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迎え火への坂道

「それでね、大一。だから伝暗岬でんなみさきに住む人命を守るために当時の政府の命により相伝隊が結成されたの。和伝人には沱繋切だけいさくがあるから戦うための術が帝生ていせい人よりも多いから適任でしょ?」

 

 車に乗ってから僕はずっと佳月の説明を聞いていた。金髪の男性――雷電らいでん 畝人うねとさん――が運転する車は昼前に僕の家を出てから9時間経つ頃には田舎としか言いようのないところに来ていた。ところどころに廃屋がある。あまり人が住んでいなさそう。道はボコボコで、さっきから頭がぐわんぐわんと揺れている。あちこちに落ち葉が散らばっている。ここでは秋の訪れが少し早いようだ。夕日が沈んだころ一軒の家の前で車が停まった。縁側で10歳くらいの地味な茶髪の女の子が白い布を次々と引き裂いている。


 畝人さんは「さあ、着いたよ」と車の鍵を抜いた。

「ありがとう。畝人さん」と佳月は車からぴょんと降りた。


 僕も頭を下げた後、車から降りた。暗い黄褐色の髪の女の子が家の中へ向け誰かを呼んだ。家の奥からバタバタという音がした。茶髪の女の子は白い布を畳んだ。


「いらっしゃい。あなたが大一ね?」とニコリともせず明るい声音だった。

「はい」と僕は頷いた。


 女の子は少し目を伏せてから、腰を伸ばしている畝人さんを見た。


「湿布はいりますか?」

「よろしく頼むよ、烈ちゃん」


 女の子――烈――は奥から出てきた30代くらいの黒髪の女性と入れ替わるように家の中へ行った。女性の後ろには15歳くらいの青みの掛かった金髪の少女と、彼女に抑えられている6歳くらいの栗色のおさげの女の子がいた。金髪の女の子と6歳くらいの女の子は端正な顔立ちがよく似ているから年の離れた姉妹か、親戚なのだろう。

 黒い髪の女性はチラと心配そうな眼差しを畝人さんに向けてから、僕を見た。顔立ちや佇まいに良家の子女感がある人だ。


「はじめまして。私は蓮医ハスイ隊の秋宗 明子と言います。佳月から説明は聞いているでしょう?」

「はい」と僕は頷いた。「相伝隊に属する医療部隊、ですよね? 相伝隊の隊士の姉妹や娘などで構成されていると聞きました」


 僕はチラと佳月を見た。佳月は手の後ろで組み、まっすぐ立っている。明子さんは一瞬だけ佳月に微笑み掛けてから、表情を引き締めた。彼女の視線の先には畝人さんがいる。畝人さんは縁側で腰を庇いながら寝転がっている。金髪の少女が困ったような顔で畝人さんの腰に湿布を貼っている。その横で6歳くらいの女の子が何かを言っている。いつの間にか戻ってきていた烈は明子さんの隣に立っている。この女の子達も隊士の娘なのだろう。


 明子さんは「畝人があの調子ですからあなた方の屋舎には佳月と歩いていってもらうしかありませんね……」と右手を頬に当てた。「佳月、大丈夫よね?」

「はい。私は元気なので大丈夫です」と佳月は胸を張った。

「1日中車に乗っていて元気だなんて。若いわねぇ……」


 烈は「私は秋宗 烈。お察しの通り、蓮医隊の隊士で、明子さんの養女。11歳よ」とまっすぐ僕を見た。

「はじめまして。今後ともよろしくお願いします」


 烈の顔立ちはやや綺麗だが地味、明るい緑色の目を持っている。低めの声だが声質は柔らかい。


「私は雷電 美実はるみ。14歳よ」と金髪の少女、改め美実。「この子は妹の真生まお。畝人さんの長女」と6歳くらいの女の子を指した。


 美実さんの言葉に僕は察した。2人は異父姉妹なのだろう。

 

「ねえ。もうとっくに日が沈んだよ。早く行かないと師範が怒るよ」と佳月が僕の袖をくいと引っ張った。

「え。今から?」

「そりゃそうでしょ」と佳月は呆れたように眉根を寄せた。


 わお。5歳の女の子に呆れられちゃったよ。

 僕は慌てて蓮医隊の皆さんに挨拶をしてから、佳月の先導により坂道を登った。10月だから日の沈みが早い。佳月の持っている懐中電灯がなかったら僕は簡単に迷子だ。佳月はすいすいと坂道を登っていく。容赦なくサッサと岩もよじ登る。嘘やーん。あの子、今まで見た誰よりも綺麗な顔立ちなのに、めちゃくちゃ筋肉も体力もあるのか? 冗談は本だけにしといてくださいよ。

 僕がゼイゼイと息切れながら口の中がカラカラになりながらも登っている間、佳月は平気そうに先を行く。待て、少しは一般人だった僕の体力も計算……5歳児には難しいか。真っ暗闇の中、佳月の照らす光に向かって僕は頑張って進んでいく。いつ終わるんだよ、この道。

 酸欠でクラクラしてきた頃、やっと道の向こうに家の光が見えてきた。


「佳月さん……、アレ? あそこ? 到着?」

「そうだよ。あそこ」と佳月はケロッとした声だ。


 最後だ。やっとだ。僕はなんとか踏ん張って登った。


 道の途中で佳月が「おーい!」と手を振った。


 家から男の子が飛び出してきた。家の明かりに照らされて金髪が太陽のように輝いている。僕は全力で足に力を入れた。家の前に着いた。そしてそのまま男の子により掛かるように倒れた。この家があと5歩程も離れていれば、僕は野垂れ死んでいた。男の子はあわあわとしている。僕と同じくらいの男の子で、僕より背が高い。どこかで見たことあるような顔だけど気のせいだろう。佳月がゴソゴソと自分の懐を探っている。


「お水いる?」

「水筒あるならもっと早く出してやれ!」と男の子は水筒をひったくった。


 佳月には年齢と精神年齢がかけ離れているような第一印象を抱いた。違う。ちゃんとした大人のような動作や言葉遣いが叩き込まれているだけで、それ以外はちゃんと5歳児だ。うちの百合とは違うタイプだけど。

 男の子は僕の手に水筒を持たせようとしたが、僕が上手く握れなかったため僕の口に水筒を当てた。水が冷たい。カラカラが……消えていく。生き返る。


「ありがとう」と僕はふらふらしながらも男の子から離れた。


 その頃には他にも人がいた。30歳前後の深く渋い茶髪の男性と、烈より少し年上くらいの炎のような赤毛の少年だ。男性は冷たく佳月を睨んでいる。佳月の身が竦んでいる。僕は佳月の前に立った。


「はじめまして! 土出 鶴二の息子、東 大一です! あなたが五月四日つゆり 真道まさみち様でしょうか!」


 知らず知らずのうちに声が大きくなってしまった。男性の目が僕に向けられた。佳月に向けられたものと違い、睨んではイない。男性は僕を家の中に入れた。ズンズンと先を行くように見えて、僕の歩調を気遣うようにゆっくりと廊下を歩いている。奥に長い家で、左右にドアが並んでいる。


「あぁ。私が相伝隊司令官代理の五月四日 真道だ。お前を歓迎する。夕食は?」

「まだです」と僕は緊張しながら頭を振った。

「お前の部屋の机に軽食を置いてあるから食べなさい。敢太げんた愛恵人まえととの自己紹介を済ませるように。それから今夜はゆっくり寝なさい」

「はい」


 そのまま男性は1つの部屋に入り、パタンと戸を閉めた。ふぅと肩の力を抜いた。第一印象は怖かったけど、意外といい人だ。赤毛の少年が「来いよ」と僕を追い越して進んだ。そして1つのドアを開けた。建物の真ん中辺りの部屋だ。赤毛の少年は真っ暗な部屋に入った。やがて灯りがついた。机の上にあったランタンを少年は背伸びして天井に吊り下げた。


「ここがお前と愛恵人の部屋だ」


 赤毛の少年の言葉に僕は目を見開いて部屋を見た。男2人の部屋だからか広い。左手に二段寝台、奥に机、右手に箪笥がある。


「あなたの部屋は?」

 少年は「オレは一人部屋だ。さすがに男3人はキツイだろ。臭いとか陣取りとかが」と肩を竦めた。「そうだ。オレは炎谷 敢太。13歳だ」


 男の子――たぶん、愛恵人――はいつの間にか部屋に入っていた。


「僕は雷電 愛恵人。お前と同じ9歳だよ。何なら従兄弟だから、何でも聞けよ」

「え、僕ら従兄弟なんですか?」

「うん。オレらの母さんたちが姉妹なんだってよ」

「言われて見れば僕の母と似てるかも」


 男の子とは思えないほどの美少年だ。女の子の服着たら美少女で通じそうなほど華やかな目鼻立ちだ。細くて綺麗に波打つ短い金髪に、空のように明るい青の目。僕の母さんと顔が似てる。でも、愛恵人の方が綺麗で華やかだ。

 僕はチラっと敢太を見た。彼は美少年とは対照的でガッシリとした体格で、角張った顎だ。もう少し鼻が細くて目の形が綺麗だったら男前の部類に入る。


 敢太は「愛恵人と比べたら見劣りするだろ?」とガハハと笑った。


 はい、とは素直に言えず僕はブンブンと頭を横に振った。えっと、敢太に失礼なことを言う前に話をズラさないと。


「そう言えば佳月は?」

「佳月? 風呂に入ってんじゃねえの?」と愛恵人は拳を突き出した。「どっちが上かじゃんけんな!」


 じゃんけんには一瞬で負けた。愛恵人が二段寝台の上をゲットした。うぅぅ。敢太は「あいこも無しかよ」と鼻で笑った。


「そういや、大一。たぶん明日から修行始まるから腹括って早く寝ろよ」と敢太はドアを閉めた。

「修行ってどんなの?」と僕は上段に登る愛恵人を見た。

 愛恵人は「体力ない大一は死ぬんじゃねえの?」とあっけらかんと答えた。


 え、前線へ出る前に命の危機? 僕は顔に両手を被せ天を仰いだ。


メインキャラクター、次々と登場。

ちなみに1歩程=1メートル小です。

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― 新着の感想 ―
少しずつ設定が明かされていく毎に、この世界を取り巻く大きな力の断片が垣間見えるようです。 特別な力を持つ人たちといえど、人種で戦う人が決められているという設定が、切なくて心に残りました。 どのキャラク…
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