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アル



「――で、実際のところ、殿下の見解はどうなのです?」

「ん?」


 リリが二度目の精霊契約に失敗した。そのことにショックを受けているだろうと思った僕は、彼女とできるだけ一緒にいるため、公爵邸で夕食をご馳走になった。

 今は談話室で、食後のまったりとした時間を過ごしている。リリはソファに腰掛け、ヴィクターやユーゴたちと楽しそうに話していた。

 兄妹の語らいを邪魔する気はないので、少し離れた場所から彼女をぼんやりと眺める。

 最初は、空元気だったリリだが、兄たちの慰めで少しは元気を取り戻したようだ。

 これなら安心して城に戻れるなと思っていると、彼女の専属執事であるルークが声を掛けてきた。

 彼の方に目を向ける。ルークは固い表情でリリを見つめていた。その顔は主人を心配する従者そのもので、ルークがいかにリリを大切な主人と思っているかが伝わってくる。


「僕の見解……ねえ」


 鋭い視線を向けられ、苦笑した。

 リリが精霊契約をどうして失敗したのか。それは僕にも分からない。

 実際、僕の契約している精霊に聞いてみても、首を傾げながら「契約できるはず」と言うだけだし、何故彼女が失敗するのか本当に理由が分からないのだ。


「僕の契約精霊によれば、リリには何も問題はないそうだよ。だからあとはもう、専門書を調べまくるか、それこそあなぐらの魔法使いたちにでも聞いてみるしかないんじゃないかな」

「そう……ですか」


 ルークはグッと額に眉を寄せ、唇を噛みしめた。そうして僕に向かって真剣な顔で聞いてくる。


「殿下」

「ん?」

「もし、ですが、お嬢様がこのまま精霊と契約できなかったらどうなさいますか?」

「おや」


 固い声で尋ねられた内容に、目を見張った。

 ルークはじっと僕を見つめ、返答を待っている。


 ――リリが、精霊と契約できなかったら、か。


 考えもしなかったけれど、もし、彼の言うとおりになるのなら――。


「別にどうもしないかな。予定通りリリと結婚するよ。王族として、これを言うのはいけないとは思うし、もちろん最終手段にするつもりだけれども、もしリリが精霊契約できなかったら、僕は王族の地位を降りて、彼女と結婚しようと思う」


 そうすれば、リリが精霊契約できなくても問題ない。

 跡継ぎには第二王子であるウィルもいる。

 ゲームだなんだ言っている弟には不安しかないが、彼もきちんと教育を受けているのだ。ウィルが王太子となっても問題なく国は回る。


「本気ですか? 殿下」

「冗談でこんなことは言えないと思うけどね。僕がいなくても国は回るけど、彼女がいないと僕は生きていけないし、彼女も僕がいないと駄目だろう? それならこうするしかないんじゃない?」

「殿下……」


 ルークが目を見開き、僕を凝視する。それを肩を竦めるだけでやり過ごした。


「僕は王族に相応しいからリリと婚約したんじゃない。リリが可愛かったから、リリに惚れたから結婚しようと決めたんだ。だから、精霊契約なんて僕にはなんの関係もないんだよ。契約できたらそのまま王子として彼女を娶るだけだし、できなかったら、そうだな――公爵位でも父上からいただいて、領地を治めながらのんびり新婚生活を送るかなあ」


 それはそれで楽しそうだ。

 王族としての責務を忘れたわけではない。今だって、国の為にこの身を尽くすつもりは十分にある。だけど、愛する人を失ってまで、自分の一番大切なものを手放してまで挑みたくはないとそう思うのだ。

 とはいえ、そんな風に考え始めたのは、リリという最愛の人に出会えてからなのだけれど。

 逆に言えば、リリさえ側にいてくれるのなら、僕は王子として、将来の国王としてこの国のためにどこまでも尽くす心づもりがあるということで。

 だから、本音を言うのなら、リリに精霊契約を頑張ってもらいたい。

 諦めても僕が娶るから良いのだけれど、できれば彼女と一緒にこの国を守って行きたいと思うから。


「うん、そうだね」


 自分の今の気持ちを整理し、頷く。

 ルークが聞いてくれて良かったかもしれない。ぼんやりとしか見えていなかった自分が取るべき道がはっきりと分かったのだから。


 ――まあ、どちらにしてもリリと結婚するという未来は変わらないんだけど。


 そういう意味では、結論は同じだ。

 だからリリも、もう少し軽い気持ちでいてくれると良いのだけれど。

 彼女は真面目だから、どうしても思い詰めがちになってしまう。

 多分だけど、今僕が考えていることを話せば、彼女はより精霊契約に必死になってしまうだろう。

 彼女は僕が王族の地位から降りることを良しとはしないと思うから。

 別に、地位が目当てとかではない。そうではなく、自分のせいで僕が王族ではなくなってしまうと気に病んでしまうと思うのだ。

 だからこのことはリリには言わない。

 彼女がどうしようもなくなったら、その時は伝えるつもりだが、少なくとも今は黙っている方が良いだろう。

 そんな風に考えていると、ルークが納得したように頷いた。


「分かりました。殿下がそこまでお嬢様のことを考えて下さっているのなら、私は殿下のお味方につきます。お二人のためになることでしたら協力は惜しみませんので、どうぞなんなりとお申し付け下さいませ」

「ルーク」


 言われた言葉に驚き、彼を見つめる。彼はゆったりとした笑みを浮かべ、はっきりと言った。


「私は、お嬢様の専属執事です。お嬢様のお望みを叶えるのが私の仕事。そしてお嬢様の望みは、殿下と共にあることです」

「……」

「先ほど殿下の決意はお聞きしました。どこまでもお嬢様と共に在ること。それが殿下のお出しになった結論。それなら、私は殿下に協力致します。そうすることが、お嬢様のお望みを叶える一番の近道だと思いますので」

「そう……か」

「ご安心下さい。私はわりと使える男ですよ」


 笑顔でそう告げるルークだが、その瞳は真剣だ。彼が本気で言っているのだということは嫌でも分かった。

 ルークは優秀な男だ。

 わずか十四才という年で、攻撃魔法を修め、公爵家の執事として不足のない仕事をしている。見目も良いし、どこかの貴族の跡取り息子だと言われても信じられる。それくらいの可能性は秘めている男だ。

 だからこそ、彼のことは敵に回したくない。

 リリの絶対的な味方であるルークをこちらに引き込んでおけば、それこそいざという時、役に立つだろう。僕とリリのために彼が動いてくれるのなら、願ってもないことだ。


「君が使える男であることは知っている。僕とリリの幸せのために協力してくれるというのなら、是非ともお願いしたいね」

「承知致しました」


 二人でひっそりと密約を交わす。

 期せずして、強力な味方を手に入れた。だが、この先どうなるかは本当に分からない。

 なるようにしかならない。そう思いつつ、リリが傷つくことだけはないようにと僕は祈るのだった。





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