〈3話〉不思議な力
憐が中学年に上がった頃、小学校で内でいじめが起きた。
標的は憐だった。
理由は単純で、憐の家庭が貧乏だったからだ。
最近は隼人は週に一回ほどしか家に帰ってこない上に、麻里亜はご飯も食べずに家でぼーっとする時間が増え、段々痩せ細ってきた。
憐の家庭に収入源は無く、貯金は麻里亜と憐の生活費と、隼人が遊びための金に消えていく。
「こいつくっせ〜!」
「風呂入れよ! あっお金が無くて入れないんだっけ?」
「「「あはははは!!」」」
「・・・・・・」
憐が学校に行くとクラスメイトにいじめられる。
無視され、悪口や暴言を吐かれ、たまに暴力を受ける。
元々友達が多かったわけでは無いが数人はいた。しかし、いじめられてからはその子達も巻き込まれたく無いのだろう、憐を無視する。
初めの方は憐も心が折れそうになった。
ボロボロになった服を着て落書きされたランドセルを背負って学校に行き、クラスメイトにいじめられる。
家に帰ると麻里亜はぼーっとしていて、動かない。
憐が話しかけても反応はない。
たまに隼人が帰ってきた時だけ、麻里亜は反応を示す。
「ああくっそ! あのクソ女がっ! 騙しやがってよっ!」
「はやとくん、隼人君、どこ行ってたの? 待ってたよ」
「ああ」
「ねえなんでそんなに冷たいの? ねぇ? 何で?」
「しつけぇんだよ! 黙れ!」
「えっ・・・ご、ごめんなさい。うっう・・・・・・」
隼人に縋る様に言葉を掛けるが機嫌の悪い隼人は麻里亜に怒鳴り散らかす。
隼人が帰ってくる度にこんな事が繰り返されている。
もっと機嫌が悪い時なんかは憐に暴力を振るってくる事もある。
こんな日々が中学年に上がってからずっと繰り返された。
憐にとっては地獄だった。
何処に行っても味方はいなく、記憶に残っているはずの麻里亜はもっと優しかった筈だったのにどうしてこんな事になったのかと。
時が経つにつれ、憐は学校にちゃんと登校する日が減っていった。
学校に行くふりをする必要もないから、汚れた私服を着てリュックを背負い、家を出て、人の少ない道を探して散歩する。
そんな事を続けていたら、少し街から離れた場所に全く人が来ない場所を見つけてそこを秘密基地にした。
よくそこに行ってはリュックに入れた本を読んでいた。
家にあった本や学校から借りてきた本を読み漁っていたが、高学年に上がる頃には殆ど読み終わっていた。
する事もなく、秘密基地でぼーっとしていたある日、数年前の事を思い出す。
麻里亜を怒らせてしまった日。
あれ以来、どうして麻里亜は口を開いてくれなくなったのか、しっかりと記憶が残っているわけではない。けれど今の憐にはその原因が何となく分かっていた。
「多分これのせいだよね・・・・・・」
そう言いながら近くに置いてあった本に腕を突き出し、上に上げると本も宙に浮いた。
憐がこの能力に気がついたのは小学校に入学してすぐくらいだった。
小さい物なら手を触れなくとも宙に浮かせる事が出来た。
最初はただ好奇心で、次第に楽しくなってきて、麻里亜を驚かせて喜ばせようと思って隠れて練習し始めた。
そんな中、麻里亜が元気が無さそうに隼人の名を呼んでいたのを見て、心配になって、ここだと思った。
そして披露して、
ーーー麻里亜はおかしくなった。
憐の力に凄く怯えている様子の麻里亜を見た憐は、その力は良くない、いけない物だと悟って、それ以来人前で使う事は無かった。
その力を使わなければ麻里亜が戻ってくれると思ったから。
ーーーしかし、そんな事は起きなかった。
麻里亜はその日以来憐を無視するか、思い出したかの様に怯え出したり、「バケモノ」「私の子じゃない」などの心無い言葉を憐に浴びせた。
それでも憐にとって麻里亜は母親で、大切な存在だった。
だからこそ辛い姿を見たくなくて家にいる時間を減らし、朝から寝る直前まで秘密基地に籠った。
本を読み切った後は特にやる事が無かったが、誰の邪魔にもならないのならこのままでも良いと思っていた。
「はぁ・・・・・・」
ドサっと床に倒れ仰向けになると、バサっと本も床に落ちる。
「・・・寒くなってきたなぁ」
秋風が吹き憐の体を撫で、本がペラペラとめくれる音がする。
憐は両腕で体を覆ってさする。
「この力って鍛えたらもっと大きな物とかも浮かせられるのかなあ」
憐は寂しさを紛らわすためか独り言が多かった。
「・・・誰にも見つからなかったら大丈夫だよね」
そう言ってリュックに向かって腕を伸ばし本と同じ様に浮かせようとしたが、びくともしなかった。
「うぅ、重い。ちっとも浮かないな・・・・・・はぁあ、よしっ! もうちょっと軽いので試してみようかな!」
この日から憐は誰もいない秘密基地の中で、自身の持つのその不思議な力の特訓を始めた。
やがて世界をも巻き込む力になるとも知らずに。




