day102.5 現実世界
「あれ? お母さんは?」
予行練習と罠の設置が終わった後、ログアウトして筋トレ、それからお風呂に入ってリビングへ向かえば、キッチンで兄ちゃんが料理をしていた。
いつもならお母さんがキッチンにいるのだけれど、今日はいない。
「母さんは、来李がログインした後……15時くらいかな。
出かけたよ。友達と旅行に行くんだって」
「15時から……?」
「どこに行ったんだろうな。
明日の昼前には帰ってくるって言ってたよ」
15時から泊まりの旅行……近場なのかな。
お母さんが突然出かけるのはいつものことだけど、いつも以上に突然旅行に出かけたらしい。
「よし、出来た。これ、運んでくれるかな?」
「うん! ありがとう、兄ちゃん!」
パスタが乗ったお皿を受け取って、ダイニングテーブルへと運ぶ。
ダイニングテーブルの上には、他にもサラダやスープ、色鮮やかな野菜で彩られた魚が並んでいた。
「この魚、何?」
「アクアパッツァ」
「あくあぱっちゃ……」
「はは。アクアパッツァ、だよ。
拠点にいてもやる事ないから、早い時間にログアウトして買い物行ってきた」
「あ! イタリアン?」
「そうそう。暇だったから挑戦してみた。
レシピ見ながら作ったから、まずくはないと思うけど」
椅子に座って、いただきますの合図で食べ始める。
「んん……なんだか、あんまり食べたことない味がする。でも、美味しい!」
「それは良かった。明日の朝ご飯、どうする?」
「食べたいけど……うーん……兄ちゃん起きられる?」
「正直、自信はないね」
「だったら俺、パン焼いて食べるから大丈夫だよ!」
兄ちゃんは朝食べないし、俺の為だけに早起きしてもらうのは気が引ける。
今日もきっと兄ちゃんは夜更かしするだろうし。
「ゲームの中で料理覚えたら、リアルでも出来るようになるかな?」
「時間短縮されてたり、行程が省かれてたりするらしいけど、基本は一緒みたいだよ。
リアルで料理一切しない人だと、基礎は分かっても応用はなかなか難しいらしいね」
「そうなんだ? 普段料理しないから、ゲームではやってみたいなーって人もいそうなのに」
「街の本屋とか、図書館とか。料理の本は結構あるから、そういうの見てたら覚えられるみたいだよ。
それに、生産依頼でも覚えられるだろうし」
「あ、そっか。なるほど。
カヴォロはリアルでも料理してるってことなのかな。
生産依頼は受けたみたいだけど、本を読んでるイメージはないし」
「リアルでも料理が好きなんじゃなかった?」
「そうなの? んー……あ、前に趣味を聞いた時、料理だって言ってたかも」
「親が漁師で焼き魚か煮魚、刺身が毎日食卓に出るからうんざりして料理を始めたって言ってたけど、聞いてない?」
「聞いてない! カヴォロとそういう話、したことないよ。
兄ちゃんは話したことあるの?」
「俺もほとんど話したことないけど、船の運転ができるって話をしてた時に言ってたよ」
「なるほど……やっぱり海の近くに住んでるんだね。
船の運転もだし、釣りも泳ぎも上手だったから」
ひょんなとこからカヴォロの事を知れた。
リアルの事は話したくないって人もいるだろうから、基本的に俺から聞くことはこの先もないとは思う。
俺も、聞かれたら、何を話せば良いのかわからないし。嫌と言うわけではないけれど。
毎日筋トレして、ゲームしているだけなので、話せる事がない。
「準備期間中、毎食カヴォロの料理で幸せだよ」
「良いな。俺達は肉を焼いて食べてるよ。
拠点はどう? 強化できた?」
「ばっちりだよ!
兄ちゃんが来ても、そう簡単にはクリスタルには辿り着けないと思う!」
「それは強敵だ。まぁ……来李のとこには、暫く行かないと思うけど」
「やっぱり、最前線プレイヤーのいるクランは、終盤で戦うことになるの?」
「うちはそのつもり。ま、最初に倒して、脅威を減らすのもありだけど」
「あー……どっちが良いのかな?」
「自分達がやられたらそこで終わりだし、防衛ポイントと破壊ポイントを稼いだ後のほうが良いかな。
絶対に負けないっていう自信があるなら、最初に破壊しに行っても良いと思うけどね」
さすがにそんな自信はない。破壊されないって自信は……まぁ、少しならあるけれど。絶対ではない。
リスポーンできるとは言え、数を減らされた状態でリスポーンまでの時間に侵攻されてしまえば破壊されかねない。
「ま、拠点自体は穴だらけだろうから、来李達なら序盤で狙っても良いかもね。
あー……秋夜君のとこは様子見た方が良いかな」
「秋夜さん以外となると……兄ちゃん達か、正式オープンから始めた最前線プレイヤーの人達がいるっていうクランになるけど」
「……一緒に正式オープン組のクラン、狙いに行こうか」
「共闘できるの?」
「しようと思えば? 序盤はそうしようってクラン、多いみたいだよ。
ま、破壊ポイントとボーナスポイントは、クリスタルを破壊した人のクランに入るだろうけど」
「序盤なら、破壊ポイントはともかく、ボーナスで貰える相手のポイント、ほとんどないもんね。
破壊ポイントの取り合いになりそうではあるけど……」
「そこはまぁ、多少差は出来るかもだけど、2つ行けば良いだけだから」
「なるほど」
中盤以降では、ボーナスポイントが多くなるだろうから共闘は出来なくなるけど、序盤ならほとんど破壊ポイントだけだ。
俺は知り合いが限られているから……というか、やり取りが出来る相手が兄ちゃん、カヴォロ、それからソウムしかいないから、共闘しようって話ができないけど、別の拠点の人とフレンドならそういうやり取りができるのか。
シルトさん達が話していた3つの拠点が1つでも減るなら、優勝が狙いやすくなる。
優勝じゃなくとも、優勝候補のクランがいなくなることで、その分上位に入れる可能性が出てくる。
……ってことは、強い人がいる拠点には、共闘したクランがたくさん侵攻してくるのではないだろうか。
「兄ちゃん達の拠点、人がたくさんきそうだね」
「どうかな。さすがに優勝候補だって言われてるとこに共闘して侵攻しようって人はいないみたいだけど。
来李が言ってた3つの拠点って人数も多いし、レベルも高いからね」
「兄ちゃん達の拠点、全員で何人いるの?」
「40人くらいかな?」
「なるほど……」
いつも狩りをしている人達が集まったクランだから、その分クランレベルも高くてメンバーの上限が多い。
ちなみに百鬼夜行は漸くクランレベル2になった。とは言え、クラメンはイリシアだけしか増えていない。
俺達百鬼夜行と生産頑張る隊の人数は、全員合わせて17人。倍以上の差だ。
大体の拠点が同盟クラン含めて20人弱か、多くて30人だろう。
仮に共闘して60人で侵攻したとしても、レベル差が20以上ある相手40人……しかも最前線で狩りばかりしているプレイヤー相手だと厳しいだろう。
拠点に人を残す事を考えれば更に厳しくなりそうだ。
「優勝候補って言われてる拠点は4つあるんだよ」
「そうなの? あと1つは聞いてないな」
「だろうね。来李達だから」
「そうなの!? あー……そっか。俺、最前線プレイヤーと同じくらいのレベルだって思われてるんだったね」
「それもだし、強化もね」
「強化は……うん、自信あるよ。
ってことは、一応俺達の拠点にも、共闘して侵攻してくる人達はいなさそうってことだよね?
あ、でも、人数がいない事は知られてるのかな……」
「確かに人数は少ないけど……そもそも、来李達の拠点って侵攻したくない拠点ぶっちぎりの第一位だから」
「あー……俺も、おすすめはしないかな」
拠点自体の強化ももちろんだけど、門から入ってすぐに毒の罠が設置されている拠点だ。
修繕されたことで城壁の上に兵士さん達が行けるようになったので、毒になった上に矢もどんどん降ってくる。
最初の一歩から挫かれる拠点だ。
「どうする? 共闘する?」
「共闘したとしても、俺達……そんなに人数割けないと思うけど……。
あ、でも、黒炎柱が使えるようになったから、俺1人でもそれなりには……」
「そうなの? ますます強敵になってしまったな。
ま、それなら尚更、大丈夫だよ。全員が全員、拠点に残ってるわけじゃないだろうしね」
「うーん……うん! 皆に聞いてみる!」
「りょーかい。俺も話しておくよ」
最終的には敵だけれど、兄ちゃんと少しでも共闘できるのならしたい。
同盟クランと違って、運営がそうできるように設定しているわけではないので、裏切りとかあるのかもしれないけど、兄ちゃん達なら裏切りは絶対にない。一度きりの共闘だ。
破壊ポイントがどちらの拠点に入るかは分からないけど、優勝候補のクランが1つ減る事を考えれば、俺達のポイントにならなくてもお釣りがくる。
「そう言えばエルムさんが、終わった後時間があるなら、カプリコーン街の店主さんのお店においでって言ってたよ。
皆で観戦した後、打ち上げ? 食事会? を、するみたい」
「終わった後だと……22時とかになりそうだね」
「最後まで残れたら、そうなるね。
俺は行こうかなって思ってるけど」
「カヴォロ達と打ち上げしないの?」
「そっか。んー……皆に会いたいなぁ」
「ま、プレイヤー同士ならいつでもできるしね。
俺も朝陽達連れて行こうかな」
「うん! 出来るだけ皆に良いとこ見せたいから、頑張らなきゃね!」
「はは、そうだな」
序盤で敗退なんてことになったら、応援してくれている皆に申し訳ないので、せめて30位……いや、優勝して皆の元に行きたい。
もぐもぐと口を動かしていると、兄ちゃんのスマートフォンが鳴った。
画面を確認した兄ちゃんは、首を傾げた。
「ごめん、電話出るね」
「うん」
兄ちゃんから視線を外して、ご飯を食べ進める。
耳元に充てられたスマートフォンからは、小さく話し声が漏れている。
兄ちゃんと一緒にゲームを作っている友達の1人、俺にモデリングを教えてくれているお兄さんの声だ。
「どうせ無理だって。あー……構わないけど。
うん。……来李? 後で聞いとくよ」
兄ちゃん達が作っているゲームの話ではなさそうだ。
俺の名前が聞こえてきたけれど、なんだろうか。
「来李」
「うん? 電話良いの?」
「大丈夫大丈夫。来李に聞いてって話だから。
後で聞いとくって言ってるのに、今すぐ聞けってうるさくてね」
「どうしたの?」
「第二次出荷の抽選の話みたいだけど……」
「前にイベント告知と一緒に出てたやつ?
あ! もしかして、当選したの!?」
「それはまだ結果出てないみたい。ま、運悪いからな、こいつ。うるさ……ごめんて。
今日発表されてるらしいんだけど、既にプレイしてる友人がいれば応募できる枠があるんだって」
「へぇ~そんな枠があるんだね」
友人同士で一緒に応募して、全員が当選するなんてことはなかなか難しい。
兄ちゃん達も一緒にゲームを作っている人達全員で、βの時も正式サービス開始の時も応募したけど、当選したのは6人中……兄ちゃんだけだった。
そういう人達向けの枠なのかな。
「それで、友人コードってやつが必要みたい。
1人につき1人にしか友人コードがあげられないらしくてね」
「なるほど。うん、良いよ。俺、渡す相手いないし」
何より、いつもお世話になっている人だ。
自分の作業もあるのに、何も知らない俺に親切に教えてくれるお兄さんのお願いを聞かないわけがない。
「でも、他の人達は良いの?
兄ちゃんと俺で2人……3人は貰えないことになるけど……」
「醜い争いを繰り広げて2人決めたらしいよ」
「そうなんだ……」
「……良いってさ。切るよ……ん? ああ、うん。来李」
「うん?」
『来李ぃいい~!! ありがと~~!!
今度ケーキ買ってくから! チョコのやつ!!!』
「やった! ありがとう!」
お兄さんはその後も何か話していたが、兄ちゃんが通話を切ってしまったので、なんと言っていたのかはわからなかった。
いつも元気な人だけど、今日はいつも以上に元気だったな。
「早く応募したからって当選するわけでもないのに……」
「あはは。でも、チャンスが増えて、今すぐってなる気持ちはわかるなぁ」
「確かにね」
チョコレートケーキ、楽しみだ。
とは言え、これも抽選なのだろうし、当選するかは……運次第だろう。
でも、一緒に遊べたら良いな。お兄さんが当選する事を俺も祈っておこう。




