day103 クリスタル争奪戦⑥
現在の時刻は『CoUTime/day103/19:33』。残り時間はあと約1時間30分だ。
予想通りと言うべきか、残りの拠点は3つとなった。
嵐の前の静けさなのだろう。
お互いがお互いの様子を伺っているのか、動きがない。
兄ちゃん達と秋夜さん達が戦っている可能性はあるけれど。
1位はラセットブラウン&ローアンバー、2位はANARCHY&鏡花水月だ。
3位の俺達との差は15万以上。どちらかの拠点のクリスタルを破壊しなければ優勝はない。
それも、撤退ポイントを渡すことなく、一度の侵攻で破壊しなければならない。
この後どう動くべきか話し合うために集まった広場には、緊張感が漂っている。
「……最悪の場合、両方が押し寄せてきます」
シルトさんの言葉に小さく唸り声を上げて、頷く。
これまで俺達の拠点に侵攻してきたクランが被る事はあったみたいだけど、運が良かったのか侵攻している時に他のクランの人達と侵攻する拠点が被った事はなかった。
残り3拠点となった今、侵攻でも防衛でもそういう事態は起こるだろう。
「そうなった場合は……まぁ、負けるっすね。
これまで鉄壁の守りだった城への扉も崩されるかと。最悪壁が壊されますね」
「防衛もだけどさー侵攻も、これまでみたいに6人じゃさすがにきついね~」
寧ろこれまでよく破壊できたなと思う。
終盤になるにつれ凄く大変になっていった。
時間も掛かったし、全部避けると意気込んでいたもののぎりぎりまでHPが削れてしまったこともあったし、一度フェルダとガヴィンさんがリスポーンしてしまった時もあった。
撤退ポイントを渡す事にはならなかったけど、2人がいないあの時は本当に大変だったと思う。
俺とジオンとヤカさんの範囲魔法がなければ厳しかっただろう。
何にせよ、ここまでこれた。
3位でも大健闘だ。でも……やっぱり優勝したい。
「負けても3位なのは変わりありませんし、私達は、負け覚悟で突っ込むしかないですね。
防衛組は最低限で、侵攻組に人数を回しましょう。みけねこさん、お願いします」
「おっけー。即席パーティーだから、連携取れなかったらごめんね」
「連携取る暇ないからだいじょーぶ!
全員それぞれで暴れてるから、巻き込まれないようにするだけでおっけぇー」
「後は……百鬼夜行の皆さん、全員! お願いします!」
「あら、あら。でも、私では……いえ、今の私では足手纏いになるだけだと思うのだけれど……」
「イリシアも一緒に行こう! 全員で戦おうよ!」
仲間になってすぐにイベントだったので、イリシアと戦った事は一度もない。
それに、こういうイベントでなければ、パーティーの人数制限で全員で戦う事は出来ないのだから、全員同じ場所で一緒に戦いたい。
「ええ、そうね。うふふ。ライ君に貰った魔道具もあるし、頑張ってみるわ」
「ありがとうございます。皆さん、頑張ってくださいね。私達も頑張ります。
……ライさん、残っている魔道具は全て使い切っても大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。俺達もいくつか持って行っていいかな?」
「ええ、もちろんです!
内緒の魔道具も解禁ですからね!」
用意した魔道具の中にはこれまでに一度も使っていない魔道具もある。
単純に使う場面がなかったというのも理由の一つだけど、他のクランに情報が出回ってしまうので、最後の最後、この時まで使わずに残していたとっておきの魔道具だ。
俺一人だったらここまでたくさんの色んな魔道具を用意することは出来なかったけど、生産頑張る隊の皆が俺では考えつかないような魔道具を提案してくれたし、ヤカさんも一緒に魔法陣を考えてくれたし、2日目からはジャスパーさんも手伝ってくれたので、たくさんの魔道具を用意できた。
こういうイベントじゃないと使う機会がなさそうな魔道具も多いけど、普段の狩りでも使えそうな、例えば呪いと組み合わせた魔道具なんかは、イベントが終わった後にオークションに出品してみても良いかもしれない。
並んだ魔道具を見ながら、持って行く魔道具を考える。
「ライ、俺これ持って行って良いか?」
「俺は良いけど、シルトさん達は使わない?」
「実は……その魔道具、結構扱いが難しくてですね……私達じゃ使えそうにないんですよ」
「なるほど……魔力の操作? が、必要みたいだもんね。
それじゃあ持って行くね。リーノ、使い方は大丈夫?」
「大丈夫! 昨日ライが帰った後、練習したからな!
ある程度狙って飛ばせるようになったと思うぜ」
「そっか。それなら大丈夫だね」
リーノが選んだ魔道具は、イベントが始まる前に生産頑張る隊の人達が考えてくれた飛ぶ武器だ。
弓で良いんじゃないかとその時は思ったけど、弓が使えない人でも使えるし、魔法以外のスキルがない人でも使える。
その代わり、魔石の魔力の消費が多いみたいで、使い捨てではないものの割とすぐに壊れてしまう。
それだけ機能を詰め込んでいるということでもあるけれど。
魔道具は出来る事が凄ければ凄い程、機能が多ければ多い程、魔石の魔力の消費が多くなるらしい。
魔石に込められた魔力は、封印時の魔力量も関係あるみたいだけど、魔石自体の品質や魔道具自体の品質等でも変わるみたいだ。
鑑定で見られるステータスでは、その魔石にどれだけの魔力が込められているか、その魔道具の魔力の消費量がどれ程なのかを知ることは出来ない。
鑑定のレベルが高ければ見えるのかもしれないけど……ヤカさんは『こういうのは慣れだから』と言っていた。
「アイテムボックスに入れて行く?」
「起動してく!」
纏めて置かれた剣の1つに描かれた起動用の記号にリーノが触れると、7本の剣がふわりと浮き上がり、リーノの周りをくるくると回り始めた。
アイテムボックスに入れておけば運ぶことは出来るけど、実際に使う時に取り出す手間もあるし、持ち運ぶのには不便だと思って追加した機能だ。
物を浮かせておく生活魔法が使えたらこの機能は必要ないけど、現状誰も使えないので追加しておいた。
ただ飛ぶだけでは戦闘には使いにくいだろうからと、試行錯誤を繰り返し、待機状態中は起動した人の周りに浮いて、魔力を操作する事で狙った場所へ剣を飛ばし、そして戻ってくるという魔道具になった。ちなみに、起動した人以外が浮いている剣に触れると電気が流れる。
自分の周りに浮いた数本の剣が敵に向かって飛んでいくのは、格好良い戦い方だなと思う。
魔力が尽きたらばらばらと落ちてしまうけど。
折れたり壊れたりしていなければ、新しい魔石を使って完成させたら再度使えるようになるけど、使っている魔石が《旋風魔石》なので、コストが結構高い。
ただ……ヤカさん曰く、《旋風魔石》を封印したのはエルムさんとの話なので、エルムさんに頼んだら封印して貰えるかもしれない。
「ライくん! ボクたちも!」
「うん。全部で3つあるから、大丈夫だよ。
あと1つは……あ、シアとレヴは、2つ使うのかな?」
「あのね、1つしか起動できなかったよー」
「でも、ボクたち一緒にぴゅーってできたよ」
レヴが魔道具を起動すると、シアとレヴの周りに7本の剣が浮いた。
どうやら2人もリーノと一緒に練習したようだ。
他にも魔道具の短剣や火炎爆薬等を手に取り、イリシアに作って貰ったポシェットに詰め込んでいる姿を眺めつつ、残り1つとなった空飛ぶ剣の魔道具に視線を向ける。
「俺も持って行こうかな」
起動をすると、俺の周りにも7本の剣がくるくると回り始めた。
テストの時に少しだけ試してみたから、多分扱えると思う。
「ジオンは何か持って行く?」
「ふむ……でしたら、こちらの麻痺を引き起こす魔道具を2つ程」
そう言ったジオンは、2つの《麻痺の鉄球》を手に取り、袂へ入れた。
2つで足りるのだろうか。ジオンなら足りるんだろうな。
「フェルダとガヴィンさんはどうする?」
「俺は良いや。魔道具より、ポーション持ってくよ」
「俺もいらない」
「そっか。ヤカさんは?」
「んー……ああじゃあ、この防御壁が出てくる魔道具持って行こうかな」
「便利だよね。何回か防いだら壊れちゃうけど」
「僕みたいな魔法スキルしかないやつにはありがたい魔道具だね」
ジャスパーさんとみけねこさんも持って行く魔道具を選んだようだ。
俺も飛ぶ武器の他にも、取り出して使う余裕があるかはわからないけど、アイテムボックスにいくつか入れておこう。
「シルトさん、結構多くなっちゃったけど、大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫ですよ。ライさんがたくさん用意してくれましたから。
皆さんが侵攻している間に破壊されないように、頑張りますね」
「うん、よろしくお願いします」
侵攻中に拠点のクリスタルを破壊されたら、当然そこで敗退になる。
その場合のボーナスポイントと撤退ポイントは、例えば兄ちゃん達の拠点に侵攻している時に、秋夜さん達にクリスタルを破壊されたら、ボーナスポイントは秋夜さん達に、撤退ポイントは兄ちゃん達に入る。
その場合の撤退ポイントは通常時より少ないらしい。自分達が撤退させたわけではないからだろう。貰えるだけありがたいけれど。
「敵はどちらも40人くらいいますから、防衛と侵攻で半分に分けていたとしたらそれぞれ20人。
うちの兵士さんは強いので、ある程度は守れると思いますが」
「俺らより全然兵士さんのが強いっすからねぇ」
途中で気付いたのだけれど、兵士さん達の強さは強化ポイントと……恐らく評価ポイントによって変わるみたいだ。
装備が強くなっているだけではなく、そもそものステータスが上がっているようで、侵攻している時の兵士さん達の強さにばらつきがあった。
俺達の拠点の兵士さん達は、昨日手合わせをしたらしいジャスパーさん曰く、テラ街周辺の魔物とほとんど変わらない強さらしい。
今となっては、強化ポイントと評価ポイントは全体の5%以下のポイント数になってしまっているけど、それよりも兵士さん達自身のステータスが上がっていることのほうが重要だ。
兵士さん達がいなかったら、どれだけ拠点の強化をしていたとしても、侵攻組と防衛組に別れてポイントを稼ぐなんてことはできずに、全員で防衛に徹するしかできなかっただろう。
「……話し過ぎたみたいです」
シルトさんのその言葉に、門の外へ視線を向ける。
ふわりと広がるたくさんの光が、来訪者……いや、侵攻者が来た事を知らせている。
「どうする? 俺達も防衛に……」
「私達に任せてください! ライさん達は急いでクリスタル部屋へ!
皆さんは持ち場に戻ってください!!」
広場に集まっていた皆が持ち場へと走り始める。
扉へ続く階段を駆け登りながら後ろへちらりと視線を向ければ、ラセットブラウン&ローアンバーが侵攻してきている事が分かった。
秋夜さんの姿は見当たらないけど、見たことがある人が数人いる。
「ジャスパーさん! どっちに行く!?」
「……クリスタル部屋まで考えさせて!」
「了解!」
城内が持ち場の人が全員中へ入った事を確認して、しっかりと閂で閉じる。
「カヴォロ、防衛頑張ってね」
「ああ。ライも、後は頼んだぞ。
俺達の優勝はあんた達に掛っている」
「そう言われると緊張してきた……うん。頑張るよ!」
1階への階段を降りて、長い廊下を走る。
長い廊下の先にある階段から、クリスタル部屋のある3階まで登って行く。
「……鏡花水月!」
「了解!」
クリスタルを操作して、兄ちゃん達の拠点を指定する。
「ライ、戦いよりクリスタルね!
全員やられちゃっても、クリスタルさえ破壊できたら良いからね~!」
「うん! 分かった!」
極端に言えば、戦わなくてもクリスタルを破壊してしまえば俺達の勝ちだ。
さすがに一切戦わずにクリスタルを破壊するなんてことは出来ないだろうけど。
まともに戦って勝てる相手ではない。なんとか潜り抜けて、クリスタルのある部屋に向かわなければ。
これが最後になるか、それとも秋夜さん達と戦うことになるのかはわからないけど、ここで負けては優勝出来ない。
目を閉じて深呼吸をすると、緊張でドキドキと高鳴っていた心臓が落ち着く。
もう一度ゆっくり深呼吸してから、目を開く。
「皆、準備は良い?」
「ええ、もちろん」
「おう! 防御は俺に任せてくれ!」
「あのね、たくさん魔物倒したからねー」
「昔みたいに弱くないよ」
「「絶対に優勝する!」」
「ん、後は全力出し切るだけ」
「凄く緊張しているけれど、皆と一緒なら平気よ」
皆の言葉に大きく頷いて、転移の文字に触れる。
ついに、兄ちゃん達との戦闘だ。




