day92 上書き
「もう1つお願い……と言うか、聞きたいことがあって……。
俺達今、精霊の呪いの解呪の方法を探しててね。
エルムさんの家の書斎で色々読んで、呪いについて勉強はしてるんだけど……」
「……なんでまた、精霊の呪いなんか……」
精霊の呪いに掛けられた堕ちた元亜人を仲間にしたいと話す。
俺の話が終わると、ヤカさんはがりがりと頭を掻いて、小さく息を吐いた。
「……呪い師でも持っていないような本も、家にはあるけどね。
精霊の呪いに関する本なんて僕の家にもないよ」
「そっかぁ……」
「でも、心当たりがないわけじゃない」
「精霊の呪いの?」
「解呪……って、言って良いかわかんないけど……。
とりあえず、店閉めようかね」
「わ、今すぐじゃなくても大丈夫だよ」
「良いよ。こんな時間から客こないし。
ライ、外の兎の右目、押してきてくれる? 表の光消えるから」
「……右目……」
あれ魔道具だったのか……。
扉を開けて、兎の右目にそっと触れると、店先の明かりがぱっと消えた。
「外に飾ってんのも、魔道具職人に押し付けられた魔道具だよ」
「髑髏と蛙も?」
「蛇もね。蛇と蛙は悪さしようとしてるやつに噛み付く。
髑髏はまぁ……触ったら動くだけだけど」
「へぇ~お店の番人なんだね」
「良く言えばそうだけど、ほとんど人避けに飾ってるだけだね。悪趣味でしょ」
ヤカさんは、たくさんの鍵がぶら下がる鍵束から、1つの鍵を選んで扉の鍵を閉めた。
住居や店舗の仕様は、俺達とこの世界の人達で差があるわけではない。
ただ、カヴォロ曰く店舗は鍵を閉める必要があるそうだ。
住居でも自分以外に入って欲しくない場所なんかには鍵が掛けられる。我が家はどこにも鍵は掛けていないけれど。
ちなみに、カプリコーン街とエルフの集落のエルムさんの家に自由に入れるのは、エルムさんが俺達を住居者登録してくれているからだ。
「こっち」
じゃらりじゃらりと鍵束の音を鳴らしながらヤカさんが向かった先はカウンターの奥。
この先は、確か作業場があるのではなかっただろうか。
「散らかってるけど……まぁ、婆さんの家のがひどいか。
禄でもない魔道具もあるから、気を付けて」
「うん、気を付ける」
扉を開いて中に入ったヤカさんの背中を追う。
作業場は散らかっていると言うよりは、エルムさんの作業場のように物が多くて乱雑な印象を受ける。
無造作に山のように積み上げられているのは、魔道具職人さん達に渡された魔道具だろうか。
小さな箱や外に飾ってあるような髑髏、はたまたまるで生きているかのような人形等、様々な魔道具であろう物が、山から崩れて転がっていた。
それとは別に、封印前の魔石や封印魔石が入った箱や棚が所狭しと置かれている。
ヤカさんは俺達を手招き、部屋の一角にある階段を降りて行く。
階段を降り切ると、重厚な扉が1つあるだけの小さな部屋に辿り着いた。
「多分、大丈夫だと思うけど……扉の中入れなかったら、ここで待ってて」
「うん? うん、分かった」
鍵束から金色の鍵を選んだヤカさんが、ガチャリと鍵を開けて、両開きの扉の中心をトンっと軽く押す。
ほとんど力を入れていないように見えたが、扉はギィと音を立て、俺達を招き入れるように開いた。
扉の先は真っ黒で何も見えない。夜目が利く俺が見えないとなると、ただ暗いというわけではなさそうだ。
「転移陣?」
「似たようなもんだけど……まぁ、転移陣みたいにあちこち行けるようなもんじゃないね」
暗闇の中に入ったヤカさんの後に続く。
一瞬の黒の後、辺りは外へと変化していた。目の前には立派な洋館が建っている。
後ろを振り向けばそこには扉はなく、代わりに真っ暗で先が見えないアーチがあった。
「来れたみたいだね」
強い風が吹いている。
どうやら端の端、断崖絶壁に建っているようだ。
波の音が小さく聞こえてきている。
「ここは……?」
「弐ノ国だよ。一番近くの村は鉱山の村。鉱山の更に奥だね」
「わぁ……! こんな場所があったんだ……!」
「鉱山の村から来るのは無理だけど。
僕の家だよ。僕しかいないから、まぁ、適当にやって」
そう言って、洋館の扉を開けて中に入ったヤカさんの後ろに着いて行けば、大きなシャンデリアが出迎えてくれた。
見上げて思わずおぉと声が漏れる。
更にヤカさんの後を追えば、リビングへと辿り着き、ソファに座るよう促された。
L字型の大きなソファの一辺に俺達は並んで腰掛け、ヤカさんはもう一辺に腰掛けた。
「……さて、精霊の呪いの解呪についてだけど。
結論から言うと解呪は無理。
術者の精霊に解いて貰うしかない……まぁ、無理だろうね」
「お願いしてみようとは思ってるけど……」
「精霊に気に入られるやつなんて稀だよ。
余程機嫌が良くても、呪いを解いて欲しいなんて言ったら、逆に呪いを貰いかねない」
精霊の集落に行くのがどんどん怖くなってきた。
訪れただけで呪われてしまいそうな気がする。
「僕は呪術は使えないけど、知識はまぁ……それなりにある。
この家には無駄にそういう本ばかりあるから」
「前に基本属性が全部使えるのは、そういう家系だからって言ってたよね」
「僕の家系は全員リッチだからね。詳しくは……あー、長くなるから話さないけど。
魔法とか呪術とか……まぁ、そういうのが得意な種族だって思っといて」
いつもゆったり話す人ではあるけど、いつも以上にゆっくりと言葉を選ぶように、紡いでいく。
話したくない事や話し難い事があるのだろう。
「で、心当たりの話だけど……。
呪いを上書きしたら良い。ただ、成功率は限りなく低い」
「上書き……そんなことができるの? 呪いが2つに増えるんじゃ……」
「普通はね。けど、今回は精霊の呪いだから出来る……かもしれない。
精霊の呪いみたいな強力な呪いは、1人に1つしか入らないから。
弱い呪いだといくらでも入っちゃうけどね」
「1つしか入らないから、違う呪いで追い出しちゃうってこと?」
「そういうこと。精霊の呪いは追い出されて、術者に返っていく。
ただ、精霊の呪いと同等かそれ以上じゃないと追い出せない」
「なるほど……」
追い出されるだけで術者に返らないなら、精霊の集落にも訪れず、上書きしに行ったのだけれど。
「追い出せたとしても違う呪いにかかっちゃうんだよね?
それって結局何も変わらないんじゃ……あ、俺が解呪したら良いのか」
「余程呪いに対する耐性があるならそれでも良いけど、強力な呪いは術者が解くのもおすすめはしない。
返されるよりはましだけど、ましってだけだから。
強力な呪いの全てが人が死ぬような呪いってわけじゃないよ。9割9分そうだけどね」
「んん……呪われてはいるけど、普通に生活できる呪いで上書きするのが一番ってことだね」
「それが一番。ただ……悪いんだけど、僕は上書きできる呪いには心当たりがない。
うちには禁術と言われる呪いが書かれた本もあるけど、その呪いですら精霊の呪いには届かないと思う」
「精霊の呪いって、そんなに強い呪いなんだ……」
「腐敗っていう精霊の呪いは初めて聞いたけど、恐らく。
対象者だけでなく周囲にまで害を及ぼすような呪いだから」
一歩進んでまた壁だ。
もう、一か八か精霊の集落に行って頼みこむしかないのではないだろうか。
「この方法が取れるとされてるのは禁術以上の呪い……その上書きの術も禁術に近いものではあるけど。
呪いの手順に加えて上書きする為の手順も必要になる。
その上、正しい手順を踏んでも失敗する可能性が高い」
「失敗したら、どうなるの……?」
「……堕ちる、と言われてるけど。既に堕ちてたらどうなんのかね。
まぁ……既に堕ちているから大丈夫ってわけではないだろうね。碌な事にはならないと思う。
そもそも、ライは呪術使えんの?」
「さっき覚えたよ」
「は? さっき? ……ああ、異世界人は、そういうもんだっけ。
ライなら大丈夫だろうけど、呪いなんてかけるもんじゃないよ」
「うん、解呪以外では使うつもりないよ。……魔道具で使わない限りは」
「……まぁ……それについてはノーコメントで」
この反応は使える可能性が高いのではないだろうか。
何と言ってもヤカさんは魔石屋さんだ。恐らく答えを知っているだろう。
「明日予定ある?」
「呪いについて調べる予定だったけど……」
「なら、泊まっていきなよ。役に立ちそうな本、出してあげる」
「良いの?」
「部屋は余ってるし問題ないよ。夕食は済んでる?」
「ううん、まだ食べてない……一旦アクア街に戻れる?」
「そりゃ当然戻れるけど……果物で腹膨れるなら食べて良いよ。外に生えてるやつ」
外と言われて、扉を抜けてきた時の事を思い出す。
確かにいくつか果物が生った木があった覚えがある。
「うーん……そこまでしてもらうのは申し訳ないから……」
「僕食べないし、腐るだけだよあれ」
「そうなの? それじゃあ……」
俺は果物好きだけどと、ジオン達に視線を向ければ、皆笑顔で頷いてくれた。
「お願いします」
「うん。全部取ってきて良いよ」
「さすがに全部は食べられないと思う」
「僕は部屋見てくるから、好きなだけ取っておいで」
頷いて、玄関に向かって外へ出る。
辺りを見渡し、早速果物が生る木々の場所へ向かう。
「アタシ、桃ー!」
「ボク、りんご!」
「おっしゃ、一緒に取ろうぜ!」
シアとレヴ、それからリーノが共に駆けて行く。
リーノに肩車してもらったシアがきゃらきゃらと笑って、桃に手を伸ばした。
植物の成長に季節なんかは関係ないのだろうか。
桃、林檎、梨、柿、レモン……レモンはさすがに丸ごとは食べられないかな。
他にも様々な果物が生っている。
「先程の扉……そちらのアーチもですが、遺物なのでしょうね」
「ああ、なるほど……だからか」
転移陣なのかと聞いた時、若干言い淀んでいたのはだからかと納得する。
遺物やそれに纏わる話は基本的に秘匿しているという話だったし。
だとしたら、あの扉は亜空間に行くときの門と似た何かなのだろう。
「それにしても……魔物でないリッチとは、初めて聞きましたね」
「そうなの? 珍しい種族なのかな」
こういう事に詳しそうなフェルダに視線を向けるも、フェルダは首を横に振った。
「俺も初めて知った。魔物のリッチの事なら、多少は分かるけど。
魔法やら呪いやらなんでもありなやつらでとんでもなく強い」
「どう見ても私達と変わらないように見えましたが……」
「そもそも魔物のリッチ自体謎だらけだからね。
魔術師の成れの果てなんて言われてるけど」
「あ、俺もそんなイメージかも」
リッチについて調べたわけではないので詳しくはわからないけど、見た目は骨で真っ黒なローブを纏っている魔法使いの成れの果て。
全く一緒と言う訳ではないだろうけど、恐らく魔物のリッチはそのイメージに近いのだろう。
大きな洋館を見上げる。
こんな大きな洋館に1人で住んでいるのか。
『あー……そういう家系? と言っても今は僕だけだけど』
初めて魔石屋に訪れた日にヤカさんが言っていた言葉を思い出す。
ヤカさんの家系……つまり家族が今はヤカさんだけなのか、亜人のリッチがヤカさんだけなのかはわからないけど。
「そろそろ戻ろうか。これ以上は食べられないよ」
「「はーい!」」
果物を抱えてリビングへ戻れば、ヤカさんが出迎えてくれた。
ヤカさんは俺達が抱えた果物を見て、少し笑った後、どこで食べても良いと言ってくれたので、俺達は早速リビングで果物を食べ始める。
「今すぐ読みたいなら持ってくるけど……今日はゆっくりして、明日でも良いんじゃない?」
「うん、そうする! ヤカさんはこれから何するの?」
「特に何も。いつもはだらだらしてる」
「じゃあ、一緒にお話しよ! ジオン達の紹介もまだだったよね」
「ああ、そうだね。彼が氷鬼って種族なのは聞いたけど」
1人ずつ自己紹介をすると、ヤカさんは目をまん丸にして俺達に視線を向けていた。
「とんでもないね。なるほど、本当に上位が狙えそうだ」
「ヤカさんもいるしね!」
「僕は戦闘得意じゃないよ。
基本属性全部使えるって言っても、どれも魔法柱までしかスキルレベル上げてない」
「充分だよ……俺達、魔法纏までしか使えないから」
「へぇ。だったら、手伝えるかもね」
今回のサポート枠はイベント期間のみでイベント後には解除されてしまう。
けれど、イベント後に実装予定だって書いていたので、クランレベルが上がってサポート枠に誘えるようになったら、また皆を誘ってみよう。
まずは……やっぱり、エルムさんからだろう。




