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小さくなってしまった私にアルは言う。
「どうやら君は今回、ルークに事情を説明してはいないようだ。それに気づいた僕は彼に言ったんだよ。『実は近々、サプライズでリリを遠乗りに誘うおうと思っている。でも、リリは察してしまったんだろうね。だからいつ誘われても良いように、外出着を確認したり、地図を見たりして、ソワソワしたりしているんじゃないかな』って」
「……アル」
パチパチと目を瞬かせた。
アルが私の事情を知っていて、なおかつルークに黙っていてくれたことが信じられなかったのだ。
しかも、嘘まで吐いて。
「僕の話を聞いて、ルークは納得してくれたよ。そして差し支えなければ、そのデートの日程を教えて欲しいと言ってきた。いくらサプライズと言っても、こちらにも準備があるとね。それはその通りだ。だから僕は今日の日程を伝え、朝からリリを迎えに行くから、彼女には秘密にしていて欲しいって頼んだってわけ」
「……」
「ルークは快く頷いて、君のご両親にまで伝えてくれたよ。だから今日、君が外出することは、君以外は皆が知っていた。そわそわしている君を見て、デートに誘われるのを楽しみにしていると思って黙ってくれていたんだよ」
「私、ものすごく格好悪いですね……完全に道化です」
皆に秘密にして、何とか隙を見て外に出ようと思っていたのに、すでに全員に外出を知られていたとか格好悪すぎる。
「アル……どうして、私がしようとすることが分かっていて、止めなかったんですか?」
「ん? リリは止めてほしかったの?」
「いいえ。でも、褒められた行いじゃないってことくらいは分かっていますから」
人のデートを監視しようというのだ。
友人を守りたいという気持ちがあったところで、やっていいことではないことくらいは分かっている。
私の疑問にアルは困ったように眉を寄せた。
「どうしようかなとは思ったよ。でもね、きっと君は止まらないだろうなと分かったし、それなら僕も着いていったら済む話じゃないかなって考え直したんだ」
「は?」
――着いていく?
どういうことかとアルを凝視する。彼は「うん?」と首を傾げた。
「何かおかしい? 元々ね、ウィルについてはどうにかしないとなって思っていたんだ。あいつは最近、ちょっとやり過ぎだ。貴族たちの間でも噂になりはじめてきているし、父上の耳にも入ってきている。そろそろ止めないと、本格的に王族から追放されてしまうってところまで来ているんだよ」
「そ、そうなんですか……」
事態は私が思っているより、よほど深刻だったようだ。何も言葉を返せないでいると、アルは大きな溜息を吐いた。
「前はもう少し、色々と隠せる奴だったんだけどね。カーライル嬢と関わるようになってからあいつのポンコツ化は日に日に拍車がかかっているよ。全然周囲に隠せていない。これはまずいなと考えていたところに、君の行動だ。ちょうど良いから、僕も着いて行って、あいつの行動を見張っておこうかなって思ったってわけ。今のあいつはちょっと信用できないしね。これ以上何かやらかされてはたまらないんだよ」
渡りに船だね、と笑うアルだったが、私としては笑えない。
何とも言えずアルを見上げると、彼は片手を放し、私の頭をそっと撫でた。
「そういうわけだから、今日のデートは遠乗りだよ。まあ、あいつに見つかったら『僕たちもデート中、偶然だね』くらい言ってやればいいんじゃないかな」
「そんな簡単で良いんですか?」
「簡単なくらいの方が、疑われないよ」
それはそうかもしれないが、本当にそれで良いのだろうか。
どう返事をすれば良いのか迷っていると、アルが、少し語気を強めて言った。
「でもね、リリ。反省はして欲しい。今回、ルークが気づいて僕に連絡してくれたから良かったけど、そうでなければ君は今頃、護衛もなく、公爵家の誰にも言わずに一人で出てきていたってことなんだからね」
「そ、それは……」
「君は僕の婚約者だってことをちゃんと自覚して欲しい。以前、破落戸に襲われかけたこと、君も忘れてはいないでしょう?」
「……はい」
それを持ち出されると弱かった。
「君は、皆に気づかれないように戻ってくるつもりだったんだろうけど、そう上手くはいかないよ。きっと誰かが気づいて、大騒動になる。君はクロエを助けたかっただけかもしれないけれど、それだけでは済まなくなるんだ」
「……申し訳ありませんでした」
アルの言う通りだった。
自分の考えなしの行動が恥ずかしく、私はただ、俯くしかできなかった。
孤児院へ行くと言っておけば何とかなるなんて、普通に考えてもあり得ない。きっとそう書き置きを残せば、心配したルークか使用人の誰かが、孤児院まで迎えに来ただろう。そうして、私がいないことが発覚し、それこそアルの言った通り大騒動となったに違いない。
どうしてそれに気づけなかったのか。少し考えれば分かったことだったのに。
「私、皆に多大な迷惑を掛けるところだったんですね……」
本当にクロエを助けたい、だけで済む話ではなかった。
こうしてアルが、皆に予め『デート』だと言ってくれていたから、何も問題が起きていないだけ。
私は第一王子の婚約者で公爵家の令嬢。
その令嬢がいなくなれば、騒動になるのは当然なのだ。
自分の愚かさに泣きたくなっていると、それを察したのか、アルが頭を撫でてきた。
「反省はしてくれたようだし、もう良いよ。実際は何も起こらなかったわけだし。ただ、今度からは絶対にまず僕に相談して。どんな些細な問題でも。分かった?」
「はい」
「君はか弱い女性なんだ。そして僕の大切な人でもある。だから無茶はして欲しくない。分かってくれるね?」
「……はい」
首を縦に振る。私が本心から反省したのが伝わったのか、アルがホッとしたように息を吐いた。
「本当に、僕の婚約者は意外と行動力があって吃驚させてくれるんだから。……うん。じゃ、この話はここまでにしよう。で、これからなんだけど」
「これから、ですか?」
キョトンとアルを見つめる。彼は悪い笑みを浮かべた。
「僕たちは、デートに行くってさっき言わなかった? 目的地はウィルたちの遠出と同じ場所。偶然って怖いよね? やっぱり双子だから行きたい場所も被るのかな?」
「アル……」
目を瞬かせると、彼は今度はウィンクした。
「昼食にぴったりの場所があるんだ。そこで、僕たちも一息入れない? 僕たちは恋人同士なんだから、少し人気のない場所でも構わないよね。そのあと、ウィルたちが来るかもしれないし、隠れた場所に居る僕たちには気づかないかもしれないけど、それは仕方のないことだと思うんだよ」
隠れて様子を窺おうと遠回しに提案されたことに気づき、私は申し訳なさとありがたさでへにゃっと眉を下げた。
アルがウィルフレッド王子のことを心配しているのは本当だろう。だけど彼がここまでしてくれるのは、間違いなく私の為だということが分かったからだ。
「アル……ありがとうございます」
「どうしてお礼なんて言うのかな。僕は君とデートがしたいだけ。そしてその場所が偶然弟と同じってだけなのに。ほんっと、双子なんて碌なものじゃないよね。デートの場所が被るとか、勘弁して欲しいよ。もちろん、だからと言って譲るつもりはないんだけど」
わざとらしい答えに、私は素直に「はい」と頷いた。
礼を言っても受け取ってもらえない。それに気づいたからだ。
アルが手綱を両手で持ち、気合いの入った顔をする。
「よし、じゃあ少しだけスピードを上げるよ。リリ、僕にしっかり捕まって。休憩場所には、僕たちが一番乗りでないといけないからね」
「はい」
アルにギュッとしがみ付く。恥ずかしいという気持ちはあったけれど、それで遠慮して馬から振り落とされでもしたら目も当てられない。しっかりと抱きついた私を見て、アルが「ねえ」と話しかけてくる。
「今日は今日としてさ、今度別の日に、改めてデートに行かない? 王都に美味しいカフェが先日オープンしたらしいんだよ。是非、君と行きたいなって思ってるんだけど」
思いも寄らないお誘いが嬉しくて、みるみるうちに頬が赤く染まる。
アルと一緒にカフェ。そういえば、最初のデートの時、行こうと言って、結局行けなかったことを思い出した。行く前にノエルを見つけたからだ。そのことを後悔してはいないけれど、機会があるのならまた出掛けたいなと思っていた。
「あ、あの……はい、行きたいです……」
アルと一緒に。
そう答えると、アルは満足そうに頷き、「じゃ、そのためにもさっさと面倒なことは片付けてしまおうか」と言って、馬を走らせた。
その真剣な顔がとても格好良くて、終始見惚れてしまったことは私だけの秘密にしておきたい。




