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day78 迷いの森

「兄ちゃん、湖だよ」

「安全地帯になってるみたいだね」


ジャングルを抜けると、湖があった。湖の向こうには鬱蒼とした森が見える。

湖の向こう岸へと移動して、森の中を覗いてみると、中は霧に覆われていて、先が見えない。


今日はいよいよ迷いの森に挑戦だ。

レベルは……まぁ、これまでの道のりは、問題なく辿り着けた。兄ちゃんもいるし。


「ここが、迷いの森だと思うんだけど」

「確かに迷いそうだね」


アクア街のギルドの前で兄ちゃんと待ち合わせた後、俺達は真っ直ぐに迷いの森へ向かった。

ここまでくるのに5時間以上。魔物を倒すスピードが上がればもっと早く来れるようになるだろうけど。

ここからエルフの集落までは……どれくらいだろう。

地図には集落の場所は書かれていないし、ギルドのお姉さんに聞いた迷いの森の位置しかわからない。

森の中に入ればわかるのだろうか。エルムさんも特に何も言及していなかったし。


「アイテムボックスに入れたままだと、駄目かな?」

「どうかな……一応、外に出しておいたら?」

「うん、そうしとく」


アイテムボックスから鞄を取り出して肩から提げる。招待状は鞄の中だ。


「入ってみないとわからないね」

「大丈夫とは聞いたけど、一応離れないようにしようか」


木々の間を通り抜けて、森の中へ足を入れる。

外から見た通り、周囲は霧で覆われている。迷う理由は霧だけではなさそうだけど、これだけでも充分迷いそうだ。

近くに魔物は……いないみたいだ。魔力感知では反応はない。


「兄ちゃんいる?」

「いるよ」


隣にいるジオンは見えるけど、2、3歩先は真っ白で何も見えない。


「皆離れないでね」

「ええ、気を付けます」

「だね。逸れたら見つけられないかも」

「シア、レヴ、手繋ごうぜ」

「「はーい!」」


とは言え、本当に、どこへ向かえば良いのだろう。

闇雲に進んで大丈夫なのだろうか。


鞄から招待状を取り出して見てみれば、絵のような魔法陣のような文字がぼんやりと光っていた。

やはり、魔道具に似た何かのようだ。招待状であり、通行許可証のようなものなのだろう。

とは言え、ぼんやりと光っているだけで、何か浮かび上がってくるというわけでもなく、方角を指し示す光が現れるなんてこともない。


どちらに進もうかと周囲を探っていると、カランと小さな鐘の音が聞こえてきた。


「鐘の音?」

「あっちのほうから聞こえたね」

「え? 何も聞こえねぇけど」

「あれ? リーノは聞こえなかった?」

「私も聞こえませんでしたね」


また小さくカランと音が鳴る。

皆に視線を向けるが、皆には聞こえていないようだ。

聞こえているのは俺と兄ちゃんだけ。つまり、招待状を持つ俺と、ハイエルフである兄ちゃんだけだ。


顔を見合わせて頷き、鐘の鳴る方角へと足を進めて行けば、鐘の音が少しずつ大きくなっていった。

やがて音の出所まで辿り着くと、そこにはぽつんと鐘が吊り下がるアーチが置かれていた。

今もなお鐘の音は聞こえてきているけど、鐘も鐘に繋がるロープも揺れている様子はない。


「ここで、待ってたら良いのかな……」

「どうかな。ライ、鳴らしてみたら?」

「良いの? 鳴らす!」


本当は見つけてすぐに鳴らしたくなっていたけれど、考え無しに鳴らすのはいかがなものかと踏み止まった。

兄ちゃんに鳴らして良いと言われたのなら、鳴らして良い鐘だ。間違いない。


ぐいっとロープを引っ張るとカランコロンと聞き心地の良い鐘の音がなった。

綺麗な音だ。さっきまで聞こえてきていた鐘の音に似ているけど、こちらのほうが重厚感がある。


「ライくん、アタシもならしたいー!」

「ボクも!」

「うん、変わろうか」


ロープから手を離して、シアとレヴに場所を譲る。

シアとレヴは2人でロープを握ると、鐘を鳴らしてぱっと顔を綻ばせた。


カランコロンと何度も鐘が鳴る。

ふと辺りを見渡せば、霧が濃く薄暗かった森からがらりと変わっていることに気付いた。

木々の隙間から燦々と光が差し込み、てっぺんが見えない程の大樹に囲まれた神秘的な森だ。

先程までの霧はすっかり晴れ、辺りからは川の流れる音と鳥の囀りが聞こえている。


「異世界の旅人が迷い込んでくるとはな。

 ほう? エルフがいるか。ならば、迷い込むこともあるか。

 悪い事は言わない。早々に立ち去りなさい」

「えっと……あの、招待状を貰ってきたんだけど」

「招待状だと? 異世界の旅人が? 何かの間違いでは?」


眉間に皺を寄せ、冷たく言い放つエルフのお兄さんに招待状を見せる。


「……本物のようだな……。長を呼んでくる。

 あまり動き回るなよ」

「はい」


あまり歓迎されていないらしい。

ギルドのお姉さんも気難しい人が多いと言っていたし、簡単に辿り着くことが出来ないことからも、外界との関りを持ちたがらない種族なのだろう。


ぼんやり周りの景色を眺めて過ごしていると、立派な杖を持った綺麗なお兄さんがやってきた。

先程のお兄さんも凄く綺麗だったけど、1つ1つの所作が優雅で、きらきらと輝く髪を風に靡かせ、微笑みを絶やさないお兄さんは、まるで人形のようだ。


「うちの若者がすまないね。

 エルムの一番弟子のライ君かな?」

「はい、ライです。こっちは俺の仲間のジオン、リーノ、シア、レヴ、フェルダです」

「はじめまして。ライの兄のレンと言います」

「私はこの集落の長、エア。畏まる必要はないよ。

 エルムと話すように話して欲しい」

「ん……うん、わかった」


そうは言っても、オーラが凄い。きらきらしていて、緊張する。


「さて、エルムの家に案内しよう。こちらへ」

「ありが……ん? エルムさんの家?」

「エルムがこの集落に滞在する時の家さ。

 ライ君が来たらエルムの家に滞在させるように言われてね。聞いてない?」

「ん、うん。言ってなかったと思う」


エアさんの後を追って行くと、1本の大樹に巻き付くように設置された階段の前へ辿り着いた。

かこかこと心地よい木の音を鳴らしながら、階段を登って行く。

階段から辺りを見渡せば、他の巨木へ繋がる橋や、階段が見える。

ここでは大樹の家……ツリーハウスと言われる木の上に造られた家や、木の中をくり抜いて造られた家に暮らしているようだ。


「この集落には宿がないんだよ。それに転移陣もない。

 森の中でほとんど完結しているから、外界と関わる必要がないんだ」

「なるほど……」

「そのせいで、外界の者を敵のように考える者も多いけれど……ま、それは君達に話しても仕方ない。

 外から招き入れることもほとんどないから、閉鎖的な場所さ」


エアさんは1つの扉の前で立ち止まり、俺達の顔を見て微笑んだ。


「さぁ、ここがエルムの家だよ」


中に入ると、木の香りに包まれた。

外にいた時も木や、それから様々な植物の香りがしていたけれど、ここは木の香りが一層強い。

くり抜いて作られているのだから当然だ。


「この階は玄関だね。奥にお風呂があるよ。

 キッチンとダイニング、それからリビングは2階。あの階段で登ってね」

「うん」

「階段を降りると寝室……ベッドは1つしかないけれど……。

 後でベッド……は、さすがに追加で5個なんて入らないか。

 んー……あ、そうだ。ハンモックにしよう」

「ハンモック!」

「うん。括る場所ならたくさんあるから、丁度良い。

 後でハンモックを持って来るよ」


言われて辺りを見れば、蔓のような太い枝が、壁や天井、柱に巻き付いている。


「持ってきて貰うのは、申し訳ないから、取りに行くよ」

「今日は集落の人に会うのは、ちょっと待って欲しいかな。

 君が招待状を持っている事が知れ渡っていないから、話しておかなきゃいけない。

 どうしても自分で取りに行きたいなら、そうだね……レン君。君なら問題ないかな」

「なるほどね。だったら、俺が取りに行くよ」


エルフの人達と仲良くなるのは大変そうだ。

エアさんが話してくれた後は、話を出来るようになるのだろうか。


「寝室から更に階段を下ると作業場だよ。エルムが持ち込んでいる道具があるはずだ。

 ただ、エルムは作業場を散らかすのが趣味だからね。使う時は気を付けて」

「う、うん……大丈夫」

「さて、粗方説明できたし、リビングに行こう。

 聞きたいことがあると聞いているよ。

 それに、私も君にお願いしたいことがあるんだ」


リビングに移動して、ソファに座る。

エルムさんの家のソファとよく似ているが、同じお店で買ったものなのだろうか。


「お願いって何?」

「ああ、そうだね。先にお願いを聞いてもらおうかな。

 この集落には魔道具職人がいなくて、光球が不足していてね」


光球、つまり電球のことだ。この世界では電気は全て魔道具……光属性や雷属性等を使った魔道具だ。

エルムさん曰く、ソケット……光球を挿す場所は、単純に光球を固定するためだけのもので、そこに電線なんかが繋がっているわけではないらしい。

光球の魔石の魔力が尽きたら交換するそうで、魔石の品質や属性、それから光球の品質によって寿命が左右されるとのことだ。

我が家では、エルムさんが家具を送ってくれた時に一緒に入っていた光球を使っているので、暫く替える必要はないだろう。


「材料は用意するから、君にお願いできないかな?」

「うん、もちろん。ただ……俺、光属性の魔石、作れないんだけど……」

「それは、大丈夫。《光魔石》も用意しているよ。

 助かるよ。昔は夜光草を使っていたのだけれど……いくら私達が森の守り人とは言え、数が多くなると厳しいからね」

「森の守り人?」

「私達エルフは森から力を貰い、そして、森を守る。

 そういう種族なんだよ。だから、エルフの棲む森は、自然に溢れている。

 元々、そういう場所を選んで棲んでいるのもあるけれどね」

「なるほど。ここも凄く綺麗な場所だもんね」

「ふふ。自慢の集落だよ。

 すぐにでも作って貰いたいけれど、今はまだ、材料が用意出来なくてね。

 明日以降にお願いしたいのだけれど良いかな?」

「うん、大丈夫……あ、明日の昼から、1日半いないんだけど、その後でも良い?」

「ああ……なるほど。もちろん。それと、君がいない間の事は私に任せて。

 まぁ、明日には、集落の皆も君達を歓迎すると思うけれど」


転移陣がないとの事なので、光球の作業が終わるまで、このままエルムさんの家に滞在させてもらおう。


エルムさんの使っている作業場なら、何かしら本は置いてあるだろうし、初めて作る魔道具でも問題ないはずだ。

光球の事が載った本がなくても、最悪天井の光球を参考にしたら良い。

後は描くものさえあれば出来る。


「それで……エルムには詳細を聞いていないのだけれど、何を聞きたいのかな?」

「あ、確かに、エルムさんには聞きたいことがあるとしか言ってなかったかも。

 参ノ国の哀歌の森の話を聞きたいんだけど、何か知ってる?」

「……哀歌の森、か……何故、私……いや、この集落に聞きに?」

「アクア街のギルドの職員さんが、エルフの人達は長生きだから何か知っているかもしれないって言ってて」

「そう……そうだね。哀歌の森の話を聞くならこの森のエルフが一番だ。

 エルムも知っているけれど……いや、私達程は知らないか」


エルムさんも知ってたのか。違う国の噂だし、噂自体を知らないかと思っていたけれど。


「私達の先祖は元々、その森に住んでいたんだよ。

 遠い昔、ここに集落を移したんだ。

 ……君達は堕ちた魔物……元亜人って聞いたことはある?」

「いるの!?」

「うん……? 想像してた反応と違うな……」

「あ、ごめんなさい。こんな反応をするような話じゃないよね。

 堕ちた元亜人の事は、知ってるよ。会った事もある」

「俺、堕ちてたしなぁ」

「ボク達も」

「なんだって? 堕ちた元亜人や魔物が、回復したなんて話……。

 それに、君達は従魔だろう? 疑っているわけではないけれど、聊か信憑性に欠ける話だよ」

「そう言われてもなぁ……。

 堕ちてる時にライにテイムされて……従魔になったら戻った」

「堕ちた元亜人をテイム? 正気の沙汰とは思えないよ」

「そ、そこまで……? 俺、堕ちた元亜人じゃないとテイムできなくて」

「……なるほど。鬼神、だったかな。聞いたことがある」


百鬼夜行について話すと、エアさんは、窓の外へ視線を移した。

やがて、小さく息を吐くと、俺に顔を向けた。


「もし、君が、彼女を助けられるのなら……いや、僅かでも助けられる可能性があるなら、話そう。

 私がこれから話すのは、この集落でお伽話のように語り継がれてきた、1人の精霊の昔話だ」

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