから、後で教えてやろう。
おい、フェルダ。大釜の砂型を用意しておけ。錬金術用の窯だ」
「はいはい」
同じでは駄目なのか。せっかくエルムさんが来ているのだから、色々教えて貰おう。
昨日は結局、クラン戦中に作った魔道具の話もほとんど出来なかったし。
「ネイヤの言う通り、生産者にとっての魔道具は仕事道具……それらを私達魔道具職人が作っているわけだ。
だというのに、錬金術師というのは魔道具職人を下に見るのがとにかく好きでな」
「エルムさんの事も……?」
「はは、さすがに私を下に見る馬鹿はいないさ。
喧嘩をする相手は選ぶらしい」
「わしゃ魔道具のことはわからんが、出来る事が違うのだから、上も下もなかろうに」
「うぅむ……いや、その通りなのだがね。
魔道具と錬金術、同じ事もできるんだ。
例えば先程ライが言っていた呪いを軽減する道具。これは魔道具製造スキルでも作れる」
確かに呪術スキルとの組み合わせで作れそうではある。
解呪用の魔法陣を考えれば出来るのではないだろうか。
「《ライムタリスマン》は掌に乗る小さな石だっただろう?
同じ効果の魔道具を作るとなると、ああまで小さい物は出来ない。
飲むわけでもないしな」
「魔道具だと飲まんで軽減できるんか? ほんならその方が楽だろうに。
ありゃ、いがいがするだろ。刺さる」
「確かに飲む時じゃりじゃりしてたね」
「おお、飲んだ事あるんか。呪われた経験があると」
「とんでもない呪いだったよ……」
「その話はやめてくれ。あいつの鼻っ柱をへし折りに乗り込みたくなるからな。
それはともかく、錬金術師の連中は、魔道具は嵩張るし利便性も悪く、高いばかりで効果が薄いと言うのさ。
そりゃ直接体内に放り込むのだから効果が高いのは分かる。
まぁ、私であれば、同等かそれ以上の効果を持つ魔道具が作れるがね」
さすがにエルムさんを相手に、自分が錬金術で作った生産品の方が上だと喧嘩を売る人はいないのだろう。
仮に、エルムさんが作った魔道具より効果が高い物が作れたとしても、エルムさんに喧嘩を売って何が待っているのか……。
「良いか、ネイヤ。君は世間知らずだと言っていたがね。
世間を知って、偏屈な錬金術師連中のようにはなってくれるなよ」
「おお、わかった。そもそも、主であるライが魔道具を作るんだろう?
そんな環境で魔道具職人を見下すことになるとは思わんが」
「まぁ、そうだな。良い仲間が出来たな、ライ。
毒の罠然り、君が作っていた回復の魔道具然り、錬金術で作られた生産品を使えば更に性能が上がるはずだ」
「うん! ネイヤの錬金術は尤だから、きっと性能が高い魔道具が出来るよ」
「また尤か……こうもぽんぽん尤を持つ従魔を増やせるものかね……」
「いやぁ……俺も驚いてるよ。なんかもう、運だけで生きてる気がする……。
ジオンと2人だった時は、こんなに仲間が増えるなんて想像もしてなかったよ」
「私も君に百鬼夜行の条件を聞いた時は、仲間を増やすのは厳しいだろうと思っていたよ。
百鬼夜行持ちが恐れられるのも頷ける。
ライのように従魔が増やせたら、どれだけの力を手に入れるかわからんからな」
「恐れられているの……?」
「ああ……まぁ、君は異世界の旅人だから、その対象にはならんだろうがね。
それに、鬼人でもなければ君が鬼神だと気付かんだろう」
「鬼人の街に行ったら総スカンにあったりする?」
「いや、鬼人の街なら英雄視されているから大丈夫だ」
「英雄視?」
「遠い昔、君のように厳しい条件の中、従魔を集めた鬼神がいたそうだ。
そいつは集めた従魔と共に、世界を掌握しようとしたらしい」
掌握……魔王みたいな人がいたのだろうか。
どれだけの数の仲間と契約したら、世界を掌握する程の力を手に入れられるのだろう。
「しかしな、それを止めたのも、百鬼夜行持ちの鬼神だったそうだ。
その為、鬼神は恐怖の対象でもあり、英雄視もされている。
まぁ、本当に起きた事なのかどうかもわからないような、遠い昔の話だがね」
「へぇ~この世界の歴史もいつか勉強してみようかな」
歴史なら図書館に行けば勉強できるだろう。
その前に勉強するべき事がたくさんあるけれど。
「ネイヤ、こんな感じで良い?」
フェルダの描いた設計図を見る。調薬スキルの大釜と何が違うんだろう。
「おお、分からん。フェルダに任せる」
「そ。じゃ、これで作るよ」
「ありがとう、フェルダ。
調薬用の大釜と何が違うの?」
「錬金術は固い素材をそのまま放り込む事があるらしいから、丈夫に作らないとすぐ壊れる。
それに、爆発するし」
「爆発……!?」
「詳しくは知らないけど、爆発したら完成なんだって。
失敗しても爆発するらしいけど」
「爆発……作業場大丈夫かな……」
「安心して良い。魔道具にする時にその辺りの調整もする。
それに、腕の悪い錬金術師ならともかく、尤の者が被害を出すはずがない」
「おお、心配せんでええ。大釜があれば大丈夫よ」
みきさんが作業していた時に爆発していなかったから、調薬スキルでは爆発しないのだろう。
「あ、ねぇネイヤ。マニキュア……爪の色を変えるような道具って作れる?」
「爪の色なんぞ変えてどうするんだ?」
「お洒落?」
「ほーん。ああ、女共は喜ぶんかの。
ふぅむ……どんなもんか詳しく教えてくれんか?」
俺も使ったことはないから詳しくは知らないけど、お母さんが使っているのを見たことがある。
塗ってすぐはべたべたで触れたら剥がれてしまうけど、乾燥したら剥がれなくなることや、剥がすのに別の薬品がいるらしい事を伝える。
「材料があれば作れるだろうよ。
色は……宝石が使えそうだな。とんかちあるか?」
「待て待て、とんかち? 錬金術でとんかち?」
ネイヤの言葉にぎょっとしたエルムさんが待ったをかける。
「とんかち。粉砕するのに使っとる」
「なんだって!? ……山だから魔道具がないのか……?
道理で大釜の事しか言わないわけだ。寧ろ大釜はどうしていたんだい?」
「最初は岩の穴に火を点けてしとったんだが、難しいもん錬金するとどっかんどっかん爆発するもんで、じじぃがどっからか持って来た。
山を大炎上させる気かと鬼のように怒られたわ」
「そうかい……素材を粉状化する魔道具があるんだ。
他にも液状化、乾燥……錬金術で素材を加工する行程で使う魔道具がある」
「ほー。そいつは便利よの。助かるわ」
「とんかちでどうやって粉状にしていたんだ」
「どんなもんでも殴り続けとったら、粉になろうて」
「リーノもサラサラになるまで金を砕いてたよね」
「裁縫に使ったやつだな! 俺が砕くか?」
「細工と錬金では魔力の使い方が違う。細工師であれば粉にする事は容易いだろうがね。
装飾用に使うならリーノが砕いた物が良いが、錬金術では錬金術スキルを持つ者が用意した物が良い。使えないわけではないがね。
錬金術士がとんかちで粉砕するなんて初めて聞いたぞ」
「おお、なかなか上手い事粉砕できんくてな、上手い事できんもんかと思うとった。
他の状態にするんも水を混ぜてみたり、違う素材を使ったりな。
無理矢理しとったから、不純物が混ざってしもうとった」
最悪素材さえあれば錬金術は出来る……と言って良いのかは分からないけど。
聞いている限り、魔道具があればネイヤがこれまでに作っていた物より性能が高い物が出来るようになるのではないだろうか。
「ふむ……全て揃えるとなると、ガラス細工職人にいくつか頼む必要があるな。
ライ、伝手はあるか? ないのであれば、私の知っている職人に頼んでおくが」
「ガラス細工なら、菖蒲さんに聞いてみるよ」
「ああ、カヴォロのクランにいるんだったか。
身近にいるなら、その方が良い。伍ノ国にいるやつだからな。
行けない場所のやつと取引するのは面倒だろう」
「伍ノ国……それは、いつ行けるかわからないね」
郵送で取引するのも限度があるだろう。
早速カヴォロに連絡すると、すぐに返事が来た。
どうやらカヴォロの店にいたようで、カヴォロが伝えると店から飛び出して行ったとのことだ。
俺の家に向かっているだろう事と引き止められなかった事を謝罪するメッセージが届いた。
返信から間もなく、ノックの音が響く。早い。
「はーい。今開けるよ」
扉を開けると予想通り、菖蒲さんが立っていた。
「あ……ライさん、こんにちは……あの、作って貰いたい物って……」
「こんにちは、菖蒲さん。えっと……エルムさん」
「君が菖蒲か。こちらに来い」
何が必要かはまだ聞いていなかったので、エルムさんに助けを求める。
俺の代わりに必要な物を話してくれるようだ。
菖蒲さんは初めて会うエルムさんに動揺しているようだけど、恐る恐るエルムさんの元へと向かって行った。
「ライ、羊皮紙と羽ペンを貸りるぞ。
まずはこういう形の……」
「……出来る、と、思う……大丈夫」
描かれる部品を眺めながら、この後どんなものが出来るのか想像する。
「すぐ、作ってくるから……この後も家にいる?
いるなら、持ってくる」
「それは有難いけど、無理はしないでね。
他に作りたい物もあるだろうし、いつでも良いから」
早めにネイヤの道具は揃えたいけど、俺達の都合を押し付けるつもりはない。
作って貰えるだけでありがたい。
「ううん、作りたいから……あの、良ければ……どんな魔道具が出来るか、見せて欲しい……。
あ、えっと、作り方とかじゃなくて、私の作ったガラス細工がどうなるのか、どう使われるか、見たいだけで……」
「うん、もちろん。んー……菖蒲さんが良ければ、ここで作る?
一緒に作った方が、どういう用途で使う為のガラス細工か、分かるんじゃないかなって思うんだけど……。
ああでも、道具がないよね。それに、気を遣わせちゃうだろうし」
「だ、大丈夫……いつも持ち歩いてるから……邪魔じゃなければ、そうしたい」
「菖蒲さんを邪魔だなんて思うわけがないよ。
場所を空けるから、少し待ってね」
中心の大きな作業机をアイテムボックスに入れる。
これでガラス細工をするスペースは出来た。
大きな作業机はこのまま片付けておこうかな。イリシアの道具も増えているから、みちみちだ。ネイヤの作業スペースも必要だし。
ご飯を食べる時に使っているダイニングテーブルとダイニングチェアも片付けて……うーん……部屋が足りない。ベッドもどこに置こう。
「……ちょっと、出掛けてくる……」
「おや? どこに行くんだい?」
「ギルドに行って地下の増築と改築の申請してくる……」
「急だな!?」




