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day86 迷宮の欠片

「ただいま~」


現在の時刻は『CoUTime/day86/15:34』。今日も夜に狩りをするので、仮眠を取るために一旦帰ってきた。

ログアウトする予定の時間まで起きていても疲労状態にはならないけど、皆に無理をさせるわけにはいかない。


「おかえり、ライ。励んできたようだな」

「あ、エルムさん。エルムさんもおかえりなさい。

 あれ? エアさんだ。こんにちは」

「ああ、ライ君……こんにちは。お邪魔しているよ」


リビングではエルムさんとエアさんが、お菓子を摘まみながらお茶をしていた。

心なしかエアさんがぐったりしている気がするけど……。


「ライ、こっちにこい。良い物をあげよう」

「お菓子?」


手招きするエルムさんの元へ寄って行って、隣に腰掛ける。


「菓子は好きに食べなさい。

 さぁ、エア。渡す物があるだろう?」

「はいはい……一応言っておくけれど、私は君に、これを渡すつもりだったんだよ?

 けれど、用意するのに時間がかかるから、渡せていなかっただけで……」

「御託は良い。さっさと出せ」

「ライ君、こんな暴君を師にしたら苦労するよ。

 早急に師弟関係を解消することをお勧めする」

「やかましい! 集落中の魔道具を壊して回ってやろうか!」

「ほら、こんなことを言う。ライ君には甘いかもしれないけれど、いつこうなるかわからないよ?」


ぽんぽんと応酬される言葉に、2人が気心の知れた仲だという事が伝わってくる。


「これを、君に渡そうと思っていたんだ。本当に渡す予定だったからね?」

「う、うん……えっと……?」

「くどいぞ。わかったから、説明をしてやれ。ライが可哀想だろう」

「やれやれ……。いいかい、ライ君。集落の中心にある鐘の前でこれを3度鳴らせば、街にある転移陣に繋がる。

 街にある転移陣からも、鐘を所持していればここに戻ってくることが出来る」


エアさんはそう言って、小さな鐘を机の上に置いた。

迷いの森で鳴らした鐘に似ているけど、大きさが全然違う。

こちらの鐘は高さ3㎝程……手でぎゅっと握れば隠れてしまうくらいの大きさだ。


「前にレンに話していたのを覚えているかい? これが《迷宮の欠片》だ」

「どこのエルフの集落でも辿り着けるようになるっていう、遺物……だよね?」

「そう。不思議な鉱石で鐘を作り、集落で一番魔力の多い場所に鐘を置いておいたら、不思議な力が……と、言うのは建前で」

「だろうな。信じちゃいなかったが、話せない事情があるのだろうと聞き流していた。

 そうか……遺物だったか。なるほどな」

「全てが嘘というわけではないよ。魔力の多い場所に置いているのは本当さ。

 遺物であるこの小さな鐘を作ることは無理だけれどね。

 たくさん遺っているわけではないから、配るわけにはいかないのだけれど」

「これを俺に……?」

「そう、君に。光球の報酬と言うわけではないけれど、君達にはこの先も助けて貰う事があるだろうからね。

 この鐘があれば、他のエルフの集落にも迷わず辿り着ける。

 集落に暫く滞在することで、その集落にある鐘の前で3度この鐘を鳴らせば転移陣に繋がる」

「いいか、ライ。これは下心だ。渡す代わりに手を貸せというな。

 そもそも、エルフという生き物は、利益のある相手でなければ付き合わんような嫌な奴らだ」

「と、エルフが言っているわけだけれど」

「はっ。集落を飛び出した私が、一緒なわけないだろう」

「君だって腕利きの職人としか付き合わないくせに」

「ほーう? 言ったな? 表に出ろ。君の家ごと吹き飛ばしてやる」

「仕方ないね。良い運動にはなるかな」


エルムさんが戦っているところは見たことがない。

でも、扉をあんな状態にしてしまうくらいの力は……あれは、魔法だったのかな。それとも、素手?

エアさんだって、エルフの集落の長なのだから、きっと強いのだろう。


「まったく……エルムがいると話が全然進まないよ」

「私か? どの面下げて言ってるんだ?

 ……とにかく、だ。下心ありきの代物ではあるがね、便利なのは確かだ。

 貰っておきなさい。この先役に立つこともあるだろう」

「ん……うん、ありがとうございます。大切に使うね」


机の上の小さな鐘を手に取る。

レベルを上げて次の村に行くまでは帰れないと思っていたけど、いつでも帰ることが出来るようになった。

とは言え、次の村にはここから行ったほうが近い。

キラーツリーとの戦いも慣れた……と言って良いのかわからないけど、先日夜の間ずっと戦ったことで、2体同時に出現しても大丈夫なくらいには慣れたので、夜の狩りもここでしたい。

手紙が来ているかどうかだけ確認しに帰って、すぐに戻ってこようかな。


「エルムさん、《迷宮の欠片》が遺物だってこと、知らなかったの?」

「不思議な力で転移陣に繋がるなんて聞かされていたのに、知るわけないだろう。

 まぁ、遺物かそれに近い物だとは思っていたが、ご丁寧に鑑定できないように阻害されていたからな」

「そうなの? でも、エルムさんって転移陣の大元を師匠と作ったんだよね?

 《迷宮の欠片》のことを知らずに、転移陣と《迷宮の欠片》が繋がるように作れるものなの?」

「大元は古の技術の遺物だ。

 それを私と師匠で、魔道具製造の技術と合わせて、転移陣として使えるようにしたんだ。

 古の技術と現代の技術の夢の競演というやつさ」

「それは、大元を作ったと言って良いと思う」

「そうかね? それに、繋がるように作った覚えもない。勝手に、そうなっていた。

 転移陣の大元になった遺物とその鐘が、近い遺物なのではと予想しているがね」

「へぇ~そんなことあるんだ」

「師匠が譲って貰ったと言っていたが……でかい宝石でな。

 元は他にも何か部品があったのだろうが、大きな真っ白な宝石1つだけだった。

 その辺りで採れる宝石とは全然違う。けれど……そう、何もないのに、何かがあるとわかるんだ」


当時を思い出しながら話すエルムさんの目はキラキラと輝き、そして、懐かしさが浮かんでいた。

思い出の中の師匠の姿を懐かしんでいるのだろうか。


「様々な角度から調べたし、色々と試した。時には叩き割ろうとしたこともあったな」

「遺物を……!?」

「あの時は師匠も私も疲れていたんだろうな。

 ある日、わけがわからんと師匠が宝石を外に放り投げようとしたんだ。それも、煙嵐柱を使ってな」

「煙嵐柱?」

「ああ、風属性の進化属性さ。風、疾風、旋風、煙嵐、風神……師匠は煙嵐属性を持っていてな。

 恐れ入るよ。私もいつか師匠に届きたいものだ」

「そんな強い魔法で遺物を吹き飛ばそうとしたの……?」

「はは、楽しい人だろう?

 するとどうだ。辺りに霧が立ち込めたんだ。

 どうやらこの宝石は魔法に反応するらしいと、その後も色んな魔法をぶつけてみたが、霧が出たのはその一回だけだった」

「んん……?」

「当時ライと知り合っていたら、すぐに答えに辿り着いたのかもしれないがね。

 どうやらその宝石、魔力を封印せねばいかんらしい。しかし、魔石ならともかく……」

「エルム。どうして転移陣の話を教えてくれなかったんだい?」

「はぁ? 碌に魔道具の事を知らない君に、何故話さねばならないんだ。

 ライだから話しているんだ。君はもう帰れ。用は済んだろう」

「いーや。話を聞かせてもらうよ。私も君に話したいことがある。

 集落にある遺物、そして宝典の話だ」

「……ほう? 宝典か。それは興味がある。

 誰も彼も秘匿したがる代物だ。早々読めるものじゃない」


エルムさんは過去に遺物に触れ、実際にそれを今の技術と組み合わせて、転移陣を作った。

なるほど。古の技術に最も近い人、か。その通りだ。


エアさんがエルムさんに宝典について話す姿を眺めていると、階段を登る音が聞こえてきた。

兄ちゃんが狩りから帰ってきたようだ。


「良かった、ライいるね。朝、何かあった?

 扉が……って、エルム? お披露目会ぶりだね。会えて嬉しいよ」

「君こそ、相変わらずのようで安心したよ。

 扉はまぁ、夜には新しいものが届くから、気にしないでくれ」


俺達が狩りに出かけた後にログインした兄ちゃんは、エルムさんにも会っていないし、当然朝の出来事も知らない。

扉がなくなり、近くに残骸が寄せてあったのを見て、心配してくれたようだ。俺が逆の立場でも心配する。


「扉の事はともかく、エルムさん、サポート枠で参加するのギルドに禁止されちゃったんだって」

「え? そうなの? それは良……残念だったね」

「ん……? うん、凄く残念。でも、代わりに……あ、やっぱり内緒」


同盟クランの相手が決まっていない今、兄ちゃんが敵になるのか味方になるのか分からない。

罠の話は内緒にしておこう。


「サポート枠……ああ、あれか。街の行事には疎くてね。

 今朝、私にも珍しくギルドから手紙がきてたよ。エルムと同じく、禁止だとね」

「エアさんも参加禁止なの?」

「そうらしい。何のことかと思ったけれど」


禁止されてしまったということは、凄く強いのかな。

もしくは、エルムさんみたいに何か特別な事が出来るのかもしれない。


「なに? 君もだと? 君と私が同格だと?

 やはりギルドのやつらには一度、痛い目を見てもらうか」

「それには私も賛成だ。

 普段やり取りなんてしていないのに、急に参加の禁止なんて書面を送られてもね。

 そもそも祭りの事自体、その書面で知ったよ」

「やり取りがないのは、君が全て無視を決め込んできたからだろう。

 それにしたって、酷いな。聞いてもいない事に参加するなと言ってきたのか」


お祭りの事を知らずに過ごしていたら、急に参加したら駄目だと手紙がきたのか。

なんというか……うん。俺だったら何とも言えない気持ちになると思う。


「知っていたとしても、元々参加するつもりはなかっただろうけれどね。

 ああでも、君達に頼まれたのなら、考えたかな。

 あ、レン。前に言っていた《迷宮の欠片》が用意できたよ」


小さな鐘を取り出したエアさんは、先程俺達に話してくれた話を兄ちゃんにも話し始めた。


「そう言えばライ、私が駄目だった今、誰に頼むつもりなのかね?」

「うーん……ガヴィンさん、かな」

「え……ガヴィンはやめといたほうが……。

 あいつ、キレたら手がつけられないよ」

「それは……そんな感じはする、かな……」

「まぁ……相手は異世界の旅人だし、大丈夫か」


異世界の旅人じゃなかったらどうなってしまっていたのだろう。


「坊主か。それは観戦が楽しみだな。

 それに喜ぶんじゃないか? 200年失踪していた兄貴と遊べるのだからな」

「そっか、そうだよね。うん、ガヴィンさんに頼んでみる!」


ちらりと兄ちゃんに視線を向ければ、兄ちゃんは鐘をまじまじと見ていた。

《迷宮の欠片》の話は終わったらしい。


「兄ちゃんは、誰に頼むの?」

「待て。君達、一緒のクランじゃないのかね?」

「うん。俺のクランはジオン達だけだよ」

「なんだって? カヴォロは?」

「残念ながら……カヴォロも別だよ」

「ふぅむ……ライ。私は君だけを応援するからな」

「あはは、ありがとう。頑張る」


そう言えば、エルムさんにはクランの事は話してなかった気がする。


「まだ決まってないけど、空の師匠かなって話になってるね」

「え、ずるい。エルムさんは駄目なのに」

「なに、心配するな。あいつは家庭用魔道具以外は大した物は作れん。

 冷蔵庫を鈍器として使うのなら良いかもしれないがね」

「家庭用魔道具専門の魔道具職人さんってそんな感じなの?」

「あいつが変わり者なだけさ。

 何の拘りがあるのか知らんが、スキルを取得できていない頃から、何故だか家庭用魔道具の事だけを学んできたらしい」

「へぇ~そういう職人さんもいるんだね」


色んな職人さんがいるみたいだ。

トーラス街の魔道具工房の人達にも、何か得意な魔道具があったり……魔除けかな。


「冷蔵庫か……んー……拠点や兵士の強化が出来る人にお願いしたいんだけど。

 空が出来ることも限られてるし」

「ほう? 君のクランには生産が出来る者が空しかいないと」

「それ以外は、戦闘狂しかいないね」

「はは、君にぴったりじゃないか。

 君はライの敵のようだからな。私は何も言わん……が、まぁ……ヒントくらいはくれてやるか。

 君達の友人に鍛冶場の責任者がいなかったかね?」


グラーダさんだ。ほとんど答えだと思う。


「……ありがとう、エルム。優しいんだね。

 早速行ってくるよ。良い物を貰ったしね」

「行ってらっしゃ……あ、兄ちゃん、夜どうするの?」

「俺は戻ってくるつもりだったけど……ライも貰ったのか。

 ライが行きたいとこで良いよ」

「兄ちゃんはどこが良いの?」

「俺? んー……周りを気にしなくて良いから、ここが楽だけど」

「だったら、森で!」

「ん、りょーかい。じゃあ、また後で」


俺もガヴィンさんに頼みに行ったほうが良いかな。

誰かに誘われる前に誘いたい。

けど、夜の事を考えると仮眠は必要だし……俺は、大丈夫だけど。


「ね、俺もちょっと石工の村に行ってくるね。皆は仮眠取ってて」

「ふむ……わかりました。気をつけてくださいね」

「大丈夫だよ。フィールドを移動するわけじゃないしね」

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