〈18話〉君と一緒が
ちゅんちゅんと窓の外から雀の鳴き声が聞こえて目が覚める。
真っ白な部屋、飾り気はなく、自分はベットに寝かされている。
窓から太陽の光が差し込み唯一部屋にある装飾品の花瓶の花を照らす。
「・・・・・・」
頭がぼーっとする。
ここは・・・・・・病院?かな?
あのあと何があったっけ。
「柚葉さんは」
言いかけると、ガラガラっと扉が開く。
「あっ、憐君起きたんだ。良かった」
太陽にも負けないくらい眩しい笑顔を見える柚葉さん。
「っ! いてて」
「柚葉さん!? 大丈夫ですか!?」
「うん、大丈夫だよ。心配しないで」
柚葉さんが笑うと何処か痛んだのか表情が歪み声を漏らす。
「それより、君のほうこそ大丈夫? 突然倒れちゃったからさ」
「はい。僕は・・・大丈夫です」
「良かった。一日中寝てたからね、心配したよ」
「・・・・・・すいません」
「ううん、別に謝ることじゃいよ。無事に目覚めてくれたしね!」
柚葉さんは自分のベットにぽすんっと座る。
「あの、千代さんは・・・・・・」
「大丈夫、同じ病院にいるよ。怪我をして手術もして、命に別条は無かったよ」
「そう、ですか。よかった・・・・・・」
本当に、心の底からそう思う。
「憐君が救急車呼んでくれたんだって? ありがとうね。私のことも助けてくれたし、感謝してる。犯人達も無事に逮捕されたみたい」
違う。自分のおかげなんかじゃない。自分のせいでこんなことになってしまったんだ。
自分は柚葉さんと千代さんの怪我をさせて危ない目に、怖い思いをさせてしまった。
どう考えても二人の迷惑にしかなっていない。
こんな自分が情けない。
どれだけ力をつけようと、どれだけ知識を蓄えようと、どれだけ時が経とうと、結局自分は誰の役にも立てない。
それどころか、優しくしてくれる人を不幸にしてしまう。
「・・・・・・ごめんなさい」
「え?」
「ごめんなさい。自分のせいで、柚葉さんと千代さんを危険な目に遭わせて、ぅ、ふっ、助けてて、もらって、ばっかなのに! 迷惑ばっかり掛けてっ! ごめんなさい! ごめんさない!」
ああ、だめだ。こんな時に泣いてしまう自分が嫌いだ。
これじゃあもっと柚葉さんを気を遣わせて迷惑をかけてしまうだけだというのに。
泣き止め、早く泣き止め。
「ぅぐっ、自分がっ、柚葉さん達の前に現れ無かったら、こんなことにならずに済んだのに。ごめんなさい! 自分には何も返せません! だからもう関わらないように、します。これ以上、迷惑をかけないようにっ! ごめんなさい!」
何やってんだ自分は。
早く止まれよ!
頭では分かっているのに、どうしても言葉が漏れてきてしまう。
「だからもうっ! これからは、柚葉さん達とは」
「一回黙って」
「っ!?」
初めて聞く柚葉さんの冷たい声、けれどその直後に目の前に座っていた柚葉さんが立ち上がり、両手を広げて自分のことを抱きしめる。
「憐、それ以上は話さないで、私の話をよく聞いて? いい? 確かに私達が狙われたのは憐が関係しているかも知れない。けど、それは私達が先に憐と関わることを選択したからそうなっただけ。あなたのせいじゃない。あなたが過去にどんなことがあったのかは知らないけれど、それが辛い物だったことは、なんとなく分かる。あの時包帯の男が言っていたことからもね。だけど憐はその辛い過去すら乗り越えて今を頑張って生きてるんでしょ? それは凄いことだよ。だから、自分を誇って」
「っ! ぅ、ぅ、はいっ」
「それにね、悪いのは憐じゃなくてあの犯人の方だから、そんなこといちいち気にしてちゃだめ! 分かった? 私も、おばあちゃんも、そして憐も、無事に生きてるんだから」
「っはい! ありがとう、ございます」
「うん、泣いていいんだよ。辛かったね。もう十分頑張ってるよ」
「っ! ・・・ぅ、うわあああん!」
何かが決壊したかのように喉から声が漏れ、目から涙が溢れ出る。
必死に柚葉さんにしがみつき、まるで幼稚園生みたいに喚く。
柚葉さんは優しく頭を撫でてくれる。
一度始まったら、自らの意思で止めることは出来なかった。この涙が枯れるまで。
「どう? 落ち着いた?」
どれくらいの間柚葉さんの胸の中で泣いただろうか。
今はもう涙も止まり心は落ち着いた。
「・・・・・・ぅ、はい。ありがとう、ございます」
「うん、よかった」
柚葉さんの服は自分の涙や鼻水で少し濡れてしまった。
それを気にした素ぶりもなく柚葉さんが自分の両頬を優しくつまむ。
「いっぱい泣いたんだから、次は笑って。ずっと悲しい顔されてちゃこっちも悲しい気持ちになるよ、ほら!」
「ひゃい」
「あはは! か〜わいい!」
「ふふっ」
つままれた頬をグニュッと上に引っ張られて歪な笑顔になってしまった。
けどそれを見て柚葉さんは笑い、柚葉さんの笑顔を見ると自分もつい笑顔になってしまう。
「うん! やっぱり笑顔の方がいいよ! その方が元気も出るし楽しいでしょ?」
「はい、自分もそう思います」
それは自分が実感している。
柚葉さんの笑顔に何度も元気づけられてきたから。
「じゃあ憐君が起きたこと報告してくるから、ちょっと待っててね」
「わかりました」
柚葉さんが軽く手を振って自分の病室を出ていく。
その後お医者さんを連れてきてくれて、軽く診察を受けたが特に怪我や異常は無かった。
すぐに退院可能。
となるはずだったが、ここで問題が起きた。
自分が親に捨てられ帰る場所がないこと、つまり孤児だということが警察側の調査で知られてしまい、受け入れてくれる児童養護施設が見つかるまで退院出来なくなってしまった。
見つけるのに少なくとも数週間ほど時間がかかるみたいだ。
柚葉さんは自分が帰る場所がないことを心配していたようでその話を聞いて少し安心していた。
「よかったね憐君」
「・・・・・・」
「憐君? どうしたの? ・・・・・・もしかして憐君は行きたくない?」
柚葉さんの表情が一変して少し不安そうな顔をしてこちらの様子を伺っている。
児童養護施設に入りたくない。
集団で行動するのにいい思い出はない。
というか、思い出したくもない。
入る場所が必ずしも前の学校のような場所でないことは分かっている。
「・・・・・・早く行きたいです」
入りたくない行きたくない。けど、行かなければ自分はあの山で暮らすことになって、柚葉さんと千代さんにまた負担をかけてしまう。
本当にそれでいいのか。
遠くの児童養護施設を探してもらって、柚葉さん達との関係を断つのがいいんじゃないか。
自分が近くに居ると迷惑になる。
厄介事を運んできてしまう。
だから、もう柚葉さん達とは
「嘘ついてる」
「えっ」
「ふふ、図星でしょ。なんで分かったのって顔してる」
柚葉さんはイタズラをした子供のような笑みを浮かべる。
なんで分かって
「憐君は顔に出過ぎだね。そんな楽しくなさそうな顔しながら言われても絶対嘘じゃん! ってなっちゃうよ。憐君嘘つくの苦手だね〜」
「あっ、いや、本当にっ」
「本音を言って」
ホワホワとした話し方や表情から一変して、普段よりも声が低くなって顔から笑みが無くなった代わりに真剣な眼差しで自分の目を見てくる。
柚葉さんの瞳は心が吸い込まれていきそうなほど美しかった。
「行きたくない、です」
「うん。理由は聞かないよ」
「ありがとう、ございます」
「うん。じゃあ私とおばあちゃんと憐君で、三人で一緒に住まない?」
「それは」
「憐君はなにも気にしなくていいよ。おばあちゃんも入院する前に何度も言ってたし大丈夫。返すとかも考えなくていい。でももし憐君がどうしても気になるなら、大きくなってから恩返しして? だから今は憐君は何も気にしないでいいんだよ。まだ中学生なんだから、もう十分憐君は頑張ったんだから、これからは楽しく生きていこう? 三人で」
「っぅ、う、ぐすん」
「憐君はよく泣くね。いいよ。全部吐き出して。私が全て受け止めるから」
柚葉さんの腕の中は温かくて、心地よくて、どこか懐かしさを覚える優しさを感じた。
柚葉さんと千代さんと三人で暮らす。
夢のような話だ。
そんな幸運なことが自分にあっていいのかと思うほど。
自分よりも頑張っている柚葉さんが、今までよく頑張ったと言ってくれた。
それだけでどこか認められた気がして、ほんの少し、勇気と自信が湧き出てくる。
「っぅ、柚葉さん達と、一緒に暮らしたいですっ・・・・・・」
「うん、これからよろしくね」
しっかりと、ハッキリと言えた本当の気持ち。
これから始まることになるだろう三人での暮らしに少し、胸を躍らせる。
人生は悪いことだけじゃないと、そう思えた。
その後自分を担当してくれているお医者さんに柚葉さんの家で、三人で暮らしたいと二人で伝えに行くと、忙しいだろうに嫌な顔一つせず優しく対応してくれた。
今日は忙しいから書類の話はまた後日、暇が出来たときに一緒にやってくれると言ってくれた。
辛いこともあったが、自分は周りに恵まれているなあ、とつくづく思う。
翌日、コンコンコン、と病室の扉がノックされ扉が開くと入ってきたのはお医者さんと警察だった。
「憐君、受け入れ先が決まったよ」




