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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
偽物(パチモノ)不要
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偽物(パチモノ)不要(Aパート)



 先の帝国の内戦で、帝国貴族の勢力図は大きく変わった。特に功績があったオズワルド家とそれに従う五家が帝国中枢部で大きな権力を握るようになり、かつて帝国貴族二十家と呼ばれる名家はともかく、中小貴族のなかでは領土を失う者が出始めた。これは、帝国宰相アルメイの『領土の振替制度』によるものであり、貴族制からの脱却を図った政策であった。

 小さな領土は大きな領土へ吸収され、中小貴族たちの中には没落した末とうとうイヴァンに出て出稼ぎをする者も現れた。

 イヴァン西地区、通称・聖人通り。ここは、小さな部屋がブロック上に並んでおり、ついには道が出来たと揶揄されている場所である。イヴァンのスラム街であり、治安もあまり良くない。ここに住む少女・クリスも、先に述べたような没落貴族の成れの果てだ。地方の小貴族だった父親は、内戦時に意気揚々と出陣し、亜人の殲滅作戦の際にあっさりと命を落とし、領土を返還することになってしまった(おまけに、亜人の殲滅作戦は一部の有力騎士の尽力により中止となり、参加者は不名誉をこうむることになった)。父親の他に身寄りの無いクリスは、家中で唯一残った老執事のカールと共に、家財道具を売り払ってここにやってきた。今は、彼と共に小さな古物商を営んでいる。

 そういえば聞こえはいいが、やっていることといえばヘイヴン周辺を回って、ゴミ寸前のものを有料で引き取って、価値の有りそうなものを売るといったものだ。元貴族の令嬢であるクリスには、つらいものだった。

 夜空の漆黒のような髪は埃でくすみ、細く白い指は荒れてがさついた。人形のように切りそろえていた髪も、いまやざんばら頭と言い切って良いほどだ。カールもかつての令嬢に無理をさせている心労から、すっかり髪や髭が白くなってしまって久しい。心の支えといえば、そういった没落貴族の成れの果てのお仲間がいくらでもいるということだった。クリスのようにまじめに働いているものもいれば、境遇が信じられず自死を選ぶものもいた。クリスは前者で居続ける自信がなくなり始めていた。

「あ、クリスちゃん。おはようございます!」

 クリスが井戸水を汲んで顔を洗っていると、ハツラツとした声が耳に届いてきた。隣に住んでいるフィリュネだ。エルフの彼女は故郷を失い、クリスと同じようにヘイヴンで働いている。

「おはよう。フィリュネさん、いつも元気だね」

「そりゃあそうです! 挨拶は元気よく、商売の基本ですからね! ところで、クリスちゃんは今日はどの辺りを回るんですか?」

 フィリュネはクリスの隣に立ち、井戸から桶を苦労しながら汲み上げる。

「カール次第かな……でもたまには、南地区のほうまで足を伸ばしてみようと思ってる」

 同じ所を回るばかりでは、古物商は立ち行かない。もちろん、同業者の縄張り争いもあるので簡単ではないのだが、それでも回れるところは少しでも広い方がいい。

「そうですかあ。わたし、またヘイヴンで店を出してるんで、よかったら寄って下さいね!」

 フィリュネはそういうと、水桶を重そうに持ち上げ、去っていった。彼女の元気にあてられたような気がして、クリスは大きな伸びをひとつした。太陽が昇り、クリスの疲れた顔を鮮やかに照らす。

「今日も一日、がんばろう」

 ひとりごとは、自分に向けられていた。今日も一日が始まる。そのことだけは、太陽が昇るように変えようのない事実だった。





 ヘイヴンは無法地帯である。

 商売のことに関してはともかく、人の出入りが激しい以上は、訳の分からない変人が多数いるのも確かである。本日もヘイヴン外れの噴水広場で、大勢の人が集まり何者かの話を聞いているようであった。

「皇帝陛下がご不在なのは、誰もが恐れるあの『魔王』が復活し、それを討滅せんと旅立たれたからである! 悪臣、総代アルメイは皇帝陛下が崩御なされたと虚偽を流布しているが、真実は違う! 我らは皇帝陛下と共に魔王を討滅せんと立ち上がった! 我らと志を共にするものは、我らと剣を取れ!」

 青いマントを羽織ったツンツン頭の男が、腰に帯びた剣を抜くと、高々とそれを掲げた。古臭い芝居のようだったが、何人かの人々を感心させたようで、ぱらぱらとまばらな拍手が巻き起こった。傍らに立つ、筋骨たくましい斧を持った男と、痩せた細い杖を持った女は、それぞれ小さな箱を持っている。募金箱のようだった。

「魔王を倒すためには、積極的な寄付が必要ですわ!」

「帝国に真の平和を取り戻すため、カンパを!」

 男女が人々にカンパを募り始めたその時、ずいと彼ら三人の目の前に飛び出してきた影があった。おさまりの悪い黒髪の男。猫背ぎみであるが、憲兵団所属の証であるエンブレム入りのジャケットに、腰に帯びた長剣を見れば、人々は蜘蛛の子を散らすようにその場を離れていった。

「や、困りますねえ。勝手なカンパはいけません。おまけにあることないこと言って、あんたら皇帝侮辱罪でブチ込まれても文句言えませんよ?」

 眠そうな目でいやらしい笑みを浮かべているのは、憲兵官吏のドモンであった。

「やばいよ、アルス! 憲兵だ!」

「ミエラ、ガイ、逃げるぞ!」

 ツンツン頭は剣を納めるやいなや、脱兎のごとく駆け出していった。ミエラと呼ばれた女と、ガイと呼ばれた男は思わず持っていた募金箱を取り落とし、それに続く!ドモンはそれを見て大声で逃げるな、捕まえてやる!と叫ぶも、行動は伴っていない。聴衆を蹴散らし、彼らを捕まえるのは簡単だ。しかし、彼の目的は募金箱に入った小銭なのである!

「や、これは証拠物件として押収すべきですねえ。ええと……なんです、シケてますねえ……銀貨三枚に……銅貨八枚? 金貨くらい入れればいいのに」

「憲兵の旦那」

 不意に、後ろから聞き覚えのある声がした。恐る恐る振り向くと、そこに立っていたのは、ウェーブのかかった栗色の髪の、カソックコートを着た男がにやりと不敵な笑みをこちらに向けていた。イオだ。ドモンはあからさまに嫌悪の表情を浮かべる。先ほどのやりとりを全て見られていたのだ!

「おお、なんということでしょう。人と人とは、時に美しい関係を築くことが出来ますが、先ほどの若者のなんと哀れなことでしょう!」

 まるで舞台役者と見まごうほど身振り手振りを交えながら、神父は大げさに持論を展開した。

「手段はともかく! 憲兵に! かね……」

「わーッ! あーあー、なんと素晴らしい説教でしょうかねえ! 僕は感動してしまいましたよ! ええ!」

 ドモンは大声でイオの『説教』を妨害すると、強引に手を引き銀貨を二枚ねじ込んだ。イオはカソックコートのポケットにそれを入れると、何事もなかったかのように持っていた広告看板を抱える。布教場所を変えるようだ。

「旦那のお陰で儲けたぜェ。しかし旦那、世も末だよなァ。さっきの話聞いたかよ。魔王だってよ」

 魔王。かつて、魔国を統べていた王はそう呼ばれていた。だが、今はそんなものはいない。かつて王国では、魔王を倒す勇者達の物語がプロパガンダ代わりに語り継がれていたものだった。

「じゃ、彼らは勇者ってわけですか? お伽話もいいとこですよ、そんなの。……仕事のジャマですから、さっさと行って下さい、まったくもう」

 イオが去ってから、ドモンは改めて彼らが残した募金箱を見る。『魔王討伐募金』。彼らがただの詐欺師でなければ、狂人か何かだろう。魔王などいないし、イヴァンに勇者など必要ないのだから。

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