〈19話〉きっとまたどこかで
「憐君、受け入れ先が決まったよ」
病室に急に入ってきたかと思ったらそんなことを言いだす。
「え・・・・・・」
「な、何を言ってるんですですか・・・・・・?」
「警察の方が送ってくれるみたいだから、すぐに準備してね。じゃあ手続きはこっちで済ますから、準備出来次第すぐに出発して」
忙しいのか、お医者さんは一度も目を合わせてくれず、それだけ言ってすぐに病室を出て行ってしまった。
残ったのは未だ状況を飲み込めていない自分と柚葉さんと、そして警察官の男性だけ。
柚葉さんは驚きで口を開いて固まり、自分の言葉がお医者さんに届くことはなかった。
「あ、あの・・・・・・」
「君の準備が出来次第すぐに出発するから」
訳が分からないまま警察の人に質問をしようと試みるが、遮られてしまった。
警察の人は優しく笑って話しているがその笑顔に少し違和感を感じた。
悲しさ? 悔しみ? 怒り? 何か分からないけど、何故か警察の人の笑顔にはネガティブな感情が混ざっている気がした。
「ち、ちょっと待ってください! なんでそんな急に!」
「決まったことです」
「れ、この子は私の家で一緒に暮らしたいと言っています! だからキャンセルとか出来ないですか? 必要な手続きとかもあるのなら全部やります! あの人にも昨日話してっ、もう一回話させてほしいです! だからもう少しだけ時間を」
「変えることは出来ません。これは決定事項です。神崎憐君、早急にここを発つ準備を進めてください」
「っ! なんで」
「もうどうしようも出来ません。決まったことですので」
「っ・・・・・・そんなのって」
「起こりうるんですよ・・・・・・この世界は、理不尽なので」
まただ、また感じる。
けどさっきとは違って表情も、声色も一切変わっていないはずなのに、どこか悔しさが滲んでいるように思う。
柚葉さんも何か感じ取ったのか、警察官に対してこれ以上何も言わなかった。
「憐君・・・・・・」
「柚葉さん、自分は」
どうすればいいですか。そう聞こうとして、止めた。
何でもかんでも柚葉さんに聞いて、頼って、委ねて、責任を、負担を負わせるのは止めだ。
それじゃあ駄目だ。
自分はどうすればいいのだろうか。
考えろ。
もうこの結果を変えることが出来ないのなら、大人しく受け入れるしかない。
そうだ、それがいい。
このまま柚葉さん達と一緒に暮らせば絶対に楽しくて幸せな生活を送れる。
だけどそれは何もしていない自分だけで、柚葉さんや千代さんに迷惑をかけるだけ。
それならいっそ施設に行って、立派な大人になって柚葉さん達に恩返しをした方がいいんじゃないだろうか。
うん。きっとそれがいい。それが一番だ。
例えそれまでの間に苦しくて、辛くて、また同じような経験をしてしまうかもしれないけど、それが一番、いい選択のはずだ。
そうすればいい未来が訪れるはずだ。
そうでなければ、そう思わなければ、揺らいでしまう。
どうかそうであってくれ。
「柚葉、さん」
「なぁに?」
声が震える。
これからする選択は、絶対に辛いことの方が多くなるだろう。
力だって無闇に使えなくなるし、また同じような目に遭うかもしれない。
けど、もう変えることは出来ないのなら
ーーー勇気を出せ! 神崎憐!
「ふぅ・・・・・・柚葉さん、行きます」
「っ!? 憐君、本当に・・・・・・ううん、分かった。憐君がそう決めたのなら、私は何も言わない。きっと、邪魔になってしまうから」
柚葉さんは自分の言葉を聞いて何かを言おうとしたが、喉まで出かかったであろう言葉を飲み込み、自分を背中を押し出してくれる。
「すいません。最後に少しだけ、二人だけの時間をくれませんか?」
「・・・・・・分かりまた。あまり長くならないようお願いします」
「はい。ありがとうございます」
柚葉さんがそう言うと少し悩んだ後警察官は了承し、静かに病室を出て行く。
「憐君。君が決めたことだから、それについては私は何も言わない」
柚葉さんがこちらに振り返り、真っ直ぐ目を見て想いを伝えてくれる。
「少し話を聞いて。私ね、君が家の近くで倒れてた時、本当びっくりしたんだ。猛吹雪の中男の子が薄着で倒れてたから。それから君を家に連れてきて面倒を見て君が起きて過ごしてみて・・・・・・弟が生きてれば、こんな感じだったのかなって思ったの」
「え・・・・・・?」
「ほら、覚えてる? 前家族が事故で亡くなったって、その時にお母さんとお父さんと弟を亡くしたんだ。まだ私も小さくて、弟の記憶はほとんど無いんだけど、大好きだったんだ」
柚葉さんの顔は昔を思い出して、懐かしんでいるような、悲しさんでいるような、そんな感情が混ざっている気がした。
「それで憐君が現れたとき、最初は私はまた弟に会えたんだ! って思ったんだ。今も弟がいたら、これくらいの歳なんだろうな〜って。けど少し話してみて、友達のようにも思えてきて・・・・・・いや、どっちかって言うと後輩かな? 私って学校で仲良い友達ほとんどいないから、少し新鮮で・・・・・・」
「柚葉さん・・・・・・」
「あああ別に虐められてたとかじゃないよ!? 学校に行ったら普通に話してくれる人もいたしね。ただちょっと、疎外感は感じたりしたけど。私はバイト複数掛け持ちしてるから、学校の人と遊ぶ時間が無いんだよね、お金も余裕がないし、だから友達が出来ないんだけど、そこでたまたま憐君が年下の友達のようにも思えてきて・・・・・・」
柚葉さんが珍しくあたふたしながら話している。
話している最中に表情がコロコロ変わるのが可愛い。
「えっとね、つまり何が言いたいかっていうと・・・・・・私も憐君のおかげで助かったってこと。それを知って欲しかったの」
「え・・・・・・?」
「たった数日間しか一緒に暮らしてないけど、その時間がとっても楽しかったの! 他の子を家に呼んで遊んだり、学校以外で一緒にご飯を食べたりなんてしたことが無かったから!」
柚葉さんが笑う。
ああ、まるで太陽のような笑顔だ。
周りにいる人も生き物も、物にでさえ元気を与えてくれるような、眩しい笑顔。
「だからっ・・・・・・ありがとう! 私に出会ってくれて!」
「っ、ぅ、はいっ、こちらこそっ、ありがとう、ございますっ!」
柚葉さんの笑顔が少し崩れて、歪み始めて目から涙がこぼれ落ちてくる。
柚葉さんの言葉から、表情から、感情から、本当に別れの時がくることが迫っている実感がふつふつと湧いてきて、自分もつい涙が出てきてしまう。
柚葉さんは自分のことを抱きしめて、自分にそれに応えるように抱きしめ返して、漏れそうになる嗚咽を噛み締めた。
しばらく経った後、柚葉さんの顔と、そして見えないけど自分の顔もぐちゃぐちゃだったと思う。
目が合い、二人して笑い合った。
少し恥ずかしいね。と柚葉さんが言った。
その笑顔はどこか晴れ晴れとしていて、先ほどまでの色々な感情を抱え込んだ感じではなく、スッキリとしていた。
「憐君」
「はい」
「将来、絶対にもう一度会おうね」
「はい。必ず」
「次会うときは、幸せな再会になりますように」
柚葉さんが、小指を出してくる。
「?」
「小指出して」
言われた通り小指を出すと、柚葉さんが小指を絡めてくる。
「約束だよ」
「はいっ!」
その後出発の準備をして(と言ってもほとんど荷物は無いが)病室を出ると、警察官は病室の前の椅子に座っていた。
あんなことがあった直後で誰かに顔を見られるのは少し恥ずかしいな。
まだ涙はあとは残ってるだろうか。
「準備できました。ありがとうございます」
「・・・・・・それじゃあ行こうか」




