〈21話〉ここはどこ?
「・・・・・・今向かってる先は、児童養護施設じゃないんだ!」
「え?」
「せ、先輩? 疲れてるなら・・・・・・」
「違うっ! 本当のことだ! 俺達の仕事は憐君を児童養護施設に送ることじゃない!」
篠原さんが急の訳のわからないことを言い出して理解が追いつかない。
今は施設に向かっていない? ならどこに向かってずっと車を走らせてたんだ? 目的地は? というか篠原さんが言ってるのは本当のことかなのか?
結城さんも何がなんだかと言ったような表情をしており、明らかに動揺している。
「結城、お前にはただ彼を施設に連れていくだけだと知らされていたんだろう・・・・・・あれは、全部嘘なんだ」
「・・・・・・え? いやちょ、ちょっと待ってください! どういう」
「そのままの意味だ。お前は途中までの運転を頼まれただろう? あとは俺がやるって。あれは本当の目的地に行くためなんだ」
「その本当の目的地って何処なんですか!?」
「それは・・・・・・俺も分からない」
結城さんが篠原さんの肩を掴み問いただすが、篠原さんは視線を逸らして顔を下げる。
「気になって俺も調べたが、指定された場所は何もない山の中だった・・・・・・そこで、っ、憐君を引き渡せと。そう言われた」
「引き渡す? 誰にですか? なんで山の中で、なんのために?」
「俺だって知らねえよっっ!!」
ドンッと強くドアを叩く篠原さんに、結城さんが一瞬ビクッと体を震わせる。
「っ・・・・・・すまない」
「いえ、こちらこそしつこくしすぎました。すいません」
結城さんが怯えたことに気づいた篠原さんがすぐに謝り、結城さんも弱々しくあるが返事をした。
「ただな、今回の件、絶対にまともなことにならない気がするんだっ! まともな事なら、わざわざ署長が俺にいしか言わない訳がない。二人に教えてるはずだ。結城と憐君を騙して児童養護施設に連れて行くと言えなんて言われないはずだろ? なぁ?」
篠原さんの声は少し震えていた。
同意を求めて、自分と結城さんを騙していた罪悪感と署長からの重圧から解放されたいように見えた。
「それは・・・・・・そう、ですね」
「・・・・・・どうして篠原さんはその話を自分にしたんですか? それは言ってはいけないことだったのでは?」
こんな話を聞いて、結城さんが困惑して、篠原さんが若干錯乱状態になっている状況でさえ、なぜか自分は冷静さを保てた。
今までの経験からだろうか。
それとも力があるから、何かあってもなんとかなると思ってるからか。
「それは、君の話を聞いたからだ・・・・・・」
「えっ・・・・・・?」
予想外の言葉に、一瞬詰まる。
「あんな話を聞かされたら、誰だって同情しちゃうだろ・・・・・・俺だってっ、こんなことしたくないんだよっ! このまま指示に従って何事もなくいつもの日常に戻りたかった! だけど・・・・・・」
「先輩・・・・・・」
「・・・・・・絶対、碌なことにならないだろっ。憐君、君には俺達の知らない力を使えるんだろ? 今回の引き渡しは十中八九それが関わってると思うんだ。あまりにタイミングが良すぎるから」
「・・・・・・」
「君の話を聞いて思ったんだ。何の罪もない・・・・・・それどころか、大人に振り回され、この世界の理不尽に直面し続けてなお希望を持って生きようとしている子をっ、俺がっ、潰すわけにはいかないだろ!」
篠原さんが険しい表情をして、声を震わせながら叫ぶ。
きっとこれは心の底からの思いだろう。
そしてこれは自分を思ってのためだ。
篠原さん自身に何の得があるわけでもない。それどころか上の命令を無視することになってデメリットしかないはずなのに、自分のために教えてくれたのだ。
「だから・・・・・・俺はこれ以上進めない。俺がなりなたかった警察官は、上の命令に従って媚びることなんか仕事じゃない・・・・・・憐君、逃げてくれ。嫌な予感がするんだ。裏で大きな何かが動いている、そんな予感が。俺じゃあどうしようも出来ない! ごめんなっ、憐君、また、巻き込んでっ、しまってっ!」
篠原さんは責任感が強い人なんだろう。
篠原さんは何も悪くないのに、それどろから自分を救おうとしてくれているのに、頭を下げている。
結城さんと同じでとても優しい人だ。
「篠原さん。ありがとうございます」
「ああ、君はこのままどこか遠くへ逃げた方がいい。出来るのなら、海外に・・・・・・」
「先輩・・・・・・」
「? どうした?」
結城さんが顔俯かせて弱々しい声を発する。
「私も、憐君に逃げてもらうのは賛成です・・・・・・だけど、そしたら今度は先輩が危ないんじゃって思って・・・・・・もし先輩の予想通りやばい組織が動いてるなら、その命令に従わなかった先輩は、っ」
「結城、それ可能性は俺も考えた。正直、何かあれば俺だって怖い・・・・・・それでも、俺の目指した警察官は子供を守ることだから。だから、もう大丈夫。覚悟は出来てる」
「先輩、でもっ・・・・・・」
「それに、案外何とかなるかもしれないだろ? ほら、俺は署長に気に入られてるし、な? だから泣くな。結城」
「っ、はい!」
篠原さんが、最悪の結末を想像をしてしまったのであろう結城さんを、赤子を優しく宥めるように包み込む。
「憐君、俺達はこのまま先に進んで、出来る限りゆっくり目的地まで行くよ。その間に理由も考えたいしね・・・・・・・無茶を言うことになるけど、君はその間に遠くへ逃げてくれ」
「分かりました。何から何までありがとうございます」
そう言って頭を下げると、篠原さんはポカンとした顔でこちらを見ていた。
「何かありましたか?」
「あ、ああ、いや、君を見ていると、本当に去年まで小学生だったのかなって思うくらいしっかりしているなって・・・・・・あんまり動揺もしていないようだし」
「もう、少し慣れてしまったのかもしれません」
もしかしたらあの時、病院で柚葉さんと話し合って泣きあった後に、覚悟を決めたからかもしれない。
児童養護施設に行くわけじゃなくなったけど、それよりも難易度が高いかもしれないけど、それでも・・・・・・一人で生きていけるようになって、必ずもう一度柚葉さんに会いにいく!
「それじゃあ、行ってきます。結城さん、篠原さん、ありがとうございました!」
最後に二人にお礼を言ってパトカーを出て、来た道を戻って行く。
あの二人は最後になんて言っていただろうか。
幸せになって、頑張れよ。と言っていた。
そうだ、こんなところでめげる訳には行かない。
リュックには二人から貰った簡易的な食べ物や少しのお金を貰った。
少ないが、今の自分にとっては貴重だ。
あの二人には感謝しないといけない。
将来自分が柚葉さんに再会した後でも、あの二人を探して恩を返そう。絶対に。
・・・・・・意識が朦朧とする。
全身が痛み、上手く体に力が入らない中で目を覚ますと、視界は滲んでいてそこで見た景色は、手足は鎖で繋がれ、四方の壁には窓一つない無機質なコンクリートの部屋にいたのは結城さん達と別れてから数日後のことだった。




