〈12話〉温もり
「ご馳走様ー!」
「ご馳走様様でした」
「はい、お粗末さまでした」
夜ご飯も食べ終わり、使った食器を柚葉と一緒にシンクへ運んでいき、袖を肘まで捲りスポンジの洗剤を付けて皿洗いを始める。
ちなみに夜ご飯までの間は柚葉さんと話終わった後すぐに眠っていた。
布団も敷かず畳の上で眠っていた僕に柚葉さんも千代さんも驚いていたが、久しぶりに安心して眠れて気持ちよかった。
けれど、そんな時間ももう終わり。
皿洗いを終え、部屋に戻ってここを出る準備をする。
殆ど何も入っていない小さなリュックを見つめる。
唯一両親が揃っていた時からの大切な物。
もうあの時には戻れないけれど、これだけはあの時のままだ。
今は大して使い所が無いけど、いずれは荷物が増えれば役に立ってくれるだろう。
少しの間リュックを見つめ、抱きしめると自然と涙が出そうになるのを抑えてスマホを手に取った。
「もう行くの?」
柚葉さんと千代さんに出発を伝えに行こうと立った瞬間に襖が少し開き、柚葉さんが顔を見せる。
その表情はどこか儚げでこちらを心配しているように見えた。
「はい、そろそろ行こうかと思います」
長居しても邪魔になってしまうから。という言葉をグッと堪えた。
そんなことは言わなくていい、余計相手に気遣わせるだけだ。
「本当に大丈夫なの? 今は雪も降ってるし、絶対に辞めた方がいいよ・・・・・・せめて明日の昼くらいにした方がいいと思う」
「でも・・・・・・」
「わしもその方がいいと思うよ。今は危ないから辞めておきなさい」
柚葉さんの後ろから千代さんも顔を覗かせてそんなことを言う。
「おばあちゃんもこう言ってるし、早く帰りたいとは思うけど今は今日は辞めておこう? ね?」
「・・・はい」
結局自分の心は弱いままだ。
そう簡単には変われない。
迷惑になると分かっていてもこの家の心地よさと温かさ、そして孤独感から解放される感覚が自分の判断を鈍らせ甘やかしてしまう。
一日くらい伸びたって変わらないと、大した迷惑になんてなってないと自身に言い聞かせてしまう自分の考え方も嫌いだ。
「じゃあほら荷物置いてリビングに来て! 三人で遊ぼうか!」
「あの子はいくつになっても落ち着きがないな〜。ゆっくりでええからね」
笑顔でそう言ってドタドタと急いでリビングへ向かう柚葉さんの後を、千代さんが嬉しいそうに笑いながらゆっくり追いかける。
荷物を部屋の端に置きリビングへ行く。
「じゃあトランプやろうか! ババ抜きって知ってる?」
「わからないです」
リビングに行くと待ち受けていたのはてテーブルを囲んで座る柚葉さんと千代さんだった。
「教えるから隣座って! あ、これ好きに食べていいよ!」
柚葉さんの隣に座ると、テーブルの上に置いてある沢山のお菓子とジュースを勧められた。
「まずはこのカードを三人に均等に配るから、自分の手札の中から数字が2枚揃ったカードを出して、他の人のカードを順番に一枚ずつ取っていって先に手札が無くなった方の勝ちってルールなんだけど、」
「・・・・・・」
お菓子って一度にこんなに沢山買うものなのかな?
どれも食べたことないから気になるな・・・・・・。
「って、憐君聞いてる?」
「あ、すいません・・・・・・聞いてなかったです」
「お菓子が気になるかい?」
「なぁんだ、そういうこと?」
「うぅ、すいません。そうです」
「あはは! ごめんねじゃあもう開けようか! 好きなの食べていいよ!」
そう言って柚葉さんはポテトチップスの袋を開けてテーブルの上に広げ、一枚摘んで口へ持っていく。
「う〜んやっぱりポテチは美味しいなあ、ほら、憐君も食べな!」
「はい、いただきます!」
催促されて恐る恐る手を伸ばして、一枚掴み口へと運ぶ。
口に入れ一口噛むと、パリッと気持ちの良い音を奏でながら塩味が口にぶわっと広がる。
「! 美味しい!」
「のり塩美味しいよねえ〜! まぁ私はコンソメの方が好きだけど、のり塩も2番目くらいには好きかな! ザ王道って感じで!」
「これもいいですか?」
「うんいいよ! どんどん食べて! ほらおばあちゃんも!」
「じゃあちょっとだけ食べようかな」
三人でお菓子を食べながら盛り上がって、その後はカードゲームで沢山遊んだ。
その時テレビもついていて、こんなにも騒がしい日を過ごしたのは久しぶりで、とても楽しかった。
こんな時間がずっと続いて欲しいと、この短時間で何度思ったことか。
しかしそんな楽しい時間にも終わりがある。
時刻は既に日を跨ぐ直前で、就寝時間となった。
ああ、今寝てしまったら感慨に浸かる間もなく、一気に時間が飛んですぐにここから出ることになる。
「憐君、起きてる?」
襖が少し開き、柚葉さんがヒソヒソ声で呼んでいる。
「起きてます」
「よかった、今大丈夫? 少し話さない?」
「大丈夫です」
同じくヒソヒソ声でそう返事をすると柚葉さんが部屋に入ってくる。
既に電気を消して布団の中に入っていたから、点けようとすると止められた。
「ああ、いいよいいよこのままで大丈夫」
布団の中に押し戻されていき、柚葉さんは自分の布団の隣に座る。
そこからは本当に他愛のない会話を続けた。
柚葉さんは看護師になるのが夢だということ。
千代さんはよくスマホの充電を忘れて大事な時に使えないことが多いこと。
田舎だから学校が遠くて通学が面倒くさいこと。
千代さんも柚葉さんも家庭菜園や花を育てるのが好きだということ。
たまに少し会話が途切れることもあったけど、その時間すら楽しかった。
自分にお姉ちゃんが出来たようで嬉しかった。
どんな会話の続きだったか、柚葉さんの家庭の事情も教えてくれた。
「私の家はね、おばあちゃんと二人で暮らしてるの。私の家族は、私が小さい頃に事故で亡くなっちゃって、おばあちゃんとおじいちゃんに引き取られの。でもおじいちゃんも私が小学生くらいの頃に亡くなっちゃって・・・・・・あの時は沢山泣いたなあ。お母さん達の顔や思い出じは殆ど無いけど、おじいちゃんとの記憶はまだるから、今でもたまに寂しく感じるの」
柚葉さんの声はどこか弱々しく震えていた。
元気な声ばかり聞いていて、自分だけが辛いと思っていたのが恥ずかしくなる。
この人だって辛いはずなのに、自分を励まそうと楽しませてくれていたのが、何故か凄く心が痛んだ。
「そこからはおばあちゃんが一人で私を育ててくれたの。いつも元気で、一人だった私をが寂しくならない様に楽しませてくれて美味しいご飯も作ってくれて、本当に感謝してる。今高校三年生だから、卒業したらすぐ働いて、今までおばあちゃんに迷惑掛けてた分恩返ししたいな。旅行とか行ったりしてさ・・・・・・」
少しの沈黙が続く。
千代さんは一人で柚葉さんを育てたのか。
お金以外にも沢山苦労したはずなのに、今の柚葉さんが元気で笑顔が溢れるのはそんな千代さんの頑張りと柚葉さんの千代さんを思っての行動からだろう。
互いが支え合っていたのだ。
「ちょっと辛気臭くなっちゃったね。あ、そういえばこの部屋にある仏壇の写真見た?」
「あ、見てしまいました。ま、まずかったですか?」
「いやいや大丈夫だよ心配しすぎ」
ころころと柚葉さんが笑う。
「あれね、私のおじいちゃん」
「あれが・・・・・・男前ですね」
「ねーイケメンでしょ? あれはおばあちゃんが惚れるのも納得だよね」
ふわあ〜っと柚葉さんが小さく欠伸をする。
「そろそろ寝ますか?」
柚葉さんは自分に気遣って話してくれているだろうし、それが本当に申し訳ない。
「うん。そろそろ寝ようか・・・ありがとうね、付き合ってくれて」
「自分も楽しかったです」
「よかった・・・・・・あっ最後に」
「?」
「私もよく色んな人に嘘をついてきたから分かるけど、憐君の事情を深く詮索しようとは思わない。けど、何か困ったことがあれば頼ってね? 力になるから。遠慮とかは要らないよ? 私達、どっちも両親がいない仲間同士だし」
「はい。ありがとうございます」
「うん。じゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
柚葉さんがゆっくりと立ち上がり、静かに部屋を出ていく。
そうか、嘘をついていたこと、バレていたのか。
本当は自分に帰る場所がないことを分かっていたのかもしれない。
だから最後の言葉を言うために、話に来てくれたのかもしれない。
そう考えれば考えるほど、やはり自分はここに居ては行けないと感じる。
既に苦しい生活をしているはずの二人に、さらにもう一人分の負担を掛けてしまう。
何よりずっと気を遣わせてしまっている。
明日は絶対に、山へ戻ろう。
面白い・続きが読みたいと思ってくれたらブクマお願いします!!




