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5



「え、でも……」


 クロエの提案に戸惑いを隠せない。

 彼女の精霊に直接聞く? だけどそれはどうなのだろう。


「以前、アルの契約精霊にも聞いたの。結果は、普通に契約できるだろうって。でも、私は失敗した。だから聞いても意味はないと思うわ」

「アラン殿下の精霊ってどの精霊?」

「炎の精霊よ」


 精霊の種類を話すくらいは問題ないので告げると、クロエは自信たっぷりに言った。


「私と種類が違う! ね、それならやってみない? 精霊の種類が違えば、見てくれるところも違うと思うの。聞いてみるだけでも意味はあると思うわ」


 精霊の種類が違ったところで、彼らの返答が変わるとも思えない。だが、クロエの意見は違うようだ。というか、どうやら何とかして私の役に立ちたいと思っているらしい。

 その気持ちは嬉しかったので、私は小さく頷いた。


「あなたがそこまで言うのなら……」

「わ! ありがとう! じゃ、さっそく呼んでみるね!」


 拳を握ったクロエは、勢いよく自分が契約した精霊の名前を呼んだ。


「来て、ソラ!」

『なあに』


 途端、現れた精霊に息を呑む。アルの炎の精霊とも一度見ただけの闇の精霊とも違う、光の精霊が現れた。

 腰まで流れる金色の髪に金色の目。活発そうな表情の精霊は嬉しそうにクロエを見上げ、直後、何故か硬直した。そして私に視線を移し――。


『キャー!!』


 叫び声を上げたと思いきや、その場から姿を消してしまった。


「えっ……ソラ、ソラってば!」


 突然、姿を消した精霊に驚いたのは、精霊と契約をしていたクロエだ。クロエは慌てて再度契約精霊を呼び出そうとしたが、精霊は返事すらしない。


「……どういうこと?」


 クロエが私を見たが、私にも分からない。だって、アルの精霊とあった時は普通だったのだ。今みたいな態度を取られたのは、それこそ最初の契約時だけ。一応、闇の精霊が現れ、契約してくれそうになった時に似たようなことが起こった。


「……え、えーと、リリ?」

「……どうやら、今の状態で契約に挑んでも無理そうだっていうことが分かったわ」

「い、いや、今のは、私を見て悲鳴を上げたってことも……」


 慰めてくれようという気持ちは嬉しいが、さすがにその言葉には頷けない。


「あなたはさっきの精霊とすでに契約を交わしているのでしょう? 契約主に対して、悲鳴を上げて逃げ出したりはしないと思う。目が合ったもの。絶対に私を見て逃げたのだわ」

「で、でも、逃げたって……リリ、適正があるのよね?」

「あるはずよ。……でもこうなってくると、なくなってると言われても納得できるわね」

「あの、ね、リリ。どうしてさっきからやけに冷静なの?」


 クロエの言葉に、首を傾げた。そうして淡々と自分の意見を述べる。


「別に冷静とかではないわ。ただ、ああ、やっぱりとしか思わなかったから……感情が動かないというか何と言うか」


 どこかでこうなるような気がしていた。

 今や、呼んでも応えてさえくれない精霊。そして今回の件を見れば、よほど私は精霊に嫌われているに違いない。


 ――これでは、三度目の挑戦なんてしても意味はないわね。


 少なくとも原因が分かるまでは無駄だから止めておこう。

 冷静というわけではない。胸にはぽっかりと穴が空いたような感覚があった。

 思った以上にショックを受けているというのが本当のところだろう。

 だって、他人の契約精霊にすら、忌み嫌われていると分かってしまったのだから。

 だけどこうなると、どうしてアルの精霊は平気だったのか。その理由が知りたくなる。

 ああ、でもその前に――。


「ありがとう、クロエ。あなたのおかげで、とりあえず、今、精霊契約をしてはまずいということが分かったわ。契約精霊にも逃げられるくらいなのだもの。私は余程彼らに嫌われるような何かを抱えているのね」

「そんな……」


 クロエは絶句したが、でも間違ってはいないと思う。


「諦めるっていう選択肢は今のところないから。大丈夫よ。予想していたからダメージは少ないわ」


 ――嘘だ。


 本当はすごく傷ついているし、淡々と考察なんてしていたくない。

 だけど、私はアルに諦めないと約束したのだ。それならここで落ち込むのではなく、少しでも先に進めるよう頑張るしかない。


 ――アルと、約束したのだもの。


 目指す未来に共に辿り着こうと。

 それなら私は何度だって立ち上がるしかない。

 彼の隣に立ちたいと願う私に、嘆いている暇などあるわけがないのだ。


「リリ……」


 心配そうな顔で私を見つめてくるクロエに笑ってみせる。強がりでも何でも、ここは笑わないといけないと思っていた。


「申し訳ないけど、今日はこれでおいとまするわ。あ、そうだ。アルにはちゃんと伝えておくから安心してね。報告はまた後日ということになると思うけど、遠乗りまでには連絡するから」

「そんな! 私のことなんて良いの! 今はリリの方が……だって、リリ、傷ついてる」


 悲壮感さえ漂わせ、クロエが私を引き留める。私を思ってくれる友達がいる。それがとても有り難いと思った。


「まあ……傷ついていないとは言わないわ。でも、私はアルと一緒にいるためなら何度だって立ち上がるって決めたのだもの。それにね、まだ結婚までは二年近くあるのよ? さすがにそれまでには精霊契約を済ませてみせるわよ。そのための努力は惜しまないし、どんな小さなことでも可能性があるのならやってみるわ」


 きっぱりと言い切ると、クロエは目を丸くした。


「リリ……強いね。私、そこまで思えない」

「人それぞれ、頑張れるポイントは違うと思うの。それにね、アルが頑張る私が好きだって言って下さったから。私は、アルの好きな私でいたいの。それだけ」

「……でも、リリにはそれが全てなのよね」

「ええ」


 頷くと、クロエはしっかりと私を見据え、口を開いた。


「私も、協力する。もし、リリがいたから精霊が逃げたっていうのなら、今度は私一人の時に、精霊を呼び出してみるわ。そして、どうして逃げたのか聞いてみる。……そういうのはどうかしら?」


 その言葉に頷いた。


「すごく有り難いわ。逃げた精霊に事情を聞くというのは、今まで試せたことがないから」


 アルの精霊は逃げたりしなかったし、闇の精霊は契約する前に逃げてしまったから、実際に私を見て逃げた精霊に話を聞けるのは有り難い。


「ありがとう、クロエ。助かるわ」


 心から告げると、クロエは首を横に振った。


「ううん。たまには私もリリの役に立ちたいから。待ってて。話を聞けたらすぐにでも報告するから」

「分かったわ。私も、アルの答えをクロエに伝えられるよう頑張る」

「ありがとう」


 互いにしっかりと握手を交わす。

 精霊に拒絶されてしまったことは悲しいが、クロエに相談して良かった。

 おかげで、私がどうして精霊に拒絶されているのか、契約に応じてもらえないのか、その理由が分かるかもしれない。


 ――相談して、良かったわ。


 友達を信じて、ありのままを話して良かった。

 私は心からそう思い、扉近くで待っていたルークを促して、屋敷に戻った。





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