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「……なんでしたら、私がお嬢様にお教えしましょうか?」

「ルークに任せれば、リリを甘やかすだろう。他人の方が良い」


 家庭教師役にルークが手を挙げてくれたが、父にばっさりと切られていた。

 ルークも思い当たる節があるのか、「そうですね」とあっさり引き下がる。

 一通り謝罪が済んだところで、私たちの話を聞くだけだったユーゴ兄様がポソリと言った。


「……で、リリ? 僕からは見えなかったんだけど、結局、精霊契約は無事終わったのかい? さっきの話を聞くに、無理やり魔力を流し込んで精霊を呼び出したんでしょう? 方法としては乱暴だけど確かにそこまですれば絶対に来ると思うけど……どこにいるの?」

「それ……は」


 痛いところを突かれた。契約して当然と思っているユーゴ兄様の言葉に、何と言って良いのか困ってしまう。

 だが、黙っているわけにもいかない。

 私は皆の視線をヒシヒシと感じながらも口を開いた。


「……その……失敗しました」

「は?」


 素っ頓狂な声を上げたのは兄だった。兄はカッと目を見開くと私に言う。


「失敗!? どうして? 精霊は? 召喚には応じてくれたんだよね?」


 あり得ないという声に、いっそのこと土の中にでも埋まってしまいたいと思いながら答えた。


「……いえ、何度も祈りましたが一向に応えてくれず……それでつい、魔力を流すということをしてしまったんです」


 自らの失敗を説明するのは恥ずかしいし情けない。思わずノエルをギュッと抱き締めてしまった。


「え、でも……リリって闇の精霊にかなりの適正があったよね?」

「ありました……けど、無理、だったんです」


 私の話を聞いた父がショックを受けたような声で言った。


「リリ……また、お前……失敗したのか?」

「すみません……」


 父の愕然とした表情と声に、情けなさと申し訳なさで消えてなくなりたくなってしまった。

 私はまた失敗したのだと、じわじわ実感してくる。


「リリ……」


 アルの私を呼ぶ声に、私は顔を上げることもできず、ただ、頭を下げた。


「申し訳ありません。アル。あんなに協力していただいたのに、結局こんなことになってしまって……」


 悔しくて堪らなかった。

 今度こそ、失敗しないはずだった。私は精霊と契約して、そして穏やかな日々を取り戻そうと思っていたのに。

 結果は最悪。

 どうしてこんなことになったのか、万全の状態で挑んだ二回目すらも失敗してしまった。


「自分が、情けないです……」


 適正があるのに精霊を呼べないなんて。

 悔しく思っているとアルが言った。


「……リリ。今回、精霊を呼ぶこともできなかったと言ったね。何でも良い。前と違ったことはなかったかな?」

「違ったこと、ですか? 特には……」


 思い返してみても、特別なことはなかった。

 私は規定通り祈りを捧げただけ。それに精霊が応えてくれなかっただけなのだ。


「祈っても来てくれないということは、私は精霊適正をなくしてしまったんでしょうか」


 魔法陣に適正があるものが呼びかければ、ほぼ百パーセント来てくれるものなのだ。来てくれないということは、精霊に対する適正がないということ。

 適正というものは本来、数値が上がったり下がったりするものではないのだが、前例がないだけで、なくなることもあるのかもしれない。

 そう考えたのだが、アルは首を横に振った。


「あり得ない。イグニスも言っていたでしょう。契約には何の問題もないって。それなら考えられるのは、精霊がこの場に現れることができない理由があること。もしかして、知らず、精霊の苦手なものを置いているのかもしれない。……二度目だし、今度は『あなぐら』の学者たちに相談してみるよ。変人ばかりであまり関わりたくはないんだけど、今はそんなことを言っている場合ではないからね。僕も、君のためにできることは何でもする」

「アル……ありがとうございます」

「だから、僕と結婚できないかも、なんて言わないでよね」

「っ!」


 息を呑んだ。とっさに応えられなかった私を見て、アルはやっぱりという顔をする。


「どうせそんなことだろうと思った。さっきも言ったよね。僕は君が好きだって。僕はこれくらいのことで君を諦めたりなんてしないよ。だから、君も僕を諦めては駄目だ」


 その言葉に、私は首を縦に振った。


「大丈夫、です。諦めません、私……何度だってやり直しますから……」


 正直に言えば、二度目の失敗は一度目よりもキツかった。精霊にお墨付きをもらって挑んでの失敗に、かなりへこんだのは事実。

 また、暗い気持ちが忍び寄りそうになった。だけども、アルに言われたばかりだ。

 私のことが好きだと。離さないと。

 そしてそれを信じると決めたのだから、落ち込んではいられないのだ。

 結婚まで、まだ、時間はある。

 もう一度、何が原因だったのかを調べて、挑戦しよう。大丈夫だ。私にはアルがついていてくれる。成功するまで頑張れるはずだ。


「私、絶対に諦めませんから」


 私たちのやり取りを見ていた父が、口を開いた。


「――アラン殿下。ありがとうございます。娘のためにそこまで言っていただけて。リリ、お前も諦めないのだな? お前がつらいようなら、無理に精霊契約をしなくても良いのだぞ?」


 精霊契約は、奨励はされているが、義務ではない。

 私が二度も失敗したことを不憫に思ったのだろう。父の言葉は、完全に善意からきたものだった。

 だけどそうすれば、それこそアルとの結婚がなくなってしまう。私にはとうてい頷けることではない。


「お父様。私、諦めたりなんてしません。失敗したことは辛いですけど、また一から調べて……契約に挑みたいと思います」


 精霊契約をしていなければ、王家には嫁げない。これはどうあってもひっくり返せない事実。それなら私は頑張るしか選択はない。私がそう告げると、アルも言った。


「悪いけど僕も諦める気はないよ。僕はリリと結婚するつもりだからね。――公爵。君の気持ちも分かるけど、判断するには時期尚早ではないかな? 僕としてはもう少し、気長に構えて欲しいのだけど」


 アルの言葉に、父は「そうですな」と同意した。


「……殿下にそこまで望んでいただけるのは娘にとっても誉れでしょうから。ですが、娘がもういいと言った暁には、陛下に話をさせていただくこともあり得るとだけ思っておいて下さい。私は、娘が傷つくところを見たくないのです」

「お父様……! 私はそんなこと言ったりしません!」


 慌てて反論した。私がアルを諦めて「もういい」などと言うはずがない。血相を変えた私を押さえ、アルが言う。


「リリがそう言ったらね。リリが、僕を諦めてもいい、なんて言うわけないと思うけど。ねえ?」

「も、もちろんです!」


 食い気味に頷いた。

 アルが私を信じてくれたことが嬉しかった。


「アル……」


 じっとアルを見つめる。アルも私を見つめ返してくれた。熱い目の輝きに魅入られていると黙って私たちを見ていたユーゴ兄様がポツリと言った。


「うん。やっぱり美しいな」

「……兄様」


 ある意味全部を台無しにしてくれた兄を、その場にいる全員が呆れたように見つめた。


◇◇◇


 これ以上、地下で話していても意味はない。

 今日はこれで終わりにしようという話になり、私たちは地下を後にした。

 父は仕事があるらしく、その場で別れたが、私たちはライブラリーで待っていたヴィクター兄様のところへ向かった。

 ここまで来れば、兄様に秘密にする理由もない。今か今かと報告を待っていた兄様に、契約が失敗に終わったことを告げると、驚きはしたもののすぐに兄様は口を開いた。


「私も、知り合いの専門家に当たってみよう」

「良いのですか?」


 まさか兄がそんな風に言ってくれるとは思わず問い返すと、ヴィクター兄様は「当たり前だろう」と言った。


「原因を調べたいのだろう? 確かに、次に挑むまでにある程度理由の目安を付けておく方が良いと私も思う。情報はできるだけ集めるべきだ」

「兄様」

「妹が困っているのだから助けるのは当然だ」

「……ありがとうございます」


 柔らかな声音で言われ、グッと胸に迫るものがあった。私の為に動いてくれようとする心が嬉しかった。

 泣きそうになるのを堪えて頷くと、ユーゴ兄様も言った。


「ね、せっかくだからお茶にでもしない? 良いお茶を飲めば、気分転換になると思うんだ。――ルーク。用意を」

「かしこまりました」


 ユーゴ兄様の命令を受け、ルークがお茶の用意を始める。ライブラリーには本だけではなく、休憩時にお茶ができるよう、ソファやテーブルもあるのだ。

 アルも参加してのお茶会は楽しく、契約に失敗して落ち込んでいた気持ちが癒やされていく。


「リリ、大丈夫?」


 お茶を飲んでいると、アルが心配そうに尋ねてくる。それに笑顔で応えた。


「はい、もちろん。アルもですけど、兄様たちも応援してくれているのに落ち込んでなんていられませんから。そんな暇があるのなら、文献を調べたりする方が有意義だとは思いませんか?」

「そうだね」


 応援してくれる皆のためにも頑張りたい。

 そんな気持ちで告げると、アルは眩しそうに目を眇め、ゆっくりと頷いてくれた。




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