day82 光球完成
「出来たぁ~!!」
最後の1つを完成させて、両手を挙げて喜ぶ。
窓の向こうは真っ赤に染まり、今にも夜へ移り変わりそうだ。
昨日1日では当然終わらなかったので、今日は早めにログインして早朝からずっと光球作りに勤しんだ。
途中、迷宮の石への凝固が終わったらしい兄ちゃんが帰ってきていたけど、狩りに出かけて今もまだ帰ってきていない。
「お疲れ様です。箱詰めも終わってますよ」
「ありがとう、皆」
光球の元になるガラス玉が入っていた4つの箱には、光球が50個ずつ、計200個が詰まっている。
完成させ忘れた物や、うっかり魔法陣を描いてもいないのに除けてしまっていた物なんかは、皆が確認して持ってきてくれていたので、きっちり200個全て魔道具に完成させたものだ。
「さて……納品しないとだね。エアさんの家に持って行こう」
そう言って、1つの箱を持ち上げ……持ち上がらない。もう嫌だ。
ぐしゃりと頽れる俺の隣で、ジオンとリーノ、それからフェルダがひょいと箱を持ち上げてしまい、俺の心は更にダメージを受ける。
「うぅ……あと1箱どうしよう」
「ライくん、ボク達持つ!」
「持てるかなー?」
ジオン達のように軽々というわけではないが、シアとレヴは2人でなんとか箱を持ち上げた。
2人のSTRは俺の倍……と言っても、16なので高いわけではないけれど。
小さな2人が持ち上げられる物を持ち上げられないことに絶望する。
俺のSTRは一体どうなってしまっているのか。
もしかしたら、見えている数字以上に力がないのかもしれない。
兄ちゃんのDEFやMNDも元々の数値自体が低いけど、その数値以上……この場合、以下かな。ステータス画面で目に見える数値を大きく下回る防御力だと思うので、俺のSTRも同じく、ステータスの数値を大きく下回る力の無さの可能性がある。
刀は持てる……けど、装備条件のSTRが満たされていれば持てるってだけで、装備条件がない物は軽くないと持てないのかもしれない。
「……行こうか……」
なんの支えにもなっていないかもしれないけれど、シアとレヴと一緒に箱を持ち、家から出てエアさんの家へ向かう。
エアさんの家はこの集落の中心にある一番立派な木だ。
行ったことはないけど、凝固のお手伝いに行っていた兄ちゃんの話によるとそうらしい。
辺りが闇に染まるにつれ、集落のあちこちに咲いた花が、ふわりと優しく緑色の光を発し始めた。
あの植物がエアさんの言っていた夜光草だろうか。
昔は光球の代わりに使っていたという話だったけど、光球程の明るさはない。1本では闇の中動くには少し心許ない明るさだ。
夜光草とは別に、ふわりふわりと辺りを蛍のような何かが飛び回っている。
昼の姿も凄く綺麗で神秘的だったけど、夜は一層神秘的な場所だ。
霧に包まれた森もそれはそれで神秘的だったし、エルフの集落はどの時間、どの場所を取っても神秘的だ。
「君! そこの鬼人の君!」
「……俺? あ、最初に会ったお兄さん」
「ああ……その節は失礼な態度を取ってしまって申し訳なかった。
次に会った時に謝ろうと思っていた」
「ん……謝られるようなことはされてないよ」
たしかに歓迎されていないようだと思ったけれど、外と関りを持たないのなら仕方ないだろう。
俺だって、突然自分の家に見知らぬ人が現れたら警戒するし、歓迎もしない。
「正式に招かれた客人であることは、招待状でわかっていたのだが……すまない」
「ううん、大丈夫だよ。気にしないで。
もし気になるなら、これからは俺と仲良くしてくれたら嬉しいな」
「そうか……ありがとう。ああ、私で良ければ仲良くして欲しい。
……ところで、その荷物は?」
「光球だよ」
「ははぁ、なるほど。君に光球を頼んだとエア様が言っていたが、もう作ったのか。早いな。
エア様の家に持って行っているのか?」
「うん、そうだよ。家に200個も光球を持ってこられたら困るかもしれないけど……」
「ふむ……手伝おう」
そう言って、お兄さんはポケットに入れていた杖を取り出すと、くるりと杖の先を回した。
その瞬間、俺達の持つ4つの箱がふわりと浮き上がる。
「わ、凄い。これは何の魔法?」
「これは、生活魔法だ。聞いたことは?」
「んー……あ、前に使ってたの見たことがあるかも」
エルムさんが書斎の片付け依頼を終わらせてしまった時に使っていた魔法が、生活魔法だとジオンが言っていた覚えがある。
ジオンに視線をやれば、頷いて応えてくれた。
「ほう? 外にも使える者がいるのだな」
歩き出したお兄さんの後ろを追って、エアさんの家へ足を進める。
「失われた魔法……なんだっけ?」
「そう言われているらしいな。そもそも、魔導書がないのだろう。
一部の限られた集落にしか魔導書が受け継がれていないんだ」
「ここにはあるの?」
「ああ、ある。気になるなら図書館に……いや、君の場合、魔導書で研究をしても、スキルを取得できないのではなかったか?」
「そうだね。ジオン達……俺の従魔の皆は大丈夫だけど。誰か覚えたい人いる?」
俺の言葉に皆が、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
一番最初に口を開いたのはフェルダだ。
「覚えられるもんなら覚えたいけどね……」
「あ、龍人も長生きなんだよね? 使える人、知り合いにいなかったの?」
「いないいない。龍人の街には生活魔法の魔導書とかなかったし。
あったとしても、余程の魔力の持ち主じゃなきゃ覚えられないだろね」
「魔力? MPが多い人ってこと?」
「魔力とMPは別だよ。ま、関係ないってわけじゃないけど。
魔力の質とか、魔力の扱いとか……あとは、種族とか? エルフは魔法が得意な種族だからね」
「エルフなら誰でも取得できるというわけでもない。
私が使えるのも、今のように物を浮かせる魔法だけだ。
初歩の初歩だと魔導書には書かれていたが、これを取得するのも100年以上掛かった」
初歩の初歩で100年……属性魔法も同じだけ掛かるのかな。
聞いた話では、属性魔法は最初から持っている属性以外はそうそう覚えられるものではないみたいだけれど。
なんにせよ魔力だ。生産も魔法も魔力が大きく関係している。
魔法がある世界だとそういうものなのだろうか。
ステータスでは魔力のことなんて書いてないけど、ここまで魔力の話が出てくるのなら、LUKみたいに隠しステータスとして存在していそうだ。
魔力熟練度、とか? LUKは確か人それぞればらばらだったって話だったし、もし魔力に関するステータスがあるなら、こちらもばらばらなのかな。
魔力に関するステータスを見ることはできないけど、魔力に関するスキルはある。
魔力制御や魔力回復、魔力感知……今はまだスキル一覧には出ていないけど、多分他にもあるんじゃないかな。
魔力制御や魔力回復はMPに関するスキルだと思っていたけど、少し違うのかもしれない。
魔力を制御して使うMPを減らす魔力制御、魔力が回復したことでMPが回復する魔力回復……と言ったように、前提に魔力があるのだろう。
魔力感知がMPと関係ないところを見ても、そういうことなんだと思う。
「着いたな。ご在宅のはずだが……」
集落を守るように中心から太い枝をあちこちに伸ばす、大きな木を見上げる。
空を覆い隠さんばかりに茂っているだろう葉などはここからでは見えない。
っと、上を見過ぎてちょっとくらくらしてきた。
お兄さんがノックをする音に、目の前の立派な装飾が彫られた扉へと視線を移す。
近付いてくる足音の後、ガチャリと扉が開いて、中からエアさんが顔を出した。
「はいはい、どちら様……おや、ライ君。もう出来たのかい?
それに、君も……運ぶのを手伝ってくれたようだね。ありがとう」
「先日のお詫びになればと。それでは私は失礼しますね。
ライ君、この集落にいる間、何か困ったことがあったらいつでも相談してくれ。
ああ、そうだ。私の名前はイーリックと言う」
「ありがとう、イーリックさん。また今度ゆっくりお話しようね」
浮かせていた4つの箱をエアさんの家の中にゆっくりと降ろしたイーリックさんは、俺の言葉に微笑んで頷き、離れて行った。
最初は仕方なかったとは言え、少し怖い印象だったけど、良い人だ。
「頼んだ日から……いや、君は確か、昨日から作業をすると言っていたよね?」
「うん。朝から晩までずっと作業してたからね。
それに、慣れてきてからはどんどん作れるようになったし」
「そう……さすがはエルムの一番弟子だね。さぁ、中へ入って。
ああ、箱はそこに置いたままで大丈夫だよ」
箱の中から1つ光球を手に取ったエアさんに案内されて、リビングへと移動し、ソファに腰掛ける。
リビングにはあちこちに様々な植物が植えられた鉢植えが置いてあり、どこからか水の音も聞こえてきている。
まるで森の中にいるみたいだ。
「ぴったり200個、完成品だよ。確認お願いします。
先に一個作って確認して貰ってから、200個作ったほうが良かったかな」
「大丈夫だよ。私は魔道具についてあまり詳しくないけれど、エルムには光球は魔道具職人なら誰でも作れる簡単な物だと聞いているからね。
余程腕の悪い魔道具職人ならともかく……エルムは光球も作れないような者は職人を名乗るな、なんて言っていたけれどね」
「初めて作ったから出来はわからないけど……でも、エルムさんの光球を参考にして、なるべく近付けられるようにしたから、それなりのものはできてると思うよ」
にこりと笑って頷いたエアさんは、手に持った光球に視線を向けた。
鑑定スキル、かな?
「おや……? これは……光属性と雷属性?」
「光属性は兄ちゃんに手伝って貰って……」
「え? 君、凝固された宝石を扱えるのかい?」
「扱えない事があるの?」
「凝固した本人じゃなければ扱えない……という話だったけれど……。
……ちょっと待っていてくれるかい?」
頷いた俺を見たエアさんは、リビングから出て行ってしまった。
ジオン達に視線を向けてみるも、全員首を傾げている。
直接扱っているわけではない俺と、鉱石や宝石を使わないフェルダは別として、他の皆は魔法宝石や魔法鉱石を使って装備や道具を作っている。
何はともあれ今はエアさんを待つしかないと、ソファの近くにある植木鉢の花を眺めていると、ノックの音が響いた。
来客のようだ。勝手に俺が出るわけにもいかないし、どうしたものかと思っていると、玄関のほうからエアさんと、それから兄ちゃんの声が聞こえてきた。
狩りは終わったらしい。家に俺達がいないので、エアさんの家だろうときてくれたみたいだ。
会話の声が止んだ後、すぐに兄ちゃんはリビングへとやってきた。エアさんの姿はない。
「作業は終わったみたいだね」
「うん! 200個、終わったよ」
「お疲れ様。……エアは? 階段を降りて行っちゃったけど」
「うーん? 待っててって言われて、待ってるところだよ」
これまでのエアさんとの話や兄ちゃんの狩りの話を聞いて待っていれば、エアさんは二冊の本を持って戻ってきた。
一冊は比較的新しく見えるのに対し、一冊は見るからに年代物の本だ。
濃い色の表紙は所々が色褪せており、人から人へ受け継がれて読み込まれてきたのであろう跡が残っている。
側面から見える中の紙も、時と共に変色してしまっているようだ。
「古の技術に関する本……私達が宝典と呼んでいる本だよ」
そう言ったエアさんは、机の上に年代物の本を丁重に置くと、ゆっくりと表紙を開いた。
仄かに燻ぶった匂いがする。
「本来、人に見せることはないのだけれどね……君達なら大丈夫だろう」




