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day101 準備期間1日目④

「ライ君、困ったわ」

「どうしたの?」


罠用の槍を並べていると、眉を八の字に下げたイリシアがやってきた。

手を止めて、イリシアに顔を向ける。


「皆の服をたくさん考えていたのだけれど……どれが良いかわからなくなっちゃったわ」

「なるほど……」

「ライ君は黄泉風でしょう? ジオン君も。

 だから、全員黄泉風を取り入れてみようかとも思ったのだけれど。

 でも、ライ君は、シェオル風も似合うと思うのよ。

 私個人の好みとしてはエーリュシオン風なのだけれど」

「なんて?」


服の事はさっぱりわからないのだけど、それ以上に分からない単語が出てきた。


「えーと……俺とジオンが、黄泉風?」

「ええ、そうよ」

「それで……シェオル風って言うのは……?」

「リーノ君やフェルダ君が着ている服がシェオル風ね。

 シアちゃんとレヴ君が着ている服もシェオル風ではあるけど……エーリュシオン風も取り入れられてると思うわ」

「おぉん……」


恐らく黄泉風は和風で、シェオル風とエーリュシオン風が洋風かな。

洋風の違いは……印象としては、どちらもファンタジーな雰囲気の服ではあるけれど、シェオル風が現代寄りの洋装で、エーリュシオン風がファンタジー寄りの洋装だろうか。

和風や洋風という言葉がない世界なら仕方ないのかもしれないけど、なんでまた死後の世界の名称なのか。


「あら、今は使わない言葉なのかしら?

 ごめんなさいね……私の知識って随分前で止まっているから……」


今がどうかはわからないけど、仮に違う言葉だったとしても知らない言葉だろう。


「どこかの国の名前?」

「ええ、そうよ。黄泉やシェオル、エーリュシオンは、古の時代に存在したと言われている国の名前ね」

「なるほど……」


古の時代に存在した国の名前が死後の世界の名称……神代とか、そういう話なのだろうか。


「うーん……素材と時間が足りるなら、全部作っちゃっても良いと思うけど」

「まあ! そんな事言われたら、本当に作っちゃうわよ?」

「良いよ。家にある空のワードローブに、漸く服を入れてあげられるからね」

「あら、あら、うふふ。……じゃあ、そうしちゃうわ。

 けれど、今回は我慢する。今皆が着ている服の形を真似て、それを元に作ってみるわね」

「そっか。楽しみにしてるよ」


にこりと笑って自身の作業机と向かうイリシアの背を見送り、視線を槍に戻す。


エルムさんに借りた《確殺・初級編》の頁を見ながら、1本の槍を手で支えつつ、魔法陣を描いていく。

全部の槍に同じ魔法陣を描く必要があるようだ。

それから、土台になる部分にも魔法陣を描かなければいけない。

土台は鋳造で作った、十数個の穴が開いている厚さ3㎝程の鉄の板だ。

この穴に槍を設置するらしいけど、それで本当に罠になるのだろうか。


正直、今の状態で組み立ててもただの槍置き場……と言える程でもない。

十数個の穴に十数本の槍をそっと立てただけの板である。

驚くことに、この本に描かれた魔法陣を全て描き、起動させれば、槍が穴の中に消えて行くらしい。

下に床があろうと、何もなかろうと、人が上を通るまでは穴から出てくる事がないそうだ。


俺でも扱える魔法陣ではあるが、そこに並ぶ記号やシンボル等を見ても、その理屈はさっぱり分からない。

確かに知っているし、なんなら俺も使った事がある記号なのに、どうしてそれがそうなるのか。

下に床があったら、槍は穴の下に行かず飛び出たままだと普通思う。

さすがはエルムさんの師匠が考えた魔道具だ。なんかもう、色々と訳が分からない。

古の技術に最も近いという称号は伊達じゃない。


「ライさん、槍はこれで最後ですかね?」

「あ、ジオン。うん、とりあえず、1つ分は」

「ふむ……槍の罠1つでは心許ないですね」

「そうだね……でも、他にも作らなきゃいけない物がたくさんあるし、一旦は1つかな?

 時間が余りそうだったら、2つ以上作りたいけど」

「そうですね。でしたら次は……武器ですかね」

「うん、よろしく。

 ……ところでジオン。黄泉って聞いたことある?」

「肆ノ国にある街の名前ですよね?」

「んん!? 肆ノ国にあるの!?」

「肆ノ国で一番大きな街の名前ですね。

 私が武器を卸しに行っていたのが黄泉街の武器屋です」

「イリシアが古の時代に存在したと言われている国の名前だって言ってたけど……」

「そうなんですか? それは初めて聞きました」

「シェオルとエーリュシオンは?」

「ふむ……聞いたことありませんね。

 とは言え、肆ノ国以外の事は、あまり知らないんですよね。

 肆ノ国の事もほとんど知りませんし」


確かに、自分の住んでいる国の事ならともかく、他の国の街の名前までは知らないって事はあるだろう。

自分の国でも知らない事はあるだろうし。

とは言え、仮に古の時代からずっと続く街だとしたら、イリシアも『存在したと言われている国』なんて言い方はしないだろう。

古の時代にあった国の名前が付けられた街なのかな。


「長い年月が経てば経つ程、記録や記憶は薄れて行きますからね。

 イリシアが知っている事を、私達が知らなくても不思議ではありません」

「なるほど。それもそっか。

 あ、だったら、エアさんの宝典の話も、イリシアなら分かる事があるかもしれないね」

「そうですね。祭りが終わった後、改めてお話を聞きに行きましょう」

「うん。それに、宴もあるしね」


参ノ国にきてから、怒涛の日々を全力で駆けていたから、出来ていない事がたくさんある。

ネーレーイスの集落で見つけたあの部屋の事、そしてそこから持ち帰った物。置いてきてしまった壁の中の遺物。

エルフの集落の人達にちゃんとお礼も言えていない。

そう言えば、バーベキュー計画も途中で止まっている。それに、イリシアの部屋の事も考えなければ。

他には……目の前の問題だけを目指していたから、俺自身把握できていない気がする。


「……色々終わったら、アクア街のコテージで何もしない贅沢ってやつをしてみよう」

「ふふ、良いですね。

 その為にも今は頑張らなければいけませんね」

「うん! まずは、槍の罠!」


ばっと手元に視線を戻し、気合を入れる。

そんな俺を見たジオンはふわりと笑って、鍛冶炉の方へ向かって行った。


槍の柄に魔法陣を描く。そんなに難しい魔法陣ではない。

組み合わせは良く分からないけど。


1本、2本……同じ魔法陣だから、数をこなせば早く描けるようになる。

9本目の槍に手を伸ばしながら、辺りを見渡してみる。


「菖蒲ちゃん、お願いがあるのだけれど、良いかしら?」

「は、はい! なんでしょう……?」

「これくらいの、黒の玉を作って欲しいのよ。

 それで、こういう柄を付けて欲しいのだけれど……」

「えっと……で、出来ると思う」

「ありがとう。お願いするわね」


つい先程までいわいさんと作業をしていたはずのイリシアが、菖蒲さんの元へ移動していた。

にこりと笑ってお礼を告げたイリシアは、次にリーノの元へと歩いて行く。


「リーノ君、融合された金をいくつか、さらさらになるまで砕いて欲しいのだけれど」

「砕くのか? さらさらに?」

「ええ、出来る限り細かく」

「おー了解!」

「ありがとう。申し訳ないのだけれど、出来たら私の作業机に置いておいてくれるかしら」

「おう! 置いとくぜー」


リーノの返事に頷いたイリシアは、何か思案するような素振りを見せ、ふらりと作業場の外へ向かって行った。

暫くすると、両手にたくさんの草花を抱えて戻ってきた。

どうやら外の畑に行っていたようだ。


様々な素材が使えるんだなと考えつつ、12本目の魔法陣を描き終える。

新しい装備が楽しみだ。どんな装備になるだろう。


「ライさーん! 《水毒薬》できたよー」

「ありがとう、みきさん」

「10本! こんなに使うんだねぇ」

「そうみたい。なんだかよくわからないんだけどね」


ぱらりと頁を捲り、毒が噴き出す罠について書かれた頁を開く。

何度見てもよくわからない。お祭りが終わって時間がある時に、エルムさんに聞いてみよう。


「あと、ポーションだっけ?

 《エリアルポーション》も作れるけど、液体で良いの?」

「うーん……正直、回復ポイントはどうなるかわからないんだよね。

 毒の罠を改変してみたけど……でも、毒の罠の事がよく分かってないから」

「そっかぁ~でも、ポーションはたくさん作る予定だから、失敗しても大丈夫だよ!」

「そう言ってくれると助かるよ」


視線を手元に戻して、魔法陣を描く。


「ねぇねぇ、イリシアさんが描いたデザイン、見た?」

「ううん、見てないよ」

「凄いんだよ! こんな装備見たことないってなるよ!

 もうね、見た目だけで強者感半端ないから!」

「そうなんだ? 楽しみだね」

「私達の分も作ってくれるって聞いて、申し訳なさしかなかったけどー……今はね、凄く楽しみ!

 私達が良い装備着たところで、碌に狩りもしないんだけどさぁー」

「服が変わると気分も変わるよね」

「だよねだよね! 楽しみだなぁ~凄く素敵な装備になるんだろうなぁ~」


最後の槍の魔法陣を描き終える。次は土台の魔法陣だ。

手元にみきさんの視線を感じて、少し緊張する。


「ライさんの爪、少し尖ってるんだね。それに、綺麗なガーネット色だー!」

「そうなんだよね。最初からこうだったよ。

 ジオンもそうだから、鬼人ってそんな感じなのかも」


俺の爪もジオンの爪も、角と同じ色をしている。

ちなみに足の爪も同じ色で、少し尖っている。

フェルダの爪は俺達と比べると更に鋭く尖っていて、長い。

角の色は濃い灰色だけど、爪の色は黒なので、角と爪が絶対に同じ色ってわけではなさそうだ。


「うーん……マニキュア作れないかなぁ……。

 ここなら、気にせずネイルが楽しめるから、良いと思うんだよねぇ~」

「んー……調薬スキルで作れそうだけど」

「どうかなぁ。調薬スキルって基本的に薬とか、『薬』って名前の物じゃなきゃ作れないからなぁ。

 色塗り薬とか、爪薬とか、そういう名前だったら作れるかもしれないけどー」

「そっか……あ、爪の色を変える呪いならあったよ」

「呪い……え? それって呪いなの? 爪の色を変えるだけ?」

「うん。苦しむような呪いがほとんどだけど、そういうよくわからない呪いもあったよ」

「そうなんだ……呪いもだけど、ライさんが呪いに詳しいのに驚きだよ……!」

「あはは。最近ずっと呪いと解呪の勉強してたから」


最後のシンボルを描いて、羽ペンを横に置く。

本に描かれた魔法陣と土台の魔法陣、それから槍の魔法陣を見比べる。

エルムさんの師匠の描いた魔法陣と比べると、同じ記号やシンボル等を使っているのに、凄く乱雑に見える。

魔法陣の質か……もっと頑張らないと。

とりあえず今回は、描き忘れも間違いもなさそうだし、このまま組み立ててしまおう。


鉄の板の空いた穴に、槍を立てて、小さな部品で固定していく。

全ての槍を固定して、ぐらぐらする槍がないかどうかを確認する。

きつく固定し過ぎると駄目だと本には書いてあるけど、加減が分からない。


「完成?」

「もうすぐ、かな」


全ての槍を固定して、もう一度全ての魔法陣を確認する。

問題はなさそうだけど……とりあえず、一旦テストしてみようかな。


ヤカさんに持ってきてもらった《黒闇魔石》を撫でて、土台の魔法陣を撫でると、全ての槍が一斉に穴の中に入って行ってしまった。

鉄の板を持ってひっくり返そうとして……いつもの事ながら持てなかったので、近くにあった長い鉄の部品を隙間に差し込み、てこの原理で少し浮かせてみる。

覗き込んだ鉄の板の下には、槍の柄は見当たらない。どこへ行ってしまったのだろう。


「わぁ!? 本当に消えた! 今ライさん、持ってる!?」

「持ってはないけど……もう見えなくなってるんだ? 俺には普通に見えてるよ」

「見えなくなるって、本当に消えちゃうんだね~。

 うわー……私、罰ゲームになりそう」

「気を付けてね。俺も見えてなかったら罰ゲームになってたかも」

「えーライさんは大丈夫でしょー。完成?」

「ん、まだテスト中だよ。

 あとは……上を人が通ったら発動するかだけど……」


確認する為には実際に上を通る必要がある。

さすがにこれは試せそうにない。

何せ、飛び出てくる槍は、ジオンの作った槍だ。


「通ったらかぁ……よし!」


隣にしゃがみ込んでいたみきさんが立ち上がる。


「注目注目ー!! 槍の罠に掛かりたい人ー!」

「いるわけねぇっすよ!!!」

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