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「……遠乗りに行かなければならないのに?」
私が言ってはいけないと分かっていたが言ってしまった。クロエは「ええ」と頷く。
「リリが成功すれば、アラン殿下に一言言っていただけるかもしれないんでしょう? あと、ウィルフレッド殿下が何を考えているのか分かるかもしれないし……。今まで何も分からない状態だったもの。それに比べればずっと良いわ。あの方の真意が私は知りたいの。本当に私を好きなのか、本当に私自身を見て下さっているのか。それが分からないから、私はあの方を信じられないし、ともに歩むなど考えられないと思ってしまうの」
「クロエを好いているのは本当なのでしょうけど……」
ウィルフレッド王子の態度からもそれは明らかだ。だがクロエは否定した。
「いいえ。あの方は私を見ているようで見ていないの。あの方が求めているのは、あの方の思うとおりになる私。そういう風にしか思えない。だって、私が少しでもあの方の意図と外れた言動をしただけで『違う』って舌打ちなさるのよ。信じられるわけないじゃない」
「それはそうね……」
「それに引き換え、ヴィクター様は素敵だわ。たまにお父様と一緒にお城に上がる時があるのだけど、お会いした時は、向こうから声を掛けて下さるの。もちろん、私があなたの友人だからって理由だということは分かっているんだけど、きちんと私を見て応対して下さるのは嬉しい」
頬を染めて自らの恋を語るクロエは可愛らしい。
だけど残念なことに、兄の方は何とも思っていないのだ。だって兄の様子は全くと言って良いほど変わっていないから。クロエはお勧めだから、兄もクロエを見てくれれば私も嬉しいのに。
もちろん人の心を勝手に決めつけるのがいけないことだということは分かっているが、期待するくらいは許して欲しい。
「クロエ、本当に兄様のことが好きなのね。そんなに好きなら、またうちに遊びにくる? 最近、兄様はわりと屋敷にいらっしゃるし、会える確率は高いと思うわ」
私としては親切心で告げたつもりだった。だが、クロエはブンブンと首を横に振る。
「とんでもない。そんなことしないわ。だって、それじゃあ、リリを自分のために利用したみたいじゃない。ヴィクター様にお会いできるかもというのは嬉しいけど、そのために友達を使うなんてしたくないの」
「そう……」
クロエの言葉を聞きながら、私は、私なら喜んで行ってしまうだろうなと思っていた。
たとえば、逆の立場だとしたら、好きな人に会えるチャンスがあるのなら、私はきっと掴んでしまうと思うのだ。
――クロエ、すごいわ。
あっさりと、要らないと言ってしまえる彼女が、すごいと思った。だけど、そう言いきれるクロエだからこそ力になりたいとも思うのだ。
私はクロエを見つめ、澄ました顔で言った。
「つまり、クロエは私に会いには来てくれないとそういうこと? 私としては友人にはそれなりの頻度で遊びに来てもらいたいと思うのだけれど。あなたは違うのかしら。それは残念だわ」
「えっ……ちが……」
「それにお兄様に会えるのも絶対ではないわ。確約はしてあげられない。それなのに行かないと言い切られてしまうのも悲しいのだけれど」
「えっ、えっ……」
私の言葉を聞き、クロエが動揺する。もう一押しだと思った私は、笑顔で彼女に選択を迫った。
「で? あなたは友人の家には遊びに来てくれないのかしら」
「い、行くわ! 行くに決まってるじゃない!」
「あら、ありがとう。それじゃ、また待ってるわね」
「うん! ……って、あれ?」
どういうこと? と混乱を極めるクロエに、私は「まあいいじゃない」と笑って誤魔化しておいた。
私にできる協力はこれくらいだ。これでクロエが来るようになって、兄様と交流する機会ができれば、何かが変わるかもしれない。だけど、その努力は私がするものではなくクロエがするものだ。
そしてクロエは努力を惜しまないだろう。その結果がどうあれ、私は彼女を応援したいと思っていた。
――ああ、やっぱり、勝手に利用しようとしないで良かった。
少し前、兄様とクロエを自分の望みのために、勝手にくっつけようとしたことを思い出し、心底ホッとした。
あの選択をしなかった自分を褒めてやりたい。
自分の決断が正しかったことを確信し、良かったと思っていると、ようやく立ち直ったクロエが「リリ」と私の名前を呼ぶ。
「何かしら」
返事をすると、クロエは何故か居住まいを正し、私をじっと見つめてきた。
どうしたのかと思っていると、彼女はおずおずと口を開く。
「あのね、リリは何か悩み事、ないの?」
「え? 私?」
まさかそんなことを尋ねられるとは思わず、呆気にとられる。
クロエは真面目な顔で頷いた。
「うん。リリも、何かないのかな、って思って。だって私ばっかり相談に乗ってもらって、申し訳ないというか……私も、リリに何か返したいと思って」
「そんなこと気にしてくれなくていいのに」
見返りが欲しくて相談に乗ったわけではない。
本心からそう言ったのだが、クロエは退いてはくれなかった。
「無理にとは言わない。でも、もし私でできることがあるのなら、教えて欲しいな」
「……」
少しだけ、心が揺らぐ。
私の悩み。
あると言えば、とても大きなものがある。
精霊契約ができないということ。それを私はずっとクロエに隠し続けてきた。
理由は簡単。クロエに弱みを見せたくなかったからだ。
だけど、友達に弱みを見せたくないという考え自体が間違いではなかったのだろうか。
だってクロエは、こうして私に悩みを相談してくれた。それを私は嬉しいと思いこそすれ、迷惑などとは思ってもいない。
むしろ話してくれない方が悲しい。頼ってもらえない程度の友達なのか、そこまで信頼はおいてもらえていないのかと落ち込んでしまう。
クロエも、同じだったとしたら?
「……」
かなり迷いはしたが、結局私は自分が抱えている悩みを打ち明けることを決めた。
クロエと友達でいたい。そう、思ったからだ。
「……私、実は先日、精霊契約に失敗したの。適正はあるのに、呼び出すことすらできなかったわ。原因を探っているんだけど今のところ全く分からなくてお手上げ状態なの」
悩みを聞いたクロエが目を丸くする。
「えっ……」
「ごめんなさい。クロエには言えなかった。恥ずかしかったの。適正さえあれば失敗なんてするはずのない精霊契約を失敗したことが。そしてそれをあなたに知られてしまうのが嫌だった。だからずっと黙っていたの」
「リリ……」
クロエは驚いてはいたが、すぐにいつもの可愛らしい笑みを浮かべて言った。
「そんなの! 今言ってくれたんだから全然よ。気にしないで。契約に失敗なんて、ものすごくショックだと思うもの。私だって……もし同じことになったら誰にも言いたくないって思うと思う。リリが言えなかったのも当たり前だと思うわ」
「クロエ」
「言ってくれてありがとう。……私のこと、信じてくれてるってことよね。嬉しい……」
本当に嬉しそうに微笑むクロエを見て、私はやはり言って良かったと安堵した。
クロエは表情を引き締め、私の顔を見つめてくる。
「ね、精霊契約に失敗したのって、原因不明って言ったわよね」
「? ええ」
「それじゃ、私の契約精霊に聞いてみない? 精霊の話なら精霊に聞くのが一番だと思うし、何か解決のヒントになるかもしれないじゃない」




