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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
暴食不要
62/124

暴食不要(Bパート)




「おいドモン。聞いたか」

 憲兵団本部に戻るなり、ドモンは同僚のサイに話しかけられた。彼は優秀な憲兵官吏であり、耳聡い。何かおかしなことがあったりすると、ドモンにどう思うか聞いてくるのがしょっちゅうなのだ。

「何かあったんですか」

「いや何かってほどのもんじゃないが……最近、イヴァン中で見つかってる妙な死体。お前も聞いたことあるだろ」

 奇妙な死体。死体には数々の種類がある。刺殺体、絞殺体、轢殺体……当然イヴァンで死体が見つかるようなことがあればそれ自体で一大事であるが、最近奇妙な女の死体が数々見つかっているのだ。外傷がほとんどなく、見た目はきれいなもので、暴行された跡も見つからない。ただ、どの死体にも腹を開けて縫い合わせたような跡が見つかるのだ。しかも、臓器を取られたように腹が凹んだ状態でだ。

「いきなり死体の話ですか。勘弁して下さいよ、僕が怖がりなの知ってるでしょう。ああ、いやですねえ……」

 ドモンはこれみよがしに体を擦ってみせたが、サイには効果がなかったようだった。

「あのな。こればっかりは聞いてもらわないと困るんだよ。ココ三ヶ月、毎月一人ずつ。場所はてんでんばらばら、身元を洗っても共通点はない。なら、ある程度憲兵官吏に声をかけておいて、情報共有したほうがいいんだよ」

 初めてその死体を発見したのはサイだった。殺されたのは、魔導師学校に通う女子学生。腹が凹んでおり、臓器が抜き取られていた。ひと月前に行方不明になり、捜索届けが出されていた娘であった。さらにそのひと月後も、そのまたひと月後も死体が見つかった。抜き取られていた臓器は三個以上。

「でもそんなサイコ殺人鬼とやりあうのは怖いですよ」

「お前それでも憲兵官吏かよ……ま、とにかく伝えたからな。怪しいやつがいたら報告、連絡、相談ってな。頼んだぜ」

 肩をぽんぽん叩き、サイは執務室から外へと飛び出していった。忙しい男だ。ドモンはぼりぼりと頭を掻くと、あくびをしながら自分のデスクへ戻っていくのだった。

「いやですねえ、まったく……」





「見ろ、アレだ」

 ソニアが少女の声を捕らえ、顔を上げると、フィリュネに見るよう顎でしゃくった。リヤカーに飴を満載した、金髪をツインテールにまとめた少女が、人混みをかき分け飴を売りにやってくる。さすがに有名になったのか、子どもたちがちょろちょろと少女とリヤカーの周りをうろついており、酷い者はリヤカーに手を突っ込み飴を盗っていくものもいるのである。

「すごい量の飴ですね……美味しかったから、もう何個か買いに行っていいですか?」

「ハッカかミントが無いか聞いてくれ」

 ソニアはぶっきらぼうに言った。フィリュネは財布を手に立ち上がると、少女に話しかける。少女は右目に嵌った青い飴を、目に入れたまま指でくるっと回転させる。どうやらくせらしい。

「あのう、すいません。七つ貰えませんか」

「いいよ! 七つね。……一つ、二つ……」

 少女が妙にたどたどしく飴を数えだすのを見て、フィリュネはちょっとしたイタズラを思いつき、にやりと笑った。三つ数えた時に、時間を聞いたのである。

「今何時でしたっけ?」

「えっと、四時? おやつの時間ちょっと過ぎちゃったね。えーと、五つ、六つ、七つ!」

「一つ足りませんよ」

「あっ、ごめんね!」

 少女ははにかむともう一つ飴をフィリュネに渡した。銅貨を渡し、取引は成立する。しかし困った事に、その間も子どもたちが飴を盗っていくのである。イヴァンの中でも無法地帯めいた市場であるヘイヴンであっても、盗みはご法度である。なぜ彼女は何も言わないのか。妙に気になって、フィリュネは尋ねた。

「あの、さっきから子どもたちが飴盗っていってますけど」

「うん。ちっちゃい子には、飴あげてるの。お父さんがそうしなさいって、言ってたから」

「お父さん?」

「うん。もう死んじゃったんだ。お母さんもいないし。だから、私一人で飴売らなくちゃいけないんだ」

 少女はそう言うと、元気よくリヤカーを引いていく。少女の見た目はフィリュネと同じくらい、もしくはそれより下だろう。お世辞にも商売が上手いとは言えなさそうだし、そもそも計算ができなさそうだ。

「なんだか、大変そうですね。変な人に絡まれないといいんですけど」

 ソニアは押し黙ったままタバコをふかしていたが、指で挟みながら灰を落とし、しばらく何かを言いよどんでいた。

「なあ。ハッカ味、あったのか」

「すいません、聞くの忘れました」

 ソニアはため息をつくと、アクセサリーをいじり始めた。最近フィリュネはわかってきたが、彼がこうしている時は呆れて物も言えなくなっている時なのだ。






 ミオのレストランは非常に小さい。聞かれなければ場所は分からないし、誰かが入り込むようなこともない。見た目は普通の住宅そのものだ。普段はミオ以外に人はいないはずだが、今日そのレストランには、オーナーのミオと人間がもう一人いた。

「ミオ、初めてじゃん。家に呼んでくれるなんて」

 妙に肉感のある、いい女だった。唇がぷっくりと赤く、胸も腰も付き過ぎない程度に肉が付いている。何より、そのボディラインを強調するような服装が扇情的だった。

「ああ。今日は、ぜひ家に呼びたいと思って」

 ミオはにこやかにそう言う。招き入れたのは、薄暗い食堂だった。ワンセットだけ置いてある丸テーブルに豪奢な椅子。白いテーブルクロスの上に、白磁の皿にナイフとフォークのセット。一見すれば、誰かに食事の準備でもしているようなところにも見える。

「もしかして、食事ごちそうしてくれるの? やった。ミオ、確かシェフなんでしょ」

「そうだよ。客に極上の料理を出す……それが俺の仕事だからね」

 テーブルの奥には、対面式のキッチンが設置されていた。ミオはそこに回ると、ナイフ台からギラリと光る長い包丁を抜く。女は、椅子を引き座ろうとした。

「あっ」

「え、何? ダメなの?」

「ああ。ダメなんだ」

 ミオは笑顔を見せながら、抜いた包丁を戻した。

「なんで?」

「こっちに来てくれよ。見せたいものがある」

 キッチンの奥には、小さな扉があった。ミオは彼女をそこへ招き入れる。先ほどの食堂とキッチンも薄暗かったが、今度は暗闇そのものだ。暗すぎる。

「何よここ?」

「特別な場所さ」

 ミオはそう言いながら扉を閉める。ランプに火を入れると、ぼうっと部屋が照らされた。壁には赤い染み。飛び散った赤い染みが、部屋中に飛び散っている。

「えっ……何、これ……」

「見ての通りだよ」

 ミオは女の肩をぐいとつかみ、目を見つめた。女はミオの目から、そこはかとない狂気を垣間見る。こうすることに対して、何の疑問も抱かぬ純粋な瞳。そして彼は、まるで子供を諭すように、女に優しい口調で言うのだった。

「君は、これから一月ここで暮らす。僕と共に幸せな時を過ごす。何のストレスも、恐怖も、何もない」

 ミオは女にくちづける。女は壁の血が見えなくなったかのように、ミオに枝垂れかかった。ミオは彼女を引き剥がすと、その場に座らせた。ゆっくりと後ろへ下がり、扉を閉めた。

「君はとても美味しくなるよ。俺が保証する……」

 ミオは口をすすぎ、手を洗った。石鹸で泡立てて、念入りに。ミオは、これから一ヶ月をかけて彼女を『仕込む』のだ。幸せな時を与えて、最高の食材にする。そして最高の料理として提供するのだ。

 それが、料理人ミオに与えられた使命だった。たった一人の客のために、彼の持つ技術をすべて使うことが、ミオの喜びそのものなのだ。

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