day86 イベント詳細
「来李ー? あ、まだ、ログインしてないね」
「兄ちゃんおはよう。今日はいつもより早起きだね」
「おはよ。電話で起こされてね。
それより、イベントの詳細、きてるみたいだよ」
「本当? あ、パソコンで開くね」
朝ご飯も食べ終わり、いつもログインしている時間まで勉強をしようと教科書を眺めていたら、兄ちゃんが部屋にやってきた。
教科書を本棚にしまって、早速『Chronicle of Universe』の公式サイトを開いて、イベント詳細のお知らせを開く。
「えーと、拠点の強化と兵士の強化?」
「拠点内のクリスタルの防衛と破壊か……」
今度のイベントは、クランにそれぞれ拠点が用意され、拠点の中心にあるクリスタルを防衛、そして他の拠点のクリスタルを破壊するために侵攻するイベントのようだ。
当然破壊したクリスタルが多いクランの勝利……かと思いきや、それだけで決まるわけじゃないらしい。
まずは準備期間が2日。拠点の強化と拠点にいる兵士の強化。
どれだけの強化が出来たかで強化ポイントというものが貰えるらしい。
アイテムの持ち込みは可能で、拠点周辺で素材を集めることもできる、と。
生産職の人達はここでポイントが稼げそうだ。
そして、本戦。防衛と侵略。
ここではクリスタルを破壊した時に破壊ポイントと、防衛時間による防衛ポイントが手に入る。
ボーナスとして、クリスタルを破壊したクランには、破壊されたクランの持つ一部のポイントが追加されるらしい。
それと、拠点にきたクランを撃退した時も、侵攻してきたクランの一部ポイントが貰える、と。
そして最後に、評価ポイント。NPCからの評価で貰えるらしいけど……よくわからない。
拠点にいる兵士さんの強化に対する満足度とかなのかな。
でも、それだと強化ポイントと変わらない気がするし、なんだろう。待遇?
以上のポイントの合計で順位が決まるイベントだ。
本戦は前回のイベントの時のように、スタジアムのモニターで観戦できるらしい。
また皆応援しにきてくれるかな。一緒に観戦できないのは残念だけど。
「……強化できる人、空しかいないな」
「俺達は、大丈夫かな? 強化する内容によるけど……。
生産頑張る隊が強そう」
「ああ……確かに。本戦で破壊ポイントは稼げなくても、防衛で稼げそうだよね」
「一番は両方稼ぐ……あ、兄ちゃん、見て。同盟クランだって」
同盟クランはイベント期間中だけの同盟で、お互いの拠点を攻撃できないとか、助け合えるとかではなく、同じ拠点になるらしい。
つまり、クランを合体するみたいなことかな。
「生産職が多いクランは戦闘職が多いクランと、そしてその逆も。
同盟を結べば、準備も本戦も対処できるようになるってことだね」
「同盟を組めるのは1つだけか……」
「来李、同盟組もうよ」
「うーん……どうしよう。兄ちゃんは、ジオンのリベンジがあるからなぁ……」
「なるほどね……対人戦で敵作ってるな……」
「それに、勝手に決めちゃって良いの? 皆と話してからのほうが良いんじゃないの?」
「皆……朝陽とロゼと空は、来李と組むものだと思ってるんじゃないかな」
「む……確かに、お披露目会の時の空さん、そんな感じだったかも」
やっぱり兄ちゃんのクランに行こうかなって思った瞬間だった。
兄ちゃんのクラン……いやでも、カヴォロとも一緒に……あ、クランに誘ってくれたよしぷよさんもいる。
カヴォロのクランもよしぷよさんのクランも、他に同盟を組みたいクランがあるかもしれないけど、クランに誘った相手と誘ってくれた相手だ。
そういう相手なのだから、同盟だって、少しは考えてくれるかもしれないし。
頭を抱えて悩んでいると、カリカリと兄ちゃんがマウスホイールを動かす音が鳴った。
「……サポート枠追加……これは……まずいな」
「ん? イベント期間中……えっと? サポート枠にNPCを誘うことが可能、です。
加入をお願いして、参加してもらいましょう……ギルドで募集することも、できます? やったぁ!」
「……誰を誘うつもりかな?」
「エルムさん!」
「だろうね……」
エルムさん程心強い仲間はいないだろう。
クランに皆が誘えないかなって思ってたけど、こんな形で叶うとは思っていなかった。
期間中だけじゃなくずっといてくれたら……あ、イベント終了後に実装予定みたいだ。
「早速ログインして、皆と話してくる!」
◇
「おはよう!」
「おはようございます。今日はいつもより早いですね」
「皆と話したい事があって、急いできちゃった」
「何かあったのか?」
「あれ? 今回は皆知らないのか……お祭りのことなんだけど」
「なるほど……エルフの集落では、祭りの事は知られていないようです」
「そうなんだ?」
ソファに腰掛け、同盟の話かサポート枠の話か、どちらの話からするか悩む。
まずはやっぱり、誘いたい相手が決まっているサポート枠かな。
「さ、ぽ……!?」
一言目を話した瞬間、下からドカンともズガンとも聞こえる大きな爆発音が鳴り響いた。
ぐらりと家全体が少し揺れるような衝撃に、全員が大きく体を跳ねさせて、慌てて辺りに視線を動かす。
「……何か爆発した……?」
「この家、ですよね? 爆発物とか、ありましたっけ?」
何事かと立ち上がり、リビングから階段を下りて玄関へ向かえば、そこには見るも無残な砕け散った扉と、エルムさんの姿があった。
慌てて駆け寄り、扉の外を見るが、誰かいるわけでもなく、また、魔物に襲われたというわけでもなさそうだ。
俯いて何も言葉を発さないエルムさんに不安が募る。
「エルムさん……? 大丈夫……?」
「……ああ、ライ。すまないね。大人げなく、扉に当たり散らしてしまったよ」
「うん……うん!?」
先程の音の発生源はエルムさんだったようだ。
発生源は分かったけど、一体どうしたんだろうか。
「片付けよう。……なに、燃やせばすぐさ」
「待って待って待って! この家、木だから! 燃えちゃう!!」
顔を上げたエルムさんの表情はどう見ても、怒っている。
何かしてしまっただろうか。扉があんな姿になってしまうようなことをしてしまった覚えはない。
「お、おっしゃ! 俺片付けしたくなってきたなぁー!」
「そうですね! フェルダも一緒にどうですか!」
「そ、そうだねー……!」
慌てて扉の破片を片付け始めたリーノとジオンとフェルダに、エルムさんはちらりと視線を向けた後、また俯いて口を閉ざしてしまった。
片付けたら駄目だっただろうか。それとも、わざとらしすぎたのか。
シアとレヴと身を寄せ合い、静かな怒りのオーラを漂わせるエルムさんの様子を伺う。
3人が扉の破片を一旦端に集め終わった頃、エルムさんは漸く口を開いた。
「……君、知ってるか?」
「な、なにを……?」
「今度の祭り、異世界の旅人のクランに、サポート枠としてこの世界の住人も参加できるそうだ」
「う、うん。知ってるよ。俺、エルムさんを誘いたいなって……」
「……そうか」
エルムさんは一転、がくりと肩を落とし、のろのろとリビングへと足を進め始めた。
俺達はおろおろしながら、エルムさんの後を追う。
ソファに腰掛けたエルムさんは、今にも泣いてしまうんじゃないかという程に落ち込んでいて、なんと声を掛けて良いのか分からない。
「私はな……ライと一緒に遊べると思ったんだ。
君は友達が多いから、ひょっとしたら誘われないかもしれないが……だが、師匠だろう?
だから、きっと君は、誘ってくれると……」
「う、うん……」
「だが……だが! ギルドの馬鹿共が……! あの恩知らず共!
私は、参加禁止だと!! 朝の7時に……7時だぞ!?
朝っぱらから家まで押し掛けてきて、そう言いおった!!!」
「なるほど……」
エルムさんが参加するとゲームバランスが崩れかねないということだろう。
凄く残念だけど、諦めるしかなさそうだ。
「ふざけたことを……! 何故だ!?
私が可愛い弟子と遊ぶのが禁止だと!? ふざけるな!!!」
「わぁ……エルムさん、大丈夫、大丈夫だから。
お祭りじゃなくても、いつでも遊べるよ」
「そう……そうだな……。しかしな、今度の祭りは、拠点の奪い合いのようなものというじゃないか。
私の魔道具が大活躍できたはずなんだ。君に良い所を見せられたのに」
「俺、エルムさんの良い所も凄い所も、たくさん見せて貰ってるよ。
ただでさえ、凄過ぎて俺なんかって思っちゃうのに、これ以上見せて貰ったら、本当に……」
「君! 私の弟子を悪く言うのはやめたまえよ!」
「ごめんなさい」
「くそ……あの恩知らず共、覚えてろよ。私は根に持つぞ。
……で、だ。サポート枠として参加する事も、魔道具を君に渡す事も、あまつさえ祭りまでの期間に君に魔道具の指南をする事も禁止されてしまったが!
1つだけなら魔道具に関する助言をしても良いと、言質を取った」
そう言って、背筋の凍る笑みを浮かべたエルムさんが取り出したのは、1冊の本だった。
「君には必要ないだろうと思っていたが……必要な時がきたようだ。
これはな、対人型用の罠の魔道具についての本さ」
「対人型用の罠……!? 人間も亜人もってこと!?」
「その通り。拠点の強化……そして防衛。罠は必要だろう?
何もかも禁止されていなければ、一生出られない落とし穴でも用意してやれたんだがね」
「それは怖い罠だね……」
「なに、祭りを盛り上げる要素の1つさ。今回の亜空間、私達の世界の住人も、君達と同じく瀕死で戻されるそうだ。
つまり、死なない。ならば、罠の10個や20個、なんの問題もないさ」
「10個や20個……でも、そうだね。
一生出られない落とし穴は反則だと思うけど、確かに行く手を阻む罠とかがあったほうが、防衛もしやすいよね」
「そうだろう? そのためのこの本だ!」
「本は1つだけってことになるのかな……」
「なぁに、私は本を1冊、君に渡すだけだ。それ以上の助言はしない。
この本は、師匠の書いた研究日記のようなものでな。世界に1つしかない本なんだ。
……すまないが、祭りが終わったら返してもらえるかね?」
「そんな大切な思い出の品、借りちゃって良いの?」
「君なら良い。師匠から私、そして君。君には見る権利がある。
それに、対人型用の罠の本なんて手に入らないからな」
「確かに、魔物用とかならわかるけど、対人型用の罠の本なんて、そうそう手に入るものじゃないよね」
「そういうことさ。まぁ、魔道具職人なら、罠を作ること自体はそう難しいことではないがね。
対魔物用と実はほとんど変わらん。人型だろうと魔物だろうと、刺されれば死ぬ」
罠ではないけど、シアとレヴの持つ《稲妻の短剣》が似たようなものだと思う。
あれで刺されたら一発で死ぬ自信がある。
「しかし、どこにでもある魔物用の本を読むくらいなら、世界で一番の魔道具職人である師匠の本を読むべきだ。
ましてや、君は私の愛弟子だからな。と言う訳で、『確殺・初級編』だ」
「……なるほど……確殺……」
「残念ながら、中級編以上となると、君のスキルレベルでは作れないだろうからな。
どうだい? スキルレベルは上がっているかね?」
「15になったよ」
「よしよし、頑張っているな。初級編の罠は一通り作れるだろう。
師匠の魔法陣をじっくりと見るだけでも勉強になる」
「ありがとう、エルムさん。
生ける伝説と言われているエルムさんの師匠が書いた本を読めるなんて、俺は幸せ者だよ。
見たいと思って見れるものじゃないよね」
俺の返事を聞いたエルムさんは、満足そうな表情で大きく頷いた。
エルムさんから『確殺・初級編』を受け取り、汚してしまわないようにすぐにアイテムボックスに入れておく。
罠だけでなく、他にも必要になりそうな魔道具を先に考えておいたほうが良さそうだ。
拠点の周りでも素材は集められるみたいだけど、さすがに封印魔石は厳しそうだし、イベント前に用意しておかないと。
「そう言えば、エルムさん。ここまでどうやってきたの?」
「ん? 君、もしや貰ってないのか?」
「うん?」
「……あの男、ケチったな。
移動手段があるんだ。まぁ、誰でも使えるわけではないがね」
「へぇ~! そうなんだ」
現在の時刻は『CoUTime/day86/8:11』。
話を聞く限り、今日の朝7時に家に訪れたギルドの人に、サポート枠での参加を禁止だと言われたのだろうけど、それにしてはこの集落に来るまでの時間が早過ぎると思っていた。
移動手段があるのなら納得だ。
「少し、出てくる。扉は……まぁ、なんとかしておこう。すまなかったね。
数日は私もこの家に滞在するから、また話そう」
「うん! 俺も、ご飯を食べて、狩りに行ってくるよ」
「ああ、頑張りなさい」




