通うとき
「おはよー」
「おはよー」
「ここにいるよー」
「こら、スカート短いぞ! ひざ下15センチ!」
「はーい」
朝から元気な生活指導の教師に出迎えられる校門前で、ミナは自身の高校の制服に身を包み立っていた。とは言っても校門までは十数メートルある。
そんなミナの背後から、一つの人影が迫ってきていた。その人影はミナに気づかれないようにそろりと近寄ると、手を伸ばしてガッとミナのお尻を揉んだ。
「へへへ。お嬢ちゃんいいお尻してるねぇ。へへへ」
「……おはよ」
「おっと! おはようございます! いつも通りの無反応でおじさんちょっと寂しいぞ」
「誰がおじさんなのさ。カオル」
「えへへ」
ミナと同じ制服に身を包んだカオルは、ミナの隣に並んで歩き出す。
カオルはミナの顔を横から覗き込みながらうーむと唸った。
「どうかした?」
「むむむ。何か良いこと……いや、これは悪いこと、いやいや、良いことかな?」
「なにさ」
「よしっ。何か良いことあった?」
「……別になにもないよ」
「んふふ。そっかそっか」
返事と返答には全く関係なしに、カオルは満足そうに笑みを浮かべる。ミナは一日学校を休んでしまったのを何も追及してこない友の態度に、少し安堵していた。
並んで校門を通り、玄関で上履きに履き替え、同じクラスに入る。教室にはすでに半数以上の生徒がおり、二人が入ってきた途端に騒がしかった教室が違う色の騒めきを見せた。そして視線が二人に集まった。
ミナはその変化と視線に一瞬たじろいてしまったが、後ろから支えるように当てられたカオルの手によって、教室の中に入ることを強いられてしまった。本当は入りたくなかったのかもしれない。でもミナの取るべき行動は、何も気にせずに教室に入ることだけだった。
自分の席に着き、カバンから筆記用具だけを机に置いた時、待ってましたと言わんばかりのタイミングで、数人の女子のクラスメイトがミナの元へとやってくる。
「ねぇ」
「…………」
無視。
「あんたの父親が逮捕されたってホント?」
「しかも事件に関わってたんでしょ?」
「関わってたから逮捕されんでしょ」
「新聞に載ってた銀行頭取ってアンタの父親でしょ?」
噂が元ネタの質問をニヤニヤと高圧的に繰り出すクラスメイト達。いつの間にか視線はミナ周辺に集まっており、他のクラスメイトもその答えが気になるのか、教室内は静まり返っていた。
しかしミナは無言だった。
そんなミナが無言を貫いているのが癇に障ったのか、そのうちの一人がミナへと手を伸ばした。
「あんた黙ってないで弁解の一つでもしヒッ!!」
「おぉ。チリちゃんってば結構いいものをお持ちですねぇ」
背後から胸とお尻を揉みしだかれたチリは、変な声を上げてしまった。そして背後を見ると、目の前にはカオルの顔があった。
チリはカオルの身体と手を振りほどくように離れた。
「へ、変態須藤! お前、いい加減にしろよ!」
「怒ったらせっかくの良い顔といいカラダが泣いちゃうよぉ? それに……」
カオルが視線をスーッと離れた位置にいる一人の男子へと向けた。ぶっちゃけイケメン。
チリはその視線の先を追うと、例の男子がおり、一気に顔が熱くなるのがわかった。ぶっちゃけ恋。
「おっ、お前、なんでそれをっ」
「チッチッチッ。この変態おじさんの嗅覚を舐めてもらっては困りますねぇ」
「この性悪変態須藤め……」
悔しそうに顔を赤くして怒りを露わにするチリ。
「そんなことより……。ミナ。ちょっとおじさんと良いことしにいかない?」
何もなかったかのように笑顔でそうミナに言うカオル。ミナは何も言わずに目を伏せると、席を立ち、始業前ということなんて気にせずに廊下へと出て行った。そしてミナを追いかけるようにカオルも廊下へと出て行った。
廊下へ出た二人は、特に示し合う様子もなく、同じ階にある廊下と階段から見通しの悪い特別教室の入り口前に立ち、その教室に誰もいないことだけを音で確認すると、そこに並んで座った。
「朝から災難だったねぇ」
「こうなるってわかってたし」
「ミナのお父さんは関係ないんでしょ? じゃあ気にする必要ないよ」
「ホントに関係ないのかな……」
「関係あるの?」
「……わかんない」
「そっか」
しばしの無言。
そして何も話さないでいると、始業のチャイムが校内に鳴り響いた。
「……戻ろっか」
「いいの?」
「うん。せっかく来たのに欠席扱いになったら怒られるし」
「……怒ってくれる人がいるんだね」
「……うん」
「そっかそっか。じゃあ戻りますかー」
先に立ち上がったカオルに手を差し伸べられ、その手を掴んだミナは引っ張り上げられるように立ち上がった。




