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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
値下不要
22/124

値下不要(Bパート)




「ドモン、話がある」

 憲兵団本部でサイが駆け寄って来たかと思うと、声を潜めて話始めた。

「や、どうしたんですか。何か面白い話でも? それとも儲け話でしょうか」

「どっちも違う。お前、暗殺請負って知ってるか」

「さっき噂を聞いてきたばかりですよ。いやあ、怖いですねえ。金と引き換えに人殺しだなんて」

 自分のことは棚に上げて、さも恐ろしそうだと言わんばかりに身体を両手で擦った。サイは別に何も咎めず、話を続けた。

「実はな、俺の管轄内で昨日人殺しがあってな。それがどうもおかしいんだ。主人以下、会社の事務所にいた全員が殺されてる」

「そりゃ、よほど恨みを買ったんでしょうねえ。……で、暗殺請負とどういう関係が?」

「大有りだ。昨日俺が現場近くで捕まえたやつなんだがな。そいつは『リオトロープ人材派遣会社』ってとこの見習いだったんだ。それが、今日勝手に釈放されてる。おかしいと思わないか」

 現場近くで捕まった男。リオトロープ人材派遣会社。暗殺請負業者は、かなり複雑な手順を踏んで依頼を行うとは聞いている。つまり、実態は誰にもわかっていないのだ。憲兵団にもである。

「貴様ら! 少し話がある。こちらに来い」

 筆頭憲兵官吏のガイモンが、大声でがなりたてる。髭面の大男の威圧感は離れていても凄まじく、ドモンもサイも、近づきたいとは思わない。

「や、なんでしょうか。パトロールならすぐ……」

「そういうことではない。サイ。リオトロープ社だが……あそこはやめろ」

「は? ガイモン様、それは一体……」

 ガイモンは自身の髭を撫で付けながら、冷淡な調子で続けた。

「詳しくは言えん。皇帝殺しに関係がある、と言えば分かるか?」

 かつて、皇帝を殺した男がいる。憲兵団を挙げて犯人を追い続けているが、五年も経過した今では『皇帝殺しの捜査』は困難事案の代名詞となってしまっている。そして、困難事案『にする』場合も、こう呼ぶ。一憲兵官吏には手出し不要と言うわけだ。

「ガイモン様、そんな……まだ何も分かっていないんですよ!」

「お前の気持ちは分かる。ワシもこの件に関しては悔しい……しかし、三年前の断罪人事件の時のように、いつか必ず暴いてくれる。いいか、一人で動けば、貴様の命に関わるのだ。今はやめろ。ドモン、貴様もだぞ……いや、貴様はむしろ積極的に動いてくれて構わん。今後の給金が要らなくなるからな」

 最後に痛烈な皮肉を残し、ガイモンはのしのしと巨体を揺らし自室へ戻っていった。サイは納得がいかない様子だったが、さすがにその意味が分からないほど間抜けではなかったらしい。

「……ああまで言われちゃ、動けないな」

「サイ、これは忠告ですけどね。危ない橋は、絶対渡らないほうがいいですよ」

「あのな。俺は忠告と指示だけはきちんと聞き入れることにしてるんだ。お前に言われなくてもな。命まで落とすのは馬鹿のやることだぜ」

 サイはたくましかった。ドモンには昔からそういう素早い切替はできなかったのだ。だから、断罪人などという地獄に片足を突っ込むようなことをしているのだった。





 ソニアはアクセサリーの材料として、鉄くずを買い付けることがある。本当であれば、金や銀など、貴金属を使わなければならないところだが、今の状況下ではそれも難しい。

「銀貨二枚ね」

「いつもすまない」

 鉄くず屋の青年は顔が広い。ソニアにとっては貴重な情報源であり、時たま断罪に必要な情報を聞いたりもしているのだ。もちろん、その情報が何に使われているのか、彼が知る由もない。

「いいってことですよ」

「ところであんた、暗殺請負って知ってるか?」

「聞いたことありますよ。趣味が悪いですよね……まさかアンタ、何か頼もうってんじゃないでしょうね」

「いや、どんなもんかと思ってな」

 大柄な青年は人懐こそうな顔を擦り思案すると、口を開いた。

「頼まずに済むなら、そのほうが良いに決まってますよ」

「そうだな」

 ソニアは話を切り上げると、鉄くずの入った木箱を担ぎ上げ、去っていった。青年は後ろを振り向かないまま、後ろに立っていた少女に対しつぶやく。少女は黒いスーツに身を包んでおり、離れていくソニアへ視線を向けていた。

「テスタ、どう思う」

「……怪しい」

「どうするかな……わかんねえな」

「私、追う。ハネロネに、報告。お願い」

 テスタと呼ばれた少女は呟くと、傍らに立てかけてある長剣を手に取る。柄の先に、白と黒のカラーリングの動物のアクセサリーがついている。彼女にとって、他者の尾行などわけはない。大柄な青年はその後姿を見送り、急いで仕事道具を片付けた。





 ソニアはいつもの場所でゴザを広げているフィリュネの後ろへと回り、その場でアクセサリーの調整を始めた。ヘイヴンは今日も人通りが多い。行商人、観光客、冒険者、傭兵。ソニアは目をアクセサリーへと向けたまま、フィリュネに話しかける。

「つけられた」

「えっ、誰にですか?」

「分からない。多分見張られてる。キョロキョロするなよ。いつもの通りにしてくれ」

 フィリュネは少しだけ身体をこわばらせた以外は、いつもどおりニコニコと通りがかる人々に目を向けたまま、話を続けた。

「旦那さん、今日まだ回ってきてないんですよね。神父さんは違う通りで布教するって言ってましたし」

「どっちにしろ、二人に足がつくのはマズい。会う以外の方法を考えないと」

 その時である。二人の店の前に、一人の女が立ち止まった。すわ、刺客か。フィリュネがおそるおそる顔を上げると、そこにはおでこが少し広く勝ち気な顔をした女性が立っていた。

「あっ、セリカさん! いつもありがとうございます」

「フィリュネちゃん、こんにちは。また男性向けのアクセサリーをお願いしたいのだけど。あ、安いやつでいいの」

 セリカは柔和な笑みを浮かべながら、並べてあるアクセサリーを品定めし始めた。彼女はこの店の数少ない常連である。何でも、ここのアクセサリーをプレゼントとして男性へ送ることにしているらしい。

「いつもでしたら、もっと高いものを選ばれるんじゃないですか?」

「それがね。私の兄様がたまにはプレゼントを下さいって言うもんだから……あ、このへんで回っている憲兵官吏だから、多分フィリュネちゃんも見たことがあるんじゃないかしら」

 この辺でうろついている憲兵官吏は数名いるが、妹がいると聞いたことがあるのは一人だけだ。

「それって、ドモンの旦那のことですか?」

「そうよ。ろくでなしだから、あんまり近寄らないほうがいいわよ」

 ソニアが手際良くアクセサリーを梱包し、フィリュネにペンと紙を渡した。そこにフィリュネが走り書きをすると、箱の中に押し込んだ。

「ドモンの旦那に喜んでもらえるといいですね」

「さあね。渡してはみるけれど、兄様はお金のほうが好きなんじゃないかしら」




 その日の夜。憲兵官吏ロシュは家路についていた。最近の彼の家計事情は苦しい。それなりの経験を積んだベテラン官吏ではあるものの、憲兵団にはポストが少なく、今以上の出世は見込めないのだ。ましてや、今年に入り二人目の子供を授かろうとしているロシュには、金が必要だった。

「あなた、おかえりなさい」

 身重の妻、フィンが疲れた笑顔でロシュを迎えるが、彼の頭の中はそれで一杯になっており、彼女の笑顔に答えることはできなかった。

「ただいま」

「お疲れさまでした」

「いつものことだ。体調に変わりはないか」

「大丈夫ですわ。……でも、少し心配なことが」

 フィンは昼間にいた奇妙な男のことをロシュに話した。フィンが家でベニトカゲの爪を研磨する内職をしていると、青い髪に隈の酷い青年が通りから庭先を見ていたというのである。

「わたし、恐ろしくて……。子どもに何かあるかと思うと、夜も眠れません」

「分かった。憲兵団でもこの辺りの警備を強化してもらうさ」

「お願いします」

 ロシュには、その人物が何者であるかも、誰の差金であるかもわかっていた。問題は意図だ。探らねばならない。本末転倒の結末を迎える前に。





「ほ、本気なんですか」

「私は本気です」

「し、しかしセリカ。僕とあなたは兄妹ですよ」

「お兄様が言い出した事ではありませんか」

 ドモンとセリカは、質素な食事を終えた後、一つの箱を巡って揉めていた。そう、昼間買ったアクセサリーである。セリカがぶっきらぼうに「差し上げます」と渡してきたので、ドモンは何か大変なことでもあったのではないかと警戒しているのだ。

「……ほ、本当にいいんですね。後から返してくれと言われても困りますよ」

「そんなに警戒しなくてもよろしいじゃありませんか、お兄様。私はお兄様に借りを作るのが嫌なんです。被ったとは言え、プレゼントはプレゼント。お兄様からプレゼントを貰ったら、妹の私が返すのもまた道理というものではありませんの?」

 ドモンは動揺しつつも嬉しそうに箱を抱えると、ひとしきり小躍りした後、自室で開けることにした。やはり兄妹、どこかで絆があるのだと噛み締めながら、箱を開ける。鉄製の腕輪と……手紙が入っている。

「手紙?」

 中を開けてみると、走り書きで次のようなことが書いてあった。尾行されている。しばらくいつもの場所には行けない。

「どういうことでしょう、これは……」

 ドモンは早速腕輪を左手首に嵌めると、イオに会うべく自宅を後にした。イオは女遊びの帰りだったらしく、ちょうど教会にいたので、無理やり上がり込んだ。今は時間を気にしている場合ではない。

「なんだよ旦那。断罪もねェのに、こんな夜更けに」

「神父。まずいことになりましたよ。皇帝殺しとフィリュネさんが尾行されてるようなんです」

「……そりゃあ、本当か」

「僕がこんな嘘ついてどうするんですか。暗殺請負業者、本当にヤバいやつらのようですね」

 イオはぼりぼりと顎の下を掻くと、今日女から聞いたことをつらつらと話し始めた。彼の情報収集は女と遊ぶことと同義でもあるのだ。

「俺は昨日殺されたっていう『ワンダラー金融』の主人について聞いてみたんだがなァ。確かに高い金利で貸しつけちゃいるんだが、誰にだって貸すし、割りと支払いを待ってもくれる。もちろん返さねェ連中には容赦しなかったらしいがな。契約書だって、きちんとしたもんだったらしい。俺たちが断罪してきた連中とは、ちょっとばかし違うような気がしてならねェ」

 断罪人は人殺しだ。自分たちより酷い、生きていても仕方のない悪党を殺し、その対価に金を得ているクズだ。ドモンもイオも、それを十分に理解している。もちろん、この場にはいないソニアやフィリュネもそうだろう。その金が欲しいがために、こんなことをしている。だが、クズにはクズなりの倫理もあるしルールもある。

「もっと探りを入れましょう。何かあってからじゃマズそうです」

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