day68 釣り日和
雲一つない晴天。良い天気だ。
堤防の端に座って、近くでぷかりと浮いた浮きがゆらゆらと波に乗って揺れるのを眺める。
現実世界で釣りをしたことは、ほとんどないに等しいので、大丈夫だろうかと不安だったけど、釣り竿の扱い方はカヴォロが教えてくれた。
多くはないものの小さな魚を数匹釣ることがこれまでにできているのは、釣りスキルを取得したのが理由だろう。
現に、釣りスキルのないジオン達は、わかめしか釣れていない。
「カヴォロ、どう?」
「似たようなものだな。スキルレベルで釣れる魚の制限がありそうだ」
釣りの経験があると言うカヴォロは、投げ釣り……遠くへ仕掛けを投げて釣りをしている。
どうやら、釣れる魚の種類に少し差はあるけど、サイズは近場で釣れる魚と変わらないようだ。
傍に置いていた《冷温水筒》から、フェルダの作ってくれたマグカップに紅茶を注ぐ。
保温や保冷の効果のある水筒、それからケトルやポットは魔道具のようで、前にエルムさんに貰った魔道具の本に書いてあった魔法陣を参考に作っておいた。
俺達の場合、スキルの必要ない茶葉から淹れた飲み物か、街や露店で買う飲み物しか用意できないけど、カヴォロは醸造スキルでジュースやお酒が作れるそうだ。ちなみに、茶葉を作るのにもスキルが必要らしい。
飲み物は液体のままアイテムボックスに入れられない為、容器が必要になる。
容器はなんでも良いけど、醸造等で作ったジュースやお酒等は大体ガラス栓で蓋がしてある状態で出来るのだとか。
ただ、飲み物が外気に触れていない状態……蓋があるとか、密閉されているとかでひっくり返しても中身が零れないような容器だとアイテムボックスに入れていても時間が経つと腐ってしまうらしい。
料理や食材を魔道具等ではない普通の収納箱に纏めて入れていた場合と同じだ。
なので、食材と同じく保温や保冷の効果がある容器を別に用意したほうが良いそうだ。
保温や保冷の効果がない容器でも、アイテムボックスに入れておけば割と長い時間もつみたいだけど。
ちなみに、バナナプリンの容器が食べ終わると同時に消えたように、飲み物の入った容器も飲み終わると消える。
完成と同時にできる瓶以外に移し替えたとかだと消えないみたいだけど、街で買った場合であれば買ったお店で容器を回収してくれるのでアイテムボックスを圧迫することはない。
「良いな、それ」
「へへ。実はカヴォロの分も作っておいたんだ」
「……ありがとう。移しておくか」
アイテムボックスから空の《冷温水筒》を取り出して、カヴォロに手渡すと、逡巡した後受け取ってくれた。
どうやらカヴォロも飲み物を持ってきていたようだ。受け取った水筒にリンゴジュースを移している。
くんっと持ち手に違和感が走り、浮きを見てみれば、波に揺られているのとは違う、海の中に引かれるような動きをしているのが分かる。
リールを回して、引き上げれば、鋭い歯が口から飛び出した魚……のような何かが、釣り針に食いついていた。
「わ、魔物だ」
「「【呪痺】」」
「ありがとう」
多くはないが魔物が釣れることもあり、その度にシアとレヴに呪痺をしてもらっている。
海中の魔物は、当然と言えばそうなのだけれど、陸に上げられたらほとんど動かずに弱っていくので、麻痺を掛けてもらった後は放置している。
エフェクトと共に消えた後、運が良ければ食材ゲット、悪くてもモンスター素材をゲットできる。
釣れた魚やわかめ、ドロップの食材はカヴォロ、それ以外が俺達の取り分だ。
ぽちゃんと近くに浮きを落として、水平線を眺める。
あの先に参ノ国があるのだろうか。
「あ、そう言えば、乗船チケット使った?
参ノ国に行けるんだよね」
「まだ使ってない。近いうちに行こうかと思ってるが」
「どんな食材があるか楽しみだね」
「ああ、そうだな。ライはどうするんだ?」
「うーん……急いで行く理由もないしなぁ。
それに、人数分の乗船チケットがあるわけじゃないし。いくらなんだろう?」
「確か……5万CZだと言ってた気がする」
「結構するね。5人分だと……25万か。もう少し、弐ノ国で過ごしてから行こうかな」
どんどん先に進んでも良いけど、これまでも移動する時はその先に何か用があって移動していた。
玉鋼が欲しいから壱ノ国から弐ノ国に移動して、カプリコーン街は牧場から送って貰えたから行って、トーラス街はアルダガさんのお兄さんに会うためと家を買ったからきた。
参ノ国に何があるのかわからないし、今のところ行きたい理由もない。
「あ、でも、リーノは参ノ国出身なんだよね。故郷行きたいよね」
「あー……いや……別に行きたくねぇかな」
「あれ、そうなの? リーノが行きたくないなら、良いけど」
顔を顰めてそう言ったリーノに、疑問は残るものの、リーノがそう言うなら無理に行く必要はない。
そう言えば、集落に友達がいないみたいなことを言っていたような気がする。
「出身?」
「うん。リーノは参ノ国出身なんだって。シアとレヴは多分弐ノ国の銀の洞窟出身で、それから、ジオンとフェルダは肆ノ国出身」
「なるほど。召喚石はこの世界にいる魔物や亜人を呼ぶんだな」
「そうみたい。テイマーを中心とした組織に属した感じ……って言ってたよ」
ガヴィンさんの話を思い出しつつ、カヴォロに話す。
「街の人はテイムできないんだよな? 実はできたりするのか?」
「んー……試したことはないけど、無理だと思うよ。
召喚石を通さなきゃ駄目なんじゃないかなぁ」
考えたこともなかったな。
リーノとシア、レヴはともかく、ジオンやフェルダは召喚石で応えてくれるまでは、街に暮らしている皆と同じように過ごしていたはずだ。
ジオンは肆ノ国、フェルダは……出身はともかく、どこにいたのだろう。行方不明になっていたみたいだし。
前にアルダガさんのお店にリーノを連れて行った時に、召喚石でも拾ったのかって言ってたから、人間や亜人を従魔にするには召喚石を使用する必要があるという認識なんだろう。
「アルダガ……はじまりの街の武器屋の」
「そうそう。トーラス街の鍛冶場にお兄さんがいるんだよ」
「ああ、言ってたな。……あ、そうだ。『day71』……3日後の12時にレストランを開店する予定なんだが」
「わ、もうオープンするんだ? 楽しみだな~!」
「何度も来てるだろう……その日、イベントの時に来てた面子を集めたいんだ。
おっさん……オーナーと、クリント家族は俺が誘いに行こうと思ってるから、それ以外を頼めないか?
居場所を詳しく知らないやつが多くてな」
あの時いたメンバーは、兄ちゃん達と……アルダガさん、アイゼンさん、クリントさん家族、エルムさん、それからレストランのオーナーさん。
それから、2日目からはエルムさんの知り合いであり、空さんの師匠である魔道具職人のお爺さん。
「もちろん、良いよ。アルダガさんとアイゼンさんと、それからエルムさんだね。
お爺さんは……エルムさんに聞いておくね」
「助かる。無理に来る必要はないとも伝えておいてくれ。
あと、ガヴィンも頼めるか? 俺よりライのが関わりが深そうだ」
ガヴィンさんの兄であるフェルダが仲間なのだから、関わりは深いだろう。
意外な一面も見てしまったし。
「うん、わかった。ガヴィンさんも誘ってみるね」
「それと……アルダガの兄貴も、会ってみたいな。呼べそうか?」
「明日会いに行こうって思ってたから、聞いてみるよ」
「あとはレン達と知り合いを数人……商人連中だな」
「食材とか食器とか売ってくれた人達?」
「ああ、おっさんから紹介してもらった人達だ」
3日後となると、早めに誘いに行ったほうが良いだろう。
釣りが終わったら、鉱山の村に向かおうかな。他の皆は転移陣で会えるけど、鉱山の村には転移陣がない。
当時は手紙の存在を知らなかったので、住居IDを聞いていないから手紙で連絡することもできない。
「ね、カヴォロ。クリントさんの住居ID聞いてきてくれない?
それから、オーナーさんの住居ID……店舗IDかな?」
「わかった。そっちも聞いてきてくれるか?」
「うん。カヴォロの事も言っておくね」
当日はもしかしたら来れないかもしれないし、会いに行くついでに聞いておいたほうが確実だろう。
会いに行きたいとは思っているものの、現状なかなか会いに行けていない。
「兄ちゃんにも聞いておくね」
「頼んだ。結構な人数を頼んで悪いな。俺のことなのに」
「ううん、大丈夫だよ。任せて。ロゼさん達にも伝えておいてもらうね」
全員集まれたら良いけど、どうかな。
この世界の住民が転移陣を使うのは、どこにでも行ける代償なのか俺達よりも値段が凄く高いらしいし。
「……小さいな」
針に食いついた小さな魚を見たカヴォロは、魚と釣り竿をアイテムボックスに入れた後、代わりに飴の入った瓶を取り出した。
「潜ってくる」
「あ、いってらっしゃい。気を付けてね」
「ああ……この辺りの魔物は相手する必要ないんだよな?」
「うん。近場なら、大丈夫だったよ。深い場所に行くなら目印があって……」
「ライくん、ボクたちもいく」
「行ってきていいー?」
「うん、もちろん。海の中の事はシアとレヴに聞いたら大丈夫だよ。
海の中でもシアとレヴは話せるから、案内してくれると思う」
「それはありがたいな。2人共、頼んだ」
「任せてー!」
「いっぱいお魚とろうね」
2人が使っていた釣り竿を受け取ると、早速2人は堤防から海へと飛び込んで行った。
そんな2人を見たカヴォロが、困惑した様子で2人の後を追って飛び込んで行く姿を見て、思わず笑みが零れた。
釣りをしている人の傍で飛び込んだりしたら、魚が逃げてしまいそうなものだけど、大丈夫なのだろうか。
まぁ、釣りをしているというシチュエーションが楽しめたら良いので、のんびりやろう。
トーラス街まで釣りスキルを使用する場所がなかった為、俺はもちろん、カヴォロもスキルレベルは1だ。
カヴォロは序盤で採取スキルを取得していたようだし、スキルレベルの低い釣りスキルよりも、スキルレベルの高い採取スキルで実際に海の中で食材を探したほうが早そうだ。
貝は採取スキルがなくても採れたけど、わかめ以外にも採取スキルが必要な海産物があるかもしれない。
魚も……手づかみで捕っていたのは、シアとレヴだけだったから分からないけど、もしかしたら、採取スキルで捕れるかもしれないし。
銛とかあったほうが良いのかもしれないけれど。
「銛って何で作るの?」
「銛でしたら、私ですね」
「鍛冶なんだね。鋳造かなって思ったけど」
「もちろん、鋳造でも作れますが、鋭さを求めるのなら鍛冶ですね」
「なるほど。鍛冶ってことは、武器にもなるの?」
「恐らく、包丁と同じく工夫して打てば戦闘でも使えるようになるかと」
「海の中なら銛で戦っても良いかもね。あ、でも、戦いで使うならスキルが必要かな」
銛術……とか、あるのだろうか。ざっとスキル一覧を見た感じだと見当たらなかったけれど。
スキルがないと一切使えないということはない。
例えば、現実世界で剣道を嗜んでいるとして、この世界で刀術スキルを持っていないからと言って、刀が扱えないということにはならないようだ。
ただ、スキルがないと攻撃力がぐんと下がるそうで、また、《はじめての刀》以外は装備できないらしい。
刀の装備条件に刀術スキルについては書かれていないけど、刀術スキルがない状態で装備しようとすると『刀術スキルを取得していない為装備不可』と表示されるらしい。
「銛、作りますか?」
「うーん……戦闘じゃなくて、魚を捕る為に使う場合、何かスキルが必要なのかな?」
「さて……作ったことがないので、わかりませんね。
ただ、銛で魚を捕る為の専用スキルというのは、聞いたことがないです」
「じゃあ、採取スキルかな? んー……俺は、どうしようかな。
扱えるか分からないや。カヴォロにも聞いてみよう」
銛で魚を捕るなんて、これまでにしたことがない。
そもそも、あんなに深くまで潜ったのも初めてだったし。
それも、この世界だから出来たことで、現実世界で同じ事をするとなると無理だ。
観光地でスキューバダイビング体験をするのとは、わけが違う。それも、したことはないけれど。
練習したら扱えるようになるかもしれないが、そこまで魚を求めているわけでもない。
とは言え、何事も経験だと思っているので、1度くらいは経験してみたいとも思う。
カヴォロがもし扱えそうなら、教えて貰おうかな。
「あ! 魚釣れた!」
「本当だ! やったね、リーノ!」
「おう! 初めてわかめ以外が釣れたなー」
ジオンが採掘スキルを取得する前も、一切鉱石が採れないということはなかったし、釣りスキルがなくても極稀に魚が釣れることがあるようだ。
リーノがにこにこと釣れた魚を眺めている姿を眺めて、俺も笑顔が零れた。
「俺もわかめ以外釣りたいな」
「そうですね。私も魚を釣りたいです」
「釣れるよ。それに、のんびり続けてたら、きっと釣りスキルだって取得できるし」
「おう! 釣りスキル取得に向けて頑張るぜ!」




