day86 お願い
「俺? 婆さんのが良いんじゃないの。
婆さんなら全員奈落に落とす魔道具とか作りそうだけど」
「一生出れない落とし穴は作れるみたいだけど……。
エルムさん、参加禁止ってギルドの人に言われたらしくて」
「なるほど。魔道具だけじゃなく、本人も普通に強いからね。滅多に見れないけど」
「やっぱりそうなの? 素手? 魔法?」
「両方」
両方……結局扉はどっちだったんだろう。分からない。
「ま、そういうことなら、良いよ。どうしたらいい?」
「待ってね」
確か、クランウィンドウから招待できるはずだ。
クランウィンドウを開いて『サポート枠招待』と書かれたタブを見つける。
タブを切り替えると、『ギルド招待』と『直接招待』の2種類が表示されていた。
『ギルド招待』はギルドで募集をした時の項目だろう。
『直接招待』を選択すると、新たにウィンドウが開き、そこには名前と種族、住んでいる場所、住居IDを入力する場所があった。
住居IDが分かるのなら、住んでいる場所は入力しなくて良いようだ。
名前は『ガヴィン』、種族は『龍人』、住居IDは……皆のIDをメモってある羊皮紙を見なきゃわからないな。
鞄から取り出して、ガヴィンさんの工房兼自宅の住居IDを入力する。
「ガヴィンさん、なんとか龍人みたいな、そういうのではない?」
「ただの龍人」
間違えがないか確認して、完了を押す。
「うわ……なんだこれ。……これ、押したら良いの?」
「? 何が?」
「目の前になんか出てる。承認と拒否って書いてるけど」
どうやらガヴィンさんの目の前にウィンドウが開いているらしい。
他のプレイヤーがウィンドウを開いている時は、青色の透き通ったウィンドウが見えるのに、ガヴィンさんのウィンドウは見えない。
ちなみに、青色の透き通ったウィンドウが見えるだけで、何を表示しているかは見えないようになっている。プライバシーだ。
「うん、押したら良いんだと思う」
「なら押すよ」
ゆるりとガヴィンさんが指を動かして、空中に触れる。
その瞬間、通知音と共に『クラン『百鬼夜行』のサポート枠に『ガヴィン』が参加しました』と表示された。
「参加できたみたい! よろしくね、ガヴィンさん」
「ん、こちらこそ。それで、普通に生活してて良いの?」
「うん。今日は皆もいないし……それに、同盟クランの相手が決まってから、作戦会議? そういうのしようと思うから」
「同盟クランね……ま、なるべく俺達に当たりが強くないやつがいるとこにしてよ。
あんまり酷いと手が出るかもしんないから」
「それは大丈夫。俺の知り合いにそんな人いないよ」
「ま、それもそうか。レン? それともカヴォロ?」
「んー……迷ってる。あと1人、いるんだけど……うーん……」
とは言え、交流のあるカヴォロや兄ちゃんのほうが、ガヴィンさんも気が楽だろう。
「話が纏まったらまたきてよ。手紙でも良いし」
「うん! それじゃあ、そろそろ、行くね。
ガヴィンさん、ありがとう。またね」
ひらひらと手を振るガヴィンさんに手を振り返し、広場の転移陣に向かう。
一旦、トーラス街の家に帰って、ポストを確認しておこう。
転移陣受付でお金を支払って、トーラス街にひとっ飛びだ。
そう言えば、エルムさんが転移陣でエルフの集落に移動する時、お金はどうなっているんだろう。
俺は、多分1,000CZ払うんだろうけど。
周りの景色が変わった事を確認して、転移陣部屋から出る。
トーラス街のギルドは今日も賑わっている。
さて、家に帰って……と思ったところで、そこにいた人物に目を見開く。
運が良い。探し人を見つけた。
「秋夜さん!」
「は? ……ああ、ライ君か。1人?」
「うん、皆は仮眠中」
「ふぅん。で、何? まさか見かけたから声を掛けたなんて言わないよね」
「えっと……お願いがあって……」
「君が? 僕に? 禄でもないお願いってことはわかるねぇ」
「……それは、そうかも……」
堕ちた元亜人の前に行けば、ただでは済まない。
匂いも凄いし、頭が割れるように痛くなるし、体は動かないし。
禄でもないお願いかもしれない。
「秋夜さんって、呪い見える?」
「呪い……? 1から100まで全部、説明して。
……いや、とりあえず、ライ君の家行くよ」
「俺の家? どうして?」
「視線が鬱陶しい」
視線とはなんだろうと辺りを見渡してみると、前回秋夜さんとギルドで話した時と同じように、周囲のプレイヤーに見られていた。
前回はクラン勧誘だったみたいだけど今回はなんだろうか……同盟?
俺の返事を聞くことなく、歩いて行ってしまった秋夜さんの後ろを追う。
「ライ君、どこ行ってたの?」
「え? 何が?」
「ここ数日、この辺いなかったみたいじゃん」
「え……俺、秋夜さんに見張られてる……?」
「気持ち悪い事言わないで。そんな暇じゃないから」
「そう……? 最近はエルフの集落にいるよ」
「ふぅん。そんなのあるんだねぇ」
何故だか秋夜さんに案内されているかのように、俺の前を歩く秋夜さんは真っ直ぐに俺の家に向かっている。
デスサイズを取りに来てたし、その前も《魔除けの短剣》をポストに入れにきていた。
眠ってしまった秋夜さんを家に連れて帰った日、その帰り道で道を覚えてしまったのだろうか。
家の前に辿り着き、ポストの中を確認すると1通の手紙が入っていた。
差出人はアルダガさんだ。集落に持って行って、皆で読もう。
扉を開けて、秋夜さんを中に通す。
秋夜さんは作業場の椅子に腰かけると、俺に視線を向けた。
「で?」
「堕ちた元亜人の事なんだけど……覚えてる?」
「……ああ、クラーケンの上で言ってたねぇ。それしかテイムできないんだっけ?」
「うん。半分寝てるみたいな状態だったけど、聞いてたんだね」
「寝る直前までは聞こえてたねぇ」
秋夜さんにエルフの集落で聞いたことをかいつまんで話す。
最後に、呪いを解かないとテイムできそうにないという話をして、秋夜さんの反応を待つ。
「呪いねぇ……。
君のとこのネーレーイスが使ってるやつ、呪言ってスキル?」
「そう、だけど……」
呪毒と呪痺という言葉なら、シアとレヴが口に出して使うから知っていてもおかしくない。
けど、呪言はステータス画面で見ない限り、知る事は出来ないはずだ。
おまけにシアとレヴがネーレーイスだと知られている。全員知られているんだろうか。
「じゃあ、見えるんじゃない?
『呪言:呪痺』、『呪言:呪毒』って見えてたけど」
「凄いね死神……」
「見えたからって何の役にも立たないけどねぇ。
呪いなんかより、敵のHPが見えるほうがよっぽど良い」
「今俺が喉から手が出る程欲しい能力だよ……。
……お願いできないかな?」
「面倒臭い」
「……そう言わずに、お願いします……」
「なんでイベント前に、敵の戦力増やすの手伝わなきゃいけないわけ?」
「それは確かに」
「同盟組んでくれるなら良いよ」
「ぐぅ……それは……」
「まー、もう同盟相手決まってるから、ライ君はお呼びじゃないんだけどねぇ」
「ああそう……」
「僕はライ君推したんだけどさぁ。どうしても嫌だってうるさいから」
今日も秋夜さんは絶好調だ。
ぐぬぬと唸っていると、秋夜さんは楽しそうに笑った。
「まー良いよ。堕ちた元亜人ってのにも、興味あるしねぇ」
「本当!? ありがとう、秋夜さん!」
「その代わり、あの短剣また作ってよ。
次はもっとレベルが高いとこでも使えるやつ」
「うん。ちょっと待ってて」
俺がいつも使っている作業机に向かい、引き出しに入った《魔除けの短剣》を取り出す。
今度《帰還石》を作った時に、一緒にオークションに出そうと引き出しに仕舞っておいたやつだ。
「今回は、どれくらいの敵に対応できてるかわからないけど、前回よりもパワーアップしてるのは間違いないよ」
「……へぇ……いくら?」
「え? 報酬じゃないの?」
「……ふぅん。じゃ、貰っとく。ありがと」
「これで秋夜さんは逃げられないからね」
「逃げようと思えば逃げられるけどねぇ。まー、そんなことしないけどさぁ」
交渉成立だ。《魔除けの短剣》1つで新たな仲間が増えるのだから安いものだ。
これで一歩、近付いた。
「地図出して。持ってる?」
「あ、うん」
アイテムボックスから地図を取り出し、机の上に広げる。
「ここが、アクア街。ここがテラ街で、この辺りに村があるみたい。
それで多分、この辺が哀歌の森」
「その村に転移陣は?」
「あるみたいだよ」
「ふぅん……いつ行くの?」
「俺のレベルが上がったら……?」
「今いくつでどこまで上げる気なの」
「今は44で、50まで上げるつもりです」
「じゃー……5日後。day91の13時に、その村の転移陣付近に集合で」
「5日……! 50まで上がってるかな……村にも行かなきゃだし」
「なってなくても、5日後。イベントまで時間もないし。
ああ、お兄ちゃん連れてきたら?」
「良いの? 一緒はあれかなって思ったんだけど」
「別に良いよ。なんかあった時、お兄ちゃんいたほうが楽だからねぇ」
もし呪いがなかった場合、その場でテイムを試してみるだろうから、見ておきたいと言っていた兄ちゃんが来れるならそのほうが良い。
まぁ、1回で成功するとは思えないけど。
「うん、兄ちゃんにも言っとく」
「テイムモンスターは誰連れて行くの?」
「全員連れて行くけど……」
「呪いがなかった時、テイムできないでしょ」
「そうなの!?」
「知らないの? ヘルプに書いてたけど。
ああ、そういうの読まないって言ってたねぇ」
「そうか……そうなるのか……」
パーティーがいっぱいだとテイムできないのか。
クランだと、兄ちゃん曰く、誰かと契約を解除しなきゃいけないみたいだし、魔領域とやらに一旦行って貰うとか、そう言う事はできないみたいだ。
「黒龍人つれてきてよ。戦ってるとこ見たことないし」
「やっぱり知られてる……」
「は? ああ……鬼人氷鬼、妖精族ノッカー、ネーレーイス、黒龍人」
「ひぇえ……プライバシーはないの……!?」
「種族が分かってもねぇ……へぇとしか思わないよねぇ」
「プレイヤーだとランクまで分かるみたいだし……」
「テイムモンスターでも分かるよ」
「そうなの!? 俺、ジオン達の種族のランクが何かわかってないんだけど」
「氷鬼が☆2、ノッカーとネーレーイスは☆3、黒龍人が☆4」
黒龍人は上位種族だとジオンが言っていたし、そうだろうとは思っていたけど。
ひょんなことから皆の種族のランクが分かって驚く。
テイムモンスターのランクと種族のランクは別だ。
同じ種族でも強さのランクには差が出ると、一番最初に妖精ちゃんも言っていた。
「あとついでに言うなら、黒龍人大丈夫なの?
さっきの話からして、黒龍の呪いとかいうの受けてんじゃないの?」
「もうやめて……俺達を丸裸にしないで……」
「はは、愉快だねぇ」
秋夜さんはそう言うと、辺りを見渡して、リーノの作業机で視線を止めた。
何かあっただろうかと思って、秋夜さんの視線を追う。
作業の途中だったようだ。道具や素材が置いてある。
「どうしたの?」
「ついでにもう1つ丸裸にしただけ」
「……もしかして……」
「あの鉱石、誰でも使えるの?」
「あー……そうかぁ……」
秋夜さんの種族特性なのか種族スキルなのか。どちらにせよ、俺の種族スキルと相性が悪い。
本当に、何が見えてるんだろうか。
「……使えない、みたい。俺も最近知ったんだけど」
「ふぅん。今度の僕のデスサイズは、僕のINTで付けれるだけの属性、付けてくれる?」
「口止め料?」
「そう思うなら、そう思ってくれて良いよ」
どうだろう。そんなものなくても、これまで黙っていてくれたし、律儀に遠回しな言い方をしてくれていた人だ。
「まー、僕INTほとんどないから、そんなに変わんないと思うけど」
「そうなの?」
「ライ君、ステータス聞いてこなかったけど、装備出来なかったらどうするつもりだったの?
僕の今のINT14だよ」
「14? 65のデスサイズが装備できるレベルなのに?」
「INT全然あがんないの。その分、STRは高いけど」
「……レベル44の頃って、INTどれくらいだった?」
「はぁ? そんなのいちいち覚えてるわけないでしょ。
……ああでも、前のデスサイズの装備条件とその時のINTが一緒だったかなぁ。
45で9だねぇ。44の時も同じだったんじゃない?」
「……俺のSTRと一緒だ……」
「雑魚じゃん」
「INTは秋夜さんより上だけど?」
「僕は魔法使えないから良いけどさぁ、そんなんでよく刀使おうって思ったねぇ」
「もっと上がると思ってたから……」
「その刀、装備条件どうなってんの?」
ここまでばれてるのなら、隠す必要もない、か。
「STRは8でINTは49……」
「杖じゃん」
「フェルダにも刀の装備条件じゃないって言われたよ……。
黒炎属性で殴ってるようなものなんだって」
「ふぅん……まー良いや。
じゃ、そろそろ帰ろうかなぁ。5日後、忘れないでねぇ」
「あ、うん。ありがとう、秋夜さん」
「いーえ」




