day73 新しい盾
「エルフの集落か。良いね。俺も連れて行って」
「もちろん! 寧ろ兄ちゃんに連れて行って貰うことになるんだろうけど」
「どうかな。ハイエルフでも大丈夫かはわからないよ」
「一番確実なのは、招待状なんだけど……エルムさんに伝手があったとしても貰えるかわからないよね。
あと……パーティー組んでなくても大丈夫なのかな?
兄ちゃんだけ残して俺達全員迷子なんてことに……」
「同行してたらパーティー組んでなくても大丈夫そうではあるけど……そうなったら大変だね」
「それもエルムさんに聞いてみよう」
招待状のこと、ハイエルフでも迷わなくなるのか、そして、パーティーを組む必要があるのか。
ログインしたら手紙を送っておこう。
「兄ちゃん達、クラン作った?」
「作ったよ。何人かβの頃からの知り合いも入ってくれた」
「βの人……うぅん、強敵だね。クラン名は何にしたの?」
「俺の種族特性の『鏡花水月』……来李は種族特性をクラン名にしたみたいだって話をしたら、俺達もそうなったよ」
「鏡花水月って確か、魔法攻撃力が物凄く上がる代わりに、魔法以外の攻撃スキルが使えないってやつだよね?」
「そう。それから、俺の防御力が紙になってるのもこれ」
俺や兄ちゃんのように拘りがないのなら、クラン名に使えそうな種族特性は多そうだし、考えつかない時にはおすすめだ。
秋夜さんのラセットブラウンはどんな理由で付けられたのだろう。秋夜さんが付けたわけじゃないと言っていた気がする。
「兄ちゃんの種族特性ってことは、クランマスターは兄ちゃん?」
「いや、朝陽だよ。朝陽の種族特性にしたらって言ったんだけどね。
ちなみにサブマスターはロゼ」
「他のプレイヤーと関わる場面が多そうだもんね」
「そうだね。来李達は他に誰か誘わないの?」
「カヴォロには生産頑張る隊があるからなぁ」
「ふふ……そう言えば生産頑張る隊、今は生産職しかいないみたいだけど、戦闘職プレイヤーが加入したら脅威だって言われてるみたいだね」
「シルトさんもベルデさんも、凄い生産職プレイヤーだもんね」
シルトさんは、盾部門1位、防具部門でも3位だったそうだし、ベルデさんは木工部門2位。カヴォロは言わずもがな。
お披露目会の時は5人いるって言ってたけど、他の2人は何の生産職の人なのかな。
今は更に増えているかもしれない。
「クラーケンの時に集まった人がそのままいるなら、確か……縫物部門1位の人と、調薬部門2位の人がいるんじゃなかったかな」
「わ……なるほど。それは脅威だね」
料理、盾、甲冑、杖、弓、縫物、ポーション……それも、一級品とまではいかなくても、良い性能の物が用意できるということだ。
俺達のクランと合体したら、なんでも作れそうだ。空さんは1人で割となんでも作れそうだけど。
何にせよ、詳細が出ない事には何を用意するべきかもわからない。
レベル上げをしておけば問題はないだろう。
それに、イベントはまだまだ先だ。
今は哀歌の森に行くべく、頑張らなければ。
◇
先日シルトさんの露店があった場所へと向かえば、シルトさんを見つけることが出来た。
露店はまだ開いていないようで、ベルデさんが開いている露店の傍でぼんやりとしている。
「こんにちは、シルトさん」
「あ! ライさん! こんにちは!」
ベルデさんにも挨拶をと思ったけど、たくさんのプレイヤーが集まっていて、忙しそうなので諦めた。
「盾、出来てますよ!」
「早いんだね。もしかしたら、まだかもって思ってたんだけど」
「昨日、《クラーケンの骨》を貰ってすぐに作り始めたので……なかなか良いのが出来たと思うんですけど」
そう言ってシルトさんは、《クラーケンの骨》で作られたのであろう波の装飾が一部を覆う、全体的に淡い青色の盾を取り出して、俺に見せてくれた。
海がモチーフになっている盾なのだろう。《クラーケンの骨》を使うと海のモチーフの盾が出来るのか、それともシルトさんが海をモチーフにした盾を作ったのか。
『マリンバックラー☆3
防御力:34
魔法防御力:33
装備条件
Lv25/STR27/DEF15/MND18
効果付与
耐水属性+4
耐毒+2』
「わ、凄いね。こんなに強い盾を作ってくれて、ありがとう」
「いえいえ……! 《クラーケンの骨》あってのことなので……!
えっと、この盾で、大丈夫ですか?」
「うん、これ以上ない盾だよ。是非、この盾を売ってください」
「はい! ありがとうございます!
202,400CZ……あ、いや、3倍にしますね」
「ん……ううん、その値段で大丈夫だよ」
「でも、素材も売って貰ってますし……」
「シルトさんの頑張りに対する対価なんだから、気にしないで。
それに、俺だけシルトさんから安く売って貰ったなんて知られたら、怒られちゃいそうだからね」
「そっ……そうですか……ありがとうございます!」
確かにこれまでの盾と比べて3倍近くの値段になっているけど、その分性能はぐんと上がっているし、使っている素材が違うのだから、当然だ。
取引ウィンドウに202,400CZを入力して取引を完了する。
「アイアンバックラーだと、この淡い青色の部分は木材だよね?
これは、なんの素材?」
「木材ですよ。とは言え、青色の木材は……今のところ、見つかってないんですけどね。
《クラーケンの骨》を使って作ると、何故か青色になるんですよ」
「なるほど……そういうこともあるんだね。確かに鉄の部分も青みがかってるね」
「そうですそうです。フィールドにいるモンスターの素材だと、色はつかないんですけどね。
ライさんってヌシの素材を使って作った装備って、見た事ない感じです?」
「うん、見たことないね」
「ヌシの素材を使って作った装備も色が変わるんですよ。
恐らくボス級モンスターの素材だと色が変わるんじゃないかと」
「なるほど」
魔法鉱石の色が薄ら変わるように、素材からの付与でも色が変わるのだろうか。
「《クラーケンの骨》を使って素材からの付与をしたの?」
「出来たらよかったんですけど、素材付与は失敗ばかりなので……。
貴重な《クラーケンの骨》を使うのは勿体なくて、出来てないんですよね。
耐水属性の効果付与は《クラーケンの骨》を使った装備だと必ず付くんですよ」
「へぇ、そうなんだ? なるほど、それは強い装備が出来るわけだね」
「そうなんですよ! ライさんに譲っていただけて、本当に良かったです」
《クラーケンの骨》を鑑定しても、付与数値が表示されているわけではないが、素材自体に耐水属性が隠しステータスとして存在している可能性はあるのではないだろうか。
《クラーケンの骨》だけでなく、他の魔物の素材にもありそうだけど、ボス級以外の場合は素材からの付与でなければ付与されない、とか。
「ヌシの素材から付与……素材付与? した場合はどうなるの?」
「勿体なくてしたことがないですね……変わるんですかね?
ヌシだけでなく、素材付与は失敗ばかりなので、なかなか作れないんですよ。
失敗しても、装備自体が壊れるわけじゃないのがせめてもの救いです」
「なるほど。付与スキルだと、色は変わらない?」
「……変わらない、ですね……」
そう言ったシルトさんは、何やら考え込むような素振りを見せた後、俺に視線を向けた。
「キャベツさんとそういう話、しないんですか?」
「ん……しない、かな? あ、でも、素材からの付与の成功率を上げるコツがあるって話は聞いたけど」
「え!? コツがあるんですか……!? そっか……! そうですよね……!
付与スキルもコツがあるんだから、素材付与にもありますよね!」
そう言って、キラキラと目を輝かせるシルトさんの姿は、俺が黒炎属性を使えると知った時のエルムさんによく似ていた。
本当に生産が好きな人なんだろう。これまでもそうなんだろうとは思っていたけれど、コツを聞くわけではなく、コツを見つけてやろうと目を輝かせている所を見るに、本当に好きなんだという事が分かる。
「あ! 付与スキルの成功率を上げる方法、知ってますか?」
「ううん、知らないよ」
ジオンも付与スキルのことはわからないようだった。
「付与スキルにもコツがあるみたいなんですよ。
まだまだ失敗も多いんですけど、最近は前より失敗しなくなりまして……ここだけの話……」
シルトさんは一度言葉を止めると、噂話をするように、口の横に手を置いて小さく口を開いた。
「付与する時に全体に満遍なくスキルを……じわじわと使うというか……」
「魔力を調整する感じ?」
「魔力……魔法弾ならそうなんですかね?
優しくこうじわーっと。ふわーっと全体を包んだ後、ぎゅっとする感じで」
「……なるほど」
わかったような、わからないような。
どのスキルでもやはり魔力の扱いが肝になるようだ。
にこりと笑ったシルトさんは、こちらへ傾けていた体を起こす。
「……聞いちゃった後で言うのも申し訳ないんだけど、聞いて良かったのかな?」
「んふふ。実は誰かに聞いてもらいたかったんですよ。発見したぞーって。
でも、何度も挑戦してやっと分かったことなので、ほいほい教えたくはないですし」
「シルトさんの努力の賜だもんね」
「うへへ……ありがとうございます。
ライさんなら言っても大丈夫だって思ってて」
「うん、言いふらしたりしないよ」
「それもそうなんですけど、それに、ライさんには借りがあるので!」
「借り?」
「はい! 見向きもされていなかった私の露店で、盾を買ってくれたことです!」
それは借りとは言わないのではないだろうか。
「盾を買ったお礼ってこと?」
「借りです! お礼でもありますけど……やっぱり、借り、ですね」
「ん……シルトさんの力になれてたみたいで、良かったよ」
「はい! とても力になって頂きました!」
知らぬ間に人助けが出来ていたようだ……やっぱり、お礼じゃなかろうか。
「終わり! 終わりっす! 閉店!
杖なんてそんな買い替えるもんじゃないでしょ!」
近くで上がった声に顔を向ける。
半ば強制的に露店を閉じたベルデさんは、残念がるプレイヤー達から逃げるように、そそくさとシルトさんの隣へとやってきた。
「ども、ライさん。お陰でお客さんいっぱいっすよ」
「? うん、忙しそうだったね」
「あー……なるほど……あ、もう細工してもらったんすね」
俺がログアウトしている間にリーノが細工したシアとレヴの持つ杖に、ベルデさんの視線が動く。
「キャベツさんの装飾って綺麗っすよね。繊細で、素人目にも凄いってわかるような。
俺も細工覚えてるけど……センスがないんすよねぇ」
「細工って、スキルレベルが上がるとどうなるの?」
「あー……使える鉱石とか宝石が変わるのと……装飾のモチーフって言うのか……形?
そういうのが、なんとなく分かるっていうか。
だから、オリジナリティ溢れる装飾しようってなったら、結局センスが必要なんすよ」
「なるほど……大変だね」
例えば、この世界でよくあるような伝統の飾りなんかは、スキルレベルが上がることで、なんとなくわかるようになるってことだろうか。
カヴォロモチーフだったり、俺の刀に細工してくれるモチーフは、リーノのオリジナル……この世界でよく使われるモチーフが元になっているのかもしれないけれど、リーノの経験とセンスで作られたものだ。
「それじゃあ、そろそろ行くね。盾、ありがとう」
「あ、はい! 買い替える時はまた御贔屓に!」
「杖も、良かったらまた買いにきてくださいね」
さて、今日はトーラス街周辺で一日中狩りだ。
岩山脈で楽に戦えるようになれば、迷いの森には行けるだろう。
適正レベル自体はもっと高いと思うけど、これまでも適正レベル以上の場所を移動してきたことを考えれば、そう遠くない未来に迷いの森に辿り着くことは出来そうだ。
迷わなければ、だけど。




