〈プロローグ〉人類の敵
「人類は前代未聞の危機に瀕している」
何処かの国の偉い人がそう言った。
だだっ広い太平洋の真ん中に、ぽつんと浮かぶ、小さな島があった。
島唯一の建物から顔を覗かせるのは複数の少年少女。
彼らは誰もが不安な顔をしながら上空を見つめていた。
島周辺の海を埋め尽くすほどの数の戦艦が、砲塔を島へ向けて停止していた。
靡くは日の丸、靡くは星条旗、靡くは五星紅旗、数えきれないほどの国旗が、広大な海の上で激しく揺れていた。
何故これ程までに多くの国の海軍が集まっているのか。
理由は一つである。
この島に国際最重要危険人物、通称WE(World enemy)とそれが庇護している人物達を排除する為に作られた世界連合だからだ。
「総司令部からの指示は?」
「はい。待機を継続せよとの事です。恐らくWEに投降の余地を残しているものと思われます」
「待機継続、か・・・・・・総司令部の奴らめ、いつまで待機させるつもりだ」
「そう言っても仕方ありません。いつでも動ける様に備えておきましょう」
「・・・・・・総司令部が判断を誤らないことを祈るしか、我々には出来ないのか」
日本海上自衛隊第一艦隊司令官黒瀬圭吾は、この作戦の総指揮を執っているアメリカ合衆国の命令に不服であったが、それを副司令官の黒瀬慎一郎が宥める。
「それにしても、一体どうやって浮いているんでしょうね。ニュースやSNSで何度か見ましたが、最初はCGかなんかだと思いましたよ・・・・・・」
黒瀬がそう言いながら見つめる先は目標の島
ーーーではなく島の上空に浮いている1人の人物。
それは黒をベースにしたまるでファンタジーに出てくる魔法使いのような服を纏い靡かせている。
「あんな動画を見れば誰だって疑うものだ。実際に私も東京に行くまで疑ったものだ」
「あれは本当に凄まじかったですね。人間一人にあんなことが出来るとは未だに信じられません。幾ら宙に浮くことが出来てもあれは・・・・・・あれはまるで自然災害です」
「そうだな。だが、実際に日本は奴によって大打撃を受けた。しかし、本当に奴がやったにせよたまたまにせよ。奴はここで死ぬことになるだろう・・・・・・あれほど歪みあっていた世界中の国が今、団結している。まるで夢を見ているみたいだな」
「はい。しかし、それも今日で終わりでしょう」
「・・・そうだな。一時の夢を見せてくれた彼には感謝しよう」
「アメリカ海軍第七艦隊から伝達です! 全艦、主砲及び副砲を目標へ向けて照準せよ! 六〇秒後一巡装填分のみ斉射し停止せよ! 繰り返す! 全艦、主砲及び副砲を目標へ向けて照準せよ! 六〇秒後一巡装填分のみ斉射し停止せよ!」
「漸く伝令が来たと思ったら一巡のみだと!? 総司令部はふざけてるのか!?」
「まぁまぁ、相手はたかが1人の人間です。幾ら飛べるとしても、この数の戦艦から滅多撃ちにされれば、幾ら不可思議な力を使えようと何も出来ますまい」
「そうだといいがな・・・・・・たった1人の人間の為だけにこれ程の戦力を出させるとは、恐ろしいものだな。人類史でも彼が最初で最後になるだろう」
島を囲む各国家の全戦艦の砲塔が、島唯一の建物と上空に浮かぶ男を照準する。
「お前らは追い出すだけじゃ飽き足らず、辺境で静かに暮らす罪のない子供たちまで殺そうと言うのか ・・・・・・良いだろう。俺がお前らを地獄に導いてやる」
男は島の周辺を取り囲む世界連合を見ながら諦めたように呟き、確かな意思と覚悟を持ってそう言った。
「てええええええええええええええ!!!!!!!!!」
島を焼き尽くさんと周りを囲む全艦が一斉発射し、爆発音が続く。
数十秒後、世界連合の攻撃停止する。
誰もがその斉射で島は吹き飛び、上空に浮かんでいた男は跡形もなく消えているだろうと思っていた、そう確信していた。
しかし、そんな夢物語はあっけなく打ち砕かれてしまった。
「なっ、何が起こってるんだ・・・・・・?」
「自分にも・・・もう、何が何だか・・・・・・夢を見ているようですっ」
島には傷一つなく、男は先程と変わらぬ様に顔色一つ変えず同じ場所に浮いていた。
島を吹き飛ばす筈の砲弾は宙に浮かび、男を蹴散らす筈の砲弾も、島に着弾する事なく、島の周りで宙に浮いて静止している。
まるで時が止まったかのように。
皆が固まり、そのにわかには信じ難い光景をただ茫然と見ているしかなかった時、脳に直接声が聞こえてきた。
「「「っっっ!?」」」
「運良く帰れた奴はしっかりと伝えておけ。次はお前らだとーーー」
男が最後に言葉を放った瞬間、全ての砲弾は反転し全方位に勢いよく放たれる!
世界連合は一瞬にして壊滅的被害を受ける事となった。
反応する事も抵抗する事も許されず、文字通り一瞬だった。
真っ青だった海は瞬く間に炎に包まれ、世界連合側にとって地獄と化した。
「ふ、ふふざけるなああ!!?? あれの何処が我々と同じ人間だと言うのだ・・・・・・あ、あんな物は人間などではない! 悪魔だ・・・悪魔に違いない! 悪魔が降臨したんだ! もう終わりだ! 我々は全員殺されるんだ!」
「艦長! 落ち着いてください! 全速力で離脱しろ!」
「・・・・・・はっ、は、はい!」
運良く動ける戦艦も生き残った人間も錯乱するか戦意喪失し、総司令部かの命令が下る前に我先にと即座に撤退を開始し、男もそれ以上追撃する事はなかった。




