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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
淫奔不要
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淫奔不要(Bパート)





 ヘイヴンは今日も怒号のような賑わいと喧騒の中にあった。今日も今日とて、見たことのない珍品や怪しげな商品が並び、商人や市民、観光客が行き交う。

 そんな喧騒の中を、フィリュネは食材の詰まった紙袋を手に歩いていた。断罪による金は、ソニアの火薬と二人分の食費に消え、なかなかアクセサリーショップの開店費用に回らない。それでも、食べていかなくてはならないことに変わりないし、今以上に稼げる職も無いのだ。

 考え事を続けるフィリュネにぶつかるものがあった。フィリュネは思わず尻もちをつき、辺りにパンや果物が転がる。

「す、すまねえだ!」

 巨体の男が申し訳無さそうに、散らばったパンと果物を素早く拾った。フィリュネも面食らいつつ、それに習う。なんとか食材を通行人に踏み潰されずには済んだ。改めて男の顔を見る。豚鼻が目に飛び込んだ。昔懐かしい、オーク族の男性の特徴だ。

「怪我は無かっただか?」

「大丈夫です。わざわざ拾ってくれて、ありがとうございます」

「当然のことをしたまでだべ。……それより、ここはどこだべ?」

「ここはイヴァンの市場、ヘイヴンですよ。イヴァンは初めてなんですか?」

 男はきょろきょろと回りを見回すと、太いまゆを八の字の形に作った。

「初めても何も、村を出たのも初めてだあ。迷っちまって、困っちまっただ。……そうだ、お嬢さん。おらのおっとうをしらねえだか?」

 よく見れば、男は巨大なリュックを背負っていた。どう見ても旅支度といった様相である。いわゆる、お上りさんというやつなのだろう。

「ごめんなさい、私も二月ほど前にイヴァンに来たばかりなんです。でも案内くらいはできますよ」

 男はマルコと名乗った。イヴァンより遥か西の、ど田舎の集落からやってきたのだと言う。父親のポルコは先の内戦に参加し、勇猛果敢に戦ったが捕虜として捕まり、助命されイヴァンで働いているそうだ。

「おら、おっとうに伝えなきゃならねえことがあるだ。でも、おっとうがどこで働いてるのかはよく分からねえ」

「手紙のやりとりはしてなかったんですか?」

「もちろん、してただ。んだども、どこかの騎士様の館で働いてるって以外は書いてなかっただ」

 マルコは巨体を悲しそうに縮こませる。それがまた、フィリュネの気持ちを揺さぶった。様々な種類の一族がいた亜人達は、先の内戦でほとんど散り散りになり、点在する小さな集落を残すのみとなっている。皇帝への反逆は大きな大罪として認識されていたが、それ以上に総代のアルメイは虐殺や差別を好まなかった。だからこそ、残り少ない亜人達は権利を認められ、何とか生き残ることができたのだ。

 フィリュネもまた、故郷や親を失った。それも、帝国によってである。だが、この国の中枢にしがみついて生きるほかないのが現状だ。マルコは、親と生き別れになりそうになっている。それも、故郷を出てひとりぼっちだ。自分はソニアがいるからいい。だが、彼はどうなるのだろう。

「……任せて下さい。わたし、実は調べ物が得意なんです!」

 考えるより先に、フィリュネは胸を張っていた。

「それに、ほら。わたしも『そう』なんです」

 フィリュネはフードを外し、髪をかき上げた。痛々しく変形した耳が現れる。それを見たマルコは、ああ、と得心した表情を浮かべた。逃走のために、フィリュネはエルフの特徴である耳の一部を強引に切り取ったのだ。その傷跡が、彼女が亜人である証だった。

「だから、マルコさん。わたしが必ずお父さんを見つけます!」

「本当だか! ありがてえだ……」

 一瞬マルコの顔に光が差したが、次の瞬間には暗く沈んでいた。

「で、でもおら、あんまり持ち合わせが無えだ。銀貨三枚しかもってねえ。イヴァンの人たちは、金でものをやりとりすると聞いてるだ。おっとうを探すには、足りねえかもしんねえ……」

「大丈夫です! どーんと全部わたしに任せて下さい!」






「それでそんな仕事を引き受けてきたんですか。あんたもずいぶんお人好しですねえ」

 ヘイヴンの菓子屋で貰ったケーキを手づかみで頬張りながら、ドモンは紅茶を啜った。フィリュネもケーキをフォークで突き刺すと、大口で頬張る。

「いいじゃないですか、憲兵の旦那さん。わたしだって一人前なんです。お金を稼げる時に稼がないと」

「それが愚かだというんです。このイヴァンに、どれほどの人がいるか分かってます? 騎士だけでも、ピンからキリまで掃いて捨てるほどいますよ」

 ひとごこちついたのか、ドモンは袖で口を拭いながら、小馬鹿にした視線を送った。フィリュネは、憲兵官吏であるドモンなら、何か掴んでいるのではないかと感じたのだが、どうやら見当違いであったらしい。

「まあまあ、旦那。そう邪険に扱わなくってもいいじゃねェか。せっかく、嬢ちゃんがあんたを頼ってるんだ。別に断罪のことでもねェ。協力してやればいいだろ」

 ベンチに寝転がり、顔には聖書を被せたイオがいかにも興味なさそうにたしなめた。

「それが嫌なんですよ、僕は! なんで僕がそんな仕事に精を出さなきゃならないんですか。大体そのオークのマルコでしたっけ? そんなすかんぴんを相手にする方が間違ってます。今からでもいいから断ってくるべきですよ、フィリュネさん」

 イオの教会は、相変わらず人が入らなかった。今週に入ってからは、寄付すら一円もない。日曜日のミサ以外は、開店休業といったところだった。ドモンたちにとってみれば、体の良いたまり場である。

「旦那も冷たいもんだ。ケーキ食ってる暇があれば、手伝えばいいだろう」

 ソニアがタバコを燻らせながらニヒルに笑う。ドモンはそれを見て、反射的にがりがりと頭を掻いた。

「あんたに言われたきゃないですよ! そもそも、あんたこそ手伝ってやりゃいいじゃないですか。それで解決です。はいおしまい。ケーキ美味しかったでしょ。もう解散!」

 ドモンは怒り肩でのしのしと嵐が過ぎたように協会を去っていった。その場に残された三人は、ただただ呆然とするばかりだった。

「いつもああなのか、あの旦那は」

「ケーキだよ、原因は……。菓子屋で金をせびったら、代わりに出たんだと。そりゃ機嫌も悪くならァな」

 聖書を聖書台へと戻すと、イオは大きく伸びをした。昼寝は飽きてしまった。女でも漁りに行くべきだろうと、首を回す。

「俺も出かける。すまねェが、そろそろ出てってくれ」





 イヴァン北西部には、大規模な歓楽街が広がっている。これは帝国成立前、商業都市であったイヴァンで、北西部のみ開発が遅れていたことへの対策である。王国側が魔国より外貨を得るために、風俗業を限定的に許可したのが契機となり、北西部の発展速度は飛躍的に高まった。今や、帝国一の歓楽街として、イヴァンは愚か、国中から人々が集まる場所でもある。

 イオはいつものカソックコートでなく、ゆったりとした黒い服を身につけて、男女で賑わう歓楽街を歩いていた。どうも調子が悪いようで、女の子の釣果は振るわなかったため、『本業の女』になぐさめてもらおうと、わざわざ足を伸ばしたのだ。

「さて、どうするか……。馴染みの店に行くのも芸が無いしなァ」

 ぶらぶらと店を冷やかしつつ歩いていると、突然肩を引かれた。客引きが横行しているこの街では別に珍しいことでもないが、振り向いた時の男の印象が違った。この街特有の、疲れの中に無理やり元気を奮い立たせたような雰囲気が無く、物静かで小奇麗な印象の男だった。

「……何だい、てめェは」

「突然呼び止め致しまして、あいすいません。実は、どうしてもお願いしたき事がございまして、お引き止めさせて頂いた次第です」

 ずいぶん堅苦しい言い方に、イオは面食らった。何者なのだ、この男は。

「実は当家のお嬢様があなたのことを痛くお気に召されたとのこと。しかし、お嬢様はこのような場所に本来居てはならぬお方でして」

「……おい、あんた男だろう」

「左様でございますが」

「そのお嬢様だがなァ……どうなんだ。いい女か」

「いい女」

「いや、分かる。あんたにも立場ってもんがあるんだろう。だが、あんただって一人の男なわけだろ。女の良し悪しくらいは判断できらァな。で、どうなんだ」

 男は顎に手を当て、少しばかり思案するような表情を浮かべた。

「掛値なしにいい女かと思います」

 イオは男の肩に手を回すと、ばんばん叩いた。心からの同意の印であった。

「行こう。今すぐ行こう」





 馬車に乗せられたイオは、目の前に現れた屋敷にこれまた面食らった。静かで、巨大で、立派な邸宅だ。中に通され、待つように言われた場所は、なんと寝室であった。

「……話がうますぎねェかい、これは」

 そういうことなのか。段階を踏まずに、一段二段飛ばしで。イオは用意されていた純白のバスローブに袖を通すと、異様にふかふかのベッドに身を投げ出す。部屋は暗い。そんな中、部屋の外に人の気配が現れた。ドアに背を向け、まるで初めての夜を迎えたようにイオは身体をこわばらせた。

 その『女』は、ベッドの側に立った。布が擦れる音がすると、するりとベッドの中に入ってきたのがわかった。イオは覚悟を決め、振り返った。

 そこには、青髪の小柄な女が居た。まるで絵から抜け出してきたような美貌。髪と同じ抜けるような青い瞳が、イオを覗きこんでいた。

「嘘だろ、おい。あんたは……」

「何も」

 女はイオの言葉を遮った。憂いを帯びた瞳が、涙で歪んだような気がした。

「何も言わないで……お願い。私を抱いて。私が、誰だっていいから」

 イオの腕の中には、『氷の妖精』、エレナ・フェルディナンドがあった。イオは、そんなことを言われてまで、女に何か求めるほど野暮ではなかった。

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