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day103 クリスタル争奪戦⑨

「ライは!? まだ戻ってこねーの!?」

「……ライ君は……多分……城内で倒されてる。

 私がクリスタル部屋に行けるように随分無茶していたみたいだから」

「は……どうすんの!? 全員いなくなるなんて聞いてない!」

「私に言わないでよ!」


クリスタル部屋でジャスパーさんとみけねこさんが言い争っている姿を眺める。

止める事もできなければ、謝る事もできない。


「落ち着け。ライのお陰でクリスタルが破壊できたんだろ」


そう言ったガヴィンさんは、窓の外に視線を向けて、眉間に皺を寄せた。


扉の外からバタバタと階段を駆け上ってくる足音が聞こえてくる。

足音の持ち主は荒々しく扉を開き、クリスタル部屋へ飛び込んできた。


「ライさんが死んだってまじっすか!?」


兄ちゃん達の拠点に向かった時と比べて、すっかり減ってしまった侵攻組の人数に、ベルデさんが目を見開く。


「ジオンさんは……? リーノさんも、双子ちゃんも、フェルダさんも、イリシアさんも……全員いないんすか!?」

「……当然だよ。ライはテイマー。

 テイマーのライが倒れたら、従魔は戦えない」


ヤカさんの言葉に、クリスタル部屋にいる皆がぐっと口を閉じた。


イベント中はパーティーを組んでいなくても戦う事ができるのだから、俺が死んでもジオン達は動けるんじゃないかと思っていたけど、さすがに無理だったようだ。

これは困った。一気に7人いなくなってしまった。

俺が突っ込むべきではなかっただろうか。今更後悔しても遅いけれど。


窓の外に視線を向けぎょっとする。

クラメンを引き連れた秋夜さんが、門の外から城壁内へと足を進める姿が見える。


『秋夜さんきてるよ! 早く行かないと、壊されちゃうよ!』

「ライさん達は……20分後に帰ってくるんすよね?

 20分? そんなに耐えられないっすよ……もう、扉も破られそうなのに」

「それでもやるしかねーの! 破壊されたら2位!

 破壊されなかったら1位!」


本当に幽霊にでもなった気分だ。

兄ちゃんの魔力弾によって死んでしまった俺は、気付けば俺達の拠点のクリスタル部屋にいた。

周りにジオン達の姿はない。俺のようにこの部屋の様子を見ているのかもしれないけど、俺からジオン達を認識することはできない。


会話も出来ないし、試しにガヴィンさんに触れてみようとしてみたが、するりと突き抜けてしまった。

当然スキルも使えず、ウィンドウは開けても操作することは出来ない。

かろうじて出来た事と言えば、ランキングの確認だけだ。


「良いじゃない。2位よ?

 負けたって2位。だったら全力で当たるだけよ」

「そーそー。俺らもう侵攻する必要ないからねぇ~。

 ま~人いないから侵攻できないんだけどさー」


現在のポイントの差は約5万。兄ちゃん達の拠点のクリスタルを破壊したことで一気に差が縮まった。

だけど、あちらにも兄ちゃん達の撤退ポイントが入っているので、抜くことは出来なかった。


この人数で侵攻してクリスタルを破壊する事は不可能だろう。

それに、お互いがお互いの拠点に侵攻している間にイベントが終了してしまったら、両方に撤退ポイントが入ることになる。

つまり俺達の負けだ。


ラセットブラウン&ローアンバーの人達が侵攻してきてなかったら、秋夜さん達の拠点のクリスタルを破壊するしか優勝の道はなかったけど、侵攻してきている今、イベント終了までクリスタルを守り切れば撤退ポイントで俺達の勝ちだ。

本当は全てのクリスタルを破壊して、堂々と優勝したかったけど……幽霊になっている俺が言えることではない。

秋夜さん達はこのままクリスタルを破壊できなければ2位。

守り切れば勝てる俺達が侵攻してくることはないと予想して、全員でこちらの拠点にきているのだろう。


『うわ、秋夜さん強過ぎ』


ばっさばっさとデスサイズで兵士さん達をなぎ倒している。

分かってはいたけど、秋夜さんは一切の罠に掛かることなく階段下まで向かっている。

罠の場所をクラメンの人達に伝えていないのは、面倒だからなのか、それとも意地悪なのか。


『ねぇ皆! もう階段下まできてるよ! 外見て!!』

「おい! あんた達何をぼさっとしてるんだ!

 帰ってきてるならさっさと出てこい! 秋夜がきてる!」


俺の言葉に重なって、扉の向こうからカヴォロの言葉が響いた。


「……! 皆! 急いで!」

「ライが帰ってくるまでなんとしても守るよ!

 最後のひと踏ん張り!」


慌てた様子で魔道具を手に取り、窓から広場へと飛び出して行くジャスパーさん、みけねこさん、ガヴィンさん、ヤカさんの姿を目で追う。

カヴォロはシアとレヴの代わりにこの扉の前を守っている。

ベルデさんは階段を降りて1階に向かったようだ。


『……あと……14分38秒……』


1人になったクリスタル部屋で、表示された数字を眺める。

1秒ずつ減る数字にもどかしさを感じる。1秒とはこんなにも長かっただろうか。


クリスタル部屋を動き回る。扉を突き抜ける事はできないようだ。

窓の外を見て、うろうろと彷徨い、また窓の外を見る。


兵士さん達の数がどんどん減っている。残る兵士さん達は数人しかいない。

ガヴィンさんとヤカさん、ジャスパーさん、みけねこさんが、広場の中心で少しでも人を減らそうと戦っている。


『頑張れ、頑張れ……』


俺達が帰ってくる前に倒れたのであろう兵士さんが、ぽんっとクリスタル部屋に現れる。

きょろきょろと一度辺りを見渡した後、魔道具を手に取り、窓の外へ飛び降りた。

兵士さん達にも魔道具の使い方は一通り説明してある。


リスポーンまで残り12分。

広場の階段下で戦っていたジャスパーさんが倒れた。

いくら同レベル帯の人達が相手だろうと、いくら装備が強かろうと、多勢に無勢だ。


リスポーンまで残り8分。

大きなハンマーを持ったプレイヤーによって、扉が壊された。

あの人は確か……クラーケン戦の時にぷりぷり怒りながら、俺を作戦本部にまで連れて行った人だ。


リスポーンまで残り4分。

扉の外からゴロゴロと大きな物が階段を転がる音が聞こえてきた。


「はぁあああ!? そんなベタな罠ある!?」

「ふっざけんな! 秋夜さん大丈夫ですか!?」


大きな岩が転がる罠を起動したみたいだ。

ついにクリスタル部屋のすぐ傍まで到達されてしまった。

大きな岩に追われて1階に戻されたとしても、またすぐに登ってくるだろう。


リスポーンまで残り2分。

ジャスパーさんがリスポーンした。

自分の拠点で倒れた時は10分でリスポーン出来るので、別の拠点で倒れた俺より早くリスポーン出来る。


「……ライ、聞こえてるよね?

 あのさぁ、リスポーンしたら、侵攻して」


ジャスパーさんはそう言って、クリスタルのウィンドウを操作すると、扉の外へ向かって行った。


本戦終了時刻まであと10分だ。俺がリスポーンした後、8分しか時間がない。

侵攻しても破壊できなかったら、優勝は出来ない。

このままではクリスタルを破壊されて終わると予想して、ジャスパーさんはそう提案したのだろうけれど。


開かれたままのクリスタルのウィンドウに視線を向ける。

そこには『ラセットブラウン&ローアンバー』と表示されていた。

転移者は俺1人に設定されている。俺1人で破壊出来るだろうか。

全員が俺達の拠点にいるとしても、兵士さん達はいるはずだ。


俺が行って破壊できなくても2位。残っても破壊されてしまえば2位。

どちらにしても2位なら……。


一瞬、意識がなくなり、意識が戻ると同時に、周りにジオン達の姿が現れた。


「……皆、お願い! 1分でも多く時間を稼いで!」


ジャスパーさんの言葉を皆も聞いていたようだ。

俺の言葉に頷いた皆の姿を確認して、『転移』の文字に触れる。


門を潜り抜け、広場にいる兵士さん達に向かって黒炎柱を放つ。

プレイヤーの姿は見当たらない。やはり俺達の拠点に全員来ているようだ。

俺達の拠点で倒された人がいつリスポーンするかわからないし、帰ってきてしまうかもしれないので気を抜くことはできない。

リスポーン地点も帰ってきた時に出てくる場所も、どちらも俺が今向かっている場所だ。


黒炎柱の中に飛び込んで、兵士さん達の間をすり抜けていく。

階段にいる兵士さんに向かって疾風斬を飛ばし、飛び上がるように階段を駆け登る。


兵士さん達の攻撃で減るHPバーから視線を背け、小さな錠前の掛かる扉を睨み付ける。

俺のSTRでは扉を壊す事は出来ないだろう。

黒炎弾なら壊せるかもしれないけど……ここで使いたくない。


「……窓……」


視界の端に映った突破口……いや、突破口とも言えない、一か八かの勝負だろうけど。

8割以上が割れてしまっているガラスが嵌る、4m程先にあるアーチ型の窓に視線を向ける。


扉へと真っ直ぐに進めていた足の方向を玄関ポーチの端へと変える。

急に方向転換をしたことで、すぐ後ろまで迫っていた兵士さん達の武器が宙を斬った。


狭い玄関ポーチの助走で、4m先に届くかどうか不安はあるけど、飛ぶしかない。

刀を鞘に収めつつ、玄関ポーチの端にある柵を踏み台にして、4m程先の2階の壁に向かって飛び上がる。


「届け……!」


重力に逆らうことなく高度が下がって行く体で、手を伸ばす。


「っ……」


窓の枠を掴んだ右腕がぎしりと軋む。

指先に力を入れるも俺の体を支えるだけの力が入らず、ぶらりぶらりと揺れる体を支える為に、左手を伸ばす。

両腕に力を籠めるが、STRのない俺ではぷるぷる腕が震えるだけで、自分の体を持ち上げる事ができない。

現実では毎日懸垂しているのに。酷い。


腕の力で上に登ることは諦めて、壁を蹴ってくるりと回る。

トンと叩いた石畳の音に、ほっと安堵の息を漏らした。

ほとんど割れてしまっているガラス窓を蹴り割り、尖ったガラスを気を付けながら窓を潜る。


今のところ、城内にプレイヤーや兵士さんの魔力は見当たらない。

窓の枠から石畳の上へ降りて、1階への階段を目指して走り始める。

緊張と焦りと不安で、息が上がる。

すぐにお城の外から兵士さん達がやってくるだろう。今のうちに回復しておこう。


走りながらな上に、碌に呼吸が出来ていないままポーション類を飲んだせいで、大きく咽てしまう。

それでもなんとか数本のポーションとマナポーションを飲み干し、全快とまではいかなかったけど、黒炎弾が打てるくらいのMPは回復できた。


『本戦終了まで残り5分です』


あと少しだ。あと少しで、クリスタル部屋に続く階段だ。


兵士さん達が俺に向かってきている足音が聞こえる。

追い付かれて相手をする時間はない。

1階から3階のクリスタル部屋に続く階段を駆け登る。


『本戦終了まで残り3分です』


漸く辿り着いたクリスタル部屋の扉の前で一度足を止めて、肩で息をする体をなんとか整えようと、大きく深呼吸する。

まだ、俺達の拠点のクリスタルは破壊されていない。

来てしまったのだから、なんとしてでもクリスタルを破壊しなければ。


ギィと音を立て、扉を開く。


その瞬間、黒く大きなもやがクリスタルの前に現れた。

俺が今一番会いたくない相手が、帰ってきてしまった。


「……秋夜さん……」


敵意だけが浮かぶ冷たい視線に射抜かれて、背中に一筋汗が流れる。


「おかしいと思ったんだよねぇ。

 厄介なテイムモンスター達は出てきてたのに、ライ君は出てこないんだもん。

 まー、3分くらいならなんとかなるかなぁ」


トンと秋夜さんの足が石畳を叩く。

大きく薙ぎ払われたデスサイズを避け、秋夜さんの腹部を狙って刀を振るう。

絶対に攻撃に当たるわけにはいかない。


秋夜さんの攻撃を避けながら、クリスタル部屋の中に入る。

中央に鎮座するクリスタルに掠るだけでも良いから攻撃を当てられたら、そこでイベントは終了だ。

それはあちらも同じだけど。今、どうなっているだろう。1秒先には破壊されてしまうかもしれない。


『本戦終了まで残り2分です』


秋夜さんには相手を縛るスキルがある。

今使わないのは、秋夜さんも一緒に動けなくなるからだろうか。

それとも、俺が相手ではすぐに解けてしまうのか。


「……あいつらまだ壊せないわけ?

 僕が来たのは失敗だったかなぁ……本当、君のテイムモンスターって厄介だよねぇ」


クリスタルを壊そうと動くが、秋夜さんの攻撃に阻まれて近付くことが出来ない。

あと少しの距離がもどかしい。疾風斬のクールタイムが回復していたら、それで壊せたかもしれないけど。

黒炎弾で壊そうにも、出す暇もない程に秋夜さんの攻撃が飛んで来ている。


『本戦終了まで残り1分です』


「……【カーズ】」

「っ……【黒炎弾】!」


小さく舌打ちをした秋夜さんが俺から距離を取る。

黒炎弾は避けられてしまったけど、俺を包む様に湧き出ていた真っ黒な霧も霧散した。


秋夜さんとの距離が離れてる今がチャンスだと、クリスタルに向かおうとして、止める。

急いでアイテムウィンドウを操作して、1つの魔道具を手に取った。


ウィンドウを閉じると同時に、デスサイズの刃が俺の目前に迫る。

それを避けながら、手に握った魔道具を俺と秋夜さんの間の地面に投げた。


「は……?」


バキリと音を立てて《麻痺の鉄球》が壊れると同時に、秋夜さんの体を光が包んだ。


ぐらりと地面に崩れる秋夜さんの横を抜けて、刀を横に薙ぎ払う。

パキンと軽やかな音が部屋の中に響いた。


『クリスタルが破壊されました』

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