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第六章 デートイベント




 屋敷に戻った私は、早速便箋を取り出し、アルに手紙を書いた。ウィルフレッド王子がクロエをデートに誘ったこと。可能であればウィルフレッド王子に、デート中、クロエを困らせないで欲しいと一言言ってほしいという旨をしたためたのだ。

 手紙を使用人の一人に託し、ほっと息を吐く。

 アルがどう返事をするのかは分からないが、『働きかけをする』というクロエとの約束を守ることができた。それにやっと、クロエに私が精霊契約をできていないと言えたのだ。

 大事な友人に隠し事をしている後ろめたさはあったので、ようやくそれがなくなったと、解放された気分だった。


「クロエは、やっぱり優しかったわ」


 ルークが淹れてくれたハーブティーを片手に、窓際に立つ。私の部屋からは屋敷の中庭の様子が良く見ることができた。庭師が薔薇の剪定をしている。父よりもずっと年上の庭師の頭は真っ白だったが、彼はとても草花が好きな人で、まだまだ現役で働きたいのだと、彼の息子と共に活躍していた。

 少し離れた場所ではその息子が花に水をやっている。つばの広い麦わら帽子を被っているので、彼の姿はすぐに見つけることができた。

 平和な光景に、表情が勝手に緩む。


「お嬢様」


 ルークが窺うように声を掛けてくる。私は眼下の景色から目を離し、だけどもルークには視線を合わさずに口を開いた。


「クロエに言ったの。精霊と契約できなかったって、はっきり。そしたらね、クロエ、私のために協力してくれるって。自分の契約精霊に、どうして私が契約できないのかを聞いてみるって言ってくれたわ」

「……そうですか」


 どう答えようか考えたのだろう。少しだけど間が空いた。

 私は小さく笑い、ルークの顔を見た。


「まあ、クロエに呼び出された精霊は、何故か私を見て悲鳴を上げて消えたけどね。この調子だと、三度目の契約も不安しかないわ」

「消えた、んですか?」

「ええ。その後、クロエがどんなに呼んでも、応えてすらくれなかったの。契約している精霊なのによ? もう私、どれだけ精霊に嫌われているのかしらって思うわよね」

「お嬢様……」


 痛ましげな顔をされ、私はムッと頬を膨らませた。


「同情は止めてちょうだい。私は諦めないって誓ったのだから。クロエは私がいない時に、もう一度精霊を呼び出して、事情を聞いてみると言ってくれたし、そこを期待するわ」

「本当にお嬢様は、アラン殿下が絡むと、強くも弱くもなりますね」

「当たり前だわ。好きなんだもの」


 好きだからこそ、一喜一憂する。そんなの当たり前のことだ。

 ハーブティーを啜る。飲み頃になったお茶は美味しく、頭がすっきりとした。


「あら、美味しいわね、これ」

「ペパーミントのお茶です。気に入っていただけたのなら良かったです」

「ええ、また淹れてちょうだい」


 いつまでも立っているのも疲れるので、近くにあった肘掛け椅子に座る。

 今、私にできることは殆どない。精霊契約については、クロエ待ちだし、クロエのことについてはアルからの返事を待つしかないからだ。


「ただ、待つだけっていうのが一番疲れるわね」


 本音を零すと、ルークは「そうですね」と苦笑しながらも同意してくれた。


◇◇◇


 次の日、アルからは手紙の返事があった。

 ルークから、手紙を持ってきた王城からの使いが返事を待って外にいると聞き、慌てて開封する。

 手紙には、詳しいことを話したいから王城に来て欲しいと書かれており、使いが城に帰らないのは、どうやら私をアルの元へ連れていくために待っていたからということが分かった。


「今すぐ、用意するわ」


 屋敷にいた父に事情を話し、メイドを集めて準備を手伝わせる。

 今日は緑の混じった青色のドレスだ。袖口のレースが可愛らしくて気に入っている。久々に作った新作ドレスだった。

 髪はいつもの黒いリボンで束ね、薄くではあるが化粧もする。最後にアルとお揃いのブローチとブレスレットを付ければ完成。

 登城するに相応しい格好になった私は、用意されていた馬車に乗った。

 使いが案内してくれたのは、前回も行ったアルの私室だ。私を部屋の前まで案内すると、使いは「殿下、リズ・ベルトラン様をお連れしました」とだけ声を掛け、下がっていった。

 扉の前で待っていると、扉が開かれる。中から顔を出したのはアルだった。

 今日もその姿は相も変わらず麗しい。ガーネットを思い起こさせる美しい瞳にかかった黒髪が、得も言われぬ色気を醸し出している。

 柔らかな視線が私に向けられ、思わずドキッとした。


「リリ、ごめんね。急に呼びつけてしまって」


 少し低めの聞き取りやすい声音。声まで完璧な私の婚約者には、どこにも隙がない。

 さすがローズブレイド王国の第一王子。今日着ている紫がかった紺色のジャケットもとてもよく似合っていた。襟に金糸で縫い取りがされており、とても華やかだが、アルが着ると派手には思わない。むしろ誂えたかのようにぴったりだ。


「い、いえ、元はといえば私の書いた手紙が原因ですから」


 アルに見惚れ、一瞬呆けてしまったが、すぐに我に返った。

 否定するように首を横に振ると、アルは部屋の中に入るよう私を促した。

 中に入ると、アルは私を見て、眩しそうに目を眇める。


「また今日は一段と可愛い格好をしているね。その色、すごく似合っているよ。いつも思うけど、君はレースがよく似合うよね」

「ありがとうございます」


 新作のドレスを褒めてもらえたのが嬉しい。

 アルに案内され、ソファに腰掛ける。すぐに女官がやってきて、お茶菓子と紅茶を並べていった。女官が下がってから、アルが言う。


「手紙、読んだよ。ウィルがカーライル嬢に迷惑を掛けているみたいだね。僕も注意はしているんだけど、聞いてくれなくて困っているんだ」

「そう……ですか」


 ある意味思った通りの言葉に、溜息を吐く。アルも困ったような顔をした。


「手紙にあったね。カーライル嬢がウィルに遠乗りに誘われたと。そういえば言っていたよ。『デートイベント』がどうのって。本当にあいつは、現実を生きているのか時折本気で心配になる」

「……『デートイベント』ですか」


 イベント、と言い切ってしまうウィルフレッド王子が怖い。

 このままでは遠乗りも、クロエが傷つく結果になるのではないだろうか。そんな不安に苛まれていると、扉がノックされた。


「……誰だ?」

「兄上、オレだよ!」

「ウィル……」


 アルが入室許可を出す前に入ってきたのはウィルフレッド王子だった。彼はアルと一緒にいる私を見つけ、目を丸くする。


「あれ? リズ・ベルトランじゃん。何、兄上、デート中だったのか? ……邪魔して悪かったかな。オレ、出直すわ」

「待て、ウィル。気を遣ってくれなくて良いからこちらに来い。……リリ、君も良いよね?」

「は、はい!」


 慌ててアルの言葉に頷く。

 アルの考えはなんとなく分かった。ちょうどいい機会だから、本人に直接聞き出そうと言うのだろう。そしてそれを私にも聞かせてくれるつもりなのだ。





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