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蘇る過去

20180724 更新しました。

          ※




 今、あたし――三枝勇希は七瀬さんのグループと一緒に過ごしていた。

 部屋にいるのは五人。

 あたしと七瀬さん、伊野瀬さん、曾我部さん、丹村さんだ。


「ほんと……久我ってありえないよね

 身勝手でウザくて、しかも変態とか」


「男子なんて、みんなあんなもんでしょ?

 ガキっぽいの多すぎだし」


「でも、三間くんは別だよね~。イケメンだし頼りになるもん!」


 話題さっきからこんな感じ。

 こんな状況化でも女子の話題は恋話こいばなみたい。

 あたしはこういう話を友達としたことないから、いや……したことがないというよりは、これまでの人生で出来るような人がいなかった。

 だから、少し新鮮な感じだった。


(……まぁ、今はそんなこと考えてる場合じゃないんだけどね……)


 七瀬さんの部屋に入ってからずっと、あたしは彼女を警戒していた。

 それは九重さんの指示があったからだ。


(……本当に変身能力者が七瀬さんに?)


 九重さんを疑っているわけじゃないけど、こうして見ているだけならいつもの七瀬さんと変わらない気がする。

 念の為、鑑定スキルを使って彼女のステータスを確認してみたんだけど……案の定、特に気になる魔法やスキルは持っていなかった。

 もしも変身能力がオリジナルスキルなのだとしたら、簡単に正体が判明するような力ではない……ということなのかもしれない。


(……変身能力者は2組の生徒。

 だとしたら誰が?)


 元クラスメイトのことを考えると、反射的に思い出してしまったのは虐めの主犯格であるひいらぎ 友愛ゆあの顔だ。

 小学校から続く最悪の腐れ縁。

 虐めが始まった理由はなんだったかはわからない。

 でも、気付けばあたしは学校で無視されるようになった。


 昨日まで自然に話してた子たちも一斉に無視されて、それだけでも泣きたいくらいショックだったのに、虐めはさらにエスカレートしていった。


 物を隠される。

 捨てられる。

 それをおかしいと思った両親に尋ねられたけど……最初は虐めの事実を伝えることができなかった。


 子供ながらに心配を掛けたくないという想いがあったし、親に報告することで虐めが酷くなるんじゃないか……そんな恐怖もあった。


 でも……そんなこと考えるだけで無駄だった。

 抵抗してもしなくても虐めはもっと酷くなり、中学に入ると暴力を受けることもあった。


 トイレに連れていかれてお腹を蹴られ、痛みで動けなくなったところにホースで水を掛けられた。

 床にバラまかれたお弁当を食べるよう強要されたこともある。


 思い出したくもないのに消えない痛みが、忘れることを許してくれない。

 たまに過去のトラウマがフラッシュバックする時がある。

 それは一番思い出したくない記憶……あの後、あたしは心が壊れかけて……気付けば不登校になっていた。


 このままじゃダメだ。

 それは自分でもそれはわかっている。

 でも、両親はあたしを気遣ってくれて無理に学校へ通わせようとはしなかった。


 その優しさは嬉しかったけど、同時に申し訳なくて……でも柊さんのいる学校に行く勇気は出なかった。


 次に何かされたら、本当に心が壊れてしまうと思った。

 前に進むことが出来ないまま時間は過ぎていく中で、進学を考える時期になった。


 両親は、


『今は通信制もあるし無理に進学をする必要はないから、どうするかは一緒に考えていこう』


 そんな風に言ってくれたけど、本当は高校に行ってほしいという気持ちはあったと思う。


 何より……あたし自身、他人との関りを完全に捨てたくはなかった。


 もしかたら、まだやり直せるんじゃないか。

 人生を諦めるくらいなら、もう一度だけ頑張ってみよう。

 そう思ったんだ。


 でも、不登校になったあたしを受け入れてくれる高校があるのか。

 それを担任に相談すると――地元から離れた高校の推薦入試を受け入れられるよう取り図ってくれた。


『ここなら、うちの中学から進学する生徒はいないから……』と。


 あたしを受け入れてくれる高校があるなら……そんな想いで受験に向かい……結果、推薦入試は合格となった。


 なのに――入学初日の2組の教室にはなぜか柊さんがいて、


『うちから逃げられると思うなよ』


 呪詛のような言葉と共に、彼女は歪んだ笑顔をあたしに向けたんだ。


「――ねぇ、三枝さん、聞いてる?」


「え……?」


「さっきから黙っちゃってどうしたの? 顔色悪いけど?」


 伊野瀬さんと、丹村さんが私に視線を向ける。

 みんながいる時に昔のことなんて考えてしまっていたせいだ。


「ご、ごめんね、大丈夫だから」


「本当? 無理しないでよね。

 ところでさっきの話なんだけど、実際のとこどうなの?」


「どうなのって……何が?」


「だから気になってる人はいるかって話!」


 どうやらまだ恋話こいばなは続いていたらしい。


「あたしはやっぱり三間くんだなぁ~」


「みんなそうじゃない?」


「イケメンだし頼りになるもんね」


 伊野瀬さんたちが盛り上がっている。


「七瀬はどう?」


 曾我部さんが尋ねた。


「うち?」


 と、七瀬さんは首を傾げる。

 だけど……。


(……あれ?)


 わたしは違和感を覚えた。

 気のせいかもしれないけど……確か彼女は自分のことを――。


「気になってる人いるんじゃない?」


「顔だけなら……そうね。宮間くんとか好みかも」


 思考の途中で、ドキッ――と行動が跳ねた。

 七瀬さんの口から、まさか宮間くんの名前が出てくるなんて……。


「え~意外~!」


「ちょっと暗いけど……顔立ちは整ってるよね?」


「実はさ、あたしもカッコいいかもって思ってたんだ~」


 予想外の七瀬さんの発言で大きく盛り上がっていく。


「でも彼って九重さんと良く話してるよね?」


「あ~それ思った。初日から親しくなかった?」


「中学が同じだったのかな?

 もしかして付き合ってたりして!

 三枝さんは何か知ってる?」


「え……!?」


 話を振られておかしなくらい動揺してしまう。


「そんな驚いて……あ、もしかして三枝さん、宮真くん狙いなの?

 考えてみたら最初に三枝さんを2組から引き抜こうって言ったのも、宮真くんだったよね?

 もしかしてお互い両想いとか?」


「そ、それは――」


 宮真くんは恩人で、感謝しているのは事実で……あたしにとって彼は――。


「へぇ……三枝さんって、宮真くん狙いなんだ~」


「い、いや……あの……」


 七瀬さんがあたしに、ニヤついた笑みを向ける。

 おもちゃを見つけた……そんな顔だった。

 それだけで言葉が出なくなってしまった。

 こういう時、虐めを受けていた名残が出てしまう。

 もっと上手く話せたらいいのに……。


「ねぇ……三枝さん。

 もしもさ、うちが宮真くんに告白するって言ったら……どうする?」


 言って七瀬さんが、意地悪な笑みを浮かべる。


「ど、どうするって?」


「うちから奪い取るくらいのこと、できる?」


「え……?」


 冷たい視線があたしに向く。

 なに?

 どういうこと?

 なんで急にそんなこと言ってくるの?


「どうなの?」


 責めるような言葉に、あたしは声が出なくなる。


「ちょ、ちょっと七瀬~! マジなの?

 べ、別にさ、ほら……三枝さんが宮真くん狙いなんて言ってないじゃん」


「そ、そうだよ!

 も、もしそうなら、わたしたち応援するしさ!」


「う、うん!

 三枝さんだってそうだよね?

 七瀬のこと、応援できるよね?」


 雰囲気がおかしなことを察してか、伊野瀬さんたちが慌てて声を掛けてくれた。


「ぁ……そ、その……」


「どうなの?」


「っ……」


 背筋が冷たくなるような鋭い視線で直視されて……声も出せぬまま、ただあたしは頷いていた。

 この場から逃げる為に、自分の意志を否定して。


「そう、良かった」


 七瀬さんは満足したように頷く。

 みんなはそれを見て、ほっとした顔を見せた。


「……もう遅いし、今日は解散にしましょう」


「う、うん。

 またね、七瀬、三枝さん」


「ばいばい、明日ね」


「お疲れ~」


 グループのリーダーに解散を告げられると、逃げるように三人は部屋を出て行った。

 あたしと七瀬さんは今晩、一緒に過ごすことになっている。

 だけど……気まずい。


(……ダメ! こんなことでどうするの!)


 そうだ。

 七瀬さんが犯人って証拠を見つけないと。

 もし何かされても……扉の外には宮真くんや九重さんが待機してくれることになっている。


 大丈夫だ。

 あたしは、大丈――。


 カチャ。


 鍵を閉める音が響く。

 扉の前でみんなを見送った七瀬さんが部屋の鍵を掛けたようだ。

 当たり前のことなのに……なぜ今は嫌な感じがする。


「ねぇ……三枝さん?」


 背を向けたままあたしの名を呼んだ。


「な、なに?」


「うちはね……ずっと我慢してた」


「我慢……?」


「そう……でも、やっと二人きりになれたから――」


 言って七瀬さんは振り向く。

 その顔は、


「やっと解放される」


 恍惚に染まりながらも、狂気に歪んでいた。


「やっと――テメェをボロボロに虐めてやれる!!」


「な、七瀬さ――」


 違う。

 彼女はやっぱり――あたしは慌てて声を上げようとした。


「ちげーよ!」


「っ――ぁ!?」


 唐突に腹部を蹴られ呼吸が止まる。

 そのまま口を手を押さえ付けて、床に押し倒された。


「まだ気付かねえのか、三枝?

 うちだよ、柊だ。

 って……力を使ってるからわからねぇよな」


 口を押さえ付けられたままだから、声を上げることはできない。

 でも、九重さんの推測は当たっていた。


「ああ~久しぶりにいいストレス解消になったわぁ……。

 ほらっ、ほらぁっ!」


「ぁ!? ぅ!?」


 腹部を数度殴られた。

 昔からこうだ。

 彼女は決して顔を傷つけようとはしない。

 服の下……隠れてみえないところばかりを殴りつける。


「ははっ! はははっ! 痛いか? 痛いか三枝?

 あ? そうか……口を押えてたらしゃべれないわな?

 あ~……おい、手をどけてほしいか?」


「っ!」


 苦しい。

 だから懇願するようにあたしは頷いてしまう。

 悔しい。

 こんな奴の言われるままになるなんて。


「わかった……なら、どかしてやるよ。

 ただし……もし扉の外に漏れるような大声を上げたり、逃げるような真似してみろ……こんなものじゃ済まさない」


 七瀬さんの口が耳に寄って、


「仮にあたしが変身能力者だとバレたとしても関係ねぇ。

 ありとあらゆる手段を使って、もっともっともっともっともっと――永遠に忘れられないような苦しみを与えてやる。

 逃げるなら、それを覚悟でやれよ」


 彼女の言葉は呪詛のように、あたしの心に恐怖を刻みつける。

 過去の記憶が蘇る。

 身体が震える。

 心が闇に犯されていく。

 ダメ……怖い。

 怖いよ……。

 植え付けられた恐怖が……逆らう意志も戦う意志も……消していく。


「ははっ、やっぱりあんた虐めがいがあるわ。

 たまんないよ……その恐怖に震えてる姿……」


 悪魔は心底楽しそうに笑い、あたしの口から手をどける。

 恐怖に意志を奪われたあたしは、叫ぶことも逃げることも……できなかった。


「いい子だ。そうだよな~テメェは昔からそうだったよ。

 殴られたら簡単に従順になる……。

 いいか三枝……あたしがテメェに正体をバラしたのは――絶対にこの事を他言しないと確信ができたからだ」


「かく、しん?」


「そうさ。

 さっき――テメェが狙ってる男の話が出ただろ?

 でも……うちに強く言われただけで、脅えるみたいに震えてたよな。

 だから直ぐにわかったんだよ。

 テメェはうちに逆らえないってな。

 ま、うちにとってはそのほうが都合がいいんだけど」


「……つ、都合がって……?」


 柊さんは、あたしに何かさせるつもりなの?


「三枝、テメェは今からうちの言う通りに動け」


「言う、通り?」


「そうだ。

 もしも裏切ったら――今度こそ、テメェの全部を壊してやる。

 身体も心も……大切な者も全部な」


 悪魔は笑う。

 恐怖を擦り付け……あたしの心を、自由な意思を奪っていく。


(……やだ、やだよ……やめてよ……)


 助けて、助けて――宮真くん!

 心で叫ぶだけでは届かない。

 そんなことあたしは、ずっと昔から知っていたのに――。

 なのに、わたしはあの頃から何も変わらないまま、今もそれしかできなかった。

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